祈祷師ラチャラチー2
「作戦会議ターイム!」
電電先生がのんきに叫ぶ。じじつ、目的や戦力を把握して作戦を立てる必要はありそうだ。しかしこの敵・水の鎧のフラーブルがそれを許すとは思えない。
「三分間待ってやる」
待ってくれるらしい。優しいな。
「でもどうするんですか? ミコトさんその腕動きます?」
「まあ動かんだろうな。私はこう見えて回復術師だが、これを治すのはそう簡単にはいかんぞ」
今電電先生は回復術師と名乗った。こう名乗るのを聞いたのは初めてだが、おそらく間違ってはいない。点穴とやらを突いて人体にさまざまな効果を及ぼすところを見たことがある。実をいうとこの点穴を突いたというのもあまり信じていないんだが、なんらかの人体回復の技術を持っているのには間違いない。巫女ラチャラチーは悲壮な決意をにじませた顔で言った。
「では、私が囮になります。相手の攻撃を避け続けて注意を引くぐらいならできるはずです。巻き込んで申し訳ありません。せめてお二方だけでも逃げてください」
「意思はありがたいがね。あいつには物理攻撃が効かないのではないかな?」
「ほとんど効きませんね。ついでにいえば毒があって触れると腐食されます」
巫女の顔を絶望がよぎる。以前賭博場で散々見た、勝ちの目が完全に潰えて、後はどれだけ損するかが自分の関与できないところで決まるのを待つだけ、という状況に陥った人間のする顔だ。
「ふむ。私に勝算がある」
マジかこの人。点穴のわざを使うにも、どうやって高速移動する敵の小さな弱点を突くというのだろうか。俺と巫女で撹乱して動きを封じようにも、有効打がないとわかっていれば相手は気にせず自由に動くことができる。巫女に秘された有効打があることを匂わせておくか?
「まあ、見ておくんだ」
電電先生はゆるりと歩いて前に出る。
「どうした? 作戦会議は終わりか?」
先生は静かに手を差し出した。
「勝負の前に、握手が必要だろう」
さっきの話聞いていなかったのか!?
「いいのか? 毒があることは聞いたのだろう」
「ダメージを負うと分かっているからといって、礼を逸するわけにはいかないさ」
先生は穏やかに笑ってみせる。
「何を企んでいるか知らんが——罠があれど全て握りつぶすのみよ!」
水の鎧のフラーブルは勢いよく手を叩きつけ、握りしめた。
そして、飛散した。
「は?」
流動しつつ甲冑の形を作っていた液体金属は今やもの言わぬ水たまりだ。
「いやー終わった終わった」
何が起きたの?
「今のもなんか点穴? とかいうやつですか」
「あー、そうだ。液体の体を持つ再生系の相手に効くことがある、えーと、飛散爆裂孔って秘孔だな」
そんな秘孔があってたまるかよ。
「流動する相手の秘孔を確実に突くなんてさすがはご主人様ですね」
「なんか棒読みじゃないか?」
「ヒーラーが飛散爆裂ってちょっと設定に無理ありませんか?」
能力の詳細について、先生が言いたくないのなら突っ込んで聞くことはしないし、あからさまな嘘でも見て見ぬ振りしよう。でもこれぐらいは言っていいだろう。
「一般的な軍属の医者なんかは一つ一つ名前を挙げながら人の骨を折り肉を剥がすことができるというぞ」
そうですよね。当然一般的な軍属のヒーラーも触れただけで相手の肉体を破壊することができるんでしょうね。
とか言おうと思ったがあとが怖いのでやめておいた。
「詮索を避けるのは賢明な判断だ。あまり私を困らせない方がいい。君のためにもな」
一応先生の命じることには服従することになっている。先生を困らせた結果、名誉の観点で避けたいような行動を強いられたことが何度かある。
「えっと、終わった……んですか?」
あっけに取られていた巫女ラチャラチーが我に返って尋ねた。なんか終わったらしいよ。
「じゃあミコトくんが神殿を再建してお礼の一つでももらったらラチャラチーくんを仲間に入れて再出発かな」
あれ俺が直すのかあ。
「いや実に助かった! 村長のわしからも礼を言わせてもらおう!」
「公師の私からも礼を申し上げます。それからラチャラチーはこれまで冷遇してきましたが……この危機で役立ったのは我々の儀礼ではなく彼女の行動でしたね」
察するに儀礼を中心として宗教活動を行う神殿の方針に反して巫女ラチャラチーはもっと実際的な行動を中心に据えたのか。正直、空虚な儀礼には空虚な儀礼なりの存在意義があると思うし、それを辞めることはないとは思うが。
「翼ある神へ特別な儀礼を捧げるとともに日々の生活も捧げものとして営んでいく。わが村はそのどちらも拒みますまい。聖女さま、これからもよろしくお願いします」
あれ? この流れだとラチャラチーさん仲間になりそうになくない? そう思ったときだった。
地面が揺れる。
人間の高さ一つ半ぐらいの岩石人形がせり出してくる。それも一体や二体ではない。
「三十。たぶんここにいる全部を倒しても本体を叩かないと意味がないんでしょうね。人形から本体にダメージをフィードバックさせる術式は組めますが、村を守りながら戦うのは荷が勝ちます」
俺はなるべく冷静に分析してみる。
「ふむ。こういうことができるのなら最初からやれば良いと思うのだが、何か制限とかデメリットがあるのだろうな」
「っていうかこれも点穴でなんとかならないんですか」
「岩石系には効きにくいのだよ」
と言いつつ状況は悪くない。ラチャラチーが猛スピードで動き回って人形を叩いているのだ。村の建物や人に損傷が生じるごとに回復させれば体力比べに持っていける。そうなってどちらが有利かはわからないが。
「あれ? 人形増えていませんか? それとも巫女さんの動きが鈍っているんでしょうか」
「増えているな。それに、本体のお出ましだぞ」
巨大な岩石が飛来している。それは少し前から気づいていた。空中で砕くと被害が大きそうだ。減速の魔術を五枚重ねる。岩石はふわりと着地した。
「クク……我こそは岩の躰のディルディロユ」
特に人型に変形などすることもなく、岩のまま喋る。どこから声が出ているんだか。
「そんな! あなたがた将たちは互いに仲が悪く、同時に二人以上派遣すると功を焦って仲間割れするから一人づつやってくるはずでは」
「そうだぜ? このディルディロユが独断でフラーブルの後を追ってきたのさ。奴が無様にも敗北したので、代わりに俺がこの村を更地にしてやるわけだ」
岩はゴロゴロと転がり、村の建物を破壊していく。
そのうち、再び揺れが始まった。地面の揺れではない。
終わりゆく世界が、揺れているのだ。
「そういう筋書きのようだな。次の行き先は決まったぞ」
「電電先生! わかるように説明してください」
「この世界の過去にあたる世界に飛ぶ。フラーブルとディルディロユが村を滅ぼす未来を改変する。あとで諸世界を貼り合わせる時に辻褄が合うようにいくつか気を使わねばならないが」
「私も」
ラチャラチーが口を挟む。
「私も、連れて行ってください」
全てが輪郭をぼやけさせ形を失っていく、崩壊する世界の中で俺と先生の他にラチャラチーだけがしっかりと存在していた。
「たとえ過酷な運命に身を投じることになっても。できるなら私は戦いたい」
「過酷な運命ね。君は先の水の鎧や岩の躰と戦うことを想定しているだろう。どうかな。和解しろと言われたら、できる?」
それを聞いて、巫女は微笑んで言った。
「私たちはそもそも拳よりも言葉で解決する方が望ましいと考えています。何より嫌なのは、自分の運命を勝手に決められること。村の未来を変える戦いには、私も居合わせていたい」
何より嫌なのは自分の運命を勝手に決められること。なぜだろう。それを聞くと何か大事なことを忘れている気がして……したが、違和感はすぐに消えた。
「うんうん。君はやっぱり私たちと一緒に来ることができそうだ。——さて、次の世界だよ」
「ここは」
「国の真ん中って感じではありませんね」
俺たちは薄暗い洞窟の中にいた。ここにパソデサ村の未来を変える鍵があるというのか。
電電先生が目標を告げる。
「デデリ王国の防衛の要の一つである、巨人の弓という武器。王国に渡る前のそれがここにある。それを確保、または破壊する」




