俺がウサギのメイドになったワケ2
前回までのあらすじ:主人公がなぜウサギになったのか回想し始め、やばいギャンブルに差し掛かる。
ルール
1 給茶器が四つ用意される。一つはただの茶、一つは毒の入った茶、一つは聖水の入った茶、一つは毒と聖水の入った茶を出す。
2 三つのカップに後攻が四つの給茶器のうちそれぞれいづれか一つから茶を入れる。
3 後攻が三つのカップから一つを選び、飲む。
4 後攻が死なずにいる場合、残った二つのカップから先攻が一つを選び、飲む。
5 二人が死なずにいる場合、残ったカップの茶を後攻が飲む。
給茶器というものを見るのは初めてだった。一見すると普通の茶器である。しかし蓋を開けてみると中には何も入っていない。底に魔法円が書いてあるだけだ。解析することはできるが、それで何の茶を出すのかは判然としない。一度茶を注いでみれば、他の茶器が何を出すのか判る気はした。しかし、問題点がある。
相手は豪運の持ち主だ。何も考えずに茶を注げば、出るのは間違いなく「毒入り、聖水なし」の茶だろう。そうすれば、「毒が入っていない茶を出す器を当て、それを残り二つのカップに注がない限り毒を飲まされて死に至ることになる。
「その給茶器から茶を注がれますか」
「他の茶器も見てみたい。構わないな」
スタッフの了承を得て、他の茶器の魔法円も見る。
——思った通りだ。ミコトはほくそ笑んだ。
魔法円の複雑さから、「毒と聖水のうち片方だけが入ったものを出すもの」「毒入り聖水入り」「毒なし聖水なし」の三つが判別できた。これで少なくとも死は免れる。
例えば三つのカップ全てに何も混入していない茶を注げば、何も起こらずにこのゲームを切り抜けられる。しかし、それではゲームの第二ラウンドに移ったとき、何も新しい情報を得られない。
ここで最適の選択肢は、「毒なし聖水入り」のカップを二つ用意することだ。そうすればまず自分がそのカップから茶を飲める。おそらくどうやっても注ぐことになるであろう「毒入り聖水なし」のカップは相手が飲むことになる。これで必要な情報を全て得てゲームを切り抜け、第二ラウンドで何とか後攻をもぎ取れば、確実に勝利できる。
「お待たせした——」
「さまに、なって、いるじゃないか、メイドさんよ」
小馬鹿にしてくる対戦相手を無視して席につき、「毒なし聖水入り」のカップを手にとって口に運ぶ。
「まずい茶だ。喜べよ、お前が最後に口にするのにはふさわしいぜ腐れ野郎」
当然、何ともない。むしろ体調がよくなった気がするくらいだ。聖水の効験だろうか。自分の体を「見て」みたところ特に体調がよくなった訳ではないようだった。
「僕の、番か」
相手は——「毒なし聖水入り」のカップを手にとった。ミコトは表情が緩みそうになるのを堪える。このまま飲んでくれば勝てるが。
「ふん、……ぐっ、あ。あ、あああ」
飲んでくれた。賭博師が血を吐き、体から煙が上がる。
「やったっ! ざまあ見ろ!! お前は運が強いようだが!! 強い精神力とガッツで運を引き付けた俺には勝てなかったな!! 勝負は心だぜ心!!」
本当は心とか関係なくてイカサマのようなものだが、心が強いから勝ったことにした。勝者は死にゆく相手の敗因を心の弱さと断定することができるのだ。
「ぐっ——まだ、だ。残ったカップを、飲め」
「何を言う! お前の死により勝負は終了だ!」
そう。勝負はゲーム中片方が死んだ時点で終わる。死んだ時点で——
「うん?」
死んだ時点で?
「気づい、たか」
「彼はこのゲーム中で死んでいません。ゲームが始まった時点で死体である彼は死ぬことができないのです。残ったカップをお飲みください」
「はあああああ!?? インチキじゃねえか!!」
自分のことを棚にあげてミコトが叫ぶ。
「知らない、のか。運が、絡まない、勝負は、事前にどれだけ、策を、講じたかで決まる」
「認められるかこんなもの!!」
「精神力が、絡む、こともあるが——お前は、その、ステージには、達して、いなかったな」
そして煽り返してくる賭博師である。
「やめろ、死にたくない!! 触れるな!! こんなところ出て行ってやる!!」
ミコトは抵抗虚しくスタッフに取り押さえられ、頭を持ち上げられ、鼻をつまんで口をこじ開けられ、漏斗の管を喉奥まで突っ込まれた。
「や|め〈うぇ〉——」
涙目のミコトの口に毒入りの茶が注ぎ込まれる。
「ああああああ!!!!」
熱い! 骨が溶けているみたいだ!!
スタッフは毒に体を焼かれるミコトを放り出す。賭博場全体が揺れ、賭博場の道具やスタッフや賭博者たちが光の粒になって消えていく。役目を終えた世界は崩壊するのだ。
挿話:ミコト・ヒシュマーシュがウサギのメイドになったワケ終わり
「ということがあって——」
「いやそれウサギになった理由説明していないじゃありませんの」
ィディヤ嬢が言った。その通りだ。
「なんで生きているのかという疑問点が増えただけだな」
元人狼のリーコが言った。その通りだ。
「ああ、えっと——それで目が覚めたらウサギになって別の世界に横たわっていたんだ。これは今のご主人が助けてくれたからなんだが、その時ウサギを生贄に捧げたせいでこうなったというんだ」
「今のご主人?」
「さっき野良メイドって自称していたでしょうが」
「そうだっけ?」
とぼけることにした。
「今のご主人とは諸世界を渡り歩く旅をしているんだが、今回はまだ合流していないな」
「呼んだかな」
噂をすれば後ろから現れた。短い銀髪に端正な顔立ちを眼鏡と白衣が際立たせる背の高い女性——今のご主人、電電先生だ。
「旧交を温めるようだから邪魔をしないようにしていたんだよ、ミコト君」
「お気遣い痛み入ります。リーコ、ィディヤ嬢、この人が——ってなんだその目」
向き直ると、リーコが力強い眼光で電電先生を睨みつけていた。
「よしてくれたまえよ、ご友人君。そんな殺気を叩きつけられては——私までやる気になっちまうじゃないか」
先生が獰猛に笑う。こう見えて戦えばかなり強い電電先生であるが、戯れはやめてほしい。
「ミコト。この女は信用できない」
「信用できなくても救命の恩があるしなあ」
「こいつはお前に劣情を抱いているように見える」
「まあ露悪的に言えばそう言えなくもないかもね。この可愛い生き物を侍らせて楽しくないと言えば嘘になるさ」
「お前が先生とやらを認めても、俺は認めない」
「認めてもらわなくてもいいよ。私とミコト君は君の認定がなくても固い絆で結ばれているからね」
なんか知らないが対立が生まれていた。巨岩のような体型のリーコと、背が高いと言っても彼に比べればほっそりとして頼りなさげにも見える電電先生が睨み合う中、世界が音を立てて崩壊していく。
「どうやら君が旧友と会うのがこの世界の『役目』だったのかな。じゃあ次に行こうか」
崩壊していく世界の断片からィディヤ嬢をかばうリーコが遠ざかる。
こうして世界は崩れ落ちる。ふと気づくと草原の中二人で立っていた。
「さて次の世界に着いたよ。どんなところなんだろうね」
俺と電電先生は旅を続ける。行くあてもないままに——あるいは先生にはあるのかもしれないが、知らされることがないままに。




