俺がウサギのメイドになったワケ
「リーコって人狼じゃなくなったんだな」
そう、目の前にいるリーコ・ラオランゴは半人半狼の姿ではなく完全に人間だった。
「お前が姿形をどうこう言うのか」
元人狼はそんな失礼なことを言い出した。俺は相変わらずメイドやっているんだが?
「そういうことじゃなくて、お前は今半ばウサギみたいになっているだろう。自覚していないのか?」
まあ、そうなのだ。現在の俺は人間に近い骨格で立って歩けるし喋れるが耳や顔、体毛、尻尾など野ウサギの要素が入っている。
「——悪いかよ」
「いいんじゃないか? 可愛くて」
「はあ!? バカじゃねえのお前に言われても全然嬉しくねえよ確かに可愛いと思うし気に入ってもいるけどさあ」
「仲がよろしゅうございますのね」
ィディヤ嬢が茶々を入れた。それに対する俺たちの反応は同時だった。
「いや全く!?」「親友だからな」
「——俺は世界が引き裂かれたと思って気づいたら人間の体になっていた。お前もそうなのか? ダ——ミコト」
「ああ、その話か——」
その件はなんというか大失敗して死にかけた話なのだが、まあこいつらになら話せるだろう。不思議なことだ。リーコはともかくィディヤ嬢とはさっき会ったばかりなのにな。
「じゃあ聞かせよう。俺がウサギのようになった理由——」
挿話:ミコト・ヒシュマーシュがウサギのメイドになったワケ
あれはいくつ目の世界を旅していた時だったか。その世界は賭博場だった。大きな賭博場が一つの世界をなしているのだった。一つのルールの体系に則って物事が展開するまとまった「場」はなんであれ、一つの世界をなすようになれるようだ。賭博場世界の場合そのルールとは賭けにまつわる諸々の約束事だ。最も基本的なものとして、負ければ失い、勝てば得る、などという。
その場でミコト・ヒシュマーシュは大勝していた。どうやって勝っていたか? 通常は見えないものを数字として捉えるその眼があれば簡単なことだった。なんのために勝っていたか? この世界を抜け出し、次に行くためだ。世界は、なんらかの大きな出来事を越えれば脱出できる、というのが経験則としてわかっていた。
一方、大きな稼ぎを出しているのがもう一人いた。丈の長い青ローブに身を包んでいる。その顔はフードに隠されて見えない。彼——男とわかる訳ではないが一応こう言う——が後ろを向いたままスロットマシーンのボタンを押せば最高の目が揃い、ダイス付きヘクス・ゴでもダイスは常に彼の味方をした。彼は豪運なのだった。
さて、胴元としては勝ちを重ねられるのは面白くない。一般的な話として、賭博場で大勝する者がいるのは別に構わない。その他有象無象の負けで平均すれば胴元が得をするようにできているのだ。しかし限度というものはある。胴元——この世界のカミの計らいで、この二人は巡り合わされた。死のゲームの舞台へと。
二人の人間が向かい合う。白黒のメイド服と青のローブが卓を挟んでいた。この場にはそぐわない、茶会で使うようなテーブルだ。
「どう、だ。メイドの墓標、に、ふさわしい、だろう」
死神のような、ぞっとするほどしわがれた声だった。
「勝手に抜かせ。それよりお前も顔を晒したらどうだ」
「クク、ク……そう、だな。冥土、の、土産に、見せて、やろう」
彼はフードに手をかけてそう言いつつ間を置いてみせたが、ミコトはこのダジャレをスルーした。聞いたことがあるボケだったからだ。聞き手がすでに聞いたことがあると話し手が知らなくても、二度目はウケないものなのだ。
「……これ、が、僕、だ」
フードをとるとそこには死人の顔があった。比喩ではない。ところどころ肉がこそげ落ちて骨が見えている、それは腐乱死体だった。
「クク、ク。僕は、命を賭け、た、勝負で、負けたこと、が、一度しか、ない」
「じゃあ死んでろ。死体が動くなよ」
実のところミコト・ヒシュマーシュには彼、あるいはそれが死人なことには気づいていた。というか「眼」で見れば書いてあった。それより気になるのはそのパラメータの一つだった。「運 200000000」とある。自分を見ても、周りを見ても、これは桁外れだった。
「ゲームは『死の茶会』。茶が入ったいくつかのカップを用意し、互いに一つずつ飲んでいく。カップのうちには毒が入ったものがあり、それを飲めば死にます」
賭博場のスタッフである黒服の男が言った。
「この場合死人である彼は毒が効かないので、代わりに聖水を用意いたしました。これを飲めば彼は滅びます」
こういうルールなのだった。
1 給茶器が四つ用意される。一つはただの茶、一つは毒の入った茶、一つは聖水の入った茶、一つは毒と聖水の入った茶を出す。
2 三つのカップに後攻が四つの給茶器のうちそれぞれいづれか一つから茶を入れる。
3 後攻が三つのカップから一つを選び、飲む。
4 後攻が死なずにいる場合、残った二つのカップから先攻が一つを選び、飲む。
5 二人が死なずにいる場合、残ったカップの茶を後攻が飲む。
「先攻後攻はこのコイントスで勝った方が決めます。どちらが振りますか」
ミコトは考えた。相手は豪運の持ち主だ。後攻を渡せば茶を入れる時点で全て毒のみ入った茶を入れられ、負けが確定しかねない。後攻を取らねばならない。
「僕、が、振ろう。いい、か?」
「——ああ、構わない」
そして、コインが上がる。指先などほぼ骨しかないような手が、落ちたコインの上を覆った。
「——裏だ」
果たして、裏であった。「眼」で見た通りだ。ホッと息をつく。
「さあ——茶を、淹れて、くれ」
——そして、ゲームが始まる。




