【三日月】
最終日の宿での昼食は、カレーライスと呼ばれるものだった。カレーは前世ではスパイスと魔術の奥義に到達した者だけが作れる最高級料理だったが、今はもう即席カレーなるものを使えば子供でも作れる簡単な料理ということになってしまっている。俺は最初にこの事実を認識した時魔術が発達したのだと思った。
しかし実際はこの即席カレーは、魔術が衰退した時代において魔術的手続きを飛ばして類似品を作るための技術と言った方がいいようだ。現代でもスパイスを調合してカレーを作る技術はそこそこ普及しているが、魔術の行使を伴わないため例えばカレーを司る古龍が吐く本物のカレーのような魔力と神秘的な味は失われていると言えよう。
「これが現代のカレー——」
けっこう美味しかった。物足りない気もするがこれはこれでアリである。ちなみにライスとあるように、今回は米を煮た後蒸したものと共に食した。この食べ方はカレーの食べ方の中でも人気のあるものなのだ。
海見の帰りは貸切乗り合い浮遊馬車だが、そのまま実家に帰りたい学生などは途中で降りていくので王都にたどり着く頃にはだいぶ人数も減っていた。俺とサアク先生とユリヤお嬢様ほか数名を数えるばかりだ。
ふと、下方に不穏な気配を感じて見てみると——熊がいた。その目からは知性と魔力が感じられる。
『スズキ・グシケン=レレブヌメーア 熊 年齢不詳 身長2.5ヤーリ 体重11ゴメ 状態異常 調律済み 6000/6000/3000/3000/10000』
絶対厄介なやつじゃんこれ名前二つあるし——と考えを巡らせていると敵対的な魔術を行使する気配があった。発動前に妨害の術式を割り込ませる。
「グルルルル——」
魔力が俺と熊の間、俺に近いところで霧散し、乗り合い浮遊馬車が大きく揺れる。
「うわっ」「なんだ」「なんですの」「失礼致しました、不明の大魔力帯が突然発生したようです」
魔術の妨害は失われた技術である魔力制御を応用したかなり高度な術で、前世では自由に使えたが今の体は使い方をほとんど覚えていないので今回のように相手の魔術的性質が単純または既知である場合を除いて使えない。記憶を引き継いだと言っても泳ぐ能力や板を足につけて雪山を滑り降りる能力など体が覚えるような記憶は残っていないのだ。
街が近づくと熊は浮遊馬車から離れていった。これで終わりという気は全くしないが。
「——冗談キツイぞ! おい!!」
学院裏手の森を駆け抜ける。散発的に火薬の炸裂する音が鳴る。極めて精密な金属加工の産物、錬金術の精髄たる火薬を消費し甚大な破壊をもたらす、個人が扱える中では物理系最強級の武器、火縄銃である。弾丸に当たれば即戦闘不能と思っていい。
どうしてこうなったかというとよく分かっていない。学院に帰ってきたら敵の気配を感じて、銃士のようなので遮蔽物の多い森に逃げたのだ。敵が何者なのかも分からない。まあユルクロニの兵ではないかと思うが。魔術では分が悪いとみて物理系で攻めてきたか。
そうしているうちに何とか目当ての場所までたどり着いた。
「複数敵の牽引とは、感心しないな。侍女騎士とは、礼節を重んじるものとばかり、思っていたが」
魔王として一時期学院を騒がせたラースラーのすみかである。今日はなぜかズィロ少年もここにいて素振りをしていた。彼を掴んで墓石の影に隠れると銃弾が暮石に痕を刻んだ。これはラースラーさんとしてもあいつらを見逃さない理由ができたんじゃないかな?
「っ——こいつ——まあいい、ともかくこいつらを排除したらお仕置きだぞクソガキ」
そのロールプレイ何? こいつこういうこと言うやつだったのか。
「我々を排除などできるものか! 銃の前にそんな鎧は紙も同然だぞ!! 諦めてそいつを引き渡せ!!」
「面白い。私に傷をつけられるものならやってみろ」
「——撃て!!」
そしてラースラーの体に向けられた銃が火を噴く。しかし銃弾がラースラーの体に触れても、何の破壊も起こることなく、水が滴り落ちたように表面が軽く跳ねるだけだ。よく見ると銃弾は体に入った途端急激に減速している。弾丸は液体に入るとこうなるのだ。それでもその辺のスライムや並みのメタルスライムであれば体を飛散させていておかしくない攻撃である。これはラースラーが体を鍛えているからこそなのだ。
「飛び道具はこのラースラーには通用せん」
ラースラーが腕を振ると細長く伸びて銃士の一人を打ち据えた。腕を振り終えたと思ったら再び同じ方向から腕が振られ銃士を打ち据えていく。もう一本腕を生やしたのだ。手数の多さと攻撃の予測不能性は不定形生物の強みである。
こいつ本当にめちゃくちゃ強いな。魔術守備力は尋常でなく高い上に物理戦闘でもほとんどの攻撃が効かないし近接戦闘で勝てる気が全くしない。物理で殺そうと思ったら大質量で挟み潰すか火口にでも落とすぐらいしかないんじゃないのか。
と思っているうちに銃士の最後の一人が吹っ飛ばされ——ラースラーの腹に穴が空いた。
「な——」
矢である。それも何らかの魔術が付与されている。続いて両脚にも矢が射掛けられ、ラースラーは何とか回避して土中に沈んでいった。
「こいつは、分が悪い。何とかすれば牽引の件は、不問に付す」
しかし魔導射手か。何とか近接戦闘に持ち込みたい。射手を相手どるときの定跡手段だ。しかし現れた射手は——
「あいつ、さっきの——」
バカでかい弓を携え箙を背負った熊だった。さっき魔術を使ってこようとした熊だ。どうやって戦えばいいかな。近接戦闘に持ち込むのもむしろ自らを不利にするように見える。考えているとズィロ少年が呟いた。
「あれはアルテミス型転生者——!」
「知っているのかズィロ少年?!」
「ああ、あいつは——あいつとの接近戦は僕にやらせてくれ。後衛は任せるから。あいつとは、僕が戦わなくちゃいけない」
その表情には最初に試験で戦ったときのような遊びが全くなく、思いつめたようで——いつになく真剣であった。
「——そんな気がするんだ」
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——俺たち、生まれ変わってもきっと一緒だぜ
——僕は——あいつにもう会えないぐらいなら、炎に包まれて死んだ方がマシだ
「——君は、どんな姿になっても美しく気高いとも」




