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なんで俺が、メイド科に!?  作者: LOVE坂 ひむな
第一章 学園の巻
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月を見る人

 ——なぜ俺は二本足で立ち、二本の前足を「手」として器用に扱うのだろう。




 北の大国熊の国に盗賊団が巣食っていた。町を襲ってものを盗り男は殺して焼いて食い女は犯して焼いて食う極悪非道悪魔的品性下劣の無頼たち。暴れるだけが能ではなく頭も使って貴族らや高官たちに取り入って潰されないよう立ち回る——


 動画配信吟遊詩人が歌を歌う。嫌悪と恐怖を喚起する盗賊団に一人の戦士が奮い起ち挑みかかって、幾度も危難に陥りながらついには叩き潰すという物語だ。話し手はこれを事実として歌い、聞き手は虚構として聞く。


 盗賊団とそれを打ちのめした英雄であるが、モデルとなったものはあるとされる。それぞれ複数の盗賊団と複数の戦士が一つに統合された結果、非現実的な規模の組織と非現実的な強さの一人が戦う現在の物語ができたというのが常識的な見解だ。


 事実は違う、と伝説の時代から現代までを生きる長命の者たちは知っている。非現実的な規模の悪の方は複数の組織が一つに統合された結果で合っているが、それと戦った英雄の方は一人である。さらにはその強さはだいぶ下方修正されている。彼らのうち英雄を贔屓にする者が詩人に食ってかかり、それを周囲が困った老人を見る目で見るというのもよくある光景だった。それが「よくある光景」であることこそ戦士が実はもっと強かったということの傍証になっているとも言えるのだが。


 その戦士——【月を見る人】と呼ばれるそれには、その死に様についての複数の説と並んで、「生存説」があった。しばらく下った時代によく似た特徴の戦士が現れるということが何度か起こっているのだ。これは憧れて模倣している者であるというのが常識的な見解であるが——。


 その【月を見る人を継ぐ者】は、当代にも存在する。


 ある山奥で、『それ』は正拳突きを繰り返していた。人間ではない。直立二足歩行し道具を作り魔術を行使し人語を解しすらするが、『それ』は人間ではない。祝福されざる種族、人狼である。


 人狼たちはねずみの古龍が唱えた「蒼色の月」という【魔法】によって生じた。昼間の生態は人間とほとんど変わらないが、満月の夜ごとに破壊衝動に襲われるという呪われた種族特性をもつ。現代では薬物により破壊衝動を抑えることで人間社会の中で生きることが許容されている。見た目の上での特徴としては狼の頭と体毛に包まれた体を持つ。


 それは何かを聞き留めて耳をぴくりと動かし、正拳突きを止めた。鼻を動かして臭いを探り、やがてある方向に走り出した。


 さて、そこから一番近い、と言っても10万ヤーリは離れている村はてんやわんやの大騒ぎだった。


「暴れ龍が出たぞ!」


「イージ様! ちょうど勇者イージ様がいたはずだ!」


「ああ、任せろ、龍が相手だって俺は——」


 立ち上がった男はそのまま倒れた。龍が魔力をぶつけたのだ。魔術の行使にも至らない、単純な魔力の塊をぶつけるだけの攻撃である。


「そんな、勇者様が」「もうダメだ」「諦めるでない! 足止めぐらいにはなるはずだ。次世代を担う女子供と人々を治める領主様たちは殺させるな!!」「でも——」「でもではない!」「うるせえ無駄だって分かってんだろジジイ!」


 村の戦士が立ち向かっては虫のように焼き殺され、逃げ出しては虫のように焼き殺され、絶望が蔓延し始めたその時、——灰色の風が吹いた。そして、——そこにいる誰にも何が起きたのか分からなかった。見えたのはただ、結果だけだ。龍が崩れ落ちたという結果だけ。


「なんだ、なんなんだ」「う——うん?」「勇者様が起きたぞ」「寝てんじゃねーよクソ勇者ぁ」「おい口を慎め」「何だ、何が起きた」「それが、灰色の風が吹いたと思ったら龍が」「何かご存知ですか」


 勇者イージは少し考え込んで、やがて答えた。


「【月を見る人】だ——」


「月を見る人? おとぎ話か?」「いや、実在の人物で、最強だから今も生きてるんだろ」「じゃああいつが」「あの最強と名高い」「月を見る人は狼の頭。さっきのは灰色で同じだな」


「俺は旅の中で一度、そう呼ばれたことがあるという人狼に会ったことがあるんだ。その時も何をしたのかわからないうちに大トーフを細切れにした」


「おっかねえな」「暴れ龍をあんな一瞬で討伐したなんて」「証拠に乏しいんじゃないのか」「バカお前、大トーフや龍をあっさり殺せる奴が二人も三人もいてたまるか」


「それだけ強ければどっかの国が利用していてもおかしくないんじゃないのか」「陰謀論か」「あいつを利用するなんて不遜なこと、誰が思うもんか」「そうならその国はとっくに世界征服でもしちまってるよ」「世界中の軍隊が束になったって適うまい」


 ある山奥で、『それ』は正拳突きを繰り返していた。まだだ、まだ到底足りない。あの日見た輝きは何百年経っても薄れることがない。あの強さは瞼に焼きついたまま離れない。


 狼に生まれていればよかった、というのは多くの人狼が思うことのようだ。自分はなぜ二本足の呪われた人狼などに生まれてきたのか。


 ——人は祈ることを知って両手を組んだ。それで二本の足で立ち上がったんだ。


 『それ』は祝福されざる種族である。天に見放されても『それ』は、月に祈る。月を見上げるその時だけ、それは人間と同じになれる。かける願いは、ああ、父なる蒼き月よ。未来に転生したという彼は、いつになったら。


「——ダトゥヤール。俺はいつまで待てばいい?」


***************


「海ですわあぁぁぁぁぁ!!」


「待て、あれは——」


「サメだあぁぁぁぁぁ!!」

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