野菜の錬金術師
コロシアムにそびえたつキノコの大樹が、内側から「もげた」。
支えを失った頭上のかさは、ゆっくりと地面へ落ちていく。
そのかさのだけでも、先日ライトが倒した超巨大テントウムシと同じくらいの大きさがあった。
当然レベル99の肉体といえど、これに押しつぶされたら無事では済まない。
しかしそのかさも、何かが光ったような衝撃が走ると同時に、すぐにバラバラに砕け散ってしまった。
ガレキのように、キノコの破片が飛び散っていく。
97人分の栄養を吸い取って生まれたキノコをいともたやすく砕いた張本人であるライトは、
全身を黄金色に光らせながら空中に浮いていた。
「ら、ライト! その姿は!?」
戦場の空気が変わったことを肌で感じながら、セサミンが言う。
セサミンは察していた。
天才ライトは、今までのマッシュとセサミンの猛攻を、ほぼプレイヤースキルのみでさばいていた。
幾度かスキルを使用したり、玉ねぎ爆弾を使用したりはしたが、どちらも本当の力ではない。
ライトほどのプレイヤーならば、相当のユニークベジポンを所有しているはずなのに、その本当の力を全然ふるっていなかった。
だとしたら、今目の前にいるこの姿こそが……。
トッププレイヤー同士の戦いにあるまじき、数秒の硬直。
無限にも思える時間のなか、ライトは自分の姿を確かめていた。
「よし、ちゃんと発動はしたようだな。これで負ける心配はない」
『体力全回復』『状態異常完全無効化』
瀕死で真っ赤だったはずのHPゲージは、まんたんの緑をさしている。
今までの全ての攻防を無に帰す、反則的な自己再生。
そしてそれだけにとどまらず、
『飛行能力』、『移動速度超高速化』
空中に浮いているライトが消えたと思った瞬間、
(んな、いつの間に目の前に……!?)
セサミンの目と鼻の先に、ライトの姿があった。
もはや瞬間移動。
人並外れた運動神経と動体視力を持つはずのセサミンが、ライトの移動を認識できなかった。
「今の俺の体は、全身が常時中辛状態さ」
ライトがそう呟いている間に、セサミンは回避行動をとる。
予測不可能な状況を前にただ座しているだけではすぐに殺される。
それを悟っての行動だった。
戦いにおいては適切な行動である。
……ただ、彼女は遅すぎた。
「俺の必殺技、『ただの投擲』!!」
利き腕ではないはずのライトの左腕がうねり、一切無駄のないサイドスローのフォームの中、忍刃が撃ちだされる。
全身の体重がのらない腕だけの投擲であったが、発動している『中辛の拳』がパワーを補う。
それはもはや、ニンジンを投げているなんてレベルの攻撃ではない。
ライトの腕から、ゆらめくオレンジ色の光線が発射されたかのようだった。
「がはっ……!?」
ニンジンビームの筋を見切ることもかなわず、セサミンの胴体が貫かれる。
グロテスクな描写は控えめとなっているために風穴が空いたりするわけではないが、ダメージを受けた部分のセサミンの装備がきれいに破壊される。
ゴマをつなぎ合わせて作ったワンピースの心臓部がぶち抜かれる。
装備で隠されていた乳房の谷間だけがふんわりと姿を現した。
セサミンの防具はゴマの形状上、もろさが弱点である。
そのためライトの会心の一撃は、HPを全て吹き飛ばすのに十分なダメージであった。
体の操作を失ったセサミンが落下し始める。
体は白い光の粒子に変わり始めていた。
これが、プレイヤーが死んだときのエフェクトである。
このバトルロワイヤルの終了条件は、ラスト2人まで生き残ること。
セサミンが死んだことで、この予選の戦いは終わりを迎えた。
「……まだです! 森林再生」
その時、消え始めているセサミンの体をマッシュの使役するキノコが包んだ。
地中から送られるエネルギーがセサミンに流れ込み、体力を回復させていく。
「なるほど。キノコベジポンってのはそんなことまでできるのか」
ライトは追撃をかけることもなく、蘇生スキルを発動するマッシュを見下ろす。
マッシュはセサミンを蘇生させながらも分かっていた。
もう、自分たちの敗北は決まっているという事に。
セサミンは死亡し、マッシュは蘇生に手いっぱいで戦闘できる状態ではない。
ライトがこの予選を勝ち抜くことはほぼ決定事項だ。
だからマッシュは、最期にライトに話しかけて情報収集を図る。
「……ライトさん。あなたのその姿は、完成不可能と思われたはずの、あの伝説の、究極のベジポン……!」
ライトのほとばしるエネルギーの基は、忍刃からでもポテトンファーMからでもない。
全身を包んでいる、見慣れない何種類もの謎のベジポン。
「クミン」、「ターメリック」、「コリアンダー」、「カルダモン」、「シナモン」「オールスパイス」
ライトを包む葉物ベジポンの中に埋め込まれる、無数の丸い種。
それらはライトの体の上で砕け、混ざり合い、芳醇な香りを放ち始める。
ライトの防具を構成するベジポン一つ一つは別のものではなく、すべてあわせて一つのベジポン。
複合ベジポンだ。
「このベジタブルバトラーオンラインはさ、その名のとおり野菜で戦うVRMMOだ。ゲームだから強い野菜と弱い野菜の区別はもちろんある。そしてそれは、一応現実での野菜の性質を反映したものだ」
ライトが口を開く。
「だから俺は、現実世界において最強の野菜とは何かを考えてみた。すると答えはすぐに出た。
『香辛料』だ。」
動物は、ほかの命を奪わなくては生きていけない。
これは生きるものすべてが背負うことを避けられない業だ。
動物食を避けるベジタリアンやビーガンでさえも、「野菜」という「命」を刈り取る運命の中にある。
人間という種族は、何よりもまず「野菜」を奴隷にすることで繁栄してきたのだ。
……しかし、野菜の中にはその圧倒的な能力と価値で、人間をあざ笑うように翻弄する者がいる。
それが、香辛料。
大航海時代によって世界が開き始めた原動力の一つが、香辛料であることは至極有名な話だ。
はじめてそれを口にした貴族たちは、とてつもないほどの驚きを味わっただろう。
「味覚」という最後の感覚は、そこでやっと生まれたのだ。
現代では「素材の味」という表現でごまかされるが、野菜自体の持つ味は、あまりにも淡白なもの。
おいしい味付けに慣らされた我々の舌では、まるで満足できない。
香辛料の味を知ってしまった我々は、もう後に戻ることはできない。
あたりまえに私たちが感じている視覚・聴覚・嗅覚・触覚のどれかが希薄になったなら、それによるストレスは計り知れない。
「味覚」も、同じことだ。
本当の「味」というものを知ってしまった貴族たちは、より多くの香辛料を求める。
そのために船を造営し、船乗りを集め、資金を出資する。
遠くの大陸まで、どれだけの犠牲を払ってでも後悔する。
そうしてたどり着いた場所の原住民を虐殺し、奴隷化する。
現地の香辛料を奪い取り、本国に持ち帰る。
同じく香辛料を狙う大国同士が、決戦する。
多くの血が流れる。
多くの涙が流れる。
すべては香辛料が原因で。
その行為は愚かなものでもなんでもない。
ただ、香辛料という究極の野菜に寄生された人間たちの、哀れな末路である。
それこそが、最強のベジポンである理由だ。
……が、しかし、そんなスパイスベジポンは、このVRMMOにおいては「不遇ベジポン」の烙印を押されている。
一つ目の理由は、そのとがりすぎている栄養素。
「セロリ」や「しそ」のような緑黄色野菜や、セサミンが扱う「ごま」のように、スパイスベジポンも一撃火力タイプだ。
この種のベジポンはいかんせんクセが強い。
スパイスももちろん例外ではないどころか、余計ひどいこともありえる。
ほかの野菜を圧倒する強烈な「味」のせいで、一緒に使うベジポンのスキルを使用不可にしたり、弱体化させたりと大暴れしやがるのである。
そしてそもそもスパイスは、過剰摂取すると有毒なものも多い。
食べ過ぎたら体によくないなんて当たり前だろ、と思うだろうがスパイスはいかんせん少量でも発動してしまうから厄介だ。
有名どころだと「ナツメグ」なんて、10ミリグラム摂取するだけで幻覚等の副作用が出てくる。
かなり扱いに困るベジポンなのだ。
そして使いにくい二つ目の理由は、その希少性。
スパイスベジポンは、使う使わない以前に、所有しているプレイヤーがあまりにも少ない。
歴史における希少性を反映してみたのか知らないが、本当に入手経路が限られる。
レイドボスのドロップ率3パーセントの素材が20ないと裁判できないとかがザラである。
そうして苦労して手に入れても栽培が難しいわ、保管も難しいわ、そうして完成しても使いにくいわと、めちゃくちゃコスパが悪い。
ベジポンは使っていくうちにすぐ壊れるというこの性質は、スパイスを使うことをおっくうにしていた。
……しかし、そんなスパイスベジポンにはある究極の姿があった。
それは、錬金術と思えるような錬成の結果生まれたシロモノ、その名は、「カレーライス」
「すごく楽しかったよ、マッシュ。まさか予選の段階で、これを使わされるとは思わなかった」
野菜の錬金術師は、マッシュを見下ろしながら笑う。




