第93話 第三章最終話・夢の続き
地上に戻ってきた。
すっかり朝だ。
迷宮からはコボルドたちがぞろぞろと出てくる。
コボルド以外の地上での活動が難しそうなモンスターに関しては、一度セレネの魔力に戻すそうだ。
召喚モンスターでも一度限りの命、とか難しく考えてしまうのは俺だけらしい。
まあ、自我の有る無しでもまた違ってくるだろうが。
小木さんのイメージに引っ張られすぎなのかもしれない。
よく考えたら、俺もウィスプを出したり引っ込めたりしてたな?
ウィリアムの奴には色んな意味で騙されたとしか言えない。
ちなみにワイバーンのゼファーは夢幻階層に放置らしい。
どうせヒュドラと百頭竜以外でアレを倒せる奴なんていない、とのことだ。
まじかよアレそんなに強いの? なんでそんなの使役できるの?
いやまあ、倒されそうになっても飛んで逃げられるって意味もあるんだろうけど。
最強はコボルド軍団とは言ってたが、あっちはソロなのにそれほどの評価か。
剣の街の大怪獣と同じで、設計間違えて想定外に強くなっちゃった個体なんだろうなあアレ……。
セレネは強すぎるモンスターは使役できないと言っていたが、多分これ他の条件もあるな。
ゲームのドゥームダンジョンにおけるブレードとセルベールは、亡国とは無関係の独立勢力だ。その辺の設定が作用して、セレネの管轄外になっているのではないだろうか。
西の隣街はヒュドラのテリトリー。
なので皆で橋を渡り、アジトのある中央の街へと戻ってきた。
セレネの合図で、コボルドたちは思い思いに街中へと散っていく。
コボルドマーセナリーが何人か残るようだ。
あと、ナイトとメイジがひとりずつ。
そしてヒーラーからもひとり、俺のそばに歩いてくる。
あ、お前か。
すまんが集団の中だと誰が誰だか全然分からんかった……。
「うわっコボルドヒーラーだ! あとマーセナリーと……誰?」
エーコにメッセを送っておいたので、ショッピングモールの入り口前までモニクと一緒に迎えに来てくれた。
「あー、この人は俺の元バイト仲間で、元滅亡の支配者さん」
「???」
うん、滅亡の支配者さんは雰囲気全然違うから分からんよね。
アジトに戻る前に、セレネの日用品も揃えなければならない。
なら先に話しておくかと、とりあえず入り口付近のベンチに腰掛ける。
ざっくりと経緯を説明した。
「次世代の超越者ハイドラと、その眷属ドゥームフィーンドか……」
モニクはほんの僅か、難しそうな表情と声音で言う。
それは人類に比べればあまりにも少数――
超越者に比べればあまりにも脆弱な勢力――
彼らがこれから生き延びていく難しさを、誰よりも理解しているゆえにか。
「それにしても、超越者に至るまでが千年って凄いねー」
エーコは素直にそう言うが、俺としては「なげーよ」という感想しかない。
「いや、それは嘘だぞ」
「は?」
「時間をかければ超越者に至れるというのは真理ではある。が、超越者に至る前からそんなに長く生きる者などいない」
…………?
「キミの話を聞く限り……そのセルベールとやらに、からかわれたのだろうな」
あ、あの野郎~。
「…………」
隣に座っていたコボルドヒーラーが俺の服の裾を引っ張った。
「どうした……?」
「先輩。もしかしたらこの子たち……お腹が空いているのかも」
空腹……?
ブレードはヒュドラ毒の呪縛の克服と共に食事が必要になったという。
ということは、ここに残ったコボルドたちも……?
呪縛の克服は、百頭竜クラスの個体だけだったはずでは?
いや……ドゥームフィーンドを造った目的を考えれば、ヒュドラ毒が無ければ生きられない生物というのでは話にならない。
最初から仕組まれていたと考えるべきだな。
例の蠱毒魔法のリザルト。黄金騎士の撃破をトリガーとした種族強化だろうか。
「アヤセくん、歓迎会とかするの?」
歓迎会……メシか。
人間二名、超越者一名、眷属幹部二名、コボルド六名。
全部で十一人。
ここも大所帯になったなあ。
「じゃあ今からレストラン街で食事にしよう。あそこなら色々出せるし」
「ホントに? うわー楽しみー」
ショッピングモールの中庭に面したレストラン街へとやってきた。
「テラス席を使うか。その辺の店から食い物持ってくるわ」
コボルドたちはそれを聞くと何人かが俺に付いて来る。
ん? 手伝ってくれんの?
そうだな、冷めても大丈夫なものから。
まずは寿司かな。
回転寿司のチェーン店に入ると、持ち帰り用の桶をいくつか召喚する。
コボルドたちに渡すと丁寧に運ぶ。
ちゃんと理解しているようだ。
あとは簡単につまめるもの。
カフェのサンドイッチに、イタリアンのピザ。中華の点心。
それから温かいもの。
焼き肉屋か……。七輪ごと持っていくか。
お、この和食屋はおでんもあるのか。いいね。
テラスに戻ると、セレネはエーコと何か話している。
セレネの表情は読めないが、エーコの雰囲気から察するに空気は悪くない。
マーセナリーズはやたらてきぱきと会場を整えていた。
掃除用具らしきもので机と椅子を磨きあげ、食べ物を見栄えよく並べる。
え、なんでこいつらこんな有能なの?
ハウスキーパーかなんかなの?
マーセナリーの比率が多い理由が戦闘効率のためというのは、ただの俺の深読みだったのかな?
ゲーム内では器用貧乏イメージな傭兵の意外な長所。あの街を管理するために大量に喚び出されていただけなのかもしれない。
「ブレード、酒はこれでいいか?」
味はあんまり分からないのだが、高そうなビンの日本酒と枡に入れたコップをブレードの前に置いてやる。
「うむ」
興味深そうにビンのラベルを読むブレード。
準備はこんなもんだな。
コボルドたちに声をかける。
「お疲れさん。お前らも好きなもん食ってくれ。言ってくれりゃおかわりも用意するからな」
マーセナリーズは頷いて、それぞれ皿を持つ。
ナイトが七輪をひとつ確保して中庭の地面に置き、メイジが火を付ける。
それを五人で囲んで座る。
おお、なんか雰囲気あるなお前ら。冒険者の野営みたいだ。
肉は分かるんだが、寿司も焼きそうな勢いだな?
まあ好きにしたらいいさ。
ヒーラーはそちらに加わらずに、椅子に座ってテーブル上のおでん鍋をすんすんと嗅いでいた。
お前……この中でそれを選ぶとかシブい趣味してるな。
「あー、皆ももう食ってくれ。乾杯の音頭とかはいらないだろ?」
「はーい。いただきます」
エーコは元気よく寿司に箸を伸ばし、ブレードは酒を注いだ。
モニクが缶ビールを開けるのを見ると、セレネも遠慮がちに缶を取る。
あ、飲む人なんだ。
ヒーラーにおでんをいくつかよそってやった。
串を添えると、それに具を刺して食べている。
俺も缶ビールを開けた。ひと口飲む。
なんだか凄く久しぶりな味だ。少し苦く感じた。
前に飲んでからそんなに日は経ってないんだけどな。
腹は減ってるはずなんだが……。
長時間食ってなかったせいで、急には受け付けないのだろうか。
まだ食欲が湧かない。
「少し疲れているみたいだな、アヤセ。だが健康状態は悪くない。すぐに良くなるから心配はいらないだろう」
「そうか。ありがとうモニク」
腹に二回ほど穴を空けられたが、別に後遺症とかは無いらしい。
病は気からってやつだな。
ヒーラーはもう皿をカラにしていた。
俺の腕をてしてしと叩き、鍋のとある具を指差す。
「つみれがいいのか? 好きなだけ食っていいぞ」
追加でつみれを召喚する。店に戻ってないのに何故か召喚できた。
ジャンクフード召喚の射程距離が少し伸びたか?
先程と違う具を何種類かと、つみれをみっつ、皿に乗せてやる。
ヒーラーはしっぽをぶんぶんと振り回していた。
「ね、アヤセくん。その子の名前、なんていうの?」
おでんを頬張るヒーラーをぼーっと眺めながら答える。
「こいつの名前はツミレだ」
「今考えたよねそれ!?」
蛇の名前とか付けたら強くなるかもしれんが、ワーウルフみたいなナリになられても困るし。
その様子を見ていたセレネが少し遠慮がちに聞いてくる。
「先輩の魔法、どんな食べ物でも出せるんですか?」
「料理系はそれが作られた場所じゃないと出せない。食材とかスーパーやコンビニの既製品なら、俺が記憶したものは全て出せる」
それを聞いて考え込むセレネ。
「なにか欲しいものでもあんの?」
「ヘビースターって……出せますか?」
なんて?
――『ヘビースター』。
それはかつて最上さんが休憩中にたまに食ってた、乾麺を砕いたような駄菓子の名前である。
「出せるけど」
小分けの袋がいくつも入った大きいパックのヘビースターを召喚した。
セレネはそれを大事そうに受け取る。
そうか……。
かつてのセレネにとっては日常の味。
それは迷宮では決して手が届かなかったもの。
どんな贅沢な食事よりも……。
それがセレネにとっては。
地上に帰ってきたという何よりの――
普っ通~に美味そうにボリボリ食ってる。
ただの俺の深読みだった。単なる好物だこれ。
ヘビースターをつまみに、ゴクゴクと缶ビールを飲っていた。
こ、この女……。
俺よりも高いジャンクフード適正を!?
視線に気付いたのか、スッと小袋をひとつ差し出してくるセレネ。
「美味しいですよ?」
「……いただきます」
袋を開けて中身をつまむと、ボリボリと咀嚼した。
塩分が強い。
噛み砕いた小麦粉が口の中の水分を奪う。
二重の意味で喉が渇く。
たまらずビールを飲んだ。
冷たさと炭酸の刺激。ホップの香り。
ビールの美味さを少し思い出してきた。
そして、不足している塩分を身体が欲していることも思い出す。
再びヘビースターを口に運ぶ。
塩分が染みる。ほんのりと甘みも感じる。
チキンと醤油と、その他様々な旨みが絡み合う。
食欲を少し思い出してきた。
再びビールで追う。空腹が刺激された。
袋の中身とビールを往復する。
ヘビースターとビールの無限サイクル。
自らの尾を喰らう無限の蛇のように、完結された世界がそこに在った。
気付けば、袋と缶はカラになっていた。
「美味いな……」
「ですよね!」
顔を上げたとき、前を見て俺は内心うろたえる。
かつてのささやかな日常はあの日、泡沫の夢の如く儚く消え去って。
しかし確かに俺は、夢の続きを僅かでも取り戻せたのかもしれない。
視線の先にあったのは――俺が初めて見る最上さんの笑顔だった。
第三章 泡沫の街のセレネ ~完~




