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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第三章 泡沫の街のセレネ

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第79話 邯鄲の夢

「地下洞窟の底にあったのは空が見える街……ジュブナイルみたいな話だねえ」


 コンビニのレジカウンターにて、そう小木(おぎ)さんは言うのだが。

 ジュブナイルってなんだっけ……?


 小木さんとの会話では、たまにこういうジェネレーションギャップが発生する。


「ライトノベルのことですよ先輩」


 本当に???

 最上(もがみ)さんの答もかなり怪しいが、言わんとしている意味は伝わった。


 小木さんは自分の言葉が若者に通じなかったことがショックなのか、がっくりとうなだれている。あ、復活した。


「それで、オロチくんはその街でなにか目的があるのかい?」


 いやー? 特にこれといっては……。


「先輩は早く次の階層へ行きたい。そうですよね?」


 そう、それだ。


 でも夢幻階層の広さは尋常ではない。

 ブレードによれば、地上の封鎖地域と同じ広さがあるかもしれないとのことだった。

 そんな中から階段?ひとつ見つけろとか。


「それはまだ、オロチくんが次に進むべきときではない。そういうことなんじゃないかな?」


 含蓄があってそれっぽいけど、まるで役に立たないことを言う小木さん。


 もっともこの小木さんは俺の夢の登場人物であり、つまりこの意見も俺の脳内から出たものではあるのだが……。


「違いますよ。そんなの、階段の位置を知ってる人に聞けばいいんです」


 具体的だけど、前提からして成立していないことを言う最上さん。


 そんなこと聞ける相手が居るなら苦労ないわ。


「どちらが正しいのかな? あるいはどちらも正しいのかも」

「そうですね。別に矛盾する意見ではないです」


 そうか。

 正しくないと思った考えでも、見方を変えれば正しいということもある。


「オロチくんにはその街ですべきことがある」

「それは、次の階層への入り口を知ってる人に会えばいいんです」


 なるほど。

 言い方を変えただけだが、あながち間違いともいえなくなった……のか?


 いるんだろうか? そんな奴……。

 いやいたわ。四騎士。

 次の階層から来ている張本人なんだから、あいつらに聞けばいい。

 四騎士というか、ふたりしか見てないから二騎士。

 あんまり奴らの協力は期待できないけどな……。


 とにかく次の方針は決まった。

 三人寄ればなんとやらだな。


「ところで、カウンターに三人はいらないんじゃないかな」


 そっすね。


「そうですよ先輩。もう上がりの時間じゃないですか」


 もうそんな時間だったか。


「ここは私に任せてください」


 主人公に代わって中ボスと戦う仲間みたいなセリフを吐きながら、最上さんはレジへと接客しにいって――




 そこで目が覚めた。




 邯鄲(かんたん)の夢だ。

 人生の栄華も喜びも、全ては一瞬の儚い夢。

 栄華というにはささやか過ぎる日常だったが、それが尊いものだと気付くのは失った後で――


「良く眠れたかい?」


 モニクは既に起きていた。

 寝ていたのかどうかも分からないが。

 座卓でくつろぎながら、あごを手の上に乗せてこちらを見ている。

 例のゴツい剣は畳の上に無造作に置かれていた。


「ああ……」


 寝床から身体を起こした。

 体調は悪くない。

 継承された力が馴染んで、昨日よりも少しだけ強くなれた気がする。

 これなら夢幻階層の探索も問題あるまい。


 しかし、心はまだぼんやりとしたままだ。

 ふと思いついた、曖昧な考えをつい口にする。


「モニク。ドゥームダンジョンの話って、モデルがあったりすると思うか? ヒュドラ絡みで過去に実際にあった事件とか」


「無いと思うが、何故そんなことを聞く?」


 なんでだろう。

 まだ寝ぼけているので、深い考えもなく聞いてしまった。

 そんなところだろうけど。

 単にモニクと、意味の無い会話がしたかっただけかもしれない。


「いくらヒュドラの意図とはいえ、登場人物たちのノリが良過ぎる気がしてな……」


 ブレードもセルベールも架空のキャラ、架空の役割だ。

 しかし、その言動は真に迫ったものがある。


 とはいえあいつらってヒュドラ生物だからなあ……。

 精神構造がどうなってても不思議はないわけで。

 それこそヒュドラがプログラミングしたNPCのような存在なのかもしれない。

 人間の基準で考えるから、違和感を覚えるだけだ。


 実際、中身が人間のハイドラはこの内ゲバに参加すらしていない。

 完全に蚊帳の外だ。

 やっぱり失敗作だから放置されてるとか?


「あのブレードという男。ヒュドラ生物でありながら、本気でアヤセと共闘するつもりのようにすら見える。それが不思議だということかい?」


「そう……かもな。あいつは創造主には忠誠心あるらしいし、本当の敵は俺らのはずだろ? 作り話が元ネタのケンカに入れ込むのが不思議でさ」


「だからあの物語が、過去実際にあった話かもしれないと思ったわけだね。……でもそれは無いよ。少なくとも、国を滅ぼされた王女が地下に籠もりモンスターを率いて復讐する話、なんてものはね。フィクションならあるかもしれないが、歴史上には似た話は無い」


「だよなー。ファンタジーに過ぎる」


 まあこの世界には、俺が知らなかっただけで結構ファンタジーな事実も隠されていたわけだが。

 モニクが無いと言うなら無いのだろう。


「あれはただの創作だ。復讐と対立の物語構造が、キミの言う『蠱毒』に都合が良いから利用された。キミが推測した通りだと思う」


「ならブレードも、その戦いに本気で取り組むための思考を持った生物。そうヒュドラに造られているってことでいいのかな」


「いや、ブレードの思考は恐らく人間と大差ない。彼には同胞と争うだけの、確固たる思いがあるのだろう」


「ふむ……」


 ブレードはプログラムされた疑似思考の持ち主などではなく、ちゃんとした意思がある。それならそのほうが、共闘する分には好ましい。

 敵に回してしまったなら、心など無かったほうが良いかもしれないが……。




「おはようございます!」


 食堂に来てからしばらくの後、エーコが出勤してきた。

 挨拶が普段の俺に対してよりも丁寧なのは、モニクも居るからだな。


「む。ブレードもこちらへ来るようだ。恐らくエーコが来たのを察知したのだろうな」


 そうなの?

 俺にはここのメンバーの気配を読むことが出来ない。

 どうやら俺の索敵能力は四人の中で最下位のようだ。


 と思ったら、ブレードが半径五十メートルの射程内に入るのを察知した。

 下の階に居るな。わざと気配を殺していないのか。

 あいつ……察しがいいから俺に気を使っているまである……。


 そしてバックヤードに場違いなエセ侍が現れた。


「揃っているようだな」


「おはようございます、ブレードさん。昨日は慌ただしくしてしまってすみません。これからよろしくお願いします」


「うむ。こちらこそよろしく頼む」


 昨日はクソボスとか言い掛けてたのに、エーコはブレードに対しても丁寧だった。

 というか、エーコが丁寧に話さないのは俺だけだった。

 いや別にいいんだが。

 親近感の表れだよね???


「えっと、じゃあ昨日はざっくりと伝えただけだったので。改めて情報共有と今後の方針について相談しようと思う」


 と、席に着いた三人を見回して伝える。


「そうそう。昨日の話だけじゃ全然分かんなかったよー。特に夢幻階層!」

「うん。あ、俺ら朝メシまだなんだけどエーコは?」

「食べてきたけど食べるー。クラブハウスサンドセットがいい」

「ボクは豚骨醤油ラーメンとチャーシューチャーハンで」

「ブレードは?」


 二回目の朝食を摂ろうとする人がいたり、時間を間違えているかのような注文が飛んできたりしたが俺はもう慣れている。


 ブレードも俗世の常識とは隔絶した存在なので、特に驚いたふうもない。

 ふたりと違うのは、まだ暗記していない食堂メニューをめくっていることくらいか。


「……このカツカレーと缶ビールを頼む」

「…………朝から酒はやめろ」

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