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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
終章 始まりの街のオクテット

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第143話 転魂玉

「六合器の価値を誰よりも認め、誰よりも使いこなしたのがその男だ。某と同等の大罪人よな。だが、話は出来んぞ。心が壊れてしまっておる」


 今更だが、なんでこのふたりは投獄されたんだ?

 皇帝の差し金なら、皇帝は六合器の危険性に気付いたということか。

 史実ではシュウダが六合器の使用を禁じ、時の皇帝もそれを支持したってことだが。

 順番が逆だな……。


 カダの前に行き、地面を見つめる視線を妨害する。

 少し目が動いた。見えているのか?

 心が壊れているというが、それは外からそう見えるだけかもしれない。

 肉体が魂に追い付かなくなってしまっただけ、ということもあり得る。


 相手の『声』を聴こうと試みる。

 念話には本来発声など必要ないはずだ。

 実際コボルドたちは声を出していない。

 声を出すのは、そうしないと上手く魔法が使えないから、というだけのこと。

 呪文を唱えたり、杖を構えたり。そういった補助と同じことをおこなっているに過ぎない。


 視界を閉ざし、心の聴覚を研ぎ澄ます。

 種類を制限することで、ウィスプの能力は向上する。

 魂との、直接交信を試みる。


『そこに……()るのは誰ぞ?』


 ぼんやりと、相手の意思が伝わってきた。

 脳内に浮かび上がる人影は、ライオンの頭を持つ獣人だった。


 …………はて?


 さっき見た現実のカダは人間種だったが?

 深層心理で姿が獣人種に変わる、なんてことがあるんだろうか。


『俺はオロチ。あんたは《幻魔侯》のカダか?』

『オロチ……? いや、余はカダなどではない』


 は?

 カダじゃない?


『余は――――ネメア』

『なんだと!? ……まさか、《百頭竜》ネメアか?』

『何故その名を? いや……それは余ではない。初代皇帝のことだ』

『あんた、皇帝ネメアか! なんで皇帝が牢につながれている?』

『カダに……嵌められたのだ』

『あんたはいつの皇帝だ? 過去の皇帝の亡霊とかじゃないだろうな?』


 皇帝を名乗るライオンの獣人から聞き出した即位の年は、間違いなく当代のものだ。

 俺は今、ウィスプの念話により直接心の中から情報を引き出している。

 たとえ百頭竜であったとしても、この状態で俺を騙すことは不可能に近い。


 それなら……シュウダを城に招いた皇帝は何者だ?

 いや、考えるまでもない。これは皇帝の言うようにカダの差し金だ。

 だが、その目的はなんだ?

 この時代、シュウダとカダに面識は無い。

 将来の英雄とはいえ、今のシュウダは市井で活躍した程度の男に過ぎない。

 それをわざわざ城に招く理由。


 未来では、《九つ首》の中でシュウダの魂だけが行方不明になっている。

 その原因はまだ分からない。


 この時代に於いて、シュウダの真の価値を知る者は誰だ。

 未来の情報を持つ俺、それを聞いたセルベール、あるいは――


 嫌な予感がする……。


 ウィスプの意識をシャットダウンする。

 天叢雲剣に宿る魂の本体を起こすためだ。

 そして、俺の本体は眠りから覚めるように視界を取り戻した。




 ここは……謁見の間か。

 俺はシュウダの腰に下げられたまま。

 シュウダは無事だ。

 なんで帯剣が許されているんだ?


 正面奥の玉座にはライオンの頭の獣人が腰掛けている。

 なるほど……『ネメアーの獅子』。

 ヒュドラの兄弟とされる怪物になぞらえた百頭竜。

 その眷属だか子孫だかが、新世界の代々の統治者として選ばれたわけか。

 獅子の獣人というといかにも屈強なイメージだが、その身体は狼の獣人種であるラウルよりも痩せているように見えた。


 並み居る衛兵たちからは、異様な気配が感じられる。

 それ以外でここに居るのは皇帝と、シュウダと、そして――


「おい、セルベール……?」


 シュウダの声を無視し、セルベールはつかつかと皇帝のほうへ歩み寄る。

 そもそも、なんであいつまで居る?

 世間ではセルベールの名は知られていない。

 あいつはただの付き添い、傍から見れば従者か何かだ。

 そんな奴がシュウダと同時に謁見?

 帯剣の許可といい、なんだこの違和感は?


 そして、玉座の傍らにまで進んだセルベールは振り返った。


 その顔には邪悪な笑みが湛えられ――


「《幻魔侯》殿。あれがネメア帝国史上最強の剣士――シュウダですぞ」


「うむ……我が神が求める魂に相違ない。よくぞ連れて参った」


「幻魔侯!? おい、何を言っている! これはどういうことだ!」


 セルベールはおかしくて堪らないというように笑いながら、シュウダを嘲るように語りかける。


「クックッ……。鴨が葱を背負ってとは正にこのこと。わざわざ自分の魂を封じる器、天叢雲剣を携えてノコノコやって来るのだからねえ」


 天叢雲剣が……シュウダを封じる器……?


「魂……? セルベール! お前はヒュドラの手先だったのか!?」


「ヒュドラ? 笑わせるな。そのような矮小な存在に吾輩が(かしず)くとでも? 吾輩も幻魔侯殿も、心酔する主は唯ひとり。それは――」


 セルベールの言葉に続くように皇帝――いや、カダがその名を口にする。




「それは宇宙の神――――『ヴリトラ』様だ」




 ここでそんな話をするということは、この場に居る衛兵たちは全てカダの手下か。

 それでも、シュウダの心に焦りは感じられない。

 ただ、静かな怒りがそこにあった。


「そうか。言いたいことはそれだけか? 魂を封じる? やってみろ。やれるものならな」


 片手剣を抜き放ち、闘気が風となって空気を揺らす。


「ここで貴様を倒すことは容易い。しかし史上最強という剣士の器は少し惜しいな」

「そうでありましょう。魂を封じるなら今こそが好機」


 セルベールに促され、カダは懐から装飾の付いた宝玉のようなものを取り出し掲げる。


「《六合器》――転魂玉」


 そのコズミック・クラフトの名が呼ばれた直後、シュウダの身体がよろめいた。


『な、なんだこれは……いったいどうなってる!?』


 シュウダの声が聴こえる。

 だが、その叫びは俺以外の誰にも伝わらない。


 何故なら、シュウダの魂はその肉体を離れてしまっていたからだ。

 その魂は、天叢雲剣の中にあった。

 これは剣の力ではない。あの転魂玉というコズミック・クラフトの能力だろう。


 魂と肉体は、どんな組み合わせでも連動するわけではない。

 故に剣となったシュウダは喋れない。

 自覚は無かったが、剣に入っても喋れるということ自体、希少な資質であったようだ。

 その喋れる俺であっても、ほとんどの人間とは念話も出来なかったではないか。


 転魂玉は……俺が思うにまともな利用方法がほとんど無いコズミック・クラフトだ。

 平たく言って失敗作。

 牢屋に居た皇帝は廃人同然だった。

 転魂玉で別の肉体に無理やり魂を入れられたからだ。

 皇帝の肉体を操っていると思われる、カダの能力が突出しているだけなのだろう。


 そしてカダは、己の野望を成し得たことを確信し宣言する。


「さあ、シュウダよ。その魂を神に捧げるときが来た」


 深い深い闇の底へ、シュウダの魂は堕ちていく。


 俺はそれを、ただ見ていることしか出来なかった。

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