第122話 竜の力に至る者
『じゃあ奴は、えっと。百頭竜七体分くらいの力があるのか?』
「単純計算は出来ないが……さっきの攻撃の威力からすると、そういうことかもしれないな」
魔力が多ければ強い、というわけではない。
それはこれまでのイルヤンカの様子からも明らかだし、エキドナの意識が表層に出ている今でも、調子が悪そうなのは変わらない。
俺の《継承》とは明らかに違う。
格上を《捕食》すると、こんな弊害が出ることもあるのか。
こいつは変な保護色の能力とか、食ったモノに影響されやすいタチなのかもしれない。
イルヤンカとは酒に酔って殺される竜だったか?
どこかで聞いたような話だ……。
放置すればいずれ勝手に死ぬような気もする。
だが逃げるのは無理だ。
あのブレスの射程は絶望的なまでに長い。
今ここで倒すしかない!
『それで、どうやってヤツを倒す?』
「そこまでは考えてねえ」
『マジかよ……』
ここから先はほとんど博打だ。
奴の体内に収束している魔力をどうにかすれば、ハイドラの攻撃でもダメージを与えられるかもしれない。
「一度だけなら奴のブレスを消せる。そしたら口の中に攻撃を撃ち込め。テュポーンをブッ飛ばしたときの威力で頼む」
『簡単に言って……いや、分かった。やるよ』
俺の魔法斬りで、あのブレスを消せればの話だがな。
一度だけ消せるというのはウソだ。
相性有利程度では、絶対的な実力差は覆せない。
あのブレスを正面から消しにいって失敗したら、消えるのは俺のほうだ。
フラグ……。
回収することになるなんて勘弁願いたい。
「奴は今、俺のほうに向いている。返事はしなくていい。気配を消して、狙撃しやすい場所に移動してくれ。狙うのは口の中、頭の上からじゃ無理だ」
ヒュドラ――百頭竜カオス。
奴の言うことを信じるなら、もう地上には戻ってこないというが。
そうしたら、わざわざ奴と戦う者などいるだろうか?
殺された人たちの仇を討ち、無念を晴らす者はいるだろうか?
俺がやるしかない。そう思っていた。
だが、もうひとりいた。
奴らへの『怒り』で戦うのは俺だけではなかったんだ。
ハイドラ、お前になら俺の跡を――
失敗前提で立ち向かうわけじゃない。
もしブレスが消せなかったとしても、攻撃直後が最大のチャンスであることに変わりはない。
体内の魔力の層が最も薄くなるのはその瞬間だ。
ハイドラの一撃ならば、あるいは。
片手斧アギトを手に、エキドナの攻撃を待つ。
「いや……いくらなんでもそれで斬るのは無理だよ、アヤセ」
…………。
「何故ここに……」
「何故じゃないよ。ふたり居なくなって戦闘音が聞こえてくれば、来るに決まっているだろう」
そう述べる小さなモニクは、いつの間にか俺のすぐ隣まで来ていた。
余りにもエキドナに集中していて気付かなかった。
というか少しでも集中を切らしたらまずい。今非常にまずい。
「モニク……! すぐに逃げ――」
「アヤセはときどき投げ遣りになるからね。軽々しく命をかけてもらっては困る。ボクが巻き添えになると知れば、そんな無茶はしないだろう?」
「うっ……」
「だからアヤセ――ボクを守ってくれ」
モニクは……そんなにも俺の性格を理解しているのか。
それとも、俺が分かりやすすぎるだけなのか?
駄目だ。
こんな博打みたいな方法では駄目だ。
作戦変更……いや、作戦はこのままでもいい。
何か、何か別の手段は無いか。
収納の中を探す。
めぼしいものは無い。
次に情報収納の中を検索する。
…………。
これは……。
これは、武器ですらない。
しかし、現状を打破するにはこれしか無いように思える。
ただ使うだけでは駄目だ。どうすれば……。
考えろ。
自分の力が及ばないとき、俺はどうしていた?
ドゥームダンジョンの戦いでは、俺はバジリスクの力に頼った。
バジリスクの力は、俺には使用不可能な魔法も可能にしてくれた。
だがあいつでは、今回の作戦には使えない。
いや……。
バジリスクは死んでこの世に居ないのに、何故俺はその力を使える?
情報収納に入っているから?
違う、あれはただの死体だ。
魔力の塊でしかない。
ここ数日、ウィスプの記憶を読むことで高まった魔力操作の技術は、俺自身の魔法に対する理解をより深い段階へと押し進めていた。
俺は……存在しないバジリスクを喚び出して、俺の代わりに術式を行使させていたのだ。
ヒュドラの召喚を忌避する俺が、無意識におこなっていた召喚魔法。
そうか、これが――
『なにを……コソコソと……動き回っている』
…………!?
エキドナの意識が俺から逸れた?
何故だ?
エキドナが頭部を向けた先、そこには――
強大な魔力を溜める、ハイドラの気配があった。
「何をしてる! ハイドラ!」
『馬鹿野郎! モニクを巻き込むわけにいくか! 囮はあたしがやる。お前が奴の腹に入って内側から掻っ捌いてこい!』
「お前じゃブレスを止めるのは無理だ! よせ!」
『小癪な……眷属どもが……』
エキドナの警戒心が、完全にハイドラに傾いちまった!
俺の力じゃこちらに引き付けるのは……。
いや、ここに居るのは俺だけではない!
「おいっ!! エキドナァ!!!」
『妾の名を気安く呼ぶな……』
「お前らヒュドラを一撃でブッ殺したこの《冥王》だけどな! なんと自前の時間魔法で若返り放題らしいぞ! これが証拠だ!!!」
小モニクの肩を掴んでアピールする。
「アヤセ……?」
かつてないほどの呆れ顔を俺に向けるモニク。レア表情だ。
『き、貴様ァ……! ウオオオォォォ!! なんと恨めしい!!!』
「そうだ! 悔しかったら! しっかり狙えよな!!!」
『スネーク! 何してんだテメー!!!』
「あと、このふたりはボクの眷属ではないのだが……」
へっ……。
軽口を叩くとは余裕じゃないか、モニク。
なんで俺なんかをそこまで信頼するのかね。
エキドナの魔力は今にも吐き出されんばかりに収束している。
そして、俺は情報収納から『切り札』を引き出した。
弓なりに曲がる先端の尖った棒状の物体、まるで一振りの刀のようなそれは――
「アヤセ……なんだそれは?」
「これは世界蛇の牙。セレネからの貰い物だ。一部アギトの素材にしちまったんで、ちょっと欠けてるけど」
「生物の牙? それが?」
「この世に存在しない、想像上の生物だけどな!」
この牙に眠るのは架空の記憶だ。
元ネタである神話から始まり、ドゥームダンジョンをプレイした多くのユーザーが想像したモノ。
この世どころか、ゲーム内にすら存在しない怪物。
今から喚び出すモノは、封鎖地域で失われた命を材料にしているわけではない。
それはほんの僅かな『魔法』を寄せ集めたものだ。
古今の大勢の人々の祈りが、願いが、夢が、物語が。
それらが生み出す微かな魔法の蓄積が。
創造主ハイドラによって具現化され、セレネに引き継がれ、そして今……俺の手中に収まっている。
牙を高く高く掲げ、上空を見上げる。
地球の衛星軌道をぐるりと一周するようなイメージを天に描く。
この魔法……屋内とか地下迷宮じゃ多分使えないな。
術式を実行するのは俺ではない何か――『無より現れし神』。
いや、そこまで大げさな存在である必要はない。
目の前の竜よりも、ほんの少し強ければそれでいい。
俺が初めて《創造》する召喚モンスター。
あの超越者ヒュドラよりも遥かに巨大な、世界を取り囲む蛇。
とはいえ、恐らく実体は無いのだろう。
だが俺は確かに、遥か天空にその存在を知覚する。
それは無より現れし、新たなるドゥームフィーンド。
そして――『竜』の力に至る者。
天空より送り込まれた力は世界蛇の牙に宿り、魔力の剣と化す。
今まさにブレスを吐き出さんとするエキドナに向けて――
その牙を、振り抜く。
「全てを消し去れ。《百頭竜》――ミドガルズオルム!」




