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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第四章 瓦礫の街のモニク

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第115話 無より現れし神

「今日は座学を行おう」


 座学?

 ……そして俺も?

 まあ、確かに俺の知識は中途半端だが。


 昨日と同じ空き地での訓練中、時刻は昼過ぎだったので少し休憩していたところだ。


「ハイドラの魔法は同じ訓練で急激に伸びるものでもない。少し、超越者について話そうか。この先を生き延びるのに、必要な知識だ」


 そうだな……。

 百頭竜、というかダンジョンマスターについては、恐らく俺だけで勝てないこともないのだ。迷宮維持のため、本来の力を大きく制限されたヒュドラ生物だからな。

 今、俺たちにとって脅威なのはやはり超越者だろう。


「そもそも超越者ってなんなんだ」


 おお、なんて素直な疑問なんだ。やるなハイドラ。


「地球外のことになるとボクにも分からないが、アネモネに言わせると生物の限界を越えて成長した者ということになるな。ただ、これに当て嵌まらない者も居るので、強さ以外に明確な定義は無いとも言える」


 俺も質問してみよう。


「鍛えればそのうち超越者に至る、ってわけでもないんだよな」

「素質は必要だろうね。魔法で超越の力を生み出したヒュドラは例外だ」


 一定の強さの領域にいるのが超越者。

 ただしそこに至る手段は様々、ってことか。


「多くの超越者や眷属は、神話や伝承に登場する者の名を持っているが……それは重要でもあり、そこまで重要でもない」


「どっちなんだ……」


 ハイドラの突っ込みももっともなんだが、事実そういう矛盾を孕んだ場面や人物を多く見てきた俺としては納得せざるを得ない。

 セレネなんて、その最たるものだろう。


「超越者の出自についてだが……。アヤセはアネモネに会っているから、その出自が様々であっても驚かないだろうが、普通は違う」


 そうなの?


「地球の超越者は、ほとんど人間からしか生まれないんだよ。知的生命体でなければ超越者に至るのは難しいからね。いや、割合で言えば眷属から誕生することが最も多いが……人間の超越者が創造した眷属というのは、本質的に人間とほぼ変わりはない。だからやはり、人間由来の超越者と言っていい」


 そして、モニクはこう続けた。


「つまり、ヒュドラ生物も姿はどうあれ人間と大差ない生き物なのだ」


 肯定も否定もし難い話だな。

 普通の人間からしてみれば眉をひそめるような話かもしれないが、俺にはセレネもブレードも、そしてハイドラも、人間から遠い生物とは思えない。

 セルベールは知らん、と言いたいがある意味あいつはこの中で最も人間味があるな。

 良くも悪くも。


「そして人間出身でもない、その他の生物でもない、特殊な超越者も存在する。『無より現れし神』とでも言おうか」


 神……。

 超越者自体が人間から見れば神の如き存在だが、それよりもなお、神っぽい存在ってことなんだろうかね。


「想像から生まれた実体を持たない超越者、というものも居るのだ。それは人間からすれば、まさに神と言っても過言ではない存在だね。実例を挙げることも出来るが……ボクの口からそれを語るのは少し(はばか)られるな」


 モニクでも言いづらいことなんてあるんか。

 俺が妙なところで感心していると、ハイドラが半目になりながら感想を言う。


「想像から生まれた神ねえ……いかにも胡散くせーけど」


 お前の創造したドゥームフィーンドも、強さこそ超越者には及ばないが、架空の存在が具現化したものなんだがなあ。

 神話や伝承が元ネタで古くから人々の信仰や想像の対象であり、現在では大勢のプレイヤーに認知されている。

 そうした下地があるからこそ、あいつらは誕生したんじゃないのか?

 ああ、そうか。つまり――


「魔法の一種だと思えば、少しは分かるかな」

「そうだね。アヤセの言う通り、無自覚の者すら含めた大勢の人間で実現させた、儀式的な魔法ともいえるだろう」


 ハイドラの魔法がどっかで見たようなものばかりなのは、そういう下地に乗っかるのが上手いからとも考えられるか。

 

 信仰の対象とかが超越者化するパターンもありそうだ。

 その場合、『無より現れし神』ってのは秘められた存在になりがちなのかな。

 異能者が己の異能を隠すように。

 だったらそれを無造作に喋ってしまうのも良くない、とモニクが考えていても不思議ではない。


 超越者の種類も重要かもしれないが、他にも気になることがある。


「超越者の力って、失ったり奪われたりするものなの?」

「普通は不可分だよ。そういうことを可能にしてしまう超越者も、ひとりだけ知っているけどね」

「……そいつの名前は?」


 しばしの沈黙の後、モニクは俺の質問に答えた。


「《死の超越者》――つまり、かつてのボク自身だ」




 以前モニクが言っていたように、ヒュドラが未知の力を隠していてモニクの力を奪ってしまった。そういう可能性も無くは無いのだろう。

 ただ、俺はその可能性は低いのではないかと考え始めている。


 帰宅して食事した後、リビングでウィスプに向き合う。

 時系列からいうと、恐らく今回で最後の記憶鑑定になる。そうモニクとハイドラに告げた。


「ヒュドラがこの街に来ているのだとしたら、今回の鑑定で判明するかもな。記憶を見る前に聞いておきたいんだが、ヒュドラの九つ首について教えてくれないか?」


「ヒュドラ・オリジンは本来、超越者の素質を持たない異能者だった。九人の異能者を集め、神話の怪物ヒュドラになぞらえ、超越者となる術式を編み出したのがエキドナだ。超越者としての素質は無くとも、天才的な魔術師であったと評価できる」


 ハイドラはいつになく真剣な表情でモニクに聞く。


「なら、九つ首とやらは全員人間なのか?」


「いや、今ではオリジンはふたりしか残っていない。他の七体は百頭竜に入れ替わっている」


 それは少し意外だな。


「そんなに死んでるのか? なんでまた」


「真相は知らないが、恐らくただの寿命だろう。九体の構成員がそれぞれ超越の力を振るえる、極めて特殊かつ強力な超越者ではあるが――個別の生命体としては、そこまで長寿ではなかったのだろうな」


 聞いてはみたものの、割と普通の理由だった。

 予備知識としてはこんなものか。

 ふたりに記憶鑑定の開始を告げ、ウィスプに意識を集中する。




 視界に記憶の世界が広がった。


 瓦礫の街――昨日と同じ場所にモニクは立っている。


「ボクの予想が正しければ、間もなくここに九つ首がやってくる。もしその中にエキドナが――」


 ウィスプに向けて語りかけている。

 ウィスプに自我は無い。

 これは、俺が記憶を読むのを予想して語りかけているのか。


「……来た」


 何が。いや、そんなのは分かりきっている。


「この気配。九つ首が全部で六体。ヒュドラ・オリジンが一体と百頭竜が五体」


 そしてモニクは、この場に向かっている六体の名と特徴を挙げる。

 名前は重要かもしれないが……実のところ俺は、九つ首の名前にはあまり興味を持てなかった。


 そうだ。奴らの名前などどうでもいい。

 オリジンだの百頭竜だのも関係ない。

 俺が知りたいのは、そいつらの中に――


「死の超越者――《冥王》モルスだな」


 ――ドスの利いた女の声で思考を中断された。


 道路を挟んで向かいのビルの屋上に、六体の人影が降り立っている。

 百頭竜も全員人型なのか。

 ヒュドラ生物も……人間と大差ない生き物という話だったな。


 服装はバラバラだが、普通の人間と区別が付かない。

 真夜中で星明かりのみのため、はっきりとは見えるわけではないが。なるほど、こいつらなら国内に潜伏していると言われても違和感が無い。


 しかしただひとり中央に立つ女だけは、フィクションの世界から出てきたような派手な衣装を身に纏っている。

 先程聞いた六体の名前と外見特徴を照らし合わせると……。


「あの女が、超越者ヒュドラを生み出した稀代の異能者――」


 その鋭い眼光を見据え、モニクが言う。


「ヒュドラ九つ首がひとつ。《ヒュドラ・オリジン》エキドナだ」

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