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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第四章 瓦礫の街のモニク

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第102話 終末に立ち向かう者

「しかし、地上に出てくるダンジョンマスター級……恐らくは百頭竜と思われますが、地下に居るよりもむしろ与し易い相手なのではないですか?」


 セレネの指摘はもっともだ。


 人間の勢力……例えばアマテラスは、ダンジョンマスターが街の外に出てくるかもしれないから、その封鎖地域が危険だと思っている。

 ヒュドラ生物自体を脅威と見なす者からすれば当然の考えだ。

 封鎖地域の外から自衛隊の兵器とかで倒すことは可能かもしれないが、この国だと派手にぶっ放すのはなかなか難しいだろうな。

 刺激を与えることで外に出てくるかもしれない、という不安もあるだろう。


 一方、俺たちの勢力から見ればどうか。

 地下迷宮という地の利を捨てたヒュドラ生物など、ただ強いだけの化け物だ。

 俺ではそう簡単には倒せないが、こちらにはモニクがいる。地上に出た百頭竜など彼女の敵ではあるまい。


 だがもうひとつ。

 ここに居る俺以外のメンツは知らない情報がある。

 それは……ヒュドラの勢力から見た場合はどうなのかということだ。


 現在ヒュドラの《九つ首》は、対超越者結界を破った謎の術者――まあ俺のことなんだが、それとモニク、そして日本の迷宮に対して強い警戒と執着を見せているという。


 奴らからすれば、地上に出ているダンマスなんて危なっかしくて仕方がないはず。

 因果関係は分からないにしても、(つるぎ)の街のバジリスクは実際に討ち取られているのだ。

 瓦礫の街に出没するというヒュドラ生物が本当にダンマスなのかどうかは不明だが、それが本当ならそいつの行動は九つ首にとっても想定外という可能性がある。

 そこにモニクが向かったらどうなるのか。


 日本国内に潜伏しているという九つ首は、それを見てどう動く?


 それだけではない……。

 ハイドラの帰郷の目的は、本当に家族の死を確かめるだけなのか?

 俺には少し疑念がある。そして、それが想像通りであるならば。


 モニクに丸投げというわけにはいかない。

 取り越し苦労なのかもしれない。

 だったらそれでもいい。


 ただ、俺はあの男と約束している。

 あいつは食えない野郎だけど。

 でも……たったひとり、終わりの迷宮の奥底で同胞のために戦っている。

 そいつが――ハイドラのことを俺に託したのだ。


 俺も、瓦礫の街へと乗り込むべきだろう。


「ワリーけどエーコ、ちょっと食堂(ここ)で待っててくんね?」

「……え? うん。どこか行くの?」


「すぐに戻る」




 オペレーションセンターへと向かった。

 室内に入ると、宇宙イソギンチャクは所定の位置で揺らめいている。


「アネモネ、相談があるんだが」

『聞こうじゃないか』


 今回の経緯に関して、かいつまんで説明した。


『ふむ、地上に出たダンマスね。天照(あまてらす)の異能者たちがそう判定したのなら、そこそこ信憑性は高いだろう』


 本当にダンマスなのかという疑問はあったが、単なる巨大化生物ではなさそうということでいいのかな?


『百頭竜にも自我があるから、指示を違えることもあれば狂ってしまうこともあるだろう。君という人材を擁する僕らからしてみれば、まさにカモとしか言いようがないな。……それで、君はこの状況をどう見ている?』


「モニクが瓦礫の街に向かったのは単なる偶然だ。でも、ヒュドラはそれを見てどう思うんだろうな」


 アネモネは触手をいくつか束ねて左右に展開すると、さらにその二本を交差させて絡めていく。


 ……まるで腕組みしてるみたいだなあ。


『面白い。つまり彼らは冥王が結界を解除するために瓦礫の街へ向かった、そう勘違いする可能性があるわけか。これはエキドナたちを釣り上げて一網打尽にするチャンスかもしれないね』


 釣りねえ……。

 どちらかというと海産物はアネモネのほうだと思うのだが黙っておこう。


「それなんだけどさ。アネモネには、この街に残ってもらうわけにはいかないか?」


『確かに《九つ首》はこちらに集まってくる可能性もある。五分五分だろうね』


 この流れだと俺の望む通りになりそうか?

 でも、駄目だ……。

 やっぱり正直に言わんと。


「そうだけど、そうじゃないんだ。俺はただ、モニクとこの街に帰ってくるまで……地上の連中を、あんたに守って欲しいだけなんだ」


『ヒュドラの討伐よりも仲間の命を優先しろと?』


 うっ。

 やっぱり無理がある話だったか?

 違う生物同士は分かり合えない……こいつ自身の言葉が脳裏をよぎる。

 アネモネにとっては《終末化現象》の阻止が最優先。

 俺とて究極的にはそちらが優先になるだろう。それでも。


「ムシのいい頼みなのは分かっている。ヒュドラのことを(ないがし)ろにするわけじゃない。ただ、その過程として――」

『いいだろう。我が友、星の守護者、共に終末に立ち向かう者よ』


 アネモネは俺が言い終わる前にそう告げた。


『その願い――《星の超越者》アネモネが聞き届けよう』




 アネモネは何故、俺の頼みを聞いてくれたのか。

 多分こういう考えなのだろう、という想像は出来る。

 それは俺の希望に過ぎないのかもしれない。

 仮に合っていたとしても、俺などが故郷を失った彼の気持ちを代弁するのは不遜というものだろう。

 俺はただ、自分のすべきことを全うするだけだ。


 いつもの俺が、「《星の超越者》ってヒトデみたいだな。イソギンチャクだけど」みたいな思考をするのを脳内から打ち消すのに苦労したが。それはそれとして。


 後顧の憂いは絶った。

 俺も覚悟を決めて前に進まなければなるまい。


 食堂に戻ると、まだ先程のメンツが待機していた。


「あ、お帰り」

「ただいま。聞きたいんだけどさ。外の世界の交通機関って今どうなってんの?」


 俺の質問の意図を察し、皆口々に言う。


「結局先輩も行くつもりなんですか?」

「迷宮の主を仕留めるなら、おぬしの力も必要だろうからな」


 ブレードは察しがいいので、俺の結界解除がヒュドラ魔法の模倣だということに当たりを付けている。

 ただ、俺を身近で見ていればそんなことはバレバレなんだよな。

 海外の九つ首はまだしも、この街のヒュドラがそれに気付かないなんてことがあるのだろうか。


「電車とかは動いてるけど、主要な線路は封鎖地域で分断されちゃったりだね。以前とは終点が全然違う。普通の人なら迂回しなきゃ進めないけど、ハイドラさんやアヤセくんなら封鎖地域も突っ切っていけるよね」


「俺の場合は突っ切っても全く速くないけどな……」


 現在の外の世界に疎いのはハイドラも同じはずだが、あいつにはドゥームフィーンドとしての並外れた身体能力がある。

 途中に封鎖地域があっても最短距離を突っ走るだけで通過できるだろう。

 俺ではとても追い付けない。


 まあ、別に無理に追い付く必要はない。

 そもそも、あいつよりもモニクのほうが先に目的地に着くだろう。

 だからといって、俺が移動に手間取っていいわけではないが。

 そこでだ……。


「エーコ。アマテラスに協力を頼みたいんだが、連絡を取ってくれないか?」

「ええっ!? 本当に?」


 エーコにとっては、俺とアマテラスが手を取り合うのは悪い話ではない。

 でも今まで頑なに避けてきたので驚きを隠せないようだ。


 俺とエーコのスマホが連中に監視されているなら、俺とハイドラの会話だって見られているし大まかな居場所も把握されていると考えるべきだよな。スマホは収納に入れてしまえば追跡不可能なんだが、ハイドラから連絡が来る可能性もある。

 連中がハイドラに手出しできるかはそれとは別問題だが、どうせバレているならコソコソ移動しても仕方がない。

 この際だ。利用できるものはなんでも利用してしまおう。


「……なんて伝えればいいの?」


「俺を瓦礫の街まで案内して欲しい。代わりに……地上のダンマス級を始末する、と」

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