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終末街の迷宮  作者: 高橋五鹿
第四章 瓦礫の街のモニク

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第100話 冥王

 ショッピングモールに帰る途中、ちょくちょくコボルドたちに会う。


 広い街の中で偶然に遭遇するほどの数が居るわけではない。

 多分だが、拠点と迷宮の間を重点的に巡回しているのだろう。有り難いことだ。

 なんかそのルートのゴミとかが減った気がする。

 消失した人間たちの衣類とか、放置車両とかな。


 今の彼らに食料が必要なのかどうかは分からないが、ショッピングモールに来てはミノたちと物資の交換をしているのをよく見かける。

 各地に散ったコボルドたちは音信不通になったりはせず、各グループの所在ははっきりしているそうだ。

 なら、食事が必要になるときが来ても飢えることは無いだろう。

 好きなだけ食料を持っていけばいい。




「やあ、お帰りみんな」


 食堂には既にモニクが帰ってきていた。


「ああ、モニクもお疲れ。ハイドラはどうだった?」

「元々の能力が高いからね。方法を理解するだけで人間の異能者レベルにはすぐ達した。少し考え事がしたいそうなんで、今日はひとりにしてきたよ」

「そうか……」


 俺が魔法の訓練を始めた頃を思い出すな。

 モニクは取っ掛かりを教えてくれたら、後は本人の自主性に任せていた。


「スネー……ぐふっ……いや失礼、アヤセにこれを渡すように頼まれている」


 スネークと言いかけて噴き出しそうになったのか。大丈夫か冥王。

 モニクにまでそのハンドルで呼ばれたら凄く嫌だな……。


 気を取り直して差し出された物を見ると、それは一片の紙切れだった。


「電話番号にアドレス。ハイドラのスマホか?」

「そうだね。彼女にはウィスプの操作はまだ難しいだろう」


 圏外になったウィスプを維持して俺と通信が出来るのはモニク、エーコ、セレネの三人だけだ。

 ブレードにはちょっと無理そうなので、そこは俺が練度を上げるしかないだろう。

 スミビも維持だけなら出来るんだが、ウィスプ越しだと何を言ってんのか全然分かんなくて挫折した。


「それじゃあ、みんな揃ったことだし夕飯の支度をしましょうか」


 そう言ってセレネが立ち上がると、コボルドたちも動き始める。

 調理場では既にミノたちが何やら仕込みをしていた。

 俺は……酒を召喚するくらいしかすることが無いな?




「ブレード、楽しんでいるかい? キミのような純粋な眷属がアヤセたちと手を取り合っているのは、ボクには感慨深いものがあるよ」


「案ずるな、冥王。拙者はもう使命だけのために此処に居るわけではない」


 そうだな。お猪口片手に刺身を楽しむその姿は、使命とは程遠いよな。

 好きにしたらいいさ。

 平和な世界でだって友人親族と疎遠になったり、新たな出会いがあったりする。

 なら、戦乱の世で立場が異なる者同士が、同じ食卓を囲む日があったっていい。


「冥王……。超越者や眷属ってだいたい神話や伝承から名前を取ってるのに、モニクさんは普通の名前ですよね?」


 そういやそんなことを疑問に思ったこともあった。

 ところで今の言い方……。

 エーコはモニクとヒュドラ以外にも超越者を知ってるんだろうか?


 まあ、知ってるほうが自然か。詮索はすまい。

 俺もアネモネの存在を黙ってるしな。


「あまり大げさな呼び名は好きじゃないんだ。そうだね……《死の超越者》は代々、《冥王》モルスと呼ばれている」


 ……『モ』しか合ってないな?


「ビールの神様かな?」

「アヤセくん……」


 エーコがジト目になっている。

 あれ? 今の声に出てた?


「ビールの神を兼任する死の神というのも一応いるから、アヤセの言う事もあながち的外れでもない。ハトホルというのだが」


 いるんかい。

 ハトホルってのはエジプトの神か。

 伝承上の神がいるって意味なのか、それともそういう超越者が実在するって意味か。

 ま、どっちでもいいか。


 コップに注がれた自分のビールを見ていたセレネが、モニクに尋ねる。


「でも、モニクはそのビールの神様とは違うのですよね?」

「モルスという名前はあまり馴染みが無いか……。ハデスと言ったほうが分かりやすいかな?」


 ビールを噴きそうになった。めちゃくちゃ大物じゃねえか!

 セレネの無表情が一瞬崩れたぞ!?

 エーコも目を丸くしている。

 ブレードは……最初から分かってたっぽいな。


 冥府の神ハデスはローマ神話だとプルートー。

 その先はどうなってんだっけ?

 あの辺りは時代によって同一視されたりバラけたりとか、割といい加減なんじゃなかったかな。

 代々の名前ってことは、当然神話の神様本人ってわけじゃあない。

 それにしても――


 死の神、冥王か……。

 いったいどんな力を持った超越者なんだよ。

 これも詮索はすまい。

 怖いから。


 でもモニクによれば、超越者や眷属の力とその名前には、そこまで強さとかは関係ないらしい。

 あくまで特徴を表しているだけで、眷属級の連中に神話の主神の名前が付いていたりもするのだとか。


 そんな話をしながら、夕食は続いていった。

 エーコはひとしきり食べると満足して街の外へ帰っていったが、他の連中はコボルドたちも交えてゆっくりと飲んでいた。


 そうだよな。休めるときには飲み食いなんて好きなだけ続けたらいい。

 そう思いながら、俺もひと足先に切り上げて部屋へと向かう。




 自室に戻ってしばらくすると、ドアをノックされた。


「開いてるよ。どうぞ」


 ドアを開けたのは、予想通り――


「アヤセ、少し話がある。いいか?」

「アネモネの件か?」


 モニクは軽く頷くと畳に上がって俺の前へと座り、こう尋ねてきた。


「どこまで聞いた?」


「ヒュドラの九つ首が日本に来ているかもしれない。それからコズミック・ディザスターとかいう宇宙大災害とその前兆である終末化現象。現在はまだその兆候は無いけど、ヒュドラがそれを起こしてしまう可能性がある。あと終わりの迷宮が怪しい、ってとこまでかな」


「なるほど……」


 モニクは顎に手を当てて考え事をしている。

 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「なあ……超越者って宇宙から来てんの?」


「……え? ああ、そうか。アネモネが……。ふふっ、彼は特殊例だよ。アヤセはそういう話が好きなんだったね」


 違ったらしい。

 そういう話が好きというのは否定は出来ないが……。

 別に宇宙人だけじゃなくてサメとかモヒカンとかゾンビとかを倒す話も嫌いではないが。

 つまり俺にとって宇宙人とは、どちらかというとボコる対象なんだが……。


「アネモネはあの通りだから、なかなか彼と意思疎通できる者は居ない。アヤセならばと思ったのだが、見込み通りだったようだ」


 モニクはなんだか嬉しそうだ。

 内心ではあの宇宙イソギンチャクを倒す手段についてアレコレ考えているとか言えない。

 あいつのルックスがどう見ても侵略者寄りなのが悪い。

 あの触手に対抗するにはやはりチェーンソーだな。


 本当に戦ったら多分瞬殺されるからやんねーけど。

 それより俺の疑問についてだ。


「地球の超越者だったら地球の終末化現象を防ぎたい、ってのは分かるんだけどさ。アネモネはなんでなのかなって。宇宙パトロールかなんかなの?」


「前向きな言い方をするなら、そのパトロールというのも近いかもしれないね。でも、復讐という側面もあるんじゃないかなって、ボクは思っている」


 復讐……?

 誰が誰に……?


「――彼の星は、コズミック・ディザスターによって滅びたんだ」

「……………………」


 告げる言葉がなかった。


 聞いた通りであれば、コズミック・ディザスターというのは生物とかの個体の名前ではない。

 宇宙の理を捻じ曲げたとき、反動で元に戻ろうとする力。

 地震のメカニズムにも似たそれはいわば自然現象、ただの災害だ。

 終末化現象で滅ぶ星を見たくない、そのために戦っているというのなら。


 ――それは、決して終わらない復讐じゃないか。


「アヤセ、少し情報量が多くて疲れたみたいだな。ヒュドラについてはまた明日話そうか」




 モニクが去ったのを見送ると、寝床に転がった。

 本当はヒュドラや迷宮の対策について相談に来たのだろうが、本題に入れなかったな。


 …………。

 ……眠れん。


 そうだ、ハイドラのメモ。

 座卓の上に置きっ放しだった紙を拾うと、その内容をスマホに入力する。


 んー……。

 あいつと今話すことは特に無いんだが、確認がてらメッセージでも送っておくか。


『スネークです。メモは受け取りました』


 程なくして返事が送信されてくる。


『お疲れ様です、ハイドラです』

『夜分すみません。調子はどうですか?』

『スネークさん? どうして文章だと丁寧な口調なんですか?』


 いやお前もやろがい。

 いつもの強キャラ口調はどうした。逆ネット弁慶かよ……。

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[一言] ネット越しだと丁寧 あるあるあるある…
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