45話
目が覚めると目の前のクウと目があった。背中にはティアが張り付いていて動けない。
「おはよう」
他に何もしようがないので、挨拶をする。
「お、おはようございます」
挨拶を返す余裕はあるようだ。どうにも表情が硬く、出逢った頃のティアを見ているようだ。
「お前にクウという名前を与える。今後そう名乗ってくれ」
寝転がって見つめあいながら言うような状況ではないとは思うが、折角話せそうなので言っておく。
「クウ……私の名前……」
クウが自分の名前を反芻している。気に入ったのかどうかは解からないが、もう変更は出来ない。
そうしている内に他のメンバーが起きてきたようだ。そのまま朝食に向かいクウのことを紹介する。
探索の準備をし、ミーティングを開始する。
「クウが加入したが、4階とボス戦には参加してもらわない。戦闘に参加するにはレベル上げが必須になるだろうし、今はさっさと6階層に行きたい」
そのように皆に伝える。
「6階層に入るとオリハルコンが買えるんだっけ?」
コクが聞いてくる。相変わらず生産関連には目ざとい。
「そうだ。レベルを上げるにしても新しい装備を得てからの方が楽になるだろう。現在の構成で苦戦するとかも特に起きていないしな。コクとクウはしばらく留守番を頼む」
ティアが4階層の時にやっていたのをクウがやる感じだ。
(新しい料理が増えればいいな)
「クウ、慣れない事が多いかもしれないが、コクに色々と教えてもらってくれ」
クウに言うと、クウは緊張した表情でコクに挨拶をする。まだまだ慣れていないようだ。
「では、俺たちは探索を始める。4階なのでユニークモンスターがいるかも知れないから注意をしてくれ。絶対に戦おうとは思わないように」
4階層のドラゴンゾンビですら倒せる目処が立たない。倒したと言うプレイヤーも接近はせずに遠距離で倒したんだそうだ。うちのパーティーでは全員遠距離は出来ない。主に俺が。
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4階へ移動する。生体・魔力感知を使うと大量のモンスターが見える。中にヴァーチャーズというでかい点が見えた。恐らくこれがユニークモンスターなのだろう。
(触らぬ神に何とやらって奴だ。気をつけよう)
少なくともドラゴンゾンビに近い強さはあるだろう。戦闘中に参戦されたらどうしようもない。
「タリス、ヴァーチャーズという敵が居る。恐らくユニークだからこっちも注意はするがそっちでも気をつけておいてくれ」
生体感知を持つタリスにも念を押す。
「はーい」
タリスが元気良く返事をする。タリスはこの階層に入ってから良く解からん薬草を採取している。そんなに危険な事をしている訳ではないので関与するつもりは無い。俺に関わる事ならその内言ってくるだろう。
そして俺たちは探索を開始する。ユニーク以外は3階の敵と変わらないので、特に面倒はなさそうだ。確実にユニークを迂回しながら探索を続けていく。
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「ふぅ……」
戦闘が終了し、宝箱が出現する。いつも通り罠が何か調べるととても怪しい気配がした。
「……これは……」
凄く嫌な予感がする。罠自体も今までとは比べられないほど難しい。もしかしたらいい物が入っているかもしれない。
その誘惑に心が揺れる。
「主、どうしたのじゃ?凄い汗が流れておるぞ」
リムが問い掛けてくる。どうやらかなり緊張しているようだ。
「初めて見る罠で解除が難しそうでな。ちょっと集中していた」
正直に話す。同時に罠の解除に失敗するかもしれない可能性を示唆する。
「それなら無理に開けなくてもよろしいのでは?」
パステルが言ってくる。相変わらずの慎重派だ。暴走の抑えになってくれるから助かる。
「これからこの罠が増えるかもしれない。慣れる意味でもどんどん挑戦したいと思う」
この罠が出たからといってずっと回避するわけには行かない。
「解かりました。警戒だけはしておきますね」
パステルはそう言うと周囲の警戒を始めた。
宝箱に手を伸ばし、慎重に1つ1つ解除していく。最後の仕掛けもどうにか解除出来た。無事宝箱を開ける。
「ふぅ……成功だ……」
一体何の罠だったのだろうか。解除が難しいとは言え不可能な感じではなかった。あれほどあったプレッシャーはどこから来たのか。
「おめでとう」
ティアが祝福をしてくれる。ありがとうと返しながら頭を撫でようとしたが兜が邪魔して出来ない。
宝箱を見ると何やら1枚の紙を筒状に丸めたものが入っていた。
「これはスクロールか?」
スキルを覚える際に見覚えがある。それを手に取って見ようとすると……
何故か俺たちは空中に居た。
「は?」
皆それぞれの声を上げる。状況が理解出来ていない。その間もどんどん落下して行く。タリスがいち早く冷静になり自前の羽で浮かぶと転移の羽を急いで使用した。俺たちは拠点へと転送される。
「い、一体何だったんだ……タリス、助かった」
拠点の石畳の床に腰を下ろしタリスに礼を言う。
「宝箱の……罠でしょうか?」
パステルが推測を1つ挙げる。
「うーん、解除は成功していたしなぁ……これを手に取ると同時に転移がかかった感じだな」
罠の解除は成功でも失敗でも終了の合図のようなものがある。スキル熟練度が上がったような知らせだ。
「スクロールですか……なんでしょうね」
新しいスキルかもしれない。それを調べる危険性よりもパステルは知的好奇心を優先させたようだ。
「それじゃ鑑定台に置いてみるか」
スクロールを鑑定台に置いて見る
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転移魔法
効果
使用者から周囲5m以内の生物、魔力生物を望む所へ転移する
使用可能種族:フェアリー、エルフ、ヴァンパイア
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(これはまた……凄く便利そうな魔法だな)
迷宮で楔を設置せずに全滅した時などに便利だろう。もしかしたらユニークの相手をしているときに飛ぶ事が出来るかもしれない。
周囲を巻き込むので相手に回りこんで、とかは難しそうだ。相手まで巻き込む可能性がある。
「便利そうな魔法ですね。誰に覚えさせるのでしょうか?」
パステルが同意する。ただ売るとは考えなかったのだろうか。売らないけど。
「そうだな……リム、覚えてみるか?」
折角なのでリムを選んでみる。パステルが明らかに落胆した。Mだろうし、スルーしておく。
「我か?タリスやパステルの方が良いのではないか?」
リムは古参の仲間たちを優先して欲しいのか、遠慮をする。
「そうでもない。2人は周囲の警戒を優先して貰っているからな。警戒しながら詠唱は出来ないだろうし、役割分担という奴だ」
やばいのを警戒して見つけて備えながら転移魔法の詠唱は難しいだろう。
「そうか、なら頂くとするかのぅ」
リムにスクロールを渡す。広げて小声で読み出すとすぐにスクロールが消滅する。無事獲得できたようだ。
同時にリムが何やら詠唱をし出す。
「おい、まさか」
声をあげる。どこに飛ばすつもりなのだろうか。
「そのまさかじゃ!」
転移魔法を発動する。察して既にネク、ティア、タリス、パステルは遠くに離れている。そして俺とリムだけが飛ばされた。
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「どこだここ……」
思わず呟く。マップを開いて確認すると4階層のボス部屋の扉の近くのようだ。
「リム!どこだ!?」
声をあげて周囲を見渡すと扉から尻が生えていた。
「……」
無言で扉を少し開ける。すると腰が固定されているリムがいた。
「何してんだ、お前」
思わず呆れてしまう。
「動けないのじゃ、助けて……」
もう役を作るのを止めたのか涙目だ。両手まで扉に埋まっているようで魔法の詠唱も出来ないようだ。
(これはまた変な恰好だな)
「転移の羽で戻れそうだな」
そう呟く。リムの表情が途端に明るくなる。
「だがその前にお仕置きだな。下手したら壁に埋まって窒息死だったんだぞ」
そう言うとリムの顔が真っ青に変わる。これはこれで変化が面白い。
「すまぬ……浅はかだった様じゃ……」
深く反省をしている様に見える。言葉で蒸し返して怒る必要は無さそうだ。ならばやる事は1つである。お仕置きで楽しませて貰い、俺たちは拠点へと羽を使って帰還した。
本当は落下死させるつもりでしたが、スキル入手へ変更しました。
主に迷宮以降の話で役に立たせるつもりです。(予定は未定です)




