狂気の空
クウのお話です。
暗い話です。そういうのが苦手な方は飛ばしてください。
時系列的には、聖女と骨より前になります。
これは魔王と出会ってからしばらくした後のお話である。
「で、魔族と人間の和平交渉に出てくれと?」
魔王に呼ばれたと言われたから仕方なく来たのだが……魔王は相変わらずだった。
「あ、はい。貴方がいるだけでかなり違うんですよ。魔族側の代表になって欲しいくらいです」
何故か丁寧な口調で話す魔王が居た。この間の訓練はかなり精神的に影響を与えてしまったようだ。
「うーん。余りどこかの勢力に加担するのはしたくないんだがな」
下手に肩入れをすると通行が出来なくなる可能性がある。そうすると観光が出来なくなってしまう。
「そこを何とかお願いします。全身を鎧で覆って名前を出さなければ大丈夫ですよ」
魔王がそう言ってくる。そこまでしてついて来て欲しいのだろうか。訓練が足りないんじゃないか、と思えてくる。
「仕方ないな。戦争を焚きつけた責任もあるし、一緒に行こうか。メンバーは人間相手ならクウは外した方がいいよな?」
他の亜種族や精霊なら魔族側という意味で大丈夫かも知れないが、宗教上に影響のある天使を連れているのはまずいだろう。
「いえ、天使がこちらの味方をしているという風に見せるという意味で、一緒に居て下さると助かります」
そんな事をしたら宗教家たちは真っ青だろう。効果はあるように見える。
「解かった。全員で行くことにする。開催場所はどこだ?」
余り目立つような真似をしたいとは思わなかったが、当分は魔族領の観光だ。下手に敵対する真似はしない方がいいだろう。人間相手ならいざとなったら数十年こっちにいればいい話だし。
「場所は、ここより北の町。人間が治める町です」
そんな事を言ってくる。どう考えても罠だろ。
俺たちは馬車に揺られその北の町へとやってきた。一応来賓として扱ってくれるらしい。食事には手を出さずにこちらで用意したものだけを食べる。そして会合が始まった。
何やら保障がどうだの色々と話しているが俺には関係のない話だ。聞き流しながら仲間達と一緒に周囲を警戒する。いかにも宗教関係者と思われる人もいる。その者達はクウの存在が気になるようだ。
交渉中、突然机を誰かが叩いた。皆そちらへ視線を向ける。すると例の宗教関係者のようだ。嫌な予感しかしない。
「だから、私たちのもとへその天使様を遣わせて貰いたい」
話を今まで聞いていなかったが、そんな事を言ってくる。魔族側はそれに対して反対をしている。宗教が絡むと損得以前に熱くなる奴が居るから困る。
こいつらの話など聞く耳を持つつもりはない。クウを渡すつもりはないからだ。魔族も人間もその宗教家を抑えようとしている。数人だけが白熱しているようだ。
(何でこいつらをここに連れてきたんだろうな)
人間側からしてみたら天使なんて居るなんて予想外、魔族側からしてみれば交渉に宗教関係者を連れてくるのは予想外、そんなところだろう。全く面倒な話である。
そして突然、宗教家の男が俺に石を投げてきた。咄嗟の事なので避けるのを忘れ額を切ってしまった様だ。その後俺を邪教徒とか騒ぎ出す。
(魔族側の時点で宗教が違うのは当たり前だと思うんだが……)
正直こいつらの考える事は解からない。自分の事で騒がれてクウがオロオロしている。パステルは俺の傷を見ると神聖魔法で治してくれる。
そうしてまとまりが付かないまま1日目の話し合いは終わった。
「結局何だったんだろうな」
思わず呟く。一部の人間が騒いで場を壊して終了というのは大人のやる事なのだろうか。
「すみません。私が居たばかりに……」
クウが謝ってくる。その頭と胸を撫で「お前のせいじゃない」と言う。今回のはどう考えてもタイミングが悪かったのだろう。
「それで明日はクウを参加させない方がいいか?」
魔王に対して聞いてみる。今回の責任者が俺ではなく魔王だ。そちらの判断に任せる。
「うーん、今更でしょうね。参加させないと隠したとでも騒ぐでしょう。ここまで場を壊した人を次は呼ばないでしょうしね」
魔王が楽観的に言ってくる。それでいいのなら俺は従うだけだ。
「そうか、ならまた明日だな」
そう言うとその場を解散する。安全の為、俺たちは泊まっている場所から拠点へと移動し眠った。
翌日、交渉を行っていたようだが、お互いの利益を優先したばかりに交渉は決裂したようだ。俺たちが城に戻るまでは攻撃をしない事を約束し、そのまま帰る事になった。
「決裂ね。意味はなかったな」
俺がそう言うと魔王は苦笑する。そもそも魔王が交渉の場に来る事自体が珍しいと思う。
「そうでもありませんよ。猛将と名高い方々を見れましたしね。周囲に数万の人間たちの軍勢もいましたし、恐らくすぐに攻めて来るのでしょう」
偵察の意味もあったのだろう。魔王自ら出るのはどうかと思うが、例の度胸を付ける為の一環なのかも知れない。
俺たちはそんな事を話していると突然馬車が止まる。何事かと思い外に出ると……。
「邪教徒どもめ!天使様を返せ!!」
例の宗教家たちだった。どうやら諦めきれないらしい。馬車にいるクウの表情が真っ青になってぶつぶつ何か言っている。嫌な予感しかしない。この中でクウよりレベルが低いのはエンと魔王、あとその側近達だ。
「エン、拠点を召喚する。魔王たちを匿ってくれ」
それだけ言うと、俺は強引に魔王とその側近を拠点へと押し込む。予想が外れると良いのだが……。
「ご主人様、クウが変」
ティアも気が付いたようだ。クウの表情がとても口では言えないような状況になっている。
(これはやばい。やはりアレか?)
恐らくここまで来たら発動を止める事は出来ないだろう。人間の町が近い為、効果範囲が狭い事を祈るだけだ。
そしてスキルが発動する。空が赤く染まっていく……。
罵倒を続けていた宗教家達は糸が切れたように倒れていく。恐らく何をされたかも解かっていないだろう。俺たちは馬が死んでしまった為、クウを抱きかかえながら、走って町へ向かう。
どうやら町も範囲に入ってしまったようだ。活気のあった通りも今は息をする者が1人も居ない。老若男女問わず全てが倒れていた。脈を調べてみると全て止まっていた。探知スキルを使っても周囲に生体反応は1つも無い。
(ここまで危険な能力だったのか。この町だけで収まっていればいいが……)
下手すると別の町まで影響があるかもしれない。そして空が普通の青空へと戻った。スキルの発動が終わったらしい。正気に戻ったクウは周囲を見て絶句する。クウをここに連れて来たのは失敗だったのかも知れない。クウは声にならない叫び声をあげるとそのまま気絶した。
「リム、タリス。この町を全て焼く。辛い仕事だが、頼めるか?」
2人の表情は暗いが、承諾してくれた。このまま放置すると疫病の原因となってしまうかも知れない。この規模だと埋葬するのも難しい。焼き払うしかないだろう。
俺たちは町から出て2人の詠唱を待つ。そして炎が町を包む。その光景をボーっと見ていた。
拠点へと戻るとエン、魔王とその側近が居た。何やら魔王たちは興奮していたが、それはスルーしておく。そしてクウをベッドへ寝かし、看病にティアを置いて俺たちはコタツへ向かう。
状況を魔王と側近に話す。その顔は驚愕していた。側近はこれを機に攻めるように言っているが、俺が制する。さすがに俺たちのせいで情勢を崩すつもりはない。何よりクウが自責の念に押し潰されてしまうだろう。
それを聞いて彼らは納得してくれたようだ。何だかんだでいい奴らである。リムの転移で魔王城へ送る。
そして俺はクウの様子を見に行く。どうやらクウはもう目覚めていて膝を抱えて泣いていた。ティアもどうしていいか解からないようだ。
「ティア、俺が代わるよ」
そう言うとティアは寝室を出て行く。俺はクウの隣に座ると肩を抱く。クウは膝から手を離すと俺の胸に顔を埋めて泣き続ける。俺は抱きしめ返して無言で頭を撫でる。こういう時は何かを言うより落ち着くまで待つだけだ。
しばらく泣き続け落ち着いてきたようだ。クウは顔をあげるが涙の痕で凄い事になっている。ハンカチなんて持っているわけが無いので、涙の痕を舐める。こんな状況で変態自重しろと思うかもしれない。どんな状況でも俺は俺だ。
「私……またやっちゃったんですね……」
クウがそんな事を言ってくる。またとはなんだろうか。確かレア個体は魂をどっかから持ってきたと書いてあった気がする。死ぬ前の事だろうか。後ろから抱きしめ胸を揉みながらポツポツ呟いているのを聞く。
「昔、同じような状況があったんです。私の同年代の天使は全員死んでしまって私だけが残った、そんな事件です」
過去に天使たちの教育機関でいじめられていたらしい。天使なのにいじめとは何事かと思うが、そういうものらしい。その時にこのスキルに目覚め、発動してしまったとか。
「そうか……」
胸を揉みながらそれだけ言う。どうもシリアスは苦手だ。
「少なくとも今は俺たちがいる。クウが嫌がっても絶対に離れるつもりは無い。それだけは覚悟しておけ」
ぶっきら棒に言う。そして返答を聞かずに唇を奪う。クウみたいな子は強引にするのが一番手っ取り早い。
「でも、私……」
唇を離すとまだウジウジ悩んでいるらしい。そんな余裕が無いくらい弄んでやろう。そう思い俺はクウに襲い掛かる。
「ふぅ……」
もう翌朝と言ってもいい時間だ。他の皆は空気を読んで入ってこなかった。最近リムは血が飲めないと使い魔の誰かのを貰っているので問題ない。少し残念ではあるが。
隣で静かに眠っているクウの頭を静かに撫でる。この子の敵は俺たちが全員で全て排除しよう。俺はクウの安らかな寝顔を見ながらそう決意する。
狂気の波動の発動条件
・自分の愛する者達が罵倒されながらダメージを受ける。
・精神的に圧迫される。
・我慢の限界が越える。
主にクウの過去のトラウマから発生した固有スキルです。
その為、その時と同じ状況になると発動します。
迷宮だとダメージを受ける事はあっても無言なので罵倒はされません。




