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木陰のメリー  作者: 悠十
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第五話 恋する乙女




 クロードが実家に呼び出されたその日、王城に戻った彼を待ち構えていたのは、彼の他に英雄と持て囃されている五人の女性と、魔王の娘だった。

 戻ってきたクロードは、与えられた部屋でラフな服に着替えようと上着を脱ぎ、クローゼットに仕舞う。そして、シャツを脱いでいると、その時ノックもなしに扉が大きな音を立てて開いた。


「クロード様! お待ちしておりましたわ! わたくし、どうしてもクロード様に確かめたい事が……」


「プリシラ様、お待ちくださ……」


「……」


部屋に突撃してきたのは、バルード王国の隣国、セシード王国の第三王女、プリシラ・セシードと、そのお付きの女騎士、フィオナ・ファルシスだった。

半裸のクロードと彼女達は無言で見つめあい、そして……。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「き、貴様、姫様の前で何という格好を!?」


 プリシラ姫の悲鳴が響き渡り、フィオナは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


 とりあえず、出て行って欲しい。




 プリシラの悲鳴を聞きつけて、クロードの帰りを待っていた残りの英雄三人と、魔王の娘が駆けつけた。そして、半裸のクロードを目撃して再び上がる悲鳴。何という悪循環。

 クロードは無言で六人娘をつまみ出し、着替え終わると彼女達を部屋へと招きいれた。


「それで、何か御用ですか?」


 そのクロードの質問に答えたのは、大河を挟んだ向こう側の隣国、獣人の国、エルド王国の第七王女であるミリア・エルドだった。


「べ、別に大した用じゃないけど、ちょっと聞いておかないといけなくって……」


 ミリアは猫の獣人で、赤毛の髪と同じ色の猫耳と尻尾が生えている。

 目を逸らし、口ごもるミリアの言葉を継いだのは、黒髪と紫の目を持つ、妖艶な美女、魔術師のローザ・チェザレだった。


「大した用じゃないって、そんな訳無いでしょ。大切な用事よ」


 大胆なスリットの入ったスカートから、惜しげもなく晒した白い足を組み、クロードを流し見る。


「ねえ、クロード。貴方、ユリアのお姉さんにプロポーズしたって本当?」


 しかし、その質問に動揺したのはクロードではなく、茶髪と鳶色の目をしたプリシラ付きの女騎士、フィオナ・ファルシスだった。

 そんなフィオナをローザは冷ややかに見遣り、再び視線をクロードに戻した。


「私、貴方はてっきりユリアの事が好きなのだと思っていたのだけど……」


 それに反応したのは、四大精霊王の祝福を受けた精霊使い、ユリア・ラニードだ。口を一文字に引き結び、じっとクロードを見つめている。

 対するクロードは、ローザの言葉を聞き、不思議そうな顔をした。

あの魔王討伐の旅の中で、明らかにクロードはユリアを特別扱いしていた。しかし、それはユリアに対する好意から来ていたのではなく、その姉への好意に起因していたらしい。

 そんなクロードの様子を見たローザは、溜息を吐き、言う。


「はぁ……。罪な人ね」


 処置なし、とばかりに頭を振り、口をつぐんだ。


「妾も聞きたいのう。その、ユリアの姉とやらは、どんな娘なのじゃ?」


 そう尋ねたのは、魔王の娘であり、第一王女のリリム・カレッシロードだった。銀の髪に、赤い瞳を持つロリ美少女だ。

 その質問に答えたのは、クロードではなく、ユリアだった。


「……お姉ちゃんは、普通の人よ。何か特別な力を持っているとか、絶世の美女とかではないわ。綺麗では無いかもしれないけど、不細工でもない。わたしは、可愛いタイプだと思ってる。子供の頃から図書館でバイトしていて、無口で、人と会話をするのが苦手だけど、もう自立してる、凄くしっかりしたお姉ちゃんよ」


 それだけ言って、ぎゅっと下唇を噛んでユリアは黙り込む。そんなユリアの背中を、隣に座っていたローザが優しく撫でた。

 ユリアはローザの行動に驚きつつも、それを振り払う事をせず、そっぽを向いた。


「ふむ。普通の娘、とな?」


 特別、何かに秀でた所が有る訳でも無い、ただの娘。


「何処が良いのじゃ?」


 首を傾げ、リリムは尋ねる。

 その質問に、六人の少女達の視線がクロードに集まる。


 国が隣国と言うこともあって、幼い頃から恋心を抱いていたプリシラとミリア。

 魔王討伐に同行し、一緒に過ごすに連れ、好意を抱いたフィオナ。

 悪辣な魔族に襲われていた所を助けられ、燃え上がる様な恋情を抱いたローザ。

 学院で一目惚れし、少しでも近付く為に努力を重ね、魔王討伐にまで付いて行ったユリア。

 魔王に次ぐ実力を持ち、次期魔王と呼び声も高い自分を、いとも簡単に下した男に、心までも打ち抜かれたリリム。

 

 六人の少女達の真剣な眼差しの仲、クロードは口を開いた。


「わからない」


 ……はい?


 予想外の返答に、少女達は唖然とする。


「私は確かに、彼女を愛している。しかし、何処が、と聞かれると困る」


 何となく目に付いて、いつの間にか目が離せなくなって、いつしか彼女の視界に入りたくなって、そして、我慢できなくなった。


「長い間彼女を見てきたが、何処其処が好きだ、とは明確には言えない。強いて上げるなら、彼女そのものが好きだ」


 それはつまり、何処が好きかではなく、メリーだから好きなのだという事だろうか。

 傷つき、痛そうな顔をする者。涙を堪える者。無表情を貫こうとする者。何事かを考え込む者。

 そんな少女達の中、唯一溜息を吐き、憑き物が落ちたようなすっきりした顔をした者がいた。

 彼女は宣言する。


「私は、抜けさせてもらうわね」


 そう言ったのは、ローザだった。

 少女達が驚愕の表情を浮かべる中、クロードだけが訳が分からないとばかりに訝しげな表情でローザを見遣る。

 ローザはそんな鈍感な英雄に苦笑しつつ、言う。


「クロード。今まで楽しかったわ。ありがとう」


 嫣然と微笑んで、席を立つ。クロードの返事を待たず、彼女は振り返らずに颯爽と部屋を出て行ってしまった。

 そんなローザを見送った面々は、しばし呆然としていたが、プリシラが意を決して宣言した。


「わたくしは、諦めませんわ!」


 それだけ言うと、プリシラも席を立ち、部屋を出て行く。


「姫様!」


 それをフィオナが慌てて追いかけて行く。

 そして、そんな二人に次いで、ミリアもまた言い放つ。


「あ、あたしは別に、諦めるとか、そういうのは関係ないんだからね! 別に、好きなんかじゃないんだから!」


 赤くなった顔を隠すように、ミリアもまた、急いで部屋から出て行った。

 残されたのは、ユリアとリリム、そしてクロードだった。

 ユリアはのろのろと席を立ち、クロードに小さくお辞儀して、言う。


「お邪魔しました……」


 呟くような小さな声だったが、クロードには確かに聞こえ、クロードはユリアを扉の前までエスコートした。そして、ユリアは扉の前で再び小さくお辞儀し、部屋を出て行った。

 残るリリムは考え事が纏まったのか、にっこりと笑う。


「その程度の障害なぞ、妾の敵ではないのう」


 なに、簡単な事じゃ、と呟いて、リリムは部屋を出て行った。

 六人娘が出て行き、静かになった部屋でクロードは呟く。


「意味が解らん」


 お前にハーレム男の資格は無い。




   *   *




 リリムは自室に戻り、魔界から連れてきた部下の一人に命令を下す。


「メリアナ・ラニードを殺せ」


 残酷な命令に、部下は尋ねる。


「よろしいので?」


「かまわぬ。なに、ばれなければ良いのじゃ」


 力が全ての魔界。それは、恋愛にも適用される。

 力の強い者、知恵が回る者が競い合い、愛しい者を手に入れるのだ。

 より強い者の血を残すことこそが、魔族にとって最上の喜びでもある。

 けれど、その常識が通用するのは魔界だけだ。


「しかし、姫様。恐れながら、ここは人間の国。殺してしまえば、後が厄介な事になりはしないでしょうか?」


「ふん。何も、今すぐ殺せとは言っておらぬ。呪いをかけ、じわじわと死に至らしめるのじゃ。決してクロードに気取られるな。よいな?」


「はっ!」


 一礼し、部下は姿を消した。

 リリムは沈み始めた太陽に目を細め、微笑む。


「ふふ。何の力も持たぬ娘を退けるなど、簡単な事じゃ」


 十歳程度の子供にしか見えない容姿に浮かべる笑顔は、その外見に似つかわしくない程に妖艶で、血が滴り落ちる様を思い起こさせるような酷薄さを秘めていた。




   *   *




 リリムからの命令を受け、リリムの部下は事前に調べ上げていたメリーの帰宅路に潜む。

 事前に魔術で人払いし、一本道に慎重に呪いを掛ける。

 その呪いは、その道に踏み込んだ瞬間に発動し、指定された距離を歩ききると呪いが掛かる。その呪い内容は、一年で死に至るというもので、それは病気と見分けがつかぬ程に発見が難しく、高度な技術が必要とされる魔術である。

 これは禁術に指定されているが、暗殺者の間では今でも使われている。しかし、その使い手は恐ろしく少ない。そんな少ない魔術の使い手を部下に持つリリムの非凡性は、流石は魔王の娘、次期魔王というだけの事はあった。

 そして、リリムの部下はメリーを待ち、物陰に潜む。

 そして、日が沈みかけた頃にメリーが現れた。

 見れば見るほどごく普通の娘で、リリムの部下は、何故クロードがメリーを愛しているのか理解出来なかった。だって、うちの姫の方が可愛いじゃん。小さい所とか、何処とは言わないが小ぶりな所とか。

 変態的嗜好の部下が、自らが仕える主を思い浮かべ、そんな事を考えていると、順調に呪われた道の方へと歩いていたメリーの足が止まったのに気付いた。

 あと一歩の距離で呪いが発動すると言うのに、立ち止まり、鞄をあさるメリーに部下は苛立つ。

 そして、メリーは目的の物を見つけたらしく、それを顔に装着すると、歩き出した。

 迫力に溢れた面を被って歩くメリーを見て、部下は驚愕する。

 メリーが歩くたびに、部下にはパチン、パチン、と何かが弾ける様な音が聞こえていた。その音は、間違いなく、呪いが打ち払われる音であった。


「馬鹿な……」


 思わず呟くが、メリーは面を被ったまま呪われた道を歩ききり、メリーが住むアパートの中へと消えていった。


「そんな馬鹿な事が……」


 部下は信じられない気持ちのまま、メリーが住むアパートに近づくが、そのアパートの壁に手が触れた瞬間、バチィッ、という音と共に手を弾かれた。

 驚いて弾かれた手を見てみれば、そこは火傷し、真っ赤に腫れ上がっていた。


「まさか、破邪の面か!?」


 忌々しげに火傷した手を見遣り、呟く。

 『破邪の面』。それは、あらゆる邪悪なものを打ち払うといわれているレアアイテムである。そして、その面を家に飾れば、その家を守護してくれる効果もある。

 部下はメリーが住む三階の部屋を睨み付けるように見上げ、思考する。

 恐らく、あの娘は自分が掛けた呪いに気付き、あの面を被ったのだろう。あの呪いを見破るとは、只者ではない。そして、あの強力なレアアイテム。

 何にせよ、ただの平凡な娘では無い事は確かなようだ。


「姫様にお知らせせねば……」


 この任務失敗の報告をすれば、姫に失望され、足蹴にされるのだろう。

 そんな未来予想図に、ちょっとドキドキと胸を弾ませながら、変態は姫の元へと急いだ。


 そんな彼は、思いもしないだろう。

 まさか、メリーが面を被ったのは、人気が無いのが怖くて、変な面を被れば変質者も引いて出てこないだろうという考えからだったとか。

 強力なレアアイテム『破邪の面』が、実はとある地方の民芸品で、普通にお土産用のアイテムとして、お手頃な値段で売られているだとか。


 きっと、彼も、魔族の姫も、思いもしないだろう。




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