第三十四話 女騎士
時が過ぎるのは早い。とうとうクロードさんとミュージカルを観に行く日である。
可笑しな格好は出来ないので、それなりにオシャレをして家を出て待ち合わせ場所に行ってみれば、何やら騒がしかった。
何事かと目を凝らし見れば、そこには軽く変装したクロードさんと美人さんが居て、何やらクロードさんが美人さんに責められているようだ。
何だあれ、面倒くさそうだな……。
かえっちゃおっかなー、などと一瞬でも考えたのが悪かったのか、クロードさんに見つかり、「メリー!」と呼びかけられてしまった。
渋々近づいて行くと、何故か美人さんに睨まれた。ええと? どちら様ですか? 見覚えは……有るな? 誰だ、この人。
「メリアナ・ラニードか……」
「あ、はい。そうですが……。どちら様ですか?」
なんか威嚇されてる気分だが、彼女の後ろからチラチラ筋肉さんが見え隠れしていて、そちらに気を取られて怖がれる余裕が無い。大丈夫ですよー、筋肉バスターの出番は有りませんよー。
私の問いかけに、茶髪に鳶色の瞳を持った美人さんは、眉間に皺を寄せて、一段と怖い表情で私を睨みつけた。
「貴女は、どういうおつもりなのか」
「はあ……?」
どういうおつもりも何にも、貴女が誰なのか分からなければ答えようが無いんですが……。
そんな疑問が顔に出てたのか、クロードさんがそっと教えてくれた。
「彼女はプリシラ姫の御付きの騎士で、魔王討伐の旅に同行したフィオナ・ファルシス嬢です」
「ああ! そういえば!」
英雄の一人でしたよ! いやー、何か、他の人より影が薄いというか、元から縁の無い人だし、他の方たちの様にこちらに接触してこないものだから、すっかり顔を忘れてましたよ!
「それで、何でフィオナ様がここに?」
「いや、それが、俺にもよく分からなくて……」
クロードさんは困惑した表情で首を傾げ、内緒話を終えた私達は改めてフィオナ様に向き直りました。
「あの、私、貴女に何かしましたか?」
初対面ではないが、何かしでかしてしまうほど接触してないのだが。
「何か、だと? 貴様、この場に居ながら、よくそのような事が言えるな!」
「ええ……?」
いや、この場に居るだけで問題なの? まあ、多分クロードさん関係なんだろうなー、とは思ってるけどさ。
「フィオナ、君が何で怒っているのか本当に分からないんだが……」
私ですら何となーく察するものが在ったのですが、クロードさんにはさっぱりわからなかったようです。鈍いね!
「……クロード、貴方は本気で言っているのですか?」
フィオナ様が呆れと驚きで目を見開く。
「クロード、私が怒っているのは、貴方にはプリシラ姫というものが在りながら、この者と逢引きなどしているからです!」
おお、大方正解だった。けど、プリシラ姫云々より、フィオナ様がクロードさんが好きで、嫉妬してます、が正解だよね? プリシラ姫が相手なら諦められるから、それ以外とくっつかれると困る、が大正解かな?
あー、うん。困ったな。もうそろそろ行かないと、会場の入場時間が来るんだけど……。グッズにはあまり興味が無いし、席は指定席だから良いけど、さっさと入場しときたいんだけどな……。
ずっと観てみたかったミュージカルという餌をぶら下げされ、それを邪魔されている所為か、思考が少し攻撃的になるのを感じつつ、二人の会話に耳を傾ける。
「俺とメリーのデートに、なぜプリシラ姫が関わってくるんだ? 意味が分からない」
「なっ!? 貴方、プリシラ姫を何だと思っているんですか!」
「かつての旅仲間で、セシード王国の第三王女だな?」
それ以外に在ったか? と言わんばかりに、不思議そうに首を傾げるクロードさんに、フィオナ様が唖然とする。
……うむ。何だか、両者に致命的な認識の違いがありそうですね。しかし、今は時間が押しているので、その問題は後でゆっくり話し合う、って事でいいかな!?
「あの、クロードさん。そろそろ時間なんですが……」
「あ! そうですね。行きましょうか」
「なっ!?」
クロードさんに時間だと促せば、クロードさんは、はっとして、フィオナ様との会話切り上げようとした。
しかし、そうは問屋が卸さないようである。
「お待ちなさい、クロード!」
「すまない、フィオナ。もう、開場の時間なんだ。話は後日にしてくれ」
フィオナ様から伸ばされた手をするりと躱し、私の手を取ってさっさと歩き出す。
「すまない。また今度!」
「クロード!」
何やら、ひどい男感が出てますが、今はミュージカルが優先です。ええ、その為なら何だってします。そう、実は何かじりじり距離を詰めてきてた筋肉さん達だって使いますよ!
――Hey、筋肉さん! ちょっと、さりげなく壁役お願いします!
――HAHAHA! 任せなぁ!!
以上、筋肉さん達との視線でのやり取りでした。クディル兄様の人気に感謝です。
「あっ! ちょっと、退きなさい!」
「む? ああ、すまんすまん」
「おい、ちょっと嬢ちゃんを通してやれ」
「ああ、もう!」
さりげなく筋肉の団体さんが割り込んでくれ、フィオナ様の邪魔をしてくれました。
「さあ! 今の内です!」
「あ、はい」
ぱちくり、と目を瞬かせるクロードさんの手を引いて走り出す。
そして、会場に向かって一生懸命走る私には、クロードさんの呟きは聞こえなかった。
「メリー、いつの間に筋肉使いに……?」
とんでもない称号が与えられそうになっていた。




