第二十八話 格付け
あくる朝、クロード・ヴィラックは気配を消し、こそこそと家を出ようとしていた。
何故、安全である筈の自宅で気配を消すのか。
それは、一応自分が後ろめたい事をしているのだという自覚が在るからである。
天然計画犯であり、そうと決めたら突き進むクロードが唯一頭が上がらない人間が、自身の兄であるアラン・ヴィラックである。
幼い頃、クロードは善悪の判断が曖昧で、気に入らないことがあったら己の力を使って我を通し、周囲に迷惑をまき散らしていた。しかし、それはある時を境にぱったりと大人しくなった。
何故クロードが大人しくなったかと言うと、己の悪戯でボロボロになった兄にガッチリ捕まえられ、奈落の底より深い闇を湛えた目をした兄に、一昼夜淡々と説教され続けたからだ。
流石のクロードも兄のボロボロ具合に追撃を仕掛けることが出来ず、なすがままに説教され続けたのだが、その時兄に感じたものは、大人に叱られる恐怖ではなく、不気味なナニカが這い寄るような、じわじわと精神を削るものであった。
つまるところ、とても簡単にまとめると、それはホラー的な恐怖であった。
それはクロードにとってのトラウマで、今でもアランには頭が上がらない原因を作る、本能的な恐怖である。
そんな、ホラーな兄を召喚しかねないため、現在、クロードはこそこそとしながら家を出ようとしているのである。
アランは幸いにして武術の才能は無く、気配などは読めないので、クロードは無事に実家を脱出し、見事、ラニード男爵領へと旅立った――が、しかし。
「あれ? クロードの奴、何処へ行った?」
クロードがツアーに参加しているその時、ヴィラック家ではクロードを探すアランの姿があり、後の説教フラグがしっかり立っていた。
* *
さてさてさて、クディル兄様とローザ様の両親への顔合わせですが、終始和やかな雰囲気で終わり、実家に一泊した後は領地を見てから帰る事になりました。
クディル兄様はツアーと鉢合わせしそうだと嫌そうな顔をしていましたが、未来のお嫁さんに領地を見せないなんて事が出来る筈もなく、深い溜息を一つ吐いてから、ローザ様を見て笑顔を浮かべました。
わーお、君とならどこでも笑顔になれるって? キャー、ラブラブー!!
そんなお熱い二人から少し距離を取って、私達も後をついて行きます。ん? 何で後をついて行くのかって? 王都まで一緒に帰るから、という単純な理由です。だって、マルコとフランツを野放しに出来ないからね!
「うえぇ~、クディル兄のデート姿とか、胸やけがする~」
「おお、兄さん! 青春だな!!」
フランツはうぇっ、と嘔吐く真似をしながら顔を顰め、マルコはキラリと白い歯を輝かせながら快活に笑ます。
何という意見の開き具合。マルコの変わりようが恐ろしい。けれど、何があったかは知りたくない。
そうして三人でカップルの後をついて行くと、ついに遭遇しました。筋肉の団体さんと!
「おや、メリー?」
……幻聴かな? 何か、某英雄様の声が聞こえたぞ?
「もしや運命?」
あっ、これ、反応しないと面倒くさい事になりそう。
「クロードさん。何でここに居るんですか?」
そこに居たのは、我らが英雄の一人、クロード・ヴィラックさんでした。
むくつけき筋肉に紛れ、一人貴公子が混ざっているという何とも言えない絵面に、私は頬が引きつるのを感じた。
「おお! クロード義兄上! 先輩方とご旅行ですか?」
嬉しそうにクロードさんに近づいて行くのはマルコだ。ところで先輩って何だ。あの筋肉達の事か!? それから、フランツは何処へ行った!? 気付いたら居なくなってたんですけど!?
「ええ。義兄上のツアーとの事なので、メリーの事も知れるかな、と思いまして」
おおう。何言ってんだ、この人。
「せっかくなので、ご両親にもご挨拶を……」
本当に、何言ってんだ、この人!?
もしかすると、上位貴族ならではの強引ぶりなのかもしれないけど、これは無いんじゃないだろうか?
素直にドン引きしていると、周りが騒がしくなっているのに気付いた。
――ア、アニキだ!
――おお! まさか、アニキに会えるとは!!
騒ぎに気付いたクディル兄様のお出ましである。
「クロード様。何故こちらにいらっしゃるので?」
「え? あ、はい。ツアーに参加してまして」
クディル兄様が微笑みながらも、笑っていない目でクロードさんに尋ねる。
「アラン殿に両親との接触は禁じられていた筈ですが?」
「ツアーに参加したら、こちらに辿り着いたのです」
いや、貴方、しっかり両親にご挨拶がどうのと言ってたじゃありませんか。
屁理屈をこねるクロードさんに、クディル兄様もイラッときたのか、クロードさんの肩をがっちり掴み、言いました。
「ちょっと、オハナシがあります」
クロードさんはクディル兄様に引きずられて行き、それから数分後に遠くから轟音が鳴り響き、天から光が降ったかと思えば、それは打ち返されるかのごとく下から再び天に向かって光が放たれ、雲を割った。
遠くから野太い歓声が聞こえる。
――アニキー!!
――すげぇ! 神聖魔法を叩き返したぞ!!
――召喚された神が命乞いをしてる!?
――やっぱり、俺達のアニキは最強なんだ!!
――ア・ニ・キ! ア・ニ・キ!!
アニキコールが聞こえる中、炎、雷、水柱などの多彩な現象が巻き起こる。何が起こってるのか容易に想像がつき、悪魔の三つ子の所業で慣れきっている地元民と共にのんびりと決着を待った。
そして、それが収まって、しばらくしてボロボロになったクロードさんを引きずってクディル兄様が戻ってきた。
「じゃあ、帰ろうか」
クディル兄様の輝く笑顔とは対照的に、暗雲を背負ったクロードさんは、クディル兄様の監視の下、強制送還される事となった。
帰りの馬車の中で、真っ白に燃え尽きたかの如く呆然とし、情けなく背中を丸めるクロードさんの姿に、小首を傾げながら私は思った。
こういう情けない姿は、ちょっと可愛いかもしれない。




