5 神剣ゼミの効果
休養日が終わってからも、アーシアは毎日、夜になると俺の部屋に現れた。
夕食を食堂で食べ終えて、部屋に戻ってきた頃の時間だ。
これまでは食堂での時間もあまり話す相手もいないので、暗い気持ちでぼっち飯って感じだったけど、今は気分がかなり晴れやかだ。
なにせ、部屋に戻るとアーシアと会えるのだ。
この男子の中で、美少女に授業をしてもらえている奴が何人いるだろうか。もしかすると、俺が最も勝ち組かもしれない。
俺の功績ではないし、威張れることでもないけど、気持ちが上向きになってくると、自然に態度にも表れるらしい。
「なんか、島津、堂々としてないか?」
「この何日かで性格変わった気はするな」
「急に大人になったっていうか」
そんなどこかのグループの声が俺のところまで聞こえてくる。
今の俺には心に余裕があるからな。
まだ授業でやる内容のほうがアーシアに教えてもらうことよりは先になっていたが、基礎がしっかりできたことで、その知識を元にして解答まで導くことができるようになった。
一言で言えば、正答数が増えてきた。
一方で、授業にだんだんとついてこれず、点数が下がる生徒も現れてきて、俺の小テスト順位が相対的に上がってきた。
その二週目の最後で、魔法の小テストは三十一人中二十二位。
まだまだ下のほうだと思うだろう。上位にいる奴は気にも留めないだろう。
でも、俺の中ではもっと上に行ける感覚がすでにあった。
それにわからなかった問題はアーシアに教えてもらっている。俺は同じミスはもう一度しない。うろ覚えの奴とはわけが違う。
そして、その日のアーシアの授業で俺は、学校の授業に追いついた。
「あっ、これ、まさに今日やったやつだ!」
「そうですか。それはよかったですね。じゃあ、どれぐらい解けるかやってみましょうか」
竜巻を起こす魔法の詠唱がうろ覚えだったので、そこを間違ったが、それでも授業よりは書けていた。
風よ、轟きとなりて、薙ぎ払え、渦を作り…………ここから先は思い出せないが、まあ、今から覚えればいいんだ。
なお、魔法の実習自体はまだほとんどない。それなりの知識が前提としてないと、何もできないからというのが理由だ。
実習は大半が剣技だ。ただし、剣技も技の名前だとか高名な剣士の名前だとか、座学で覚えさせられることもある。
どうやら、ハルマ王国はガチでエリートを養成したいらしい。力はあるけど知識はないって奴はダメと考えているようだ。
ちなみに、魔法でも剣技でもない、たとえばハルマ王国の歴史なんてものも学ばされている。こっちの点数が高ければ、子供相手の教員などの免許ももらえるらしい。
できたのはだいたい七割ぐらいか。小テストのあとに自分なりに教科書を読み直したりしたので、その時よりできている気がする。
俺が問題を解いている間は姿を消していたアーシアが顔を出す。
「はい、お疲れ様です! では、まず採点ですね」
瞬時に俺のプリントに○と×が並ぶ。
「そこそこ、理解できているじゃないですか。覚え方が甘いところは私が教えていきますから。まず、竜巻の魔法詠唱ですね」
正解は――風よ、轟きとなり、薙ぎ払え、渦を作り、巻き起これ 嵐ともなれ!
「後半をいつも忘れるんですよね……」
「これ、覚え方のコツがあるんですよ。ブロックごとに分けて、頭文字をとっていくと、カ・ト・ナ・ウ・マ・アラシ。そこで、『下等な馬嵐』と覚えましょう。竜巻の詠唱は下等な馬嵐です」
「馬嵐って何ですか?」
「それは……別に意味なんてないんですが……じゃあ、馬の名前をアラシということで。下等な馬のアラシが竜巻に巻き込まれるイメージをしてください。アラシって名前なのに竜巻に巻きこまれるとか、あほっぽいでしょ」
俺の脳内に不憫なアラシという馬が想像された。
でも、妙な光景を思い浮かべたのがよかった。
「これなら、忘れない気がする……」
脳内に下等な馬アラシを思い浮かべて詠唱してみる。
「風よ、轟きとなり、薙ぎ払え、渦を作り、巻き起これ 嵐ともなれ……。言えた!」
「ほら、ちゃんと言えたでしょ! 語呂合わせは悪くないんですよ。とくに詠唱なんて覚えるしかないものですから、早く覚えた者勝ちです!」
ぎゅっと、アーシアが俺を胸で抱き締めてくる。あっ、それ、思い切り胸が当たってる……。というか、布地が少ないから、顔が胸に直接当たってる……。
「はい、じゃあ、次の問題に行きましょう。あれ…………なんでぽけっとしてるんですか?」
アーシアは思春期の男子についてはそこまで詳しくないらしい。
「風よ、轟きとなり、薙ぎ払え、渦を作り、巻き起これ 嵐ともなれ……。風よ、轟きとなり、薙ぎ払え、渦を作り、巻き起これ 嵐ともなれ……」
俺は気持ちを落ち着けるために竜巻の詠唱を繰り返した。
そんな調子で、その日習った範囲の復習も終わった。
でも、まだアーシアの授業は続く。
「次はいよいよ授業より先に進みますよ」
「それを待ってた」
これこそ、ゼミの本領だ。
授業より先に授業内容をマスターすれば、はっきり言って負けるわけがない!
またアーシアが一度消えて、プリントが現れる。
次の単元はより高度な魔法の詠唱だった。
そのまま覚えるには長いものもいくつもあったが、プリントの中に語呂合わせの方法が書いてあって、頭に残るようになっている。
さらにプリントの中には、「教科書ではやらない高度なこともついでに教えておきます」などと書いてある。
俺はクラスで誰も到達していない領域に行くのだ!
未知のところだから難しかったが、プリントが終わると、すぐにアーシアが現れた。
「それじゃ、一つずつ確実に教えていきますからね。大丈夫です。ここまで来れたんですから、時介さんは必ずやれますよ」
「はい、俺はやります!」
その日やった範囲はアーシアの講義のあとの確認プリントですべて正解まで持っていった。
「よし、俺はこの範囲をマスターした!」
「よくできました! 時介さん、覚えるの速いですよ!」
また、胸で抱き締められた。
けっこうアーシアはボディランゲージが激しい。
うれしいけど、興奮して忘れそうになるからそこは問題だな……。
でも、これで来週以降、俺はクラスで一気に上位に踊り出られるはずだ。
次回は夕方あたりに更新する予定です!




