40 誰かを守る力
「どのみち、僕はカコの傀儡だ。それでも王にはなりたい。どうかな?」
言葉はやわらかい。それでも、俺にはその緊迫しきった空気をはっきりと感じ取れた。
この皇太子は最後の望みに懸けている。
そして、その緊迫感は殺意にもよく似ていた。
俺はそっと体を前に傾ける。すぐに姫の元へ移動できるように。
もちろん、魔法を使えば、そんなことはしなくても迎撃できる。
だからこそ、何かおかしいと思った。もし、俺が皇太子ならそのための対策は立てておく。
後継者争いをわかっていた人間が魔法での狙撃に無関心でいるはずはないからだ。
「さあ、カコ、答えてくれ?」
姫は皇太子の顔を見据えていた。
それから、はっきりとした口調で、こう告げた。
「王の座をあなたに渡すわけにはまいりません。すべての民を守るため、わたくしが次代の王となります」
――チッ。
皇太子が舌打ちした。同時に挙げていた手が腰の剣に伸びる。
「ならば、斬り殺すまでよ!」
俺は姫のところに飛び込む。
とっさのことで、魔法を準備する思考時間がなかった。こんな時は足を動かすほうが早い。
間に合う自信はあった。姫にぶつかるように飛び込むと、そのまま体重を奥へ向ける。
肩を斬られた痛みが走ったが、逆に言えば――姫は守れた!
やっと、誰かを守るために力を使うことができた。
当然、まだ終わりじゃないが。
「島津さん! 大丈夫ですか!」
「俺より姫の身を案じてください!」
「くそっ! 邪魔をしおって!」
第二撃を喰らう前に、頭に「炎」の漢字を思い浮かべる。
焼け焦げろ! 皇太子!
しかし、炎は上がったと思った瞬間、すぐに消えてしまう。
「帝国から最高品質の魔法防御の品を送られているんだ。その程度じゃ、話にならんね!」
「やっぱりな! 俺を離したのはそのためだったんだな!」
「なんなら、斬りかかってくればいい。この身は刃物に対する備えまではしてないからな。斬り捨てればお前たちの勝ちだ。もっとも剣すら身につけてないようだがな!」
もし魔法で姫を救おうと考えていたらどうなっていたことか。こういう奴はとことん信用しないほうがいい。
一度、心を落ち着ける余裕がほしい。グレイシャル・ウォール! 皇太子との間を氷の壁で覆った。これで、剣を防ぐ手立てぐらいには――
「紅蓮の焔よ、艶めかしく甍という甍を舐め尽くすがよい――ファイア・ウェイヴ!」
聞いたことのない魔法の詠唱とともに氷がすぐに溶けて水になった。
「これも帝国の魔法さ。攻撃魔法に関しては僕は本当に優秀なんだ。おかげで他国の攻撃魔法までマスターしているぐらいさ! さあ、二人まとめて焼き殺してやる!」
すぐに姫の真正面に立って、マジック・シールドを使う。炎の直撃は防げるが、練習では感じたことのないような熱を感じる。
炎は周囲にも燃え広がりはじめる。これは長居はできないな。
「さあ、どうする? 僕をすぐに殺さないとそっちも巻き添えだぞ!」
こちらの攻撃魔法は敵には効かない。しかも、俺は剣技や格闘術の覚えがない。この状況で敵を倒すのはたしかにハードルが高すぎた。
それでも、やりようはある。考えろ、考えろ。
本番で使えなければ、これまで学んできたこともすべて無駄だ。
――と、背後から姫の声が聞こえた。
「加護の光よ、今こそ心正しき者を邪まなる刃と唾から守れ。正義の頌歌を地上から天にまで届けるために――サンクチュアリ・ライト!」
魔法のドームが俺と姫を包む。同時に心も少し落ち着いた。
「ありがとうございます、姫!」
「この窮地を招いたのはわたくしの責任ですからね。島津さんを守らなければなりません! それはわたくしの義務です!」
ならば、姫を守るのは護衛である俺の義務だ。
やりようはある。よく頭を働かせろ。
「ふん! この程度の防御魔法、たいしたことはない! 偽りの法は今こそ馬脚を現し、混沌の中に消えゆく、塵は塵に――ディナイアル・スペル!」
ドームが消滅する。この男も魔法使いとして一流だ。わずかなりとも油断できない。
「お前たちの守りなら、いくらでもはぎ取ってやるさ。僕のように装備しているものではないだけ、不利だな!」
皇太子はほとんど勝ちを確信したように笑っている。
けれど、俺も少しばかりだが、姫のおかげで考える時間をもらえた。
皇太子は物理防御はできない。それは本人の口から確認済みだ。
俺は姫の側に顔を向ける。つまり、敵には背中を向けた格好になる。
「島津さん!」
「おいおい、そうやって姫をかばったつもりか? どうせ順番に殺すだけだ!」
負けを認めたと思ったか? そんなつもりはないぞ。タイムリミットはまだ来てない。
俺のポケットの中には例のマナペンが入っている。
アーシア、力を貸してくれ。
俺は自分の足元に向けて、暴風を起こす。
「きゃああっ!」
姫が飛ばされそうになって、声を上げた。すいません、ダメージはないんでちょっとだけ耐えてください。
そして俺はその風の反発で思いきり背後に飛ばされる。
皇太子のほうへ。
「なっ! 何っ!」
俺の意図に気付いた時にはもう遅い。
右肘を突き出して――皇太子の顔面に直撃させる。
グシャッ! 骨を砕いたような感覚があった。
皇太子は剣を落として、両手で顔を押さえている。鼻の骨は最低でも折れているだろう。
あんたは寝てろ。
右手に全体重をかけて頭をぶん殴った。
非力な魔法使いの一撃でもけっこう効くだろ?
その一打で皇太子は気絶したのか、床に突っ伏した。
皇太子を撃破しました! 次回に続きます!




