22 サヨルさんの部屋
ちょっと、フラグっぽいものが立ちそうです。
亀山たちを倒した俺は空中浮遊の無詠唱を試みた。
ためしに「レヴィテーション」とカタカナを頭に浮かべたが、これだと上手くいかなかった。
その次に「飛行」という文字を頭に浮かべて再度挑戦する。
ふらつきながらだが、ふわふわ体が浮き上がる。
おそらく、文字自体に意味がある表意文字のほうがイメージを凝縮できるということだろう。レヴィテーションというカタカナの一文字一文字に音以上の意味はないからな。
慣れてくれば漢字じゃなくても同じ効果が生まれるのかもしれないが、ひとまずはこの漢字作戦を使うことにしよう。
最初の無詠唱魔法が成功して十分も経ってないんだから、ここから正確に、効果的に使えるようになっていけばいい。
さてと、窓のカギは閉めてなかったはずだから自室にも戻れるけど、俺一人だと口の紙一つはがせないから、根本的な解決にはならないな。
あと、先に連中に攻撃されたとはいえ、ボコボコに連中を打ちのめしたから、それの弁明はしておかないと、こっちが悪者にされかねない。
だとすると、俺を信用してくれる人のところに行くか。
俺は教官たちが生活している建物のほうへふわふわ飛んでいった。
建物の前に警備をしている兵士がいてくれた。助かった。ゆっくりと着陸する。
こっちの姿を見た兵士はもちろん無茶苦茶驚いて、誰かを呼びにいってくれた。
そして、すぐにヤムサックとサヨルさんが出てきた。
「ひどい……。ねえ、一体誰にやられたの……?」
サヨルさんは俺の口と手足の自由を解放してくれた。痛みや傷が伴わないように慎重に。
「生徒の亀山、川西、多田、曽根、その四人にやられました。後ろから頭を殴られて気絶してる間に拘束されてリンチにされてたんです。口もふさがれててボコボコにされました」
俺が話している間、ヤムサックは聞き慣れない魔法を詠唱していた。アザになっていたところの傷が消えた。回復系統の魔法らしい。
回復は魔法使いというより、聖職者が使うものなので、魔法使いの習得は難しいらしい。それができるということは、やはりヤムサックは相当な技術があるのだろう。
「でも、どうしてここまで来れたの? 飛んできたって警備の人から聞いたけど……」
ここで隠すのは無理だ。身の潔白を証明できないのも困るし。
「無詠唱で魔法を使ったんです」
「なっ! もう無詠唱を覚えたのか!」
ヤムサックが心底驚いたという顔で言った。
「本当です……。ただ、元から使えていたんじゃなくて、むしろ、リンチに遭って無詠唱で使えなきゃ死ぬというような状況だったから……。きっと土壇場だったのがよかったのかなと」
「なるほどな。命が懸かっていれば集中力も飛躍的に増大する。それで壁を打ち破ったとしてもおかしくはないな。それにしても、魔法を使い出して半年も経ってないのに、そんなことができるとは驚くしかないが……」
「無詠唱だなんて……。私、一生できないんじゃないかって思ってたぐらいなのに……」
サヨルさんはびっくりしているというより、落ち込んでいた。
「あぁ、後輩の島津君にまた水を空けられた気がする……」
「サヨル、気にしなくていいぞ。島津が化け物なだけだ。君は普通だ」
「教官、フォローになってません!」
その二人のやりとりでちょっと場もなごんだ。
「島津、君が負傷しているのは明らかだし、こんな持ってまわった自作自演をする必要もない。ひとまず、君の言葉を全面的に信用する。それで、亀山たち首謀者はどこにいる?」
「亀山はハリケーンで吹き飛ばしたので居場所はよくわかりません。残り三人はフレイムで焼きました。場所は城の隅、川を引き入れて濠にしているところです。俺を殺した後、そこに投げ入れて証拠隠滅を図るつもりだと言ってました」
「わかった。早速、兵士や教官を使って、そいつらを探させる。島津、君はケガもしてるし――」
ヤムサックはサヨルさんのほうに目をやった。
「サヨル、島津といてやってやれ」
「は、はい、わかりました!」
サヨルさんが背伸びをするようにして言った。
それからヤムサックはすぐにもろもろの手配に取りかかった。
「じゃあ、島津君、外にいるのもあれだし……私の部屋に来る?」
「え……あ、はい……」
特殊な事態とはいえ、同僚の女の子の部屋に入ることになった。
サヨルさんの部屋は都市部の2LDKといった間取りだった。一人で住むには充分な広さだ。
「そこのテーブルの椅子座ってて。お茶でも用意するから」
「あっ、すみません……」
どうしても、部屋のものに目が行く。こぎれいな部屋だなと思っていたら、棚の上に巨大な白いクマのぬいぐるみが置いてあった。
しかも一匹じゃなくて、五匹くらいある。よほどクマが好きなのか……。
「はい、お茶ね。私、健康に気をつかって、渋いお茶にしてるんだけど、渋いのが嫌だったら、砂糖を入れてね」
「はい……。あの、クマ好きなんですか?」
お茶を持ってきてくれたサヨルさんに尋ねた。
すると、かあぁっとサヨルさんの顔が赤くなった。
「そっか……。ここだとそれもばれちゃうのか……」
「あっ、もしかして隠してたことでした……?」
「私、北方の生まれで、そのあたりってクマがけっこう多くて、愛着があるのよね……。寝室にももっとたくさんあるし……」
「誰にもしゃべらないんで、安心してください!」
偶然、人のプライバシーに踏み入ってしまった。
「じゃあ、これは私とあなた、二人だけの秘密……あっ……」
さらにサヨルさんの顔が朱に染まる。
「何よ、二人だけの秘密って……ごめん、変な意味はないから気にしないで」
「わかってます! わかってますから!」
なんだろう、この何とも言えない空気は……。
ただ、そんなに不愉快なものでもない。
むしろ、サヨルさんの優しさを感じられるというか。
気持ちを落ち着けるようにお茶を飲む。たしかに渋いが耐えられないというほどでもない。
サヨルさんもゆっくりとお茶を飲んで、ふぅと息を吐いた。
それから、また後輩を見守る先輩の目になって、
「また、よく頑張ったね、島津君」
こう言ってくれた。
「あんなふうに縛られて、きっと自分が殺されちゃうんじゃないかって、怖くなったでしょ。そこで頭が真っ白になったら殺されてたはず。君は最後まで助かるための方法を探して、だから、無詠唱なんてことができて助かったんだよ」




