12 生徒のまま出世した
サヨルさんの靴から上がった炎はそのままサヨルさんの服に燃え移る。
「きゃ、きゃあっ! こんなにすぐに広がるだなんてっ!」
これがパイロキネシスの恐ろしさなのかと俺も感じた。対策が何もない奴なら、すぐに焼死させられてしまう。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「み、水の魔法がパニックで……出てこない……け、消して! お願い!」
そっか……。自分に火がついてたらそうなるよな……。
「水の精よ、我らをやさしく包むその力を今だけは猛きものに変えて、強く強く叩き込め――ハイドロブラスト!」
ハイドロブラストを斜め上に飛ばす。
すると、水がどばどばどばとサヨルさんにかかった。
すぐにその火は消えた。これで一件落着だと思ったのだが――
服が燃えたうえにそこに水がかかって、サヨルさんはすっかりあられもない姿になっていた……。
これじゃ、丸裸のほうがまだエロくないんじゃないかというぐらいだ……。
「恥ずかしいところ、見られちゃったわ……二重の意味で……。生徒に負けるし、裸も見られるし……」
「すいません……そうだ、このカーディガンでも……」
俺は制服の一部になっているカーディガンを脱いで彼女に後ろからかけた。
「ありがと……。あの、あなたって何者なの……? どんな天才なの……? 世間では知られてない暗黒魔法で何かと引き換えに力でも得てるんじゃないの……?」
「いえ、日々の予習と復習の成果ですけど……」
アーシアのことをしゃべるとややこしいことになるからな。ここは黙っておこう。
「はぁ……あなたのカリキュラムは今後、ヤムサック教官と話し合うことにするから……。悪いんだけど、教官のところに行って事情説明して、服をもらってきて……」
そりゃ、そうだよなと俺はヤムサックのところに行った。
俺の話を聞いたヤムサックはしばらく絶句していた。さすがに教官助手が負けるということまでは考えていなかったのだろう。
その話が悪戦苦闘している生徒の耳にも入ったので、さらに話がややこしくなった。
「えっ、島津が教官に勝ったのか……?」
「強すぎるだろ……。百年に一人の逸材ってやつか?」
「そんなのに噛みついた亀山君が哀れよね。勝てるわけないじゃん」
あんまり、クラスでこういう目立ち方をするのもよくないと思うんだけど、もう、しょうがないかな……。
「島津、お前が希望するなら剣技の授業はすべて自習ということでもいいぞ。それだけの魔法の才能を持っていて、剣士を目指す意味などないからな。むしろ、授業でケガでもされるほうが王国としても損失になる」
ヤムサックがそんな提案をしてきた。
たしかに剣技の実習はやたらと走らされるんだよな。まだ、真剣すら握らせてもらってなくて、ほとんど筋トレにすべてを費やしている。
その提案に流されそうになって、思い留まった。
アーシアは俺を魔法剣士にまですると言っていた。
なにせ神剣ゼミは神剣エクスカリバーを使えるほどの魔法剣士を目指すものだからだ。
それに剣技が苦手かどうかなんて俺にもわからない。今から剣技を捨てるのは時期尚早だ。
「いえ、俺は剣技もやってみたいんで。授業はみんなと一緒に受けます。魔法使いも体力はある程度あったほうがいいでしょうし」
「わかった……。ただ、もう少し話しておきたいことがあるので、放課後に教官室に来てくれないか」
いったい何なんだろうと気になったが、サボるわけにもいかないので、俺は律儀に教官室の扉をノックした。
室内はそれなりに広いのがすりガラスの窓の数からでもわかる。一種の職員室みたいなものなんだろう。そういえば、ここには入ったことないな。
「入ってくれ」という声がかかったので扉を開ける。まさに職員室みたいに机が並んでいたが、その奥にちょっとした応接スペースみたいなソファがあって、そこにヤムサックが座っていた。
「はい、何の用で呼ばれたんですかね?」
どこの世界でも職員室は緊張する。
部屋にはほかにも教官がいた。見たことのない人もいるけど、おそらく今後専門的な授業をしたりする時に担当で出てくるんだろう。教官というのはポストの一つだから、メインの仕事は別という人がいてもおかしくない。
「まあ、そこにかけてくれ」
言われたまま、ヤムサックの向かいの席に座る。
「島津、君は正直なところ、どこまで魔法を知っているんだ?」
「基本的に教科書で勉強できる範囲だけです。この世界に来た時に実はあらゆる魔法の知識が入っていたとか、そういうチート的なことは起こってません」
ウソをついてもしょうがないので、そのまま答える。
今後、アーシアから教わっていけばどうなるかはわからないが、現状の俺は座学に関してはけっこう優秀な生徒止まりであって、教える側に立てるようなプロフェッショナルではない。
魔法の実習にしてもそうで、覚えるのが速いとはいっても、やっぱり教える側に立てる次元ではない。
「そうか。それで、君はまだ授業をクラスメイト達と受けたいか?」
なんだ? 飛び級でも提案されるのか?
「学ばなければいけないことがあまりにも多く残ってますから。今、そういうことを免除されても中途半端な魔法使いになるだけだと思いますが」
「なるほど。君の意向はわかった。このまま、クラスで授業を受けてくれ。ただ、生徒のままで君の立ち位置だけ少し変えさせてもらう」
「立ち位置を変える?」
何のことかまだよくわからない。
「君を教官助手に任命する」
「えっ!」
そんなものになるとはまったく思ってなかった。
「それって、事務作業的な仕事が激増したりとか、そういうことはないですよね……?」
自由時間が減ると単純にアーシアに教えてもらえる時間が減ってしまう。
「あくまで形式的なことだ。君に何か仕事をやらせるということはしない。これまでどおり、生徒として授業も受けていい。そうだな、せいぜい、クラスメイトが困っていたら率先して教えてやる、仕事といえばそれぐらいだな」
「なんで、そんなものにしてもらえるんですか?」
「……魔法使いにも面子というものがあるんだ」
背後に誰かが立った。
いったい、誰だ?




