113 帝国最強の魔法使い
俺とサヨルは台所を出たところを右に移動する。
一言で言うと、王のプライベートな空間に入っていくルートだ。
一方で姫とイマージュとタクラジュは廊下でつながった砦のほうに移動する。
もし、皇帝が城にこもろうとしたら、そちらに向かうはずだ。
もっと違うルートで逃げようとしたら、その時はその時だ。すべての通路を封鎖できる人数じゃないし。
そうだとしても、城を落とすことができれば、帝国に衝撃を与えることは絶対にできる。王国に勝てないと思い込ませることは十二分にできるだろう。
ちなみに門のあたりでは教会の人間が暗殺者よろしく控えている。馬鹿正直に正面から逃げるなら、そこを狙撃させる。
インヴィジブルで体は消して、少しずつ先に進む。
非戦闘員の貴族たちや女官たちがかなりの数、兵士に先導されて逃げていくのに出くわした。戦えない人間が残っていても邪魔なだけだから、その判断は正しい。
「けっこう人がいたらしいわね。この調子だと真っ先に出ていったんじゃない?」
「どうかな。皇帝が城を留守にするのは国の体面にもかかわるからな。偉大な魔法使いがいるなら、籠城を計画するかもしれない」
「そのあたりは皇帝の性格次第ね」
サヨルがさばさばした声で言った。緊張はしているだろうけど、それが顔に現れたりはしていない。サヨルもかなり危ない橋を何度も渡ってきている。むしろ、ここまで来ている時点で、とんでもない度胸だ。
「帝国最強の魔法使いと言うと、ザインって奴だよな」
「そうね。とにかく大天才って言われてるらしいけど、真偽のほうは不明。多少は盛ってるかもしれないし」
「俺とどっちが強いかな?」
正直なところ、何割か試してみたい気持ちもあった。
「ぷっ。時介らしいわ」
サヨルは笑ってから、ぽんぽんと俺の肩を叩いた。
「きっと、時介のほうが強いわ。恋人の私が保証するから」
じゃあ、俺もサヨルに恥をかかせないように、勝たないといけない。
逃げていく貴族の一人が「火の手が上がったらしいぞ!」なんてことを言っている。別動隊もかなり大々的に仕掛けているらしい。その貴族も青息吐息という状態だった。これも第一巫女の魔法のおかげだろう。
「これは明らかにおかしい! 王国が攻めてきたのだ!」「だが、いつ王国の連中が入ってきたんだ!」
みんなパニックになってるな。これなら、本当に国を滅ぼせるかもしれない。
奥へ進んでいくにつれて、人の数は減ってきた。まだ残っている者は逃げるのを諦めているのか、最初から逃げ道を知っているのかのどちらかだろう。そのどちらかの判断は少々難しい。
「それにしても、想像以上に魔法使いが少ないな」
インヴィジブルぐらいすぐに見破られると思っていたが、魔法使いに遭遇することがない。こちらとしてはありがたいからいいけど。
「大半の連中はほかのところに向かったんじゃない? こっちに私たちが攻め進んでることなんて知らないはずだし」
「そうかもしれないけど、それにしてもいないんだよな」
「この調子だと、ハズレみたいね。すでに皇帝ももぬけの殻でしょ」
「それならそれでいいし、もしかしたら大当たりかもしれない」
なんとなく、そういう空気を感じていたのだ。
そして、その読みは当たったらしい。
がらんとなった広間に男が一人立っている。二十代後半ぐらいの容姿だ。目の色はやけに青い。
「ここから先は通せんぞ。インヴィジブルをしている二人」
あっさりばれたな。俺とサヨルはインヴィジブルを解いた。
「あんたが、ザインって魔法使いか?」
「いかにも。ザインと申す。皇帝陛下を守る役を仰せつかっている」
「ということは、あんたの先に皇帝がいるってことだな」
ザインがこくりとうなずいた。
「まあ、ここより奥へ進めることはないが、どうということはない。ここで我が勝つかどうかで、帝国の命運も決まろう」
「第三の道もあるぞ。あんたらが降伏してくれれば、皇帝の命を奪うまでのことはしない」
「それはないな。帝国第一の魔法使いとなった以上は、ここで戦うのが筋というもの」
ザインという魔法使いはほとんど表情を変えない。
とてもつまらなそうな顔だ。目の前のことをこなすことしか興味がないようだった。
手でサヨルに下がっていろと伝えた。悪いけど、サヨルが戦える相手じゃない。サヨルも成長してるとは思うけど、それでも無理だ。
「わかった。ここは時介に任せる」
サヨルも相手がヤバいというのはわかっているのだろう。
「島津時介、ハルマ王国の魔法剣士だ」
「ここまで来るとは、痴れ者か、大物か」
「どっちでもいいさ。それより、あんたに聞きたいことがあるんだ」
ここなら秘密にする必要もないからな。
「あんたは精霊を使ってるのか?」
「然り」
あっさりと、ザインは答えた。
そして、ザインの背後に背の高い男の魔法使いが現れる。
いや、あれは精霊だ。存在感がアーシアによく似ている。
「精霊のトリンドです。ずっと、ザインとともにありますよ」
丁寧な口調で精霊は名を名乗った。
「主人のザインのために全力を尽くす覚悟です」




