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赤ペン精霊の神剣ゼミでクラス最強の魔法剣士になれました  作者: 森田季節
第二部 神剣ゼミで剣士に編

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102 姫の不安

「ア、アーシア……」

 いざ呼んでいいと言われるとかえって照れてしまうな……。


「はい、よろしくお願いしますね、時介さん!」


 こうして、俺とアーシアの関係性はまた違った段階に入っていったらしい。


 そのあと、一人で少しの間、たたずんでいると、コンコンとドアをノックされた。

 入ってきたのは、カコ姫だ。


「少しの間、失礼してもよろしいでしょうか?」

 いかにも遠慮がちに手を体の前で重ねるようにして、カコ姫は言った。


「あっ、はい。もちろん……」

 でも、いったい何の用で来たのか、見当がつかない。


 あるとしたら、作戦の相談だろうか。双子の侍女は抜けてるところがあるから、二人には知られないほうが上手くいく策なんてのもあるのかもしれない。

 演技ができない人間には最初から、演技をすると言わないほうが相手を出し抜けるってことはある。敵を欺くにはまず味方からというやつだ。


 一人部屋なので、椅子が一つしかない。俺はあわてて、その椅子を勧めた。

「立っていてもいいんですが……」

「そういうわけにはいきません!」


 いくらなんでも次の王様になる人を立たせるのはまずいだろう。俺は窓際の壁にでも寄りかかっておく。


 最初、姫は部屋の中に視線を送っていた。そんなに珍しいものはないと思う。違う国ではあるけど、すぐ隣の地域だからたいした差は感じられない。

 こっちからは何を言えばいいかよくわからないし、必然的に無言の時間が流れる。


「楽にしておいてください――といっても、やっぱりわたくしがいると難しいですね」


 カコ姫が苦笑する。俺もそれに合わせて、同じような表情になった。


「もちろん、ここまで連れてこられてるってことは俺も信用されてるからだとは思うんですけど、これでも男なんで、姫一人でいらっしゃると気はつかいますね」

「ごめんなさい。でも、わたくしとしてはここが落ち着くんです」


 どういうことだろうと思っていると、姫が立ち上がった。

 それから、俺のベッドにごろんと横になる。


「ちょっと、姫様!」

 こんなところを、イマージュとタクラジュに見られてはどんな目に遭うか。


「わたくしは時介さんを信じていますから、何も怖いことはないと考えていますが」

 いたずらっぽくカコ姫は笑う。そうやって、俺をからかうのは反則だと思う。


「当然です。俺にはそういう勇気はないですよ。戦場に出るのとはまた別の勇気ですから」

「じゃあ、勇気があったら襲うんです?」

 今日の姫様はやけに攻めてくるな……。


「口がすべりました。俺は腐っても、姫の護衛ですし、その役目に誇りを持っていますから、どうぞ、ご安心ください」

 さっきはアーシアを試すようなことをしてしまったけど、サヨルに不実を働くようなことはする気はなかった。

 今は戦時中だ。サヨルはまさか俺より危険な任務にはついてないと思うけど、それでも平時よりはずっと恐ろしい時間を一人で過ごしているはずだ。俺ができることは、任務を終えて、笑顔で王国に帰還することだ。


「それで……どうしてここに?」


 結局、姫がいる目的はわからないままなのだ。


「休息ですよ。とても疲れましたので」

 天井を見上げている姫の表情はいつもと比べると、ずっと幼く、年相応に見えた。


「あの戦いのことですか?」

「それももちろんあります。ラクランテという方は決して弱くはありませんでした。だからこそ、こちらが強者であることを示さねばなりませんでしたから。なかなかの腹芸をやりましたよ」


 つまり、芝居疲れということか。

 よく忘れてしまいそうになるけど、姫の年齢というと日本では別に責任を背負わないでいい歳なのだ。社会に出ているということすら、事実上ないだろう。アルバイトぐらいはしているかもしれないけど、それは人に使われているだけで、責任を背負うとは言わない。


 こんなに若ければ、責任の経験年数だって短いに決まっている。だとしたら、無理は必ずどこかに出る。


「しかし、のんびり息抜きをするなら、イマージュとタクラジュがいるんじゃないですか?」

 普通、こういうのって同性のほうが楽だと思うけど。女子高でも、無茶苦茶みんなだらけてるっていうし。


「こういうのって初対面が大事なんです。あの二人には毅然とした為政者の姿で接してしまいました。今更あまりだらけてしまうと幻滅されてしまいそうで……」

「それはないでしょ。あの二人はそんなにセコくないですし、それと、幻滅する権利なんてあの二人にはないですよ」

 姉妹同士ではたから見てたら幻滅するようなこと、さんざんやってるからな……。


「ごめんなさい、今のは自分をよく作りすぎていました」

 変なところで姫に謝られたと思った。


「わたくしはあの二人には自分をよく見せたいんですよ。その時間が長すぎて、変える勇気がないんです」

 両腕をだらんと垂らして、たしかに姫はリラックスしているように見えた。落ち着ける場所にこの部屋がなるなら、それでいい。


「わかりました。どうぞ、ごゆるりと」

 俺も、腰をずるずるずらして、絨毯に直接座り込んだ。あんまり姫を見下ろすべきでもないし、これのほうがいいだろう。


 休みたいのに、ずっとしゃべるのも悪いから、俺も黙っていた。時間の流れもいつもより遅いように感じられた。


 それで五分だか、十分だかが経った頃だった。


「これからの第一巫女の奪還作戦ですが」

 姫がいきなり言った。


「はい。作戦会議ですか?」


「本当のことを言ってしまうと、怖いんです」

 姫は俺のほうに顔を向けて、切なげな目を向けていた。


 打ち明けたいことってこれかとすぐにわかった。


「ここに来ることを決断した時は、気持ちがたかぶっていました。ですが、いざ、実行に移すことが近づくと、生きて帰れるだろうか、時介さんやタクラジュやイマージュは大丈夫だろうか、いくつもいくつも不安が重なってきて……」


 俺はゆっくりと立ち上がると、

「失礼しますね」

 姫のベッドの横に腰を下ろした。

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