101 久方ぶりの告白
力試しの戦闘のあと、俺は宿泊用の一人部屋に通された。
すぐにカギをかけて、マナペンを取り出す。
アーシアは出てくるなり、ぱちぱちぱちと拍手をしていた。
「おめでとうございます! 大勝利でしたね!」
「ありがとうございます。うれしいですけど、でも、これで慢心せずに頑張ります。そこまで強い相手でもなかったですし」
対戦相手には悪いが、無詠唱の攻撃魔法を撃ちまくるだけで主導権を握って、決着がつくということは、単純に実力差で俺が上だったということだ。
「戦略も戦術も何もなくて勝てる相手ばっかりってこともないでしょうから、気をつけたくはあります。もっと変な使い手が出てこないとも限らないですし。それこそ、カコ姫もラクランテさんも、常識が通用しない戦い方をしてました」
「あ~、あれですね。たしかにそろそろ時介さんにしっかりお話しするべきですよね」
アーシアはちょこんとベッドに座る。ここ数日は見ていなかった分、その豊満で妖艶な体にどきりとする。たしか、人間って旅先だと余計に心が不埒な方向に行くって言うし、気をつけないと。
「話って何ですか? まだ、ああいう特殊技術のカリキュラムが残ってたとか?」
「いえ、私のカリキュラムにはないです」
首を横に振るアーシア。
「だからこそ、特別授業なんですけど、一定以上のレベルになっちゃうと、魔法使いは得意技というか、独自技術を持っちゃう人が多いんですよ」
「ああ、そのへんはだいたいわかります」
スポーツマンでもプロのレベルだと明らかにフォームがおかしい人とかいるからな。ものすごく変なバットの構え方する打者とか、腕を変な曲げ方して投げる投手とか。
「で、そういうのって独自のものなんで、教えようがないというか、みんなに教えると、かえってレベルが下がってしまうようなところがあるんです」
「やっぱり、スポーツと同じだな……。その点もわかります」
変則的な動きは、文字通り原則とは違うので、一般化できないのだ。
「というわけで、授業内容には取り入れませんでした。とはいえ――魔法使いとしての腕を磨いていけば、時介さんなりの戦術とか得意な魔法の組み合わせとかいったものが生まれてもそれはおかしくないわけです」
俺はこくこくとうなずく。
「自分から変な技を作ろうとして作るものでもないと思うんですけど、いずれ時介さんなりのいい戦法が生まれればそれはいいことですね。時介さんなりのいい戦い方を見出してください」
「わかりました。なんか、授業というかアドバイスって感じですけど」
「はい。だから、特別授業と言ったんですよ」
アーシアはまたぱちぱちと小さく手を打った。
「時介さんは私が教えるべきことはひととおりマスターしてるんです。戦争のない時代なら、このまま立派な魔法使い、いえ魔法剣士として一生安泰なんです。戦争が近いってことで、多少はしょった部分もありますけど、それでどこかが不完全ってところもないですし」
昔の俺なら、アーシアは褒めすぎるくせがあるから、割り引いて考えようとしたと思うけど、これはそのまんま受け取っていいんだろうなとわかる。
「なので、もう時介さんは生徒じゃないんです。卒業生なんですよ。いわば対等な間柄です。私は恩師と言えば恩師ですけど」
唇に手を当てて微笑むアーシア。
その卒業生という言葉にふっとある記憶がよみがえった。
「じゃあ、先生は、ううんアーシアは俺と付き合ってくれてもいいってことですか?」
俺は一度、アーシアにはっきりと告白をした。最初から受け入れてもらえるだなんてことをまったく考えてない捨て鉢の告白だった。
その時は、教師が生徒と付き合うのは無理だと言われてしまった。すごくスマートで、残酷な断られ方だった。
教師が生徒と付き合ったら、もうそこに教育の関係は作れない。かといって、嫌いだと断ってしまえば、それもぎくしゃくしたものが残る。アーシアはそれをわかっていて、教師と教え子の立場を持ち出したわけだ。
でも、そこでアーシアはこうも言った。
立派な魔法剣士、たとえば神剣エクスカリバーを使えるような魔法剣士になったら考えてもいいと。
「俺はとても伝説的な魔法剣士ではないです。でも、優秀な卒業生かそうでないかで言えば、優秀なほうだとは思います。今の俺となら釣り合うでしょうか?」
アーシアから笑みが消えた。むしろ、ちょっと怒っているように見えた。口がへの字になっている。
それから俺に近づいて、ぱちんとデコピンをした。
「時介さん、サヨルさんと付き合っているでしょう? なのに、そんなことを言うのは彼女にとても失礼ですよ。めっ!」
ああ、やっぱりそういうふうに逃げられちゃったよな……。
「いてて……。だから、はっきりと『今、付き合ってください』とは言わなかったじゃないですか」
「それはそれでダメです! つまり、私を試すようなことをしたってことなんですから!」
デコピンのあとも、顔を俺に突き出して、叱る表情になっているアーシア。それはそれですごくかわいいし、胸元が危ういのが問題だけど、そんなことを指摘したらもっと怒らせちゃうからダメだな。
「ですね……。浅薄すぎました。でも、サヨルと別れるなんて気持ちはなかったんです。ただ、先生に認められた男になれたか、知りたかったっていうか……」
「そういうことなら最初にそう言ってくださいね。それなら、簡単にこっちも言えますから」
あきれた顔の後にアーシアは笑みを浮かべる。
「時介さんはご立派になられましたよ。何のしがらみもないなら、付き合ってあげてもいいぐら――あっ、いけませんね。こういうことを言ったら私も悪い女になっちゃいます……」
そこで、思わせぶりなこと言っちゃうのがある意味、アーシアなんだよな……。可能性みたいなのを残さないでほしい!
「そうですね、もう時介さんは卒業なさったわけですし、これからは対等なお付き合いをしましょう」
そして、アーシアは自分の顔を指差す。
「これからはいつでもアーシアと呼んでくださってけっこうですよ」
「ア、アーシア……」
いざ呼んでいいと言われるとかえって照れてしまうな……。
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