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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第5章 異世界のオリガ編
99/240

scene:97 モルガート王子と魔導飛行船

 交易都市ミュムルの選士府では、モルガート王子が各地から届く報告を整理していた。もうすぐ日が落ちる執務室は薄暗く、照明魔道具を使うかどうか迷い始める頃であった。ドアがノックされた。入れと命令すると従士の一人が紙の束を持って入って来た。

「殿下、辺境より報告が届きました」

 異世界での最速通信手段は、鳥系魔物を調教した魔導師による航空郵便である。遥か遠く辺境の都市モントハルからの知らせは、何羽かの白頭大鴉がリレーしてモルガート王子の下に二日で届けられた。


 モルガート王子は紙の束を受け取り報告を読む。その眉間にシワが刻まれた。

「どういう事だ。ベルカナール、タカトル将軍を呼べ」

 王子が選士府にしている場所は、王国の東部地域の守りの要であるボッシュ砦である。砦はミュムル市内にある。元々は市の外側に在ったのだが、ミュムル市が発展し拡大するに従い砦も都市に取り込まれてしまったのだ。


 少しして従士のベルカナールがタカトル将軍を連れて来た。

「急なお呼び出し、何か起こりましたか?」

 タカトル将軍がモルガート王子の顔を見るなり尋ねた。モルガート王子は届いたばかりのモントハルからの報告書を将軍に見せた。

「魔導武器を大量に装備する兵団ですと……」

 報告書を読んだ将軍は驚きの声を上げた。戦闘集団を指揮する者にとって魔導武器を大量に装備したいというのは夢だった。それを実現しようとするオラツェル王子の試みは将軍の気持ちを高揚させた。


「魔導武器に使う魔導核は何処で手に入れたのだ?」

「それについても報告があった。シュマルディンの所から購入しておるらしい」

「迷宮都市でなら大量の魔晶玉が手に入るでしょうが、魔導核ともなると膨大な資金が必要になりますぞ」

「簡易魔導核と呼ばれるものが迷宮都市で開発されたのだ。質は劣るが通常の魔導核より大分安い。それに小さな魔晶玉を使っているので数が揃えられる」


「素晴らしいではありませんか。安価な魔導武器を我が軍に装備させれば、外敵に怯える事もなくなる」

「ふん、素晴らしいだと……大量の魔導武器を用意しているのはオラツェルの奴なのだぞ。その刃を敵国や魔物ではなく我々に向けたらなんとする」

 将軍が厳しい表情に戻った。

「オラツェル王子がそこまで考えておられるでしょうか?」

 モルガート王子が奥歯を噛み締めギリッと音を立てる。

「私を毒殺しようとしたのは奴の配下に違いないのだ。信用など出来るか!」


 将軍はモルガート王子の興奮が冷めるのを待ち質問した。

「殿下、この件を如何いかがいたしましょうか?」

「まずは、簡易魔導核で作られた魔導武器の性能をこの眼で確かめる」

「まさか、モントハルに行かれるおつもりか」

「将軍。私を馬鹿だと思っているのか。行き先は迷宮都市だ。魔導飛行船を用意しろ」

「承知しました」

 王国に二隻しかない魔導飛行船は、デヨン同盟諸国のカザイル王国から購入した輸送船を武装させたものだ。デヨン同盟諸国には古代魔導帝国の遺跡が多くあり、そこから発掘された魔導知識を元に様々な魔道具や兵器が作られていた。

 魔導飛行船もその一つで、空に浮かび風を帆に受けて進む姿は空飛ぶ帆船と呼ぶべきものだった。因みにエルバ子爵が乗っていた浮遊馬車もカザイル王国製である。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 迷宮都市の趙悠館では、アカネが新たな試みを始めようとしていた。異世界の果物を使って天然酵母を作る実験をしていたのだが、その酵母作りが成功した。

 用意した五個のガラス瓶に、リンゴや梨、無花果いちじくに似た現地産果物とリアルワールドには似たものが存在しない果物を切って水と一緒に入れ、発酵するのを待った。

 一週間から一〇日ほどで失敗か成功かが判明する。失敗したものはカビが生えおぞましい臭いを発するようになり、成功したものは細かい泡が立ち白く濁ったような酵母液となる。成功したのはリンゴと梨に似た果物と紫色をした現地産果物だった。


 この実験はマポスの母親であるモニさんが手伝ってくれた。

「こんにゃ果物が腐ったものをどうするんだい」

「酵母液と小麦粉の全粒粉を同じ量だけ混ぜて、また発酵させるんです」

「手間のかかる事をするんだね」

 発酵して二倍になった物に同じ量の水と全粒粉を混ぜ、また発酵させる。これを何度か繰り返してパンの元種が完成する。


 念の為、完成した元種をちょっとだけ千切って、実験動物として飼育している穴兎に食べさせてみた。兎は美味しそうに食べ、体に異常はないようだ。


 後は普通にパンを作る要領でパンを完成させた。この国では酵母の利用が発見されておらず、パンを焼く前に発酵させると言う工程がないので、モニさんは何故パン生地が倍に膨れ上がるのか不思議がっていた。


 パンが焼き上がる頃になると辺りにいい香りが漂い始めていた。近くに居た子供達が集まって来る。アカネがパン焼き窯からパンを取り出すと黄金こがね色に焼けたパンが姿を現す。


 異世界で食べられているパンはリアルワールドで言えばインドのチャパティに近いものと色々な野菜を練り込んだパン生地を焼いたものが主流だった。

 アカネは蒸かしたジャガ芋を練り込んだパンが好きだが、冷めると固くなるのが欠点だ。


 アカネが焼き上げたパンはコッペパンのような形のもので、これにナイフで切れ目を入れ葉野菜と鎧豚の肉を焼いたものを挟み込みマヨネーズを掛けた惣菜パンを集まった五人の子供達とモニさんに配った。

「まずは、私が試食するわ」

 アカネが惣菜パンに齧り付く。ふんわりとしたパンとシャキシャキした葉野菜、甘い脂が滲み出た焼き肉がマヨネーズと絡まって絶妙な味を作り出していた。

「思った以上に美味しい」

 その声を聞いた子供達が惣菜パンにガブリと噛み付く。その後は夢中になって食べ、アッという間に完食する。

「アカネ姉ちゃん、お代わりはにゃいの?」

 口の周りにマヨネーズを付けた猫人族の子供が眼をキラキラさせてアカネに尋ねる。

「一人一個だけよ。また作って上げるから我慢して」

「うにゅー、もっと食べたかった」


 猫人族のモニさんは初めて惣菜パンを食べ、うっとりした表情を浮かべ金縛りにあったように棒立ちになっていた。漸く惣菜パンの呪縛から解き放たれると。

「世の中にはこんにゃ美味しいものが有ったんだね」

 アカネは苦笑して。

「大袈裟よ。お客さんがジャンクフードが食べたいって言うから作ったのよ。これで満足してくれるといいんだけど」

 モニが変な顔をする。アカネが使ったジャンクフードという言葉が自動翻訳され、屋台で食べられる安価な食品というニュアンスのミトア語に変換されたからだ。

 これだけ美味しい物がジャンクフードであるものかと思ったのだ。


 アカネは惣菜パンを三個と蜜柑みかんに似た果物から作ったジュースをトレーに乗せて、A棟に向かった。二階の一室に泊まっているピアニスト児島は指の再生治療を受けているが再生スピードが遅かった。

 同じように再生治療を受けた高校生の小瀬が三日ほどで完全再生したのに、治療を始めて七日目だと言うのに七割ほどしか再生していなかった。

 原因は児島の体内に蓄積している魔粒子の量に起因すると思われた。曲がりなりにも『魔力袋の神紋』を持っていた小瀬は、児島より多くの魔粒子を蓄積していた。


 児島の部屋の前に立ち声を掛けた。

「食事を持って来ましたよ」

 中から物音がしてドアが開いた。中から出て来たのは三〇代半ばほどで、長い髪を後ろでポニーテールにしているのが特徴的な男性だった。痩せてひょろりとした体型で、顔は歴史教科書に載っているフランシスコ・ザビエルに似ている。


「済まないね。どうしても食べたくなったんだ」

「構いませんよ。依頼人の要望は出来るだけ叶えるのが案内人の仕事ですから。遠慮無くおっしゃって下さい」

 児島は美人のアカネにそう言われ、でれーっと鼻の下を伸ばす。一拍の空白の後、誤魔化すようにコホッと空咳をして。

「もう一つ頼みが有る。音楽が欲しいんだ。この世界にだって音楽をやっている人は居るんだろ」

 そう言われて、アカネは困った。迷宮都市で音楽らしいものを聞いた覚えが無かったからだ。

「案内人のミコトさんと相談してみます。彼なら知っているかも」


 その頃、俺はオリガと一緒にカリス工房へ来ていた。

「親方、この前は済まなかった」

 俺は『剛雷槌槍』を短期間に三〇本作った時に相当無理させたのを謝った。

「こっちも商売だ。気にするな。それより今日はどうしたんだ?」

 カリス親方は筋肉質の逞しい体を持ったツルツル頭のオッさんである。俺はオリガを紹介した。

「可愛い子じゃないか。よろしくな」

 カリス親方に話し掛けられたオリガは、ペコリと頭を下げ。

「よろちくおにぇがいしましゅ」

 オリガにも知識の宝珠を与え、共通語であるミトア語と古代魔導帝国の言語であるエトワ語を習得させている。但しちゃんと話せるようになるには時間が必要だった。


「オリガの装備を注文しに来たんだ」

 カリス親方が表情を曇らせた。

「おいおい、こんな小さな子供を狩りに連れて行くつもりか」

「俺だって危険な目には遭わせたくない。だけど、オリガに世界を見せてやるには必要な神紋が有るんだ」

 親方もオリガの眼が見えていないのには気付いていた。

「神紋を得る方法は二つ、魔導寺院で神紋付与陣を目にするか。知識の宝珠で神紋を得るか。眼の不自由なお嬢ちゃんには知識の宝珠が必要だろう。手に入れてあるのか」

 俺はニヤリと笑った。

「ああ、魔道具屋で『魔力袋の神紋』を見付けて以来、街中の魔道具屋を巡って神紋を秘めている知識の宝珠を探したんだ」

「知識の宝珠で神紋を得るにしても、神紋の扉で適性を得ているか調べなきゃ怖くて使えないぞ」

 神紋の扉が反応しない神紋付与陣を試して死んだ者が居ると聞いている。俺は『時空結界術の神紋』を知識の宝珠から得る時に躊躇いもなく試したが、それは死に繋がる危険な行為だった。運良く適性が有り『時空結界術の神紋』を得られたが、その危険を知った後に冷や汗をかいた。


 『魔力袋の神紋』の知識の宝珠を使わせる前に、オリガに魔導寺院で適性があるか神紋の扉を試させたのには意味が有ったのだ。


「それで装備は、どんな物がいいんだ?」

「金は幾ら掛かっても構わない。軽くて丈夫なものを頼む」

「お、太っ腹だな。そうなるとワイバーンの革鎧なんてどうだ。前金を貰えればハンターギルドで仕入れて来てやるぞ」

 空を飛ぶワイバーンの皮は丈夫で軽いと評判である。

「いいですね。前金は払いますのでお願いします」

「よし、それじゃあ採寸するか。お嬢ちゃん、こっちにおいで」


 オリガがカリス親方に近付くと手早く採寸し、注文票にオリガのサイズが書き込まれた。

「少し大きめに作ってやるよ。その方が長く装備出来るからな」

 俺とカリス親方はどんな防具にするか打ち合わせをした。


「ところで、この前持ち込んだ皮を使ったバッグは出来上がった?」

「おう、出来上がってるぞ。しかし、あの黒い袋は何に使うんだ。魔導核を付けているから魔道具なんだろうが、折り畳んじまったら何も入れられないだろ」

 持ち込んだ皮というのは、爆裂砂蛇の胃袋である。この胃袋は二重構造になっており、内側は通常の胃袋と同じ消化液を分泌する細胞などもある粘膜や筋肉の層で、外側は『次空間遷移』の源紋を秘めた保護膜となっていた。

 俺は保護膜の部分だけを剥ぎ取り、カリス親方に預け斜め掛けショルダーバッグに仕立ててもらった。外側は耐久性の有る斑ボアの皮を使いバッグの内側には、『次空間遷移』の源紋を秘めた保護膜を袋状にしたものを畳み込んで入れてある。

 出し入れ口は長さ六〇センチほどと大き目に作り、小柄な者ならそのまま入れるほどだ。そして、このバッグで一番奇妙なのが保護膜製の袋に取り付けられた魔導核である。

 魔導核には薫が設計した補助神紋図が刻まれていた。所有者が込めた魔力を溜め込み少しずつ放出する機能と魔力を込める者を限定する機能が備わっていた。


 カリス親方が持って来たバッグは細長いバッグで中には黒い袋が折り畳まれて入っていた。

「冷凍用の袋とかなら見た事が有るが、違うんだろ」

 協力してくれた親方にだけは秘密を打ち明ける。

「世話になっている親方にだけは教えますけど、秘密ですよ」

「口は堅い方だ。心配するな」

 俺は魔導核に魔力を込める。この魔導核に使っている魔晶玉はナイト級下位の雷黒猿から剥ぎ取ったもので、満杯になるまで魔力を込めると一ヶ月ほどは保つらしい。


「ミコトお兄ちゃん、それは何? ……綺麗に光り出したよ」

 オリガがバッグから溢れ出す魔力を見て不思議そうな顔をしている。俺は魔道具だと教えた。


 魔力が感知出来ない者でも、先程まで黒いだけの袋だったものが光沢を帯び始めるのが見えただろう。俺は傍にあった二メートルほどの棒を中に入れた。長さが一メートルもないバッグに二メートルの棒がスルスルと入っていった。

「何だそりゃ!」

 親方が大声を上げた。俺は近くにあった工具箱や煉瓦を次々に入れてバッグを閉める。出し入れ口はデカイがま口のような構造になっておりパチリと閉まった

 俺はバッグを持ち上げた。何も入っていないように軽い。そのバッグを親方に渡した。

「ゲッ、この重さは……」

「便利なバッグだろ」

「こいつは古代魔導帝国の遺物と同じものじゃねえか」

 古代魔導帝国の遺跡から発掘された遺物の中に、大量の荷物を仕舞えるバッグが有ったそうだ。そのバッグはオークションに出され、王家が金貨一万枚ほどで落札し所有していた。

「エエッ、金貨一万枚……」

 大量の荷物を運べるのなら戦略上有利になる。それを可能とする魔道具なら金貨一万枚でも安いだろう。


 しかし、俺のバッグはそれほどの量を入れられない。このバッグに仕舞い込める量は保護膜製の袋の容量と同じなので、三畳ほどの広さの物置程度の容量でしかない。

 どう考えても戦略上有利になるようなものではなかった。その事をカリス親方に説明すると。

「まあ、そりゃそうか。金貨一万枚もするようなものを俺の工房で作れる訳ないか」

 俺は<圧縮結界>で縮小した物をバッグに詰め込んだら、相当な量が運べるのではと考えたが、『次空間遷移』と<圧縮結界>とがどう影響するのか判らない状態では実験する気にもならない。

 もし失敗して爆発でも起きたら、どれほどの被害を及ぼすか予想もつかないからだ。


「でもよ。このバッグでも金貨三〇〇枚出すという連中は大勢居ると思うぜ」

「手放す気はないよ。苦労して手に入れた素材だからな」

「ところで、あの黒い皮がどんな魔物から剥ぎ取ったものか教えてくれねえか」

 俺は首を振り。

「いくら親方でも教えられないよ。金貨三〇〇枚だろ」

「だろうと思ったぜ」


 俺はバッグを『魔導バッグ』と名付けた。アカネさんには安直だと言われたが、俺にネーミングセンスを期待するのが間違いなのだ。


 俺とオリガが趙悠館に戻ると伊丹さんたちが樹海から帰って来た。自衛官三人がよれよれになっている。

「今日は何を狩りに行ったんだ?」

「コボルトでござる。ただ、帰りに歩兵蟻一匹と遭遇したので戦わせてみたのでござるが、まだ早かったようで、あのような姿に」

 俺は敗残兵のようにボロボロになっている自衛官に同情する。


「ちょっと休養が必要だな。明日の午前中は座学にして、午後からは槍トカゲ狩りに行って貰うか」

 伊丹さんは俺の狙いが判ったようで頷いて。

「パチンコでござるか。自衛隊には飛び道具が付き物だと」

「自衛隊だからって事じゃなくて、パチンコはサバイバルに便利だからね」


 俺と伊丹さんが明日の予定を話しているところに、太守館から使いが来た。ダルバル爺さんからの呼び出しで、明日の午前中に太守館へ来て欲しいらしい。

 何事か起きたようだ。俺としては政治絡みの事件は勘弁して欲しいのだが、お偉いさんからの呼び出しだから無視出来ない。


2017/11/17 誤字修正

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