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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第4章 傍迷惑な来訪者編
74/240

scene:72 海と食糧

 迷宮都市クラウザの太守館では、シュマルディン王子を含む数人の要人が会議室に集まり協議していた。

「モントハル港湾都市から届くはずの食糧品だが、今年は無理なようじゃ」

 沈痛な面持ちで王子の祖父ダルバルが告げる。それを聞いた都市行政の事務方トップであるヒンヴァス政務官は、厚手のハンカチで汗を吹きながら慌てたように問い質す。

「ちょ、ちょっとお待ちを。その食糧品は迷宮都市の食を支える重要なもの。買い入れ食糧の三割に相当するのですぞ……どうして、そんな事に?」

 ダルバルの顔が苦虫を噛み潰した様になる。

「モントハルには、現在、第二王子が滞在しておる。そこの港湾施設を第二王子派の貴族共が乗っ取りおった」

 シュマルディン王子の顔が悲しげに歪む。

「オラツェル兄上が意地悪をしていると言うの?」

 ダルバルが否定するように首を振る。

「そういう面も有るかもしれんが、貴族共が自分の領地や仲間の領地に優先して食糧を送っておるのだ」

「何故、そんな事を。農作物が不作だった訳ではないはず」

 政務官の部下の一人が指摘する。

「貴族共は内戦になるかもしれんと畏れておるのじゃ」

「そ、そんな」

 ヒンヴァス政務官が顔色を変え、政務官の部下も青褪めている。


「内戦になるかもしれないから、食料の備蓄を増やしているって言うの」

 シュマルディン王子が呟くように言う。

「政務官、モントハルからの食糧は塩と魚介の乾物や塩漬けが中心のはず。それなら迷宮都市でも漁を行えば確保出来るんじゃないのか?」

「無理でございます」

 ヒンヴァス政務官が即座に否定した。

「何故じゃ? 海ならば、すぐそこに有るではないか」

「魔物です。魔物が漁の邪魔をするのです」


 ダルバルが理解出来ないというように頭を振る。

「それはモントハルでも同じではないのか?」

「いえ、モントハルには北から寒流が流れ込んでおりますので、魔物が少ないのです。迷宮都市近くの海である三本足湾は比較的温暖な海で魔物の巣窟となっております」


 ダルバルが大きな溜息を吐いた。

「魔物か……ハンターギルドのアルフォス支部長に相談してみるか」



    ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 仮設住宅の一室に伊丹さんと美鈴先生、薫を呼んで打ち合わせを行った。

「申し訳ない、伊丹さん。俺が行けたら良かったんだけど」

「これも仕事の一環。拙者より美鈴殿が同道して下さるという話でござるが、お疲れなのでは?」

 休む間もなく、美鈴がウェルデア市へ行くと言ってくれたので、薫は気兼ねなく迷宮都市に残れる。

「私は大丈夫です。それより、貴重な『知識の宝珠』を使わせて頂いて良かったのでしょうか」


 数日前なら、美鈴に『知識の宝珠』は使わせなかっただろう。だが、状況が変わった。

 ミトア語の『知識の宝珠』は、迷宮都市では人気の無い魔道具である。魔道具屋でも買い取りを拒否するようなものなのだが、この街には大量に死蔵されていると推理し、その場所を探していた。

 そして、その死蔵されている場所を昨日突き止めた。


 迷宮ギルドの倉庫である。以前からギルド職員に調べて貰うように頼んでいたのだ。そして、古い倉庫に百二十八個の『知識の宝珠』が死蔵されていたのを突き止めた。

 もちろん全てを買い取り、今は俺の手元に有る。


「言葉も喋れないまま人探しに出す訳にはいきませんよ」

 俺はそう応えた。伊丹さんが頷き、俺に問い掛けた。

「彼らを発見した場合、どう致したらよかろう?」

 俺は美鈴先生に視線を投げてから。

「彼らの様子を確かめてから判断しますか。ロープでグルグル巻にして引っ張って来て貰いたいけど、日本に戻ってから問題になりそうだしな」


「あのぉ、次に日本へ帰れるのはいつになるのでしょう?」

 美鈴先生の質問に、俺は記憶を検索してから答える。

「十三日後です。その日の前日までにはここに帰って来て貰います。もちろん、小瀬君たちが嫌がっても、その時は連れ帰って欲しい」

「お任せあれ」

 伊丹さんが頼もしい返事をしてくれた。


 翌朝、伊丹さんと美鈴先生が出発した。



    ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 二人を見送った後。


 俺は薫とリカヤたちを連れて西門から都市の外へ出た。

 樹海側に少し入った場所に犬人族の里長であるムジェックと戦士長のムルカが待っていた。

「ミコト様、お久しぶりでございます」

「ああ、元気な姿を再び見れて嬉しいよ」

 挨拶を交わしてから、薫と話し合った用件を切り出した。

「里長、俺たちはエヴァソン遺跡を人が住めるように整備しようと考えているんだ」

「はい、それはカオル様から伺いました」

「そこで犬人族にも手伝って貰いたいんだ。もちろん、犬人族が住む場所も用意する」

 ムジェックはムルカと視線を交わしてから声を上げた。

「しかし、住む場所だけあっても食糧とかは?」

「一応考えてはいるけど、取り敢えずエヴァソン遺跡を自分の目で見て下さい」


 俺たちは都市の石壁をグルリと回ってエヴァソン遺跡へ向かった。常世の森は鉱山跡の坑道を通って通過する。

「ありゃ、ミコトしゃま。これは洞窟にゃの?」

 ルキが質問してきた。最近のルキは好奇心が旺盛で何でも質問する。

「ここは坑道だよ。鉱山で鉱石を採掘する為に出来た通路だ……オッ、蜘蛛の巣には気を付けろ。触ると身動き出来なくなるぞ」

「デッカイ蜘蛛のしゅが有るのはにゃぜ?」

「大鬼蜘蛛が居たんだ。ここに巣を作ろうとしたんだけど、バジリスクに殺されたんだ……ん、この糸丈夫そうだな回収出来ないだろうか?」


 俺の質問にムジェックが答えてくれた。

「黄色スライムの体液を掛けると粘り気がなくなります」

 ムジェックは懐から木製の筒を出し中の液体を蜘蛛の巣に振り掛けた。

「エッ、持って来てるんだ」

 薫が驚きの声を上げた。

「はい、常世の森に大鬼蜘蛛が住み着いているのは知られていますから、必要になるかもしれんと持参しました」

「用意がいいな」

 左奥へと続く坑道の入り口に張られていた蜘蛛の巣が地面に落ちた。その糸を長細い石に巻き付けて回収した。ムジェックが言ったように粘り気はまったく無くなっていた。


 坑道を抜け、常世の森の東端に出ると潮の香りが微かにして来た。

 木樹を透かした向こう側にエヴァソン遺跡が見えてきた。階段状の特殊な地形と下に広がる砂浜と海は一見の価値が有る素晴らしい光景だ。

「眺めは素晴らしい。でも、整備するのは大変そう」

 薫が意見を述べ、その意見に全員が賛同する。


 俺が案内して階段状の二段目に入り、通路と内部の地下空間を見せた。

「ここには、こんな通路や地下空間がたくさん有るようだ。確実に雨はしのげる」

 戦士長のムルカは頷くが、全面的な賛成はしてはくれないようだ。

「食糧はどうする。常世の森には大鬼蜘蛛や雷黒猿が居る。あそこで狩りをするのは危険だぞ」

「そこは考えた。食糧はここの土地を耕し作物を育てて貰う。農業は不慣れかもしれないが、勉強して貰い段々と慣れて欲しい」

「しかし、作物が安定して収穫出来るようになるまではどう致しましょう」

 ムジェックが問題となる点を指摘する。

「無料でここの整備を手伝って貰う訳じゃない。その労力の代価として食糧を迷宮都市で買い入れ運び込む」

 ムルカが不満そうな顔を見せる。

「狩りをしないと腕が鈍る。それに穀物だけじゃなく肉も欲しい」

 戦士長という立場から出た言葉なのだろう。


「あの坑道を通った先にある樹海を狩場としてもらうしかないな。それに、将来的な話になるが、悪食鶏や鎧豚を飼育して肉を得るという方法もある」

 俺たちが話し合っている間に、ルキたちが砂浜の方へ降りて行ったようだ。下の方から騒ぐ声がする。


「しょっぱい、こにょ水、変!」

 ルキが口に含んだ水をピューッと吹き出してから大声を上げた。周りのミリアたちは笑い声を上げる。

「ルキ、海の水には塩が含まれているから飲めにゃいんだぞ」

 リカヤが教えてやる。

「じぇも、お魚しゃんが泳いじぇるよ。お魚しゃんは大丈夫にゃの?」

 透明な海の中に掌ほどの大きさの魚が群れをなして泳いでいる。

「海に住む魚は大丈夫にゃように体が出来ているのでしゅ。それより、にゃんとか捕まえられにゃいかな」

 ミリアが妹に教える。

「オイラの任せろ!」

 マポスが海に入り海中に剣を突き入れる。

「ホリャ……トリャ……もう一丁!」


 俺たちが砂浜に降りた時には、海の中でマポスが息を荒らげて剣を振り回していた。

「マポス、止めろ。塩水に剣をつけると錆びるんだぞ」

「エエッ!」

 マポスは急いで砂浜に戻って来た。心配そうに強化剣を確認している。


「そんなやり方じゃ魚は捕まえられないぞ」

 それを聞いたルキが、眼をキラキラさせて尋ねた。

「お魚しゃんはどうやって捕まえるにょ?」

「一番簡単なのは釣りかな」

「釣り?」

 コテッと首を傾げるルキ。その仕草は可愛らしく皆が笑顔になる。


 俺はどう説明しようか迷って蜘蛛の糸が有るのを思い出した。……釣り糸になりそうなものは有る。後は釣り針だけど。

 マポスが双剣鹿の剣角で作ったナイフを持っているのに気付いた。折れた剣角を加工してナイフにしたものだ。

「マポス、後でもっと良いナイフをやるからそのナイフをくれないか」

 マポスが首を傾げながらもナイフを渡す。


 俺は邪爪鉈を使ってナイフを手頃な大きさに切断し削って釣り針のようなものを作り上げた。不格好な釣り針だが丈夫そうだ。

「よし、そこらの砂浜を掘り返して貝を探してくれ」

 他の皆が貝を探している間に、釣り針に蜘蛛の糸を結び付け、重り代わりになる小石にクモの糸を巻き付ける。


 ルキが波打ち際を掘り返し次々に貝を見付け出す。

「わっ、いっぱい貝が有りゅ」

 少し掘るだけでたくさんの貝が手に入った。アサリに似た貝だが、貝殻の模様が渦を巻いている。ルキから貝を貰い殻を潰して中の身を釣り針につける。


「こいつが釣りの仕掛けだ。こいつを……」

 俺は重しと釣り針を海に投げ込んだ。二〇メートルくらい先にポチャリと落ち、海中に沈む。

「ヒット!」

 釣り糸に手応えを感じて釣り糸を手繰たぐる。海面に三〇センチほどの魚影が見えた時、その背後から何者かが獲物に襲い掛かった。

 手応えが軽くなり、仕掛けを手繰り寄せて見ると釣り針には魚の頭だけが残っていた。


「横取りされたようね」

 薫が面白そうに声を上げた。……クッ、運が悪いのかな。

「もう一度だ」

 魚の頭を捨て釣り針に餌を付け海に投げる。


「ヒット!」

 釣り糸を手繰る。先ほどと同じように魚影の後ろを何者かが追い掛け始める。俺は釣り糸を手繰る速さを倍加させた。

「アッ」

 手応えが軽くなった。確かめるまでもなく獲物を横取りされたようだ。

「明らかに釣り針に掛かった魚を狙っているわね」

 薫に言葉に頷き、もう一度チャレンジする。


 俺は魚が掛かった瞬間、海とは反対方向に走り始めた。釣り糸を手繰るより走る方が、横取り野郎より早く魚を釣り上げられると考えたのだ。

「三度も横取りされてたまるか!」

 魚が波打ち際に上がった瞬間、灰色のトカゲがピチピチと跳ねる魚に襲い掛かった。小型のわにほどのトカゲだ。

「見てないで仕留めろ!」

 俺が叫ぶと呆然として見ていたリカヤたちとムルカが槍を突き出しトカゲを仕留める。だが、残念ながら魚はトカゲの腹の中へ消えていた。


「こいつは灰色海トカゲだな。肉はなかなか美味いそうだぞ」

 俺が<鑑定眼ジャッジメントアイ>で調べた情報を披露する。


 ルキが楽しそうに仕留められた灰色海トカゲを見ながら呟く。

「ふみゅ~ これが釣りにゃのきゃ。こんにゃ狩りの方法は初めてにゃのりゃ」

 ムルカがふむふむと頷いている。

「海も狩場として使えるのだな。勉強になった」


 俺はガクリと肩を落とし、釣りについてもう一度説明しなおした。

 説明後、リカヤ、マポス、ムルカにも釣りを体験して貰った。リカヤとマポスは波打ち際まで魚を手繰り寄せたが、俺の時と同じように追い掛けて来た灰色海トカゲが魚に飛び掛かったので、邪爪鉈で首を刎ねた。

 ムルカだけは犬人族特有の瞬発力を活かして灰色海トカゲから逃げ切り、魚を釣り上げる。


 ……魚は豊富に居るのは判ったが、漁の方法を考えないと駄目だな。灰色海トカゲの肉でも食糧にはなるが、やっぱり魚も食いたい。


2016/9/8 誤字修正

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