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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第4章 傍迷惑な来訪者編
63/240

scene:61 生き残った者

 魔力に敏感な者ほど異世界転移の衝撃は大きく、転移時に長く気を失う事が有るという。


「う……ううっ」

 薫が目を覚ますと見知らぬ天井が………………見えない。目の前には暗い闇が広がっている。

「アッ、薫ちゃん。気が付いたの」

 真希の声で、気を失う前の出来事を思い出す。転移門が起動して……


 慌てて自分の体を確かめる。何か布のようなものが体に掛けられているが、下着姿になっている。周りが暗いのでジロジロと見られる事は無いが恥ずかしい。

 石を敷き詰めた冷たい床の感触と周りの様子で何かの建物の中にいるらしいのは何となく分かった。

 右手の方角に入り口らしいものが有り、そこから月明かりが入ってくるが、顔の識別が出来ないほど暗い。周囲の気配を探ると四、五人の人間が居るようだ。身体に掛かっていた布を確認すると特大サイズのTシャツのようなものだった。……ちょっと臭い。

 仕方なくシャツに袖を通す。ブカブカのワンピースのような感じになった。


「薫ちゃん、大丈夫?」

 真希の心配そうな声に薫が応えた。

「大丈夫よ。ここは何処か分かる?」

「それが分からないのよ。高校生の男子たちが『異世界』とか『召喚』とか言ってるけど、あの転移門の所為なの?」

「たぶんね。それよりシャツはどうしたの?」

「床に落ちてた。五人分のズボンとシャツ、それに鎧や剣も有ったよ」

 それは異世界の人間(実際はオーク)が日本に転移した事を意味していると気付いたが、薫にはどうすることも出来ないし、やる気もない。こっちこっちで非常事態なのだ。


 異世界に転移したのは、高校の教頭と体育教師。小柄な女性英語教師。高校生の男子が二人、女子が一人、そして薫と真希だと聞いて、今居る人数と違うのが気になった。

「ここに居ない人は?」


 薫の質問に、ちょっと離れた場所に座り込んでいた女性が応えた。

「教頭先生と等々力先生は、周りを確かめてくると言って外に出ています」

 小柄な女性らしい人影から、頭から血を流していた女性を思い出した。怪我の具合を尋ねると。

「ありがとう。大丈夫よ」


「自己紹介しましょうか。私は三条薫、こっちは従姉妹の真希姉さん」

「私は高校で英語を教えている乾美鈴いぬいみすずです」

「二年の小瀬功こせいさおだ。悠長に自己紹介とかしている場合じゃないと思うけどな」

 薫たちに話し声に気付き近寄って来た高校生たちの中で背の高い男子が自己紹介する。そして、小柄で太り気味のもう一人の男子が。

「俺は東埜公晴ひがしのきみはるだ。お宅ら準備しといた方がいいぞ。もうそろそろ王様の使いか姫様が来るはずだ」


「ヘッ?」

 薫は東埜と名乗った少年が言っている意味が分からなかった。

「馬鹿ね、いきなり王様だとか姫様だとか言っても分かる訳無いでしょ」

 女子高生らしい人影が東埜という少年に注意し、自己紹介で二宮玲香にのみやれいかと伝えた。


「どういう事なの?」

 薫が尋ねると何故か嬉しそうに東埜が応える。

「お前も外に出れば分かるだろうが、ここは異世界だ。月が二つ有るから間違いない。うふふふ……分かるか。俺たちは勇者召喚されたんだ」

 ……異世界なのは分かるが、勇者召喚と言うには何だろう?


 東埜の話によると異世界転移を題材にした小説の定番だと言う。異世界の国が魔王や外国の侵略で危機に陥り、その打開策として異世界から勇者を召喚するのだそうだ。

「現実は小説とは違うと思うけど……現にここはお城じゃない」

 入り口から外を確認すると荒涼とした大地が広がっていた。砂と岩が大部分の大地を覆い、少しだけ灌木らしいものが見える。


「心配すんな。ちょっと着地点がズレただけだろ。そのうち探し出してくれるさ。それより、どんなチート能力を貰ったのか調べるのが先だ」

 東埜が『ステータス』とか『メニュー』『オープン』とかブツブツと唱え始めた。

 東埜を見る薫の目が可哀想な人を見るような目になった。


「東埜は放っておけ。それより教頭たちの戻るのが遅くないか?」

 高校で生徒会長を務めていると言う小瀬が、玲香に尋ねた。

「まったくよ。生徒を危険な場所に置いたまま居なくなるなんて無責任過ぎる」

 二宮建設と言う大手建設会社の社長令嬢として育った玲香は我儘なお嬢さんという感じの女子高生だった。


「東埜、教頭たちに何か有ったのかもしれない。探しに行こうぜ?」

「馬鹿を言うな。外にはきっと魔物とか魔獣とかが居るんだぞ。自分のスキルも分からない内に襲われたら死んでしまうぞ」

 ……東埜の言っている事は変だと思ったが、夜が明けるのを待った方がいいと薫も考えた。


 月明かりの下で小瀬と東埜を観察する。真希から聞いた床に落ちていた剣を小瀬と東埜は持っていた。だが、剣を重そうに持っている姿を見ると満足に振れるのか疑わしい。

 男子はぶかぶかのズボンを履き腰と足首の所を紐で縛っている。上はランニングシャツだけなので、アラビアンナイトの物語に出て来る貧民街の少年のようだ。


 提案を断られた小瀬は不機嫌そうな顔をする。薫はその顔を見て思い出した。マイクロバスの運転手を訴えるとか言っていた人だ。


 暫くすると東の空が明るくなった。入り口から明るい光が部屋の中に差し込み廃墟らしい建物の中を照らし出す。部屋の中央に転移門が有り、その中央に小さな箱のようなものが有った。

 薫が拾い上げ調べてみると上にボタンが有り、何かの装置のようだった。薫はこの装置から魔力の残滓を感じ取り、これが魔道具なのを確信した。

 他に、幾つかの革鎧と重そうな柳刃刀が落ちていた。

 ぶかぶかの鎧など邪魔になるだけのなので誰も身に着けようとしなかった。柳刃刀は重過ぎて使い手が居なかった。薫も試してみたが、やはり重過ぎて使えないようだ。


 更に周りを見回すと部屋の隅に背負い袋と水筒が置いてあるのを発見した。


「真希姉さん、あの荷物を調べてみよう」

「うん……薫ちゃん、あたしたち帰れると思う?」

 薫は真希の顔に大きな陰を見た。いきなり異世界に飛ばされた恐怖と不安で真希の心は押し潰されそうなのだろう。薫はニコリと笑って。

「大丈夫よ、経験者に任せて」

「そ、そうだよね。薫ちゃんは……」

「シッ、真希姉さん。暫く夏休みの事は内緒にしていてくれる」

 真希が何故というように首を傾げた。

「ここは、私も知らない場所なのよ。経験者だからといって何でもかんでも押し付けられたら困るの」

 真希が頷いた。不安は少し薄れたようだ。


 薫と真希が三つの背負い袋の中身を床にぶち撒け調べ始める。薫は空になった背負い袋の一つに先程拾った魔道具を仕舞い、床に散らばった品物を調べる。

 着替えらしいシャツとズボン、予備のナイフ二本、丈夫な紐、見覚えのない硬貨や魔晶管、魔晶玉二個が入った幾つかの小さな革袋、塩の袋、それに保存食らしい干し肉が入っていた。

 女性教師と高校生たちが寄って来た。荷物を見て。


「こいつは異世界の金じゃないか。僕が保管するよ」

 小瀬が硬貨の入った幾つかの革袋を拾い上げ、硬貨を纏めて一つの革袋に詰め込んだ。

「ちょっと待って、お金は先生に預けた方がいいんじゃない」

 真希が美鈴に視線を向けながら言った。小瀬が顔を顰め。

「心配無い、これは責任を持って僕が預かるから、先生は女子の面倒を見てよ」

「エッ、ええ」

 美鈴が慌てたように返事をした。まだ、異世界に来たという実感が掴めていないようだ。

「空の背負い袋を一つ取ってくれ」

 小瀬の要望で、真希が背負い袋を手渡した。硬貨の入った革袋を背負い袋に入れ、小瀬が担いだ。

「これも一つ貰うぞ」

 三つ有る水筒の一つを素早く拾い上げ、入口の方へ向かった。


 その様子を見ていた玲香が残った二つの水筒を指さす。

「ちょっと、それ水筒でしょ」

 玲香が二つ有る水筒の一つを取り上げ、ちゃぷちゃぷと水が揺れる音を確かめてから、ごくごくと水を飲む。


「おい、全部飲むなよ」

 東埜が玲香から水筒を取り上げ水を飲む。

「何するのよ。東埜のくせに」

「五月蠅い、元の世界じゃ金持ちのお嬢様だからってチヤホヤされても、ここじゃ違うぞ。お前は脇役、俺が勇者なんだからな」

 東埜の言動が危ない感じになっている。転移した衝撃で妄想の世界と現実がごっちゃになっているのかもしれない。


 学校の中で浮いた存在だった東埜は、一部の生徒からいじめを受けていた。生徒会の書記を押し付けられたのも虐めていた連中の仕業だった。玲香もそんな連中の一人である。


「東埜、落ち着け。お前ちょっとおかしいぞ」

 小瀬が東埜をいさめる。だが、東埜は反発するように背を向けた。

 薫はもう一つの水筒の水を真希と美鈴先生で分け合った。その後、自分用とした背負い袋に魔晶管と魔晶玉が入った革袋、丈夫な紐、シャツなどを入れて背負う。

 もう一つの背負い袋には、ズボンと保存食を入れ美鈴先生に預けた。

 二本のナイフは、薫自身と真希が持つ事にした。


「明るくなったから、教頭先生たちを探しに行きましょう」

 薫が皆に告げると。

「嫌だと言っただろ。俺は待ってるんだ」

 東埜が真っ先に返答した。

「小瀬さんはどうしますか? 私と真希姉さんは一周りして来ますけど」


 その時、狼の遠吠えのような声が響いた。近くに狼の魔物が居るのかもしれない。小瀬の顔に一瞬だけ怯えが浮かび消えた。

「よ、夜が明けたばかりだ。もう少し待った方が良いんじゃないか」

 明らかにビビっている。無理もないが、少しでも情報の欲しい薫は、真希と二人で外に出る事にした。


「取り敢えず、二人で見回って来ます。小瀬さんたちは美鈴先生たちを守っていて下さい」

 そう言うと二人で外に出た。荒涼とした大地が太陽に照らされて熱気を含んでいる。リアルワールドは冬だが、こちらは夏らしい。

 外から建物を見ると石造りのドーム状建造物だった。


 薫は時計回りに一周しようと歩き出す。その後を真希が付いて来た。

「薫ちゃん、大丈夫なの。中で助けを待った方が良かったんじゃない」

 真希が自信無さそうな声で言う。

「次に転移門が起動するのは六日後、つまり、リアルワールドからの助けは、後六日しないと来ないのよ。それまで待ってたら、魔物に殺されるか、干乾ひからびて死ぬ」


「そ、そんなぁ……だったら、どうしたら良いの」

「まずは、水を探して移動する。そして、人が住んでいる場所を探す」

 真希は周りを見回した。背後には噴煙を立ち上らせる火山があり、前方は荒野、かなり遠くに森らしい緑が見える。

「あの森まで行かないと水は無いんじゃ」

 薫は真希が見ている方角を見て頷いた。

「歩いて半日くらい掛かりそうね」

「無理よ。ちょっと歩いただけで足が痛いのに」

 薫たちは裸足だった。残された荷物の中に靴らしいものは無かったのだ。荷物の持ち主であるオークたちは、靴など必要としなかったからだ。


「靴は何とかするわ。それより、あそこを見て」

 薫が血の跡らしいものを見付けた。地面には何か争った痕跡と小瀬たちが持っていた同じ剣が二本。そして、死骸を引き摺って持ち去った血の跡が有った。

「残念だけど、教頭先生たちは諦めた方が良さそう……ごめんね、私がもう少し早く目を覚ましていたら……」

 薫の暗い声に、真希が青褪めた顔を向けイヤイヤするように頭を振り。

「……薫ちゃんは悪くない」

「ありがとう、真希姉さん」

 薫は血の跡が続いている方角を睨むように見ていた。


 暫くして、薫は剣を拾い上げた。近くで見ると短めだが幅広の頑丈そうな剣だ。手に持つ剣を真希に渡した。

「重い……こんなの使えない」

 真希の言葉に、薫は同じ型の剣を持ち上げる。それほど重くは感じない。リアルワールドでも力が強くなっているのを自覚していたが、異世界では魔導細胞が活性化し力がより強化されていると感じた。


 突然、岩の陰から三匹の大ムカデが這い出して来た。体長八〇センチほどで毒々しい赤色をしていた。

「真希姉さん、後ろに隠れていて」

「な、何なのあれ、あり得ない」

 真希が剣を放り出し、薫の後ろに回る。それを確かめてから、薫は久々に魔力を制御する。


「久々の……<風刃ブリーズブレード>」

 空気の刃が形成され、先頭の大ムカデに襲い掛かる。ムカデの頭が二つに切り裂かれた。

「もう一丁……<風刃ブリーズブレード>」

 同じ様に、続いて近寄って来た大ムカデが空気の刃で引き裂かれる。

 最後の一匹は、駆け寄った薫の剣が頭を切り飛ばした。

 死んだ大ムカデから魔粒子が放出され、それを薫は吸収した。懐かしい感覚だ。


 真希は目を丸くして薫の姿を見ていた。リアルワールドで知っている薫とは別人だった。しかも魔法だ。薫が厨二病……いや、魔法に興味を持っていたのは知っていたが、本当に魔法使いとなっていたとは。

「薫ちゃん……本当に魔法が使えるようになったんだ」

 真希がぼそりと言う。小さい頃からの夢の為に、異世界にまで行った薫……恐ろしい子。


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