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案内人は異世界の樹海を彷徨う  作者: 月汰元
第3章 セカンド転移門編
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scene:43 新たな転移門

セカンド転移門の開始です

 薫たちを案内してから三ヶ月が経過した。その間に幾つかの仕事をこなした。ドロ羊の捕獲も、その中の一つである。


 今でも、薫とは頻繁に連絡を取り合い、二人で神紋術式の解析と新しい神紋術式の開発を行っている。

 例えば、『魔力変現の神紋』の<変現域>を利用した<炎杖フレームワンド><缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム>を正式に付加神紋術式として構築し、呪文で発動する応用魔法として安全に使用出来るようにした。

 しかも、<缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム>の二つは時限信管の機能も追加し、投擲してから設定した時間が経過すると自動的に爆発するように改良した。


 開発した付加神紋術式は、それだけではない。『流体統御の神紋』の応用魔法も幾つか開発し実験を終えている。<渦水刃ボルテックスブレード>と<旋風鞭トルネードウイップ>の二つである。


 <渦水刃ボルテックスブレード>は、ウォータージェット切断(アブレシブジェット加工)の応用が失敗した後に考えついた応用魔法である。ウォータージェット切断を利用した魔法はあまりにも射程が短すぎた。水を音速を超えた速度で吹き出すのには成功した。ただ、その速度を維持可能なのは二十センチが限度で、それ以上は空気抵抗により急速に速度が落ち、水も拡散するようになった。一応<水刃アクアブレード>と命名し応用魔法として記録したが、攻撃魔法としては失敗作だ。


 その失敗の対策を考えながら思いついたのが、<水盾アクアシールド>の改造である。この応用魔法は水に回転運動を与え円盤状の盾を形成する魔法である。その回転運動を音速を超える速度まで高速化し『時空結界術の神紋』の結界で包むと、製材所で使う丸鋸のような形状になる。


 『ゴォーッ』と低い唸り声のような音を発しながら回転する水の刃は、驚異的な切断力を持っていた。実験の為に用意した鉄の棒を簡単に切断した時は、我ながら凄い魔法を開発してしまったと思う。

 水で形成された丸鋸を渦水刃と名付け、魔法名も同じとした。渦水刃は<水盾アクアシールド>で使用される付加神紋術式を利用しているので、射程は長くない。精々が二メートル前後で、それ以上離れると渦水刃が崩壊する。


 もう一つの<旋風鞭トルネードウイップ>は、螺旋状に渦巻く空気が鞭のように伸び、圧縮され高密度となった空気の先端が敵の身体に穴を開ける。ただ、元が空気なので威力はそれほどでもない。その代わり射程は一〇メートルほどと<渦水刃ボルテックスブレード>よりは長く、使い勝手が良い魔法だ。


 二つの応用魔法は対照的で、<渦水刃ボルテックスブレード>は魔力消費量が多く高威力・短射程、もう一つの<旋風鞭トルネードウイップ>は魔力消費量が少なく低威力・中射程となった。


 ここまで列記した応用魔法は、俺の為に開発したものだ。


 その後、薫はミリアやルキの為にも幾つかの応用魔法を開発した。これは早過ぎると止めたのだが、早めに用意するだけなら問題無いと押し切られた。

 応用魔法を使うには、元になる加護神紋が必要だ。ミリアとルキは『魔力袋の神紋』しか授かっていないので、他の加護神紋を授かるまで応用魔法は使えない。そう言ったのだが……


「ちゃんと考えてるから……二人が次に手に入れようとする加護神紋は、『魔力変現の神紋』か初級属性魔法の加護神紋よ。ミコトさんが『魔力変現の神紋』を手に入れるように助言すれば、きっとその通りにする」


 薫は『魔力変現の神紋』を基盤とする応用魔法をミリアとルキ用として開発した。



   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 俺の仕事場であるビルのトレーニングルームからデスクのある部屋へ戻ると懐かしい顔が待っていた。伊丹さんと二ヶ月ぶりに再会する。三ヶ月前に護衛役兼助手の申請書を東條管理官(通称ハゲボス)に提出し、その一ヶ月後に受理されて以来、研修を受けていたのだ。


「ミコト殿、お久しぶりでござる」


 リアルワールドでこの言葉遣いで話し掛けられると非常に違和感がある。だが、これも開き直った伊丹さんの個性だと思えば許容範囲だ。

「研修が終わったんだ。これからバッチリ働いて貰いますよ」

「望む所でござる」

 研修中もこの調子だったんだろうか?……他人の目がちょっと心配だ。


 午後二時になり、俺たちは応接室に向かう。東條管理官から次の仕事の依頼人を紹介される予定になっている。応接室に入ると東條管理官が正面のソファーに座り、その後ろに警備部の警護官二人が立っていた。部屋中を見回すが他に誰も居ないので、依頼人はまだ来ていないのだろう。


「依頼人はまだのようですね?」

 東條管理官が俺の顔を睨む。……何で睨むんだ? 予定の時間の二分前だ。遅れちゃいない。

「とっくに来とる」

「エッ! でも……」

 もう一度周囲を見回すが、依頼人らしい姿はない。


「私が依頼人だ!」

 東條管理官の大声が部屋に響く。俺は理解出来なかった。いや、正確には理解したくなかった。

「……」

 俺は回れ右をして部屋から出ようとした。

「何処に行くつもりだ。ミコト!」

「ちょっと気分が悪くなったので、医務室へ」

「お前が健康体だというのは報告を受けている。……いいから二人共座れ!」


 仕方なく、ソファーに座る。伊丹さんも隣りに座った。

「東條管理官は、お金持ちだったんですね。プライベートで異世界旅行をするなんて。しかも、俺の転移門を選ぶなんて勇気ありますね。目的は迷宮ですか」

 転移門管理委員会管理官であり、第二地区転移門管理課の課長でもある東條は管理官と呼ばれるのを好んだ。警察庁出身の元警察官僚だからだろうか。

「プライベートだと……仕事に決まっているだろう。二人共、御島町三丁目で発見された転移門については知っているだろう」


 先日、御島町三丁目で未使用の転移門が発見され、自衛隊により封鎖された。この転移門は、転移門管理委員会でどうするか協議され、まず、何処に繋がっている転移門なのか確かめる仕事が、東條に任された。


「今回の依頼は特殊なものだ。発見された【Jb5転移門】はゲートマスターが決まっていない貴重な転移門だ。そのゲートマスターに私と後ろの二人、加藤君と宇田川君が就任する」

 後ろに立っていた二人は、警護官ではなくゲートマスター候補だったようだ。


 加藤と呼ばれた男は、元機動隊の逞しい男性で空手か柔道の段持ちだろう。ガッシリした身体、馬面うまづら、短い髪、堅物かたぶつそうな雰囲気、友達にはなれそうにない。もう一人の宇田川と呼ばれた女性は、元警視庁警備部のSPで合気道、杖術を習っているらしい。スラリとした体型の美人だ。


「三人がゲートマスター候補なら、何故、俺が呼ばれたんです?」

「ミコトには、転移先の位置を特定して欲しい」

 ようは転移先から人が住む町まで行き、そこが何処の国の何という地方なのかを調べるのが、今回の依頼らしい。

「そうすると、初めに三人が転移門を使い、帰還した後、俺たちが転移して依頼を遂行するという手順で良いですか」


「違う……それだと私たちが転移先で困るだろう」

 困ると言われても、ゲートマスター候補が三人なら、最初の転移を行うのは、東條を含む三人だけという事になるはずだ。

 俺が理解出来ないという顔をしていたからだろう。東條管理官が説明を始めた。それに拠ると、初めに候補者三人が転移し、その直後に俺と伊丹さんが転移するのだと言う。転移門の稼働時間は、約十五秒ほどあり、その間なら転移が可能なのだ。


「質問です。それだと俺たちもゲートマスターとなる可能性が有るじゃないですか?」

「その可能性もある。その検証も仕事の内だ」

 結局、自分たちだけで異世界に行くのは危険だと判断したのだ。次に転移門か起動するのは二日後、その次は五日後。異世界に滞在するのは三日間だけになる。もちろん、三日間だけなのは東條管理官たちだけで、俺たちは転移先の位置を確認する為に調査する期間を一〇日間ほど予定している。



   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 俺たちは御島町三丁目にある倒産した工場跡に来ている。転移門の場所は、廃工場の工作機械が並んでいたと思われる場所で、屑鉄や錆びた機械部品が散乱している。

 転移門と繋がる場所だけが綺麗に清掃され、その周りに自衛官が待機していた。


 時間が来た。転移門が起動し、周囲に震動と発光現象が発生する。東條管理官たちが転移門の中に消えた。彼らが着ていた服だけが地面に落ちている。

「さて、行こうか」

 俺は伊丹さんに声を掛け転移門に入る。その瞬間、意識が途絶えた。


 意識が戻った時、周りは真っ暗だった。耳を澄ますと東條管理官たちや伊丹さんの息遣いが聞こえる。

「東條管理官、大丈夫ですか?」

「うぅ……、大丈夫だ」

 一人ひとり確かめる。加藤さんと宇田川さん、伊丹さんも怪我とかは無いようだ。

「真っ暗で何も見えん。ミコト、何とかしろ」

 ……ハゲボスの声だ。俺が魔法が使える事は、この前バレてしまった。ちょっとした不注意で依頼人の前で魔法を使い、ハゲボスに報告された。無茶苦茶怒られた。───密告者に天罰を。


「フォトノス・ジェネサス……<冷光コールドライト>」

 俺の左掌が青白い光を発し始めた。蛍光灯に似た光で熱は感じられない。

「オッ!」「アッ!」「キャー!」

 東條管理官たちが光る手に驚いたようだ。下着姿のオッさん三人と少年、それに若い女性が、その光で闇から浮かび出た。この魔法は、薫がミリアたちの為に開発したものだ。『魔力変現の神紋』を基盤にしているので、俺も使えるのだ。


 周囲は石の壁で、大きな空間だった。教会の礼拝堂に雰囲気が似ている。右手の奥に出口らしきものが見えた。そちらに移動し、出口から外を見ると通路が伸びていた。

「風が吹いている」

 空気の動きを感じた俺たちは、風が吹き込んでくる方へ向かう。十五メートルほど進むと外の明かりが見えた。岩をり貫いて作られたような通路から、外へと出る。


 前方には雑木林が広がり、真上には大小二つの月が輝いていた。間違いなくバルメイトだ。


 たきぎを集め、通路の傍で焚き火をする。明かりが出来たので、<冷光コールドライト>は解除した。

「これが異世界か」

 感慨深げに馬面の加藤が呟く。その目は上を向き、二つの月を眺めている。宇田川は少し寒そうにしている。季節的には春の終わりが近いが、夜は冷える。皆下着姿だが、異世界用の特別製だ。厚い生地で作られたステテコのようなパンツと半袖シャツ。転移門が下着と認めるギリギリのものだ。これ以上布地が多いと下着とは認められず裸で異世界へ飛ばされる。

 これが夏の日本ならば、外にいても違和感を持たれない服装だ。しかし、異世界では不審に思われるだろう。


 俺は<魔力感知>を使い索敵を行った。索敵範囲は周囲二〇〇メートル、基礎能力である魔力が上がり当初の五〇メートルほどから四倍に伸びている。雑木林の中に幾つか野生動物と魔物の反応がある。でも、こちらに気付いてはいないようで、近付いては来ない。

 微かに潮の香りがする。


「喉が渇いた。ミコト、水はないのか?」

 ……ハゲボスめ、我慢という言葉を知らないのか。

「水は夜が明けたら探しに行きます」

「魔法で出せばいいだろ」

 確かに魔法で水を作れるが、今魔法は使いたくなかった。もし魔物が襲って来た時、武器は魔法しか無いからだ。出来るだけ魔力を消費したくない。だが、ブチブチとハゲボスに文句を言われるより、要望を聞く方が俺の精神的に負担が少ない。


 雑草の中に里芋の葉っぱに似た大きな葉が有ったので、それをむしり取り幾つか即席のコップを作った。そのコップを全員に配り、呪文を唱える。

「ミゲルス・フォロコル・カジェスタム……<飲水製造ウォーター>」

 魔力が空気の流れを作り、その中から水分を抽出する。何もない空中から透明な蛇口を捻ったかのように水が現れ流れ落ちる。ちょろちょろと湧き出す水を各人が即席のコップに溜め喉を潤す。

「あまり美味い水じゃないな。魔法の水だから物凄く美味いのかと思った」

 ……ハゲボス、殴りたい。伊丹さんが我慢するように眼で合図を送ってくる。大丈夫、これくらいじゃ切れないよ。


「でも魔法凄いですね。私も使えるようになりたいわ」

 宇田川さんが優しい言葉を投げ掛けてくれる。……うんうん、こういう言葉を俺は待っていたのだ。

「しかし、研修で習った情報に拠ると、覚えられる魔法には制限が有るようじゃないか。水を作るとか手を光らせる魔法なんかじゃなくて、攻撃魔法を習得した方が有益だったのに」

 加護神紋と応用魔法を混同している。それに加藤の言葉には俺を馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。

「加藤さん、あなたの認識は間違っています」

 加藤がムッとした表情を見せ、俺に鋭い視線を向ける。

「何処が間違っている?」


 俺は加護神紋と応用魔法の違いについて説明した。

「覚えられる数に制限が有るのは加護神紋です。先ほど使った<飲水製造ウォーター>の魔法は、『流体統御の神紋』を基盤とする応用魔法です。元々は<風の盾(ゲールシールド)>や<水盾アクアシールド>などの防御をメインとして使われているものですが、魔導師ギルドは<飲水製造ウォーター>という便利な応用魔法も開発してるんです」


「防御魔法か、無駄とは言わんが、やはり攻撃魔法を選ぶべきだったな」

 ……この馬面ムカつく。強力な攻撃魔法も応用魔法の一つとして開発した事は絶対に教えてやらん。

「それより、ミコトは幾つの加護神紋を持っている」

 東條管理官が尋ねた。本当は五つだが、『時空結界術の神紋』は秘密にしてるので。

「四つです。俺の神紋記憶域だと後一つか二つが限界でしょう」

 『時空結界術の神紋』を取得した直後、頭の中にある神紋記憶域が七割ほど埋まったのを感じた。『時空結界術の神紋』を収めるのに必要な容量はかなり多かったらしい。


「その中で攻撃魔法として使えるのは幾つだ?」

 加藤がしつこく訊いて来る。コイツ絶対にモテないぞ。

「加藤殿、他人の授かった加護神紋について質問するのは礼儀に反しますぞ」

 伊丹さんが助け舟を出してくれた。さすが俺の護衛役兼助手だ。



2015/3/5 誤字・脱字修正

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