第46話.カオスですわ
どうやら自分の寄付金が、シナリオを悪い方向へ改変してしまったらしい。
本来のシナリオでザカリーが〝ラスボス〟であるのは、わが身と引き換えにドラゴンを召喚せねばならないという代償のせいだった。
自分に代わる生贄を早期に手に入れられたことによって、ザカリーは暴走した、と言えるのだが……。
『ザカリー様!? 助けてください!! アウグスト!! アウグストはいないのか!?』
あいかわらず情けない声で助けを求める〝三つ目のドラゴン〟に、ルクレシアは胡乱な目を向けた。
「自分の身を売った――………………あのはした金で?」
渡していた張本人だからルクレシアは全額を知っている。その何割かを横領すれば、たしかに楽しいひとときが送れる。魅力的な額だ。だが、生贄になることを了承してまで得続けたい額ではない。
おとなしく横領の罪を認め、教会を破門になるほうがマシでは?
「そうだ」
ルクレシアの疑問に答えたのは、これまで黙っていたアウグストだった。
「命は金よりも尊い。少なくとも、酒池肉林に溺れるためだけの金よりはずっとな。そんなこともわからぬ愚か者……だからこそふさわしいのだ。生贄に、そして――」
語る声色は徐々に熱を帯びる。
自身の体を抱きしめるように腕をまわし、かと思いきや大きく両手を広げ、窓から身を乗りだしてアウグストは叫んだ。
「女神の恩寵を証明する者に……!!」
顔面を紅潮させ、うっとりとしてドラゴンへ手をのばすアウグスト。
「救いようもなく愚かで、悪に手を貸した度し難い存在、それでも女神は慈愛の手をさしのべてくださるのです!! さあ、ベルナティオ。我々が天国へ導かれることで証明するのだ、女神の恩寵を!! そして我々を嘲笑った連中を見返してやるんだ!!」
(え、そんなキャラだったの? ていうか天国へ導かれるなら死んじゃってない?)
『お前……そんなこと考えてたのか』
(ベルナティオも引いてるじゃん!!)
突然テンションの最高潮を迎えたアウグストに、ベルナティオ(の下半身)も動きを止めた。
ドラゴンから聞こえてくるのは困惑の声だ。
(どうでもいいけど、なんで下半身なのかしら。普通ああいうのって上半身じゃないのかしら)
古代魔法から逃げようとして逃げきれなかった結果、頭から突っ込んでしまったのかもしれない。たぶんそう。
もはやツッコミが追いつかない。
(――いえ、ツッコまなくていいのよ)
ゲームのシナリオを知ってしまっているせいでついメタい視点でツッコみたくなるが、これは現実だ。
(優先すべきはドラゴンへの対処!!)
メタ視点があるせいで、誰よりも早く冷静な状態に戻れたのは幸運と言える。
同じく硬直していたシュゼットを振り向き、ルクレシアは鋭く命じた。
「シュゼット、ザカリーとアウグストを確保!!」
「あっ、は、はい!!」
オルピュール家で育ち、ウィルフォードを師匠に持つシュゼットでも、これまでにないタイプの人間に出会うと呆けてしまうものらしい。
ルクレシアからの指示を受け、我に返ったシュゼットは、左右の手をそれぞれザカリーとアウグストへ向けた。
「えーっと……〝戒めの輪〟!!」
シュゼットの両手から魔力が放たれる。凝縮された魔力はシュゼットが命じたとおり輪の形をとり、ついでギュッと縮まって二人を縛りあげた。
「魔力を封じました。これで、魔法は使えません」
「ッ!!」
ザカリーが目を見開く。
ゲームではラスボスのザカリーも、現状ではただの生身の人間。シュゼットに敵うはずもない。
これで、今以上の災厄が起きることは防げるはずだ。
「あとはドラゴンをどうするかね」
「あの様子だと、暴れることはなさそうですが……」
「いけー!! ベルナティオー!! 何も考えるな、心の命ずるままに動け!!」
『ええ……そう言われてもな、アウグスト……』
ルクレシアとシュゼットの視線の先では、アウグストがいまだに盛り上がっていて、両腕を拘束されたことにも気づいていない。
対するベルナティオはドラゴンとなった自分を持て余しているようだ。こちらから見えるのは足だけなので表情はわからないが、声があいかわらず引いている。
「フッ。甘いな。もうすぐベルナティオは完全にドラゴンに呑み込まれ、そうなればあやつの意識も消える」
腕を戒められたまま、高みの見物といったように椅子に腰かけ、ザカリーは笑った。
「……そういえば、お尻が見えなくなっているような」
シュゼットの呟きにルクレシアもドラゴンを見た。額の目からはアウグストのだらしない下半身がつきだして足をじたばたとさせていたのだが、シュゼットの言うとおり、今は尻の部分まで額に埋まっている。
「ベルナティオの意識が消えたとき、残るのはやつの愚かで貪欲な欲望のみ。腹が減れば町を襲い、そこらじゅうから枯渇するまで魔力を吸いとる」
「そう聞くと楽観的にはなれないわね」
ドラゴンは王都を壊滅させるだろう。
オルピュール家も、オルピュール家が繁栄させてきたものも。
すぐさまここを逃げだし、屋敷の者たちと逃亡をはかればしばらくは安全かもしれないが――。
「わたし、戦います」
シュゼットの声に、ルクレシアは顔をあげた。
「危険よ」
「承知の上です」
シュゼットがほほえむ。
きっとシュゼットは見抜いたのだろう。ルクレシアが躊躇したことを。
ルクレシアはシュゼットがゲームの主人公であることを知っている。しかも紆余曲折のすえゲームよりも強い力を手に入れたことも知っている。
けれどシュゼットはそんなことは知らない。
そんなシュゼットに――剣も魔法も使えず、戦闘の役には立たないルクレシアが「戦え」なんて言えないではないか。
黙り込むルクレシアに、シュゼットはほほえみを深くした。
「逃げたって……誰かがあいつを倒さないかぎり、あいつは暴れ続けますよね。そうしたらいずれ、ルクレシアお姉様やゴルディおじいちゃま、レイさんやバイロさんも……みんな危険に晒される」
シュゼットの体から魔力が立ちのぼる。
魔力のないルクレシアの目にも見えるほどに高密度な魔力をまとい、シュゼットは窓からドラゴンを見据えた。
亜麻色の髪が窓から吹き込んだ風にそよぐ。
怯むことなく宣言したシュゼットに、ルクレシアは目を細めた。
他者を思い、ラスボスに立ち向かう可憐な少女は、たしかに主人公の器だ。
なら、ルクレシアももう迷わない。
「わかった。わたくしも援護する。行くわよ」
「えっお姉様はだめですお姉様は今すぐ安全な場所に避難してください馬車でも船でも使って遠くへ逃げてなんのためにわたしが戦うと思ってるんですか」
主人公の顔から圧の強い真顔になったシュゼットが何か呟いていたが、ルクレシアは無視することにした。




