第45話.当て馬令嬢とラスボス宰相
レイを連れたアルフォンスが、国王に面会していた頃。
ルクレシアもまた、シュゼットを連れ、ある人物の執務室を訪れていた。
「あなたと手を組んであげてもいいわ」
高飛車な物言いに「ほう」と唇の端をあげたのは、ザカリー・ベルクレイス。ハイラム王国の宰相にして、『シュゼ永遠』のラスボスだ。
「わたくしなら、アウグストよりもずっといいものをあなたに提供できると思うの」
紫の髪をかけあげ、ルクレシアは不敵に笑う。一方のザカリーも、薄い笑みを口元に浮かべたまま。
「何かな、それは」
「わかっているでしょうに。ここにいるシュゼット――〝聖女〟よ」
親指で背後のシュゼットを示し、ルクレシアは「どう?」と小首をかしげた。
ちなみにシュゼットは無表情である。『ルクレシアお姉様のお役に立てるよろこび』と『嘘だとしても提供されるなんて嫌』という相反する感情が、普段は活発な彼女の表情筋を静止させていた。
まあ緊張したり力が入りすぎたりして企みが露見するよりはいいか、とルクレシアはそのまま連れてきたのだった。
当然、手を組むと言ったところでザカリーが応じるとは期待していない。
主目的はウィルフォードが神殿をさぐるあいだの時間稼ぎ、何かしらの情報でも引きだせれば御の字といったところ。
「この子は聖魔法も含めたすべての属性魔法が使える。攻撃魔法もね。国を乗っ取るには最適じゃない?」
「フッ、乗っ取る、か、フフフ」
「……何か変なことを言ったかしら」
ザカリーの声色に滲んだ嫌な気配に、ルクレシアは演技を忘れて眉をひそめた。シュゼットもルクレシアを庇って前に出る。
「フッ、フフハッ、ハハハハハハッ!!」
やがて低い笑いは、箍が外れたような哄笑に変わった。
ルクレシアですら圧倒され、言葉を差し挟むこともできない。
ひとしきり笑い、それでもなおくつくつと体を震わせて声を立てながら、ザカリーは隣の部屋とつながるドアへ呼びかけた。
「おい――出てきてやれ」
呼びかけに応え、ドアがゆっくりと開く。
その向こうにいたのはアウグストだ。若干表情がこわばっているのはたぶん、ザカリーの高笑いに引いている。
(まずいわね)
アウグストがここにいるなら、聖廟にはベルナティオしかいない。ウィルフォードにとって御しやすい相手であることをよろこぶべきなのだが――まったくもってそんな気にならないのは、ザカリーもアウグストも想定とは異なる感情を見せているから。
「ルクレシア嬢、君は思い違いをしているようだ」
よぎった焦りを見透かしたようにザカリーが言う。
「まず、国を乗っ取ろうなんて生ぬるい考えはとうに捨てたよ。私の怒りや悲しみはそんなことでは癒やされない……それがわかったからね。それからもう一つ――」
突然、空気を震わせる衝撃と破壊音が、ザカリーの言葉を遮った。
続けて聞こえたのは、奇妙な鳴き声。
巨大な獣の咆哮でありながら、その音は金属を擦りあわせたように耳障りなもの。
窓へ駆けよったルクレシアが目を見開く。
「ゲッ!!」
口から出たのは、素直な叫びだった。
窓から見える王宮のそば、聖廟のあった場所に、巨大なドラゴンが立ち上がろうとしていた。
否、ルクレシアには知識がある。だからドラゴンとわかったのだ。そうでなければ、あれがドラゴンなどとはとても思えなかっただろう。
金属めいた鱗は沸騰するようにあちこちから瘴気を噴きあげ、形を変える。ぶるりと身を震わせれば溶解した体表が地面へ飛んだ。
ドラゴンは何度も立ちあがろうとしては、そのたびにヘドロのような飛沫をばらまき、瘴気に覆われる。
まだ目も開いていない、生まれたての、そのくせ無垢などとは程遠い、悪しき存在。
「古代魔法は……禁忌とされたドラゴンの召喚術……? だとしても、どうしてこんなに早く」
「そう、それが君の思い違いの二つ目だ」
ルクレシアの呟きをザカリーが引きとった。
「古代魔法はとうに完成している。君が生贄をぶくぶくと太らせてくれたおかげでね」
ザカリーが指さす先で、漆黒のドラゴンが目を開こうとしていた。うっすらと上下のまぶたを区切る線が現れ、持ちあがった奥から赤黒い目が覗く。
ついで、額にも縦にひとすじの線が走り、鱗の覆う体表が左右に割れた。
アーモンド形に区切られた体表の中心に、丸い突起。
さらにその突起から浮かびあがっているのは――、
「……お尻?」
というか、下半身だ。
おぞましい外見をした〝三つ目のドラゴン〟。その額にある目から……なぜか下半身が飛びだしている。
「誰の?」
『誰か!! 誰か助けてくれえーーーー!!!!』
至極当然の疑問をルクレシアが口にすると同時に、助けを呼ぶ悲鳴があたりに響き渡った。
ドラゴンの額にある下半身がばたばたと両足を動かしている。
『どうなってるんだっ! 逃げられない!! 闇に呑まれて……誰かーーーー!! アウグストーーーーッッ!?!?』
どうやらドラゴンが声量を拡張しているらしい、情けない泣き声までが伝わってきた。
その声は、ベルナティオのもの。
(お前かいーーーーーーーっっ!!!!)
思わずツッコみそうになるのを、奥歯を食いしばって耐える。
「あいつは寄付金の一部を得ることと引き換えに、自分の身を生贄として売った。大馬鹿者しかしない取引だ。そうだろう?」
ザカリーが鼻で笑う。その瞳は、ルクレシアにも笑いを向けていた。
「君があいつに植えつけたのだよ。闇の魔力に呑み込まれる恐怖と、その恐怖を上回る金への執着、逃れられない欲望、自業自得だと理解できない身勝手な絶望……負の感情をすべて内包した最高の生贄に育ててくれた」
「わたくしが、寄付金を彼に渡したから……?」
「そうだ。うまく操って出し抜いていたつもりだっただろうがな」
ようやくルクレシアにも、何が起きたのか理解できた。
魔導師団と手が組めずにクーデターが起こせなかったのではない。それよりも強大な武力を手に入れたから、必要がなかったのだ。
そして過激化した先の選択は王太子暗殺ではなく――、
「さあ!! すべてを潰せ!! 破壊しろ!! 腐った世界を滅ぼしてやれ!!」
窓から身を乗り出し叫ぶザカリーの姿に、ルクレシアは顔をひきつらせる。
(シナリオ改変って難しいわね……!?)
そんなメタい本音は、ギリギリで喉の奥に呑み込むことができた。




