第二十三走 ガバ勢とやっぱり人類には向かないチャート
グラップルクローとチェーンウィップの手すりを交互に伝い、参加者たちは険しい急斜面を次々に攻略。その際にも子供たちはウンフタイマーの声がけを忘れず、その健気さが人々に強い団結力を生んだ。
キオンがそんな光景をまぶしそうに眺めているのをルーキは見た。
そしてついに、目的の谷へと到着――。
しかしそこにあったのは、むき出しの岩肌一帯に散らばった古い木片ばかり。
「船が……」
ルーキたちは、てっきり船が何かの理由で壊れてしまったと思い込んだが、
「それでは皆様、この木片を一パーティで一つずつお持ちください」
キオンは一人澄ました様子でそう指示を出した。これでいいというように。
参加者はわけもわからず、ひとまずそれに従う。
「これは、世界を沈めるほどの大洪水を生き延びた船の残骸とされているものです。木片一つ一つに巨人の霊気が込められており、海に浮かべればたちまち船へと変わりましょう。皆様、ここまでありがとうございました」
ご苦労様でしたではなく、ありがとうと礼を述べたキオンの言葉に、彼女の感情をストレートに伝えられた気がした。
子供たちは嬉しそうに破顔し、ルーキとアドフェンも揃って鼻の下をこする。皆、満足げな顔をしていた。そうだ。今はまだ誰も彼女のチャートに追いつけないが、この時だけは全員が同じコースを辿る仲間。同じ道を走る喜びを分かち合えた。
これがスタートだ。走り始めた以上、走者は必ず完走まで届かせる。
見とけよ見とけよー!
――そうして戻ってきた宿場近く。
神々しすぎて少し近寄りがたかったキオンとの距離感はすっかり回復し、いよいよ船旅だと期待が高まる一方で、懸念を口にする者が一人いた。
「いやお月様よぉ……。このへん、船を出せそうなところなくね?」
「おや、カスハラ・バンダナさん。何にでも不平不満を述べるだけあってお気づきになられましたか」
「……言い返せる立場にねーことはわかってるが、一応、アドフェン・チアだ……」
苦々しい顔になりつつもアドフェンが海側にやった視線の行き着く先は、いずれも断崖絶壁。縁から恐る恐る覗き込めば、十メートル下は波が砕け、時折黒々とした岩場が垣間見える荒磯だった。
「んなとこに船を浮かべたら最後、岩場に叩きつけられてあっという間に沈没だ。そもそもどうやって下に降りんだ?」
「確かにこのあたりは船を降ろせる場所ではありません。北の方に行けばちょうどいい砂浜や波止場があるのですが、そこまで行くのはRTA的にもロス。ではどうすればいいのでしょう?」
そう問いかけを撒いてくるキオンには、どこか楽しげな雰囲気があった。
まだここに届かなくてもいい。そんな心の余裕が見せる態度。ルーキたちはその目線を受け取りつつ、しかしムムムとうなりながらこの問題に真剣に取り組んだ。
「崖を降りるだけなら、俺のグラップルクローで何とかなる……」
「問題は下の地形と潮の流れっすね。船の処刑場みたいな形をしてるっす」
「あんな荒れた海じゃ、今のわたしでも凍らせるのは無理よ」
色々意見は出し合ったが、これといって名案はなし。一般参加者たちは早々にギブアップしているし、ここは素直にキオンに答えを聞いてから代替案を模索することにした。
のだが。
「なければ作ればいいのです」
こともなげに彼女は言った。
参加者たちは当惑の表情を見交わす。
そうかな……そうかも……いややっぱどういうこと?
「作るって波止場をか? あのなぁ、確かにオメー様のパワーは山をも斬れる。この崖だって斬れんだろ。だが問題は海だよ海。ウェミ! こればっかりはどうにもなんねえ。叩いても斬っても無駄。堅い地面と違って形がないんだぜ」
アドフェンの言葉は正鵠を射ていた。
形あるものは必ず壊れるというが、つまり最初から形のないものは決して壊れない。
ましてや海……。すべてが繋がり、絶え間なく変化し続ける不滅のもの。
「それでは皆様、これがわたくしキオンキューレが伝える最後のウルテクとなります。名付けて〈波止場作成チャート〉。覚えて帰ってくださいね」
キオンがバールに手を伸ばす。
それを見た参加者一同、身の危険を感じて近くの岩へと走り出した。
「オイ、それはさすがにやめろよ!? これ以上開拓地の真実を書いたら俺様の代冒険は色んな意味で終わっちまうぞ!」
「言ってる場合か! 走れ! あくしろよ!」
ルーキとアドフェンがそんな言い合いをしている間にも、キオンのバールには異様なオーラが収束していく。山を斬った時と同じ……いやそれ以上の。
避難は間に合った。岩の裏側に全員収容。ルーキはそっと周囲を確かめる。逃げ遅れた人、ナシ! ヨシ!(ΦωΦ)
そして――。
「はあああああッ!!」
気合一閃。ドーム状の爆発が、地面をめくり上げながらルーキたちの方にも迫ってきた。
『てゅわああああああああああああああああ!!』
岩陰に縮こまり、悲鳴を上げながら全員が必死にその激震に耐えた。
そして、それらが過ぎ去った後に残ったものは……。
ザァァァ……。
――静かに寄せては返す波。空気は冴え渡っているものの、澄んだ青空が寒々しさを感じさせない。波が絶え間なく濡らす砂浜は黒々と光り、黒曜石を敷き詰めたように美しい。
穏やかな砂浜。そして穏やかな海。小舟をそっと押し出せば、そのままどこまでも行けてしまいそうな。
『……………』
参加者たちは幻でも見たような顔でそれを眺めていた。
さっきまでは断崖と荒れた磯だったのだ。それが一瞬にして美しいビーチへと変わってしまった。
まるで魔法みたいに……。
「…………」
ルーキは砂浜に立っていた。
切り立った崖はえぐり取られて斜面となり、徒歩で簡単に行き来できた。そうして踏んだ浜は確かに柔らかい砂。幻じゃない。ホンモノだ――。
「……これ……さっきまでこのへんの磯だったものすね……」
サクラが黒い砂を指で撫でて、白目になった。
「砂粒になるまで粉砕されてるっす……」
「えぇ……」
魔法も奇跡もない。どこまでも……パワー!
「しかし、この海の穏やかさは……?」
リズが視線を遠くに投げる。荒々しい海は、ウェルカムドリンクの表面のように静かでまろやかになっていた。
「ルーキ。海がなんかバチバチいってる 廿_廿」
不意に、ニーナナがそんなことを言ってきた。
「バチバチ?」
「あっち」
指さす先は、浜からはだいぶ離れた地点だ。
仲間と一斉に注視してみると――確かに、海面に時折赤黒い放電が発生している。キオンがバールに纏わせていた力と同じだ。磯を破壊したエネルギーの余波か……?
「ねえ、あのへんの波の形、なんかおかしくない?」
今度はマギリカの発見。
「波が……潰されてる?」
そのあたりでは荒々しい波が生まれる瞬間があった。しかし、それが浜へと迫ってこようとすると、突然ぺしゃんこに潰れ、静かになる。まるで調子に乗ったヒャッハーが町の入り口で強者の拳骨を食らってスン……となって入ってくるみたいに。
その時決まって波頭に輝くのが、例の赤黒い光だ。
「押さえつけられてます……キオン先輩の力で……」
白目になった委員長がその正体を明言し、皆を絶句させた。
まさかこれが、穏やかな浜辺の正体なのか。
一見平穏な浜辺。しかしその実、磯を粉砕して砂浜を造成し、荒波に関しては頭を押さえつけて無理矢理制圧……! さすがにただの腕力ではない。腕力ではないが……それでもパワー!! どこまでもパワーッ!!!!!
「ルーキ、リズ」
囁くように呼びかけられ、ルーキとリズは飛び上がった。
恐る恐る振り返ると、そこには、浜辺を逍遥する貴婦人の如き佇まいのキオン。
「あなたたちがここに並ぶのを楽しみにしています」
『ふ……ふぁい……』
月光のように微笑む彼女に、ルーキたちは情けない答えを返すしかなかった。
誰だよ、これを再現できるとか言ったヤツ……。
※
「さあ皆さん、破片をここに」
波に足首までを浸したキオンが、山で拾ってきた木片を足元に置く。
それに倣い、参加者たちも持ってきた木片を横に並べた。
すると、それらすべてが一つに繋がり、みるみるうちに膨らんで大きな箱舟ができあがってしまった。人々からはもう感嘆の声しか出ない。
「一部とはすべてであり、同じ形をしたものには同一の力が宿る。これが天の摂理。この船はいかなる荒波にも耐える〈ベルゲルミルの箱舟〉。たとえ傷ついてもたちどころに修復し、この大地の祖たちを救ったといいます」
厳かな声音でキオンが謳い上げる言葉は正に天の物語。誰もが神妙な気持ちでそれを聞く中、彼女はふと柔らかな空気を纏い、すっかり小振りになった案内旗を子供っぽく振った。
「それでは皆様、最後の見学地、魔王ゾワナの城に向けて楽しい船旅と参りましょう」
じゃけん責任持って新チャート作りましょうねー。まあ親父殿もガチチャートを安定チャートに書き直すの得意だからヘーキヘーキ。




