第二十二走 ガバ勢と人類には向かないチャート
「うーん、やっぱりまだちょっとレベリングが足りなかったみたいですね。でも大丈夫です。今日ももう一度経験値稼ぎの時間を作りますから、そこで力を蓄えて、また明日挑戦してみましょう! これは基本ですからヘーキヘーキ!」
宿場への帰り道、キオンの励ましの声が大地を染める夕日の中によく通る。
「そんなに落ち込まないでください。この土地では人によってレベルの上がり方がまちまちなんです。かくいうわたしもAB型のせいでいつも成長が不安定で……エヘヘ」
結局あの後、全員が「山斬り」に挑戦させられた。
ある者は剣、ある者は棍棒で思い切り岩を叩いたが、当然、手が痛くなっただけだ。
一番マシだったのはムチプリに成長した委員長だったが、斬撃の際に発生するギガレインが岩の表面を削り取った程度。型抜きでくり抜いたようなキオンキューレの再現には程遠かった。
「いやあキオン姉貴。血液型は関係ないんじゃないかと……。あんなこと誰にもできないと思いますよ……」
ルーキはやんわりと不可能性を伝えようとしたのだが、
「そんなことはありません!」
力強く一蹴。
「天はおっしゃいました。人間はまだその役目を探している段階にある。可能性は無限大だと。つまり何でもできるということです。ん? 今何でもできるって言いましたよね?」
「(俺が言ったんじゃ)ないです!」
この始末。
キオンなりに参加者たちに期待し、励ましてくれてはいるようだったが、参加者たちの間にはすでにカラッとした諦念が漂っていた。
――山を斬れなければRTAはできない。
良い開拓地だと思う。もしここがピンチに陥ったら、微力ながら助けに来るのもやぶさかではない。そんな一般参加者たちに、あ、やっぱ無理だわと思わせる無邪気で無慈悲な一言。
何をどうやったって人間があんなパワーを生み出せるはずがない。そもそも、だるまさんがころんだがガチ技で、山を斬るのが基本技ってどういうことだよ。このチャートを作ったのは誰だあっ! ……まあキオン姉貴だろうけど。
「どーすんだよこれ、誰も信じねーぞあんなの……」
黄昏ながらぶつぶつと繰り言を続けているアドフェンも、諦めのギリギリ崖の上状態。
「山を斬る? 主役本人にやらせたらぜってーウソだとバレるし、かと言って旅先で出会った戦士にやらせたら主人公の存在感がカスミソウだろ……。今の金持ちどもは冒険の主役になりてーんだよ……」
同情はする。この話は他の誰かの冒険譚にはならない。キオンはあまりにもヒトとしての基本構造が違いすぎた。これは天を裂き地を割る、天の戦乙女のみが許されるRTAなのだ――。
「もしかして、この教習に一般参加走者がほとんどいなかったのも、これが原因なんじゃないすか?」
ぼそりと言ったサクラの言葉に、誰もが納得の顔を浮かべるしかなかった。
※
それでもルーキたちはレベリングをこなし、二度目の夜を迎える。
まあ最悪、本当に最悪、アレがこのRTAの必須スキルだとしても、何か他にフォローの仕方はあるはずだ。簡単に言ってしまえば迂回路。タイムはお察しになるものの、人間にできないことをギリギリできるラインまで押し下げるのがチャートというもの。
そして明日に向かって非常に前向きなメンバーもいた。
「今日はサクラがガチ勢さんと寝るっす! 異論は許さんっす!」
「わたしも同行する。ミロク院もそう言っている 廿x廿)=3フンス」
ミロク院もそう言っているので、キオンとはサクラとニーナナが同じベッドで眠ることになった。二人が親の仇のように――と同時に羨望の眼差しで見つめるのは、レベリングによってかりそめのムチプリを手に入れた委員長だ。
もちろん寝る前の例の謎ダンスも完備。ルーキも一応、明日の成長を祈って気持ち程度にはやっておいた。
そして消灯時間。
月の光に包まれつつ、ルーキは昨日と同じ夢を見る。ただ今度は何だか霊気が上手く体に入っていかず、すり抜けていってしまう感じがした。
キオンが言う成長の不安定さ――つまりはこれが、その上手くいかなかった感覚なのか。明日も山は斬れそうにないな。ルーキが半ば冗談としてそう考えた時――。
サクセス!!!
「うわらば!」
いきなり何かに吹っ飛ばされた。
いや犯人はわかっている。キオン姉貴のレベルアップによる衝撃だ。
目を開ければもうすっかり朝。そして、こちらに覆いかぶさる形でサクラとニーナナが目を回していた。キオンの隣からぶっ飛ばされてきたらしい。
加えて、これをどう評価すればいいかわからないが……サクラもニーナナも、昨日と変わらない体型だ。
やっぱ委員長は特別なのか……? そう思いつつキオンの様子を確かめ――ルーキはそれ以降の言葉をすべて失った。
※
「おはようございます皆様。本日も教導役を務めさせていただきます、キオンキューレでございます」
……!!!!!?????
集合場所に集まった人々の表情は、昨日以上の驚きに満ちていた。
「おいどういうこったよこれは! 朝からお月様が二つも出てんぞ! こいつはすげぇ……滅多に見られるもんじゃねえ! そこんとこわかってんのかオメールーキ!」
「あ、ああ……」
昨日の苦悩とはうってかわって大興奮のアドフェンに、何とか曖昧な相槌だけは打ち返すルーキ。
大人も子供も唖然とするしかない。
二日前は園児。昨日は少女。そして今日、彼女は完全体となった。
豊饒の大地、実りの季節、そしてさらに十年に一度の豊作をテーマに、天上の匠が盛りまくったかのようなムチプリ・ア・ラ・モード。
ムチムチの太ももはスカートのスリットからのぞくたびに肉感的な音を立てているし、圧巻の胸部は潮の満ち引きすら支配しそうな重力波を放っている。
こうなって初めて彼女が身に着けていた装備はジャストフィット――いやちょっと窮屈か――、キオン本来の姿を取り戻したことを如実に物語っていた。
「サクラの分があっちに吸われたっす!こんなのってないっす! あまりにもヒキョウすぎるっす!」
「おかしい。こんなことはゆるされない。 廿x廿;」
怒りと悲しみに打ち震えるサクラとニーナナを尻目に、「それでは皆様、指導の続きと参りましょう……」と、言葉遣いまで大人びたキオンが皆に視線を巡らせる。
うら若い乙女の面影を残しつつも、月のように妖艶で静謐とした眼差し。男たちはたちまち落ち着きをなくし(そして相方連れはそちらからどつかれ)、昨日までおねーさんおねーさんと慕っていた子供たちは、幼くして真理とでも出会ったような法悦の表情を浮かべる。
「この質量、この存在感……! これだ。俺様の代冒険に必要なヒロインってのは、これなんだよ……! ククク……ふざけたタイマーもデタラメな山斬りもこいつで帳消しだぜ。おいルーキ、オメーもしっかりあのお月様を観察しとけ。後でオメー視点の感想も聴取するかんな!」
「あ、いや……」
猛然と手帳にメモを走らせるアドフェンに、ルーキは曖昧な答えしか返せなかった。
何しろ両隣から猛禽の目をした仲間がこちらをガン見しているのだ。ニンジャとソリッドニンフの職に就く鳥は、下手な動きを見せたらその時点で飛びかかってくること間違いなしだった。
「ルーキ」
「ひゃ、ひゃい!」
しかし、やって来てしまう。二つの衛星の方から。キオンに呼びかけられたルーキは、すくみ上る子犬の声を上げた。立っているだけで引き寄せられるような感覚。引力か? 引力が働いているのか?
「おかげさまで見事、良成長が引けました。これも皆様が快適な寝床を提供してくださったおかげです」
楚々と頭を下げたキオンの雅で厳かな所作に、ルーキたちはじわりと後ずさる。お月様だ衛星だとふざけて言っていたが、この空気、そして場を支配するような存在感……マジで人間離れした神聖な気配を放っている。
「……それがキオンの本来の姿なの?」
ただならぬ気配に多少眉をひそめつつも、平素と変わらぬマギリカがそう問いかける。
「はい。初日のレベリングで山を斬れる体力を手に入れ、昨日のレベリングで様々な魔法を操る知力を手に入れました。これがわたくしキオンキューレの本来の姿。あるべき姿でございます」
「そ、そのわりにはちょっと服が窮屈そうな……」
と、わずかな違和感をルーキが指摘すると、
「いいえ」
スッ……とキオンキューレの手がバールに伸びる。
「これ以上でもこれ以下でもなく、これがわたくしキオンキューレです。いいですね?」
「は、はい! それがキオン姉貴の本来の姿です! ファイナルアンサー!」
だが想定より育ちすぎだとしても……この神々しいオーラはただごとではない。
ひょっとするとマジのガチに、キオンは女神の見習いか何かなのではないだろうか。そんな人が走者をしていたら、まあ人類には無茶なチャートも組むわな……。
「わたくしのRTA教習も残すところあと二日。後半はこの素晴らしいマーブルガルズの海旅を体験してもらおうと思います」
キオンの姿に見とれていた人々も、これには「おお~」と歓声を上げる。
まだ少し冬を残すマーブルガルズは海水浴はさすがに早そうだったが、遠くに見える氷山や流氷など観光スポットは多い。
「けれど、まずは船を調達しなければなりません。皆でそちらに参りましょう」
※
昨日までは元気で無邪気な大股だったキオンの歩みは、今日はまるで月の女神がそぞろ歩くように密やかで物静かだった。それでもペースが大差ないのは足の長さが影響している。マギリカを超える長身。こちらと目線の高さはほぼ同じだ。
「そろそろ!」『そろそろ……』
「ウンフ」『ウンフ……』
今日もまた子供たちがキオンのまわりに集まっているが、男女関係なく頬を赤く染め、陶然と彼女のことを見上げている。恐らくだが、ちみっこたちは若くして一つの頂点を拝んでしまった。今後のものの見方が少し心配だ。
そんな陶酔の天使たちを引き連れるキオンは、終始朧月のような微笑みを絶やさない。
何というか、サマになっている。
ルーキが会ったことのある女神は、寝坊助な上に近日中の試走を強要してくるなかなか困った人だが、こちらはそういうダメっぽさがまるでない。
ただその分、彼女が少し遠くに行ってしまったような気もした。あの忙しなく駆けまわっては案内旗を振っていた幼い姿が懐かしい。
道行きは平和そのものだった。
ウンフタイマーの動きにも慣れ、歩くペースも悪くないのに誰も疲労の色を見せない。
日頃から歩くのが仕事みたいなルーキにとっても、これは少し奇異なことだった。体力の充実が凄い(こなみ)。一日中駆け足をしていられそうだ。巨人の霊気の恩恵を、やはり全員が受けているのか。
やがて山の麓にたどり着く。遠くから見えていた、壁のように長々と伸びた山脈だ。
間近で見てもその印象は変わらず、旅人の道を阻むが如く絶壁が立ち塞がる。
「船はこの山を進んだ谷にございます」
「ほぉ……山に船とは何だか面白い組み合わせだな」
アドフェンがメモ書きの手を止めて奇妙なところに感心する。確かに真逆の存在だ。
「それでは、今日こそ山を斬っていただきましょう」
月光の微笑と共に、キオンは昨日に引き続きクソ無茶振りをしてきた。
「どなたか?」と促す声を投げられても、一般参加者たちは諦念した顔を見合わせるしかない。レベリングの効果は確かにあった。それは実感しているはず。けれども、あの怪力には百年かけても届かない。
誰も名乗り出ないことで、キオンもまた少し焦りの表情を見せ始めた。
「まさか皆様全員がAB型で成長の下振れを引いてしまったとか……? 何がいけなかったのでしょうか……」
そういうわけではないのだが、彼女のその態度を見て、お付きの子供たちもおろおろしだす。主人の狼狽を見過ごせない従者の鑑。
「リズ、ちょっといい?」
とここで、マギリカが委員長を呼んだ。
「見てこれ」
彼女が黒い大鎌を揺らすと、刃からチラチラと雪片が舞った。
「これは……」
「〈魔王喰い〉から感じたことのない魔力が溢れてる。ここでのレベリングは本当に強力なのよ。わたしも力を感じるわ」
そういってかざした手のひらから、バキバキと氷の結晶が現れる。
こっちにはそんな恩恵は感じられなかった。あるいはこれは、巨人の霊気を受け止める側の問題なのかもしれない。つまり、器だ。
委員長は体型が変わってしまうほどのキャパシティがあった。マギリカも大幅な強化を得ている。キオンに関しては言わずもがな。そしてどうやら伝説の武具である〈魔王喰い〉も強化の対象となったようだ。
元々は巨大な魔獣の牙であり、今なお二枚の刃が合わさればかつての力の一端を解き放つ。生きていると言えばそうなのかもしれない。
マギリカはそんな大鎌を揺らして、挑戦的に微笑んだ。
「ヤってみない? 二人で」
「いいでしょう」
うなずいたリズがマギリカと揃って岩壁と対峙する。
「おお……これはっ……!」
ルーキは興奮で胸が高鳴った。この二人の合体技は、あの別宇宙の神とも見なされた大魔王ジ・オーマを撃滅している。
そうでなくとも、今のこの二人はまるで表裏一体の姉妹のような、可憐で勇ましい容姿を成しているのだ。人々からも期待の眼差し。彼女たちならば何かを成し遂げてくれるかもしれない。そして誰よりキオンキューレ自身がその成果を希求しているように見えた。
精神集中の数秒――。
『でやああああああああッ!!』
そこから二人が繰り出した斬撃は、岩肌に冬の霹靂を巻き起こした。
無限に落ち続ける稲妻。世界を削り取るような氷塊の吹雪。黄金と白銀が荒れ狂う景色は、人が絶対に立ち入れないからこそ美しく映え、恐怖を超えた感動すらもたらした。
勇者二人が生み出した荘厳な絶死の世界。
その結果は――。
「チッ、ダメね……」
「さすがに……ですか」
マギリカとリズが誰よりも早くその結論を口にする。
壮絶な破壊痕を刻んだ岩壁。それでも、地表まで丸ごと整地してしまったキオンのパワーとは比べるべくもない。
「あ――」
それに一番悲しげな表情を向けたのはキオンだった。まるで何かを諦めるように、胸に手を当ててうつむく。
その態度があまりにも印象的で、ルーキはわかったような気がした。
キオンが懇切丁寧にRTAを教えていた理由。この地の絶景スポットをわざわざ紹介していた理由。
キオンは仲間がほしかったのだ。同じ土地を走る仲間が。わざわざ教室まで開いたのだからそりゃそうだろと言われればその通りだが……。
彼女が欲したのは単なる追走者ではなく、同じチャートを共有できる仲間。
ルーキは知っている。同じ道を歩く同志がいることの緊張感と、頼もしさ。同じところで苦労が垣間見えれば分かち合えた気になるし、あっさり突破していったのであれば悔しくもあり、目指したくもなる。ライバルでもあり仲間。
それが彼女にはない。彼女の道には彼女しかいない。たった一人の道行き。
きっと、一人で走ることに飽いていた。
端的に言えば寂しかった。
だから教室を開き、技術を伝えようとした。
だが気づいてしまった。あの二人でも無理なのだと。それじゃあこの先も、きっと無理なのだと。
……その答えはさせねぇよ。
「おい、アドフェン。ちょっと付き合え」
「あ? おお……」
場に渦巻く落胆と消沈。そんな空気から抜け出て、ルーキは絶壁から急斜面程度になるまで破壊された岩肌の上部にグラップルクローを撃ち込んだ。何度か引っ張って、完全に固定されていることを確認すると、近くの岩の隙間に左腕自体をねじ込んで動かないようにする。
「へッ、そういうことか」
意図を察したらしく、アドフェンはそのワイヤーを手すりにして急斜面を上った。そして先端までたどり着くと、今度は自分がチェーンウィップをさらなる上部へ投げ、新たな手すりを張る。
「よーし、こいつで通れるようになった! みんな、ワイヤーをしっかり掴んで登ってくれ!」
ルーキが声を張り上げると、リズやサクラたちが真っ先に駆け寄り、ワイヤーを脇に挟むようにして斜面を登っていった。それを見た子供たちも同じようにして続く。大人たちも。
ピクニックに比べれば少々大変なアスレチックだが、大丈夫。
皆、レベリングで体は鍛えられているし、何よりそばには声をかけ合える仲間がいる。
キオンはそれをどこかぽかんとした顔で見ていた。
ルーキは言った。
「キオン姉貴、俺たちにも同じ道をいく方法はある」
「……!」
「山は斬れなくても、走者はいずれキオン姉貴に追いつくやり方を編み出すよ。それまで待っていてほしい」
「ルーキ……。はい……。はい……! ありがとうございます」
キオンは目を細めて笑った。
その端正な目尻には、わずかに光るものが滲んでいた。
ずっと一人で走るのは寂しいもんな。
今はRTAを披露する場とか仲間を募る方法があって本当に良かったです。




