第二十一走 ガバ勢と山を斬る
キオンキューレに率いられた教習の参加者たちは、そこから緊張感と規律に満ちたガチの走を開始――しなかった。
「そろそろ!」『そろそろ!』
「ウンフ」『ウンフ』
「そろそろ!」『そろそろ!』
「ウンフ」『ウンフ』
ウンフタイマーが敵の出現を予告するたび、キオンのまわりにいる子供たちが一斉に声真似をし、大人たちにそれを知らせる。
キオンは終始ニコニコ笑顔で、子供たちもそれをレクリエーションの一つのように楽しむ。そんな微笑ましい様子に保護者たちも顔をほころばせる……。いつの間にかこんなサイクルができあがり、一行の明るく楽しい安全な旅を支えていた。
「大人しく従うとは言ったがよ……」
そんな様子を見て、アドフェンが不満げに歯を剥いた。
「こんなスリルも緊張感もねえ冒険はねえだルルォ!?」
「気持ちはわかる」
ルーキは同意を示しつつ、すぐ前で子供たちに囲まれるキオンキューレを見やる。
彼女が可愛らしい援軍を得たのは、ひとえにこれまでの交流があってこそだ。たった一日という短い時間だが、キオンは子供たちと同じ背丈で過ごし、今日は彼らを率いる年上のおねーさんとして活躍している。良い仲間に恵まれるには、まず自分が良い仲間でなければいけない。その実践なのだ。
が、そのへんのところは今のアドフェンにはどうでもよかったらしく、
「ガチ勢のRTAだぞ!? もっとこう、チャートとやらの精密さとか、凡人には真似できねえ神業とか、そういうネタ仕入れられると思って来てんだよ俺ァ! それが何だ? キオンキューレ様のまわりにちみっこ様どもが集まって、だるまさんがころんだの大合唱! いよいよ気分は保育園じゃねえか! あれをどう大冒険に脚色しろってんだ? これを負担する俺もう俺様でいいだろ!」
まあ、この光景を富豪に売る冒険譚に仕上げなければいけない彼にはそうだろうが。
それでもルーキは、この平和なRTA教室が全然嫌いではなかった。
「本当に楽しく遊ぶように」は、命懸けのRTAへの緊張をほぐすレイ一門特有のスローガンだ。新規参入には間口を広げ、新人走者にはリラックスを促す。大事な心得でもある。
キオンがやっていることは正にそれ。それに、ここまでサービス精神旺盛――というか話が通じるガチ勢はそうそういない。
〈バルキューレの冒険〉RTA。ここは近々、多くの追走者を生むかもしれない。
そんな風に考えていたところで景色に変化があった。
目の前に、森だ。奥には傾斜もありそのまま山へと繋がっている。
「これからこの森に入りますから、みんなはパーティのところに戻ってくださいね。タイマー係は忘れないで」
キオンがそう宣言すると、子供たちは素直にうなずき親元へと帰っていった。
「マーブルガルズの山林は灌木が生い茂っていて非常に歩きにくいです。先頭を行く人はショートソードやマチェットでしっかり道を拓いてください。ここからはパーティ同士少し離れて行動してもらいます。エンカにはくれぐれも気を付けて!」
丁寧な説明を受け、ルーキたちはいよいよそれっぽくなってきたと挑戦的な表情を見合わせた。
「確かにこりゃすげえ……」
森に入って少し進んだ時点で、ルーキはすぐに異様さに気づいた。
元より山道など期待してなかったが、それでも足元を覆い尽くす灌木、ひょろりと伸びた細い裸木などが、人間はおろか獣の通行さえ妨げそうな密度で生え茂っている。
「どう見ても異常な植生っす」
「普通の森はこんなふうにならないわ」
サクラやマギリカからも気圧されるような声。植物にもある種の生存競争があるため、大きな木は密集しないし、木陰の植物もあまり育たないのが常だ。しかしこれはそんな常識が一切通用しないほど植物が氾濫している。
「それだけじゃないです。見てください」
リズが近くの細枝を軽く折った。正に木の皮一枚で繋がっているようだったそれは、プチプチと小さな音を立て、あっという間に元の形へと戻っていく。
「大地を巡る巨人の霊気が関係しているんでしょう。半端に枝を払ったくらいではすぐに元に戻ってしまいます」
「ここにバームロールの木がないことが悔やまれる 廿_廿」
その驚異的な生命力が示した通り、そこからは今までとはうってかわって厳しくそして地道な進行となった。各パーティが刃物を手に、それぞれの道を切り開いていく。
「こいつは地味に大変だぜ。冒険には相応しいが……」
冒険家を名乗るだけあって手慣れた様子を見せるアドフェン。そのブッシュナイフ捌きは迷いがないが、それでも歩みは早いとは言えない。
それならば一般参加の人々がもっと苦戦するのは当然の道理。元々頑丈な外皮を持つ上に再生する木々。ウンフタイマーによる強制停止もあるためリズムが狂わされ、余計に体力を消耗させられる。これまで平和そのものだったマーブルガルズが初めて見せる、魔境の一端――。
「こうした森や山を歩けないとこの土地ではRTAはできません。皆さんしっかり学んでいってくださいね!」
そう声を張りつつ先頭を進むキオンは、ただ一人、障害物など在って無いが如くだった。足の置き場所も、切る木の選別も一瞬。冒険家すら置き去りにできそうなその歩みは、慣れているの一言では済まない、圧倒的な力量の違いを感じさせた。
正にガチ勢の動き。
ルーキはふと、キオンが「山を斬る」と発言していたことを思い出した。
もしかすると、これはそういう意味だったのではないだろうか。
RTAではさりげない歩き方一つにこそ、膨大な経験と知恵が詰まっている。この特殊な山を切り開いて進むこと自体が、〈バルキューレの冒険〉においては一つの重要な技だとしたら――。
「よーし……! なら俺も全力マスターしてやんぜ! 集中、集中!」
「おっ、ルーキさんいい動きができてますね。その調子ですよ」
「へへっ、ありがとうございますキオン姉貴!」
キオンが褒めてくれた。やはりこれが、「山を斬る」の真意だったのだ。
ルーキは気を良くしつつ、ショートソードを振って先へと進んでいった。
が。
「あれ……?」
ルーキは奇妙なものに出くわした。黒々とした岩壁だ。
樹木の壁を抜けた先に本物の壁。視線を軽く持ち上げただけでは頂上は見えず、のけぞってようやく上の崖縁がわかるくらいの正に絶壁。
どうやら森の外から見えていた山にぶち当たったらしい。
「何だ、行き止まりか」
同じくらいのペースで進んでいたアドフェンも、バンダナで汗を拭いつつ足を止める。
「よォ、ガチ勢の先生様。突き当っちまったが、次はどっちに進めばいいんだ? 右か、左か?」
「え? 真っ直ぐですよ」
アドフェンからの質問に、キオンはきょとんとした顔で応じた。
「いや崖だっつってんだろ。こいつは素手じゃ登れないぜ」
「俺のグラップルクローでならいけそうだけど、一度に運ぶのは限度があるしな……」
ルーキとアドフェンが揃って疑問を呈するも、返ってきたのはあくまで不思議そうなキオンの瞳。
「どうしてそんな難しい顔をしているんですか? 山を斬れば済む話です」
えっ……。
ちょうど追いついて来た一般参加街人たちも揃って、今の発言に言葉を失う。
「え、あの、キオン姉貴。山を斬るっていうのは藪を払うことの比喩であって、その、実際に山壁を斬るのとは違うのでは……」
「えっ、誰がそんなこと言いました? 普通に山を斬ってもらいますけど。ズバーッと」
『な……!?!?』
参加者たちの二度目の絶句を見て、なぜかキオンの方が首を傾げてくる。そこでも何とか抗議の声を絞り出してくれたのはアドフェンだった。
「いやいやいやガチ勢先生よ、俺たちがでかいツルハシに見えんのか? こんな岩の壁、どうこうできるわけねーだろ。それでもやれってんなら、まずはオメー様が手本を見せてくれよ」
「はい。わかりました」
そのあっさりとした二つ返事にまたまたまた周囲を愕然とさせつつ、キオンがバールを取り出す。
無造作に腕を振り上げる姿は普段と何らかわらない。一同に広がる当惑。え、まさか、本当にあれで叩くつもり?
チッ……ジジッ……チリチリチリ……。
「……何だ……?」
ルーキは不可思議な音を聞いて眉をひそめた。
音の出どころは、頭上に振りかぶられたままのキオンのバールだ。見れば、何やら委員長の稲妻とは違った赤黒い放電らしきものが発生している。
「なあ委員長。あれって何だろ?」
「――!! みんな木の陰に隠れて!」
そうリズが警告を飛ばした直後、
「せーのっ!」
キオンは力任せにバールを振り下ろした。
閃光。――大轟音!
音というよりは衝撃。一瞬だけ存在する嵐のような暴風が森の貫き、かろうじて木の裏に逃げ込めた参加者たちは、そのすべてを洗い流す審判の洪水のような力を身をもって体感する。
衝撃が音すらも運び去ってから数秒後。
唐突に訪れた静寂に、一塊になって難を逃れていたルーキたちは、揃って木の裏から様子を確かめた。
何も、なかった。
あれほど厳然とそびえ立っていた岩壁も。
視界を圧迫するようだった森も。
何も……。
「ね? 簡単でしょ?」
縦一閃。型を抜かれたように真っ直ぐに伸びた、破壊痕と呼ぶにはあまりにも均された一本道を前に、キオンキューレが微笑んでくる。
「オイオイオイオイ本当に山を斬りやがった!! 俺様たちにこれをやれってのか!? できるわけねーだろ! こちとらまだ人間だぞ!」
白目を剥きながらアドフェンががなり立てている。やってみせろと言われて実際にやったらこの対応というのは結構な理不尽さだが、内容に関してはまったくの同意だ。
「キオン姉貴、これはさすがに無理無理無理、(こんなパワー)生めない! ガチ勢特有ののガチ技っていうのは常人には再現不可能なところがあってぇ! タイムはかかってもある程度簡単な方法の方を教えてオナシャス、センセンシャル……!」
「いえルーキさん。これ普通です」
「いやガチ勢の人にはそうでも……」
「違うんです。これができないと先に進めません。ガチの技でもRTAの技術でもなく、基本中の基本なんです」
「へ……?」
今度こそ……参加者たちは何一つ言うべき言葉を失くし、きょとんとするキオンをただただ見つめた……。
だるまさんがころんだ発明→バルキューレ一同「うおおおおおおおお! (゜∀゜ ) 」
山を斬る→バルキューレ一同「ふーん……(゜_゜ )」
どうしてこうなった!




