第二十走 ガバ勢とマーブルガルズの歩き方
「フィールドを歩く時一番困るものが何か、皆さんはご存知ですか? それは……レトロ開拓地特有のクソエンカです!」
「やっぱアイツ様って口悪ィよな……」
人のこと全然言えないアドフェンがぼやくキオンの発言に、しかしルーキたち走者陣は深いうなずきを示すしかない。
レトロ開拓地とは開拓地の中でも比較的初期に人が移り住んだ土地のことで、かの悪名高き〈十倍クエスト〉や〈スタールッカー〉が該当する。
開拓技術や防衛技術、果ては入植可能かどうかの判定までがガバガバだった時期ゆえ、外敵との遭遇率も高くなるというクッソ厄介な傾向があった。危険に晒されるのは開拓民だけでなく、走者も同様だ。むしろ一番ひどい目に遭う。
「しかし、そんなエンカ問題を一発で解決してくれるRTAツールがあります!」
「ダニィ!?」
「そんなことが許されてエーンカ!?」
「今言ったヤツつまみ出せ!」
日頃から苦しめられている走者たちがここ一番の盛り上がりを見せる中、キオンが服の中からピカピカーンと何かを取り出した。
「“ウンフタイマ~”!(世代を感じさせる謎のダミ声)」
『ウンフ……タイマー?』
それは一見何の変哲もない懐中時計のようで、彼女はさらにそこに「RTA研究所の軍医さんが作ってくれました」との追加情報を乗せる。スイッチを押すと一本しかない長針が動き始め――。
「そろそろ!」「……ウンフ」
なんと時計がしゃべった。しかもこの声は“ルタのカッチャマ”と呼ばれるある女性に激似……! だからどうしたと言われれば、別に何でもないが……。
「でもこれ、一周一分ってわけじゃないすね」
ルーキたちが当惑する中、サクラが目敏くそのことを指摘した。言われてみれば時計の文字盤にはびっしりと目盛りが刻まれていて、針はかなり長旅をしないと帰ってこられない。
そして、今も動き続けている針がまた一周を終えようとしたタイミングで、
「そろそろ!」「……ウンフ」
二度目のそれを聞き終えたところで、キオンが説明を始める。
「これは427秒、つまり一エンカウント周期でしゃべる時計なのです。『そろそろ!』と聞こえて十秒後に敵が出現します。『……ウンフ』は敵が出現したことを知らせる合図です」
「ほォ……。出現予知ってわけだ。さすがだな、ガチ勢様……!」
アドフェンがニヤリとしながら手帳にペンを走らせる。
ルーキも何となく理解した。聞くところによると、地震も三秒前にわかれば身構えて被害を減らせるという。これで敵の出現を察知し、先制攻撃を仕掛けようというわけだ。
そのための427秒周期の解明。あとそのためのタイマー……!
屈強なモンスターに対し、人間はたゆまぬ研鑚と叡智で応戦だ。この王道をゆく展開には大冒険の主人公になりたい貴族の皆様もご満悦で――。
「というわけで、これから皆さんにはだるまさんがころんだをしてもらいます!」
「はあ!?」
そこで飛び出たキオンの奇妙な発言に、アドフェンはまたも声を上げた。
「オイオイオイ、ようやくそれっぽいもんが出てきたと思ったら、だるまさんがころんだ? 違うだろ! ここは敵を出待ちしてボコる布陣とかを説明してくれるところだろ!」
「またあなたですか。カスハラはやめてください。一時的な対策としてバールで頭をぶちますよ」
「おう永続対策やめろや! バールで頭割られたらもう二度と来らんねえだろ!」
「ちょっと、うるさいわよそこの人」
またまた始まりかけたキオンとアドフェンのにらみ合いを止めにかかったのはマギリカだった。
「キオンはまだ何の説明もしてないでしょ。いちいちつっかからないでよ」
「! だがよマギリカ様……!」
「何を言うにしてもまずは話を聞いてからよ。学校で習わなかったの? わたしは習ったわ」
「チッ……! ちゃんと学校行ってんのかよ偉ェな……! 仕方ねえ、最後まで聞いてやらぁ」
「ではまずタイマーを配りますね」
アドフェンに対して子供っぽく「べーっ」と舌を出してから、キオンは大量の懐中時計を取り出し、各パーティに配布した。
「気づいていないかもしれませんが、今わたしたちはエンカ有りの状態で過ごしています。でもさっきリズさんが倒して以来、モンスターは現れてませんね?」
ルーキたちははっとなる。そういえばそうだ。てっきりキオンがエンカモードを解除したのかと思ったが……。
疑問を浮かべつつ顔を見合わせるルーキたちの前で、キオンはすべての謎を解いた名探偵の仕草で力強く宣言した。
「実はここに重大な秘密があります! なんと出現するモンスターたちは、魔王に向かって進軍する敵かどうかを、相手の動きで選別しているのです!」
!!!!!
「なので、エンカ直前に全然関係ない別のことをしてすっとぼければ、魔物は“なんだ敵じゃないのか”とスルーしてくれるのです!」
……!!??!!!???
「……σДρ……???」
「おいルーキ。偉ェマギリカ様が変な顔になってんぞ。治してさしあげろ」
「あ、あの……マギリカ? 俺も不思議だと思うよ? そうはならんやろって思うけどさ……その、ガチ勢ってそういうことする人多いんだよ。だから慣れてもらわないと……」
マギリカをはじめとするオルカエッジ一族は、勇者の後始末なんかをやらされていたためか根がクッソ真面目で几帳面だ。だから、壁を抜けたりマップをずらしたり世界そのものをホットプレートに載せたりするガチ勢特有の不条理を受け止め切れないところが多々あるのだ。
とは言ったものの、ルーキだってこの説明はにわかには信じがたい。
魔王に向かって進撃中に突然すっとぼけたら敵に見逃してもらえる……? そうはならんやろ……ならんよね?
「百聞は一見に如かずです。それでは、実際に魔王城跡に向かって進んでみましょう。いいですか? 『そろそろ』と鳴ったら、みんな立ち止まって荷物の点検でも始めてください。『ウンフ』と鳴ったら動いてOKです。いきますよぉー」
キオンを先頭にゾロゾロと歩き出す。
「そろそろ!」
ピタッ。
「ウンフ」
ゾロゾロ……。
「そろそろ!」
ピタッ。
「ウンフ」
ゾロゾロ……。
「確かに敵が出ません」
「これマジ?」
リズの言う通り、ここまでノーエンカ。キオンも「だから言ったでしょう?」と得意げに胸を逸らしてくる。
参加者たちからも驚きの声。たったこれだけ――約七分に一回立ち止まるだけで、魔物と出会わなくて済む。これはとんでもない発見だ。正に世界の真理の隙間、神の意表を突く裏技と言っていい……しかし、これに不満を露わにする者が一人いた。
「こんなふざけたことあるわけねーだろ! これじゃマジでだるまさんがころんだじゃねーか!」
あんのじょう、アドフェンだ。
「世界を救う大冒険。知恵と勇気で迫りくる脅威に立ち向かう! ――はずが、傍から見りゃ七分ごとにいきなり荷物の点検を始める奇人の集団とか、こんなもんどう冒険譚としてまとめりゃいーんだ!? オイこれマジか? 魔王んとこまでずーっとこれ繰り返すのか? 俺様たちをからかってるんじゃねえのか? 実は元々エンカしねーんだろ?」
「そう思うのなら、タイマーを無視して先に進んでみてください」
プイと顔を背けながらキオンが言うと、
「ケッ、やってやらぁ。おいルーキ、そいつ様がこっそりエンカモードをオンにしないよう見張ってろよ」
そう強弁したアドフェンがタイマーを無視して歩き続ける。
「そろそろ!」
その警告からきっちり十秒後、地面から黒い白菜そっくりの謎の生物が出現した。
「!! 何だと……」
素早く身を翻したアドフェンは、後退しつつチェーンソードウィップを一閃させる。
鞭のリーチを生かしつつ、自身は安全圏まで急速退避する良戦法。
対処法から反応速度まで、やはり戦い慣れている。
が、先端の剣が直撃する瞬間、黒い白菜は自らの葉を一枚ちぎってそれを盾とした。さらにその刺さった分厚い葉の重みで、鞭の機敏かつ繊細な動きが封じられてしまう。
「コイツ……!」
予想外の対応力にアドフェンが目を剥いた直後、突然黒い白菜がぶっ飛んだ。
いつの間にか後ろに回り込んでいたキオンの、バールのフルスイングで。
思わず「いいぞ。」と言ってしまいたくなるほどのナイスショット。黒い白菜は冗談みたいな飛距離を出して、見えなくなった。
それを唖然と見送った後で、アドフェンはキオンに歩み寄った。
「……確かにオメー様の言う通りだった。俺様が悪かった。反省して俺様は俺にランクダウンする。もうガタガタ言わねーでオメー様から真摯に学ぶぜ」
「わかってもらえたらいいんです」
口は悪いが真剣なアドフェンの謝罪を、キオンは快く受け止めた。
穏やかで優しげな微笑みは、天の使いを思わせるそれだ。やはり、何だかんだ言ってこの人は特別な存在なのだろう。経緯を見守っていた人々も安堵の表情になる。
と、そんな彼女に近づく一つの影。
ずんぐりむっくりな体型のサソリだ。
「! キオン姉貴、そいつもモンスターでは……!?」
ルーキは慌てて警告の言葉を飛ばした。しかし彼女はそれを一瞥し、
「ああ、この子は大丈夫です。サソリは良い虫なんですよ」
「ええっ、でも……」
何となく邪悪なオーラを放っているような感じがするのだが……とルーキがなおも警戒していると、キオンが突然語り始めた。
「昔、あるところに一匹のサソリが住んでいて、小さな生き物を殺して食べていたそうです。
けれどある日、別の生き物に自分が食べられそうになった時、サソリは必死に逃げ、井戸に落ちてしまいました。
もうどうやっても地上には戻れないと悟った時、サソリはこう思いました。
『ああ、わたしはこれまでたくさんの命を奪って生きてきた。けれども自分の番になった時、わたしは必死に逃げた。そして結局、ここで死んでいくのだ。
どうしてわたしは、あの時大人しく食べられてやらなかったのだろう。
そうすれば、あの生き物も一日を生き延びられただろうに。
神様、もし次があるのなら、どうかわたしの命を誰かのためにお使いください。こんな空しく消えていくのではなく、誰かの幸せのために役立ててください……』
ふと気づくと、サソリは自分が真っ赤な星になって、旅人の夜道を照らしていたそうです」
「……蠍火の物語だな」
アドフェンが感じ入ったようにつぶやいた。参加者たちからも感嘆のため息が漏れる。
「知ってんのか?」
「ああ。サソリ座の赤い星の伝説だ。古い詩人が残したものらしい」
「ね? だから、サソリは優しくて良い虫なんですよ」
語り終えたキオンがにっこりと微笑む。まるで、サソリの願いをかなえた天のように。
ルーキは、彼女がサソリを敵と見なさない理由がわかったような気がした。それなら本当にこのサソリは敵ではないのだろう――。
プスッ。
『あっ……』
ルーキたちは思わず声を上げた。
サソリの尻尾が、サンダル履きのキオンの素足を刺していた。
優しく微笑んだままのキオンの顔が青色そして緑に変色していく。
……ビキッ。
「サソリは悪い虫! サソリは悪い虫!!」
ゲシッゲシッ!
サソリは踏み潰された!
キオンは遠くの空を見つめながら静かに締めに入った。
「いいですか皆さん。サソリは悪い虫です。経験値になる以外ヤツらに存在する価値はありません。昔話もそう伝えています」
「そんな辛辣な話だったかよ……?」
「ああ、何かこの雰囲気知ってる……。ビル兄貴とクサリマンっていうんだけど……」
その地に対する深い理解と歪んだ愛情、そして真っ直ぐな憎悪を持つ……。ガチ勢とはかような生き物であると、その旅人は語った。――代冒険家アドフェン、その日の記述より。
「……σДρ……ぜんぜんわがんにゃい……」




