第十九走 ガバ勢と柔らか委員長の威力
「なにっ」
「なんだあっ」
「うわあああああ! 昨日まで園児だった子が知らないうちに中学生になっている!」
朝食を各々の宿で済ませ、集合場所に現れた参加者たちから漏れたのは、驚きと戸惑い、そして好奇の目だった。
その対象はもちろん、インストラクター役のキオンキューレ。
引きずるほどだった三つ編みは腰の高さほどにとどまり、衣装はそのままながら発育するところだけきっちり発育している。開口一番「おはようございます! 今日も一日、キオンキューレが皆さんをご案内いたします」と昨日よりやや落ち着いた、しかし若々しくハキハキした挨拶に、一瞬これが彼女だとわからなかった人も多そうだ。
だが。ルーキたちにはそれプラス、もう一つ信じがたい光景が巨粒子レベルで存在している。
「オイオイオイオイどういうこったこりゃ! 昨日のうちに一体何があった……?」
バンダナ下の三白眼を真ん丸に剥き、驚きを露わにするアドフェン。その視線の先にはもちろんキオン――同時に昨日とは異なる形状の委員長も。
「それが……俺にもわかんなくてよ……」
ルーキはちらちらとリズの方を見ながら返し、ふと目が合ってしまった彼女共々、そろってうつむくハメになる。
「リズ、かっこいい! ローズさんみたい!」
「ちょっと……やめてください……」
朝からまとわりつくマギリカに耐え忍ぶ声を返すリズは、普段の凛然とした気配を欠いていた。
普段ならいくらマギリカにベタベタ触られようが直立不動で跳ね返しているところだが、今は体の感覚が違うのか、どうもフニャフニャした対応だ。
ローズ――リズのカッチャマ――に似ているというマギリカの評は、ルーキもうなずける。
背は伸び、ショートだった緑の髪も背中にまで届き、そして全体的に“丸み”を帯びている。たださすがにローズ並と言うと語弊があって、ムチプリ度は三分の二くらいだろうか。まだマギリカの方が上。
けれども元々の委員長が非常にちんまりとしてスリムだったので、歳相応とも言えるこの外見は、ルーキからはひどく肉感的に映った。しかもだ。
「おかしい。こんなことは許されない。ミロクもそう言っている。 ;廿Д廿)」
「再走、再走っす! こんなん認められるか! ふざけんな!(声だけ迫真)」
「そ、そう言われましても……」
ニーナナとサクラからも猛火を浴びているリズは、体こそ変化したものの服装に変わりはない。彼女は無駄なく体にフィットするものを好む。従って現在の格好は……一応伸縮性の範囲でカバーできてはいるが、それでも少し小さめで、何だか余計にムッチリしているように見えてしまうのだ。
本人もそれを気にしているのか歩き方がやや小股になっているし、無造作に伸びてしまった髪も幼気な無防備さを連想させる。何より、これまで小さな体にぎゅっと濃縮されていた強靭な空気がふわっと緩み、かつてないほど柔らかそうな委員長がそこにいるのだった。
「これは恐らく巨人の霊気の影響です」
年齢としては十代半ば――こっちと同じくらいまで成長したキオンが、リズを前に解説を始めた。ちなみに彼女は元から大きめの服装だったため、まだ多少“着られている”感はあるものの、委員長のように服のサイズで困っている様子はない。
「バルキューレの名を継ぐわたしは、レベリングにより肉体も成長します。それと同じようにリズさんの体も一時的に急成長したのでしょう。けれど、他の走者にここまでの変化が起きたのは初めてです」
「キオン姉貴は天の使いなんだよな。それと同じ変化が起こるってのは、やっぱ勇者の血筋とかが関係してんのか……?」
「わたしもどうしてこうなったのか……。その、ちょっと困りました……」
当惑した様子のリズが、感触を確かめるように二の腕のあたりを触ると、
「何が困った? 言ってみろ! #廿Д廿)」
「……あのダンス……あの変な踊りが怪しいっす! サクラも一緒に踊っていれば今頃はッッ……!!」
「おいおいルーキよォ、事情はよくわかんねーが置いてかれたちみっこ軍団がお怒りだ。鎮めて差し上げろ」
呆れ顔のアドフェンに無茶振りされ、しかしこちらのパーティメンバーのことだ。ルーキは恐る恐る、荒ぶる二人の懐柔に乗り出した。
「ま、まあまあサクラ。サクラだって時々、姫サクラに変身したりするだろ? 今回はかなり特殊な事案で一時的なものらしいし、そうカッカしねえで穏便に……」
「好きでなってるわけじゃねーっすプリンセスレッグラリアーッ!!」
「ぐはあ!」
「わたしにもなんかフォローの言葉をかけろ可愛いボディプレス! つ廿Д廿)つ」
「ぐはあーっ!」
ルーキは吹っ飛ばされて押し潰された。
「よーしルーキ、男にゃ不可能とわかっていてもやんなきゃいけねー時がある! テメー様の勇気は俺様の見た冒険の一つとして記録しといてやんよ! あと昼までルーキ様な!」
「全然嬉しぐにゃい……」
クッソ情けない声でそう返しつつ、サクラとニーナナの尻に敷かれる(物理)ルーキは、ふと目の前のしゃがみ込んだ人影に目を持ち上げた。
「だ、大丈夫ですか? ルーキ君」
委員長だ。自分のことでサクラとニーナナが狂暴化しているのがわかっているのか、申し訳なさそうにこちらを見ている。
少し小さめになってしまったホットパンツから伸びる、いつもよりムチッとした太もも。肉感のせいかニーソは締め付けが強まったようにも見える。キリッとしていた眼差しは、全体的な丸みの増加に比例して普段より柔和な印象で……。
「……! あ、ああ。だ、大丈夫……です……」
「……! そ、そぉですか……それなら……よかったです……ハイ」
緊張が彼女にも伝わってしまったのか、ルーキはリズとまたも揃って顔をうつむけることになった。
そんなこちらの騒ぎを知ってか知らずか、
「それでは今日も元気にRTAのお勉強です! 張り切っていきましょう!」
舌足らずな口調が取れたキオンは、本日のRTA教室の開催を宣言する。
※
「本日は、今RTAで一番長い時間を占めると言えるマーブルガルズの歩き方についてお勉強します!」
宿場を出て平原を進みつつ、昨日より少し小さく見える案内旗を片手に、キオンが課題についての説明をする。
「基本は徒歩です。ただ、後で船旅もありますので楽しみしていてください。ペースは遅すぎず早すぎず。急ぎ過ぎると足にもダメージが来ますのでそれは厳禁です」
少しだけ大人びた口調での、懇切丁寧なレクチャー。内容は基本中の基本で、ルーキたちが今さら注意深く聞く内容でもない。一般参加者たちも最低限の心得はあるのか、身を入れて耳を傾ける様子はない。
ただ、昨日までキオンと一緒になってはしゃいでいた子供たちは、いきなりおねーさんになった彼女に対して興味津々だった。中でも一定年齢の男の子たちは戸惑い顔でじっとキオンを見つめている。
背丈と共にキオンの愛らしさは順当に成長し、彼らの初恋をかっさらうには、あまりにも適材適所な存在だった。
「まさか、こんなことになるたぁな。キオンもリズもまだちょっと流行よりは小さめだが、今までよりかははるかにマシになったぜ」
そう嘯きつつ革製の立派な手帳に嬉々として何かを書き込んでいるアドフェンを尻目に、ルーキはいつもより少し遠くを歩いている気がする委員長に意識を向ける。
マギリカと並んで歩く彼女は、これまではサイズ感に結構な違いがあったのだが、今は正しく表裏一体、並び立つ白と黒の勇者といった風貌だ。
「なあ、委員長……」
「! なっ、何ですかルーキ君……」
いつも通り呼びかけたつもりが、ビクッと肩を揺らして振り返ってくるリズ。それを見たルーキも思わずあたふたし、
「あっ、いやっ、何でも……」
と目を逸らしそうとし……自分のそのクッソ情けない行動に気づいてバリバリと頭をかいた。妙に熱い頬を叩いて気合を入れ直す。
「いやなんかすまねぇ……。委員長の見た目が急に変わっちまったから、変に緊張しちまって……。こういうのはよくねえな」
「そ、それならわたしこそすいません。自分が思っている以上に混乱してしまっているみたいです。何だか反応がいちいち過剰に……」
ルーキが正直に気持ちを白状するのと同じように、リズも素直な実感を言葉にしてきた。
「委員長はしょうがねえだろ当事者だし……。ああ、そうだ、最初に話しかけた理由もそれだったんだ。急にその……背とか伸びたけど、大丈夫なのか? どっか痛えとかは?」
「え、ええ、それは別に……。キオン先輩の話ではレベリングの副産物のようなものなので、後で何かの反動がくることもなさそうです。ちょっと視点の高さと……ええと、まあ、重心の違いには違和感がありますが……」
「なぁーにが重いんすかねぇええ? 荷物の中に重たいコインでも入ってるんじゃないすかぁ?」
「体調管理を怠る戦士のクズ。そんなんじゃ甘いよ。やめたらこの仕事。 #廿_廿)」
「二人ともやさぐれすぎィ!」
苦虫のガムでも噛みながら歩くサクラとニーナナ。この二人と委員長の間には何かとてつもなく固い血の盟約でもあったのだろうか。
「でもリズ、重心が定まってないのって実戦で危なくない? ちょっと素振りくらいしておいたら?」
「ですね……」
マギリカの助言を受けたリズは、列から離れるためキオンに一言断りを入れようとした。
すると、
「あっ、それなら、そろそろ昨日と同じエンカウントを一回起こしたかったので、現れた魔物をやっつけてくれますか?」
宿場から十分に離れたので、もう一度昨日と同じエンカモードを復活させようとしていたようだ。リズは渡りに船とこれを快諾する。
「これからフィールドを歩くことに関して、皆さんにガチ勢のウルテクを授けます! でもその前に一回エンカを起こしますので、リズさんが倒すまで少し待っていてください!」
「ウルテクだと!? いいぞ、そいつを待ってたんだ……!」
アドフェンが目を見開く開幕宣言と共に、キオンの体から怪しげな紫の靄が一瞬立ち上った。
直後、地面から不穏な空気が噴き上がり、昨日と同じくスライム状の原始人たちが姿を現す。
「それでは少しお時間を頂戴して……」
それらの大群を前に、クルクルと鎌を回してビシッと対峙するリズ。この時点ですでに一般参加者からは「おお~」とどよめきが漏れる。昨日の戦闘で彼女があの有名なリズ・ティーゲルセイバーだと気づいた者も多いらしく、人々の顔は期待に満ちていた。
「いきます」
初動、地を破裂させるような爆発的な蹴り出しから。
白い風と化したまま敵中に突っ込むと、大鎌〈魔王喰い〉を使った斬技で敵を次々に葬っていく。
「……!」
ルーキは驚いた。普段はコンパクトかつ堅実な動きを見せる彼女だが、今は違う。伸びた手足をフルに使った大胆かつ豪快な鎌捌き。その一撃の威力ゆえか、仮想モンスターたちは食らった部位にかかわらず一瞬で命を奪われていく。
「な、なんかあの人、昨日より凄くなってない?」
「カッコイイ……これが本物の走者……!」
ジジッ……ジジジ……。
「ん?」
誰もがそのダイナミックかつ流麗な動きに見とれる中、ルーキは妙な音を聞いた。何かがどこかで放電しているような……。
「はあっ!!」
そして、技の締めとばかりにリズが気合を込めた斬撃を繰り出した、その時。
トゥトゥトゥトゥマンボ!!!
幾条もの雷光が、鎌の振り下ろしに合わせて地上へと降り注いだ。
「何の光ィ!?」
見物席にも押し寄せる落雷の衝撃波。ルーキは思わず顔を腕でかばい、人々も悲鳴を上げて身を屈める。
吹き荒れた余波に長いツインテールを巻き上げられたマギリカが「ちょっと! そんなに本気でやることないでしょ!」との抗議の声を上げると、平原の敵を一掃したリズは恐縮した様子で振り返り、
「す、すいません。魔力を込めたつもりはなかったんですが……」
何やら不穏な空気だ。魔力を入れていないのに、ティーゲルセイバーのお家芸であるギガレインが音で聞いた限り数発分は解き放たれた。
技の振り一つ一つがいつもよりパワフルに感じられたのも、体格からくる印象の違いというわけではないらしい。
「いいんちょさんの一族って……」と、少し青くなった顔でサクラが口を開く。
「鍛錬でももちろん強くなるんすけど、体が出来上がってくるとそれだけで力も魔力もアホみたいに上がってくらしいんすよ……」
「ヒェ……」
だとしたら、見た目がローズカッチャマに近づきつつある今の委員長は……。
「うーん……。ちょっと足りなそうですけど、まあいいか……。リズさん、ありがとうございました! それではいよいよマル秘テクニックの紹介です!」
「へ……?」
小さくつぶやいてからリズにお礼を述べるキオンを見て、ルーキは信じられない思いだった。
(足りないって、あれで……?)
キオン姉貴は一体何を想定しているんだ……?
首を横に振る。
いやよそう。何かの聞き間違えかもしれないし、変な空耳でみんなを混乱させたくない。ここは名作性溢れる初心者にも優しい開拓地だ。景色もそう言っている。
ルーキは一旦今のことを忘れ、レッスンに集中することにした。
今さらですがルーキは普通にムチプリに弱いです。




