第十八走 ガバ勢と経験値と神聖な眠り
週末しかRTAをしないウイークエンド走者たちのどよめきとは裏腹に、地中から湧き上がった怪物の姿は何とも脅威を感じないものだった。
毛皮を着た原始人――であればまあまあ物々しい姿だったのだろうが、キオンが仮想的に生み出したモンスターだからか、彼らはブヨブヨしたスライム人間が毛皮を着ているようにしか見えず、大きさも人間の大人にやや足りないほど。動きもゾンビのように緩慢だ。
「まあ、互いにお手並み拝見といくか」
こちらを見ながらそう言い、足元にじゃらりと鳴る何かを垂らすアドフェン。
「その武器は――」
ルーキが見たそれは、細い鎖を幾重にも編み合わせたような鞭だった。それだけでもなかなか痛そうだが、さらに先端には小さな刃が取り付けられており、凶悪な魔獣の尻尾を連想させる。
「冒険家の武器と言えば鞭だ。見てな、俺様の偉ェ腕前を!」
言うが早いか、アドフェンが腕をしならせる。その動きは肩から独特で、まるで水が波打つかのように柔らかだ。そしてそのうねりが届くや否や、鎖の鞭はまるで命を得た蛇のようにその場でひょこっと鎌首を持ち上げ、挨拶でもするかのように一瞬停止。が、次の瞬間、恐ろしく俊敏な動きでスライム原始人に躍りかかった。
一閃!
鞭の先端に取り付けられた刃が、標的の頸動脈のみを正確無比に切り裂く。そこに至るまでの軌道は複雑怪奇。狡猾な毒蛇にも似た予測も回避も不可能な致命の一撃だった。
ダメージが通ったのか、スライム人間はがっくりと膝をつくと力なく地面に溶けていく。
「やりますねぇ!」
「へッ、だろ? ガキの頃からこいつの扱いで人に負けたことはねぇのさ」
アドフェンが手首を利かせると、チェーンウィップはまるで生きているかのように彼の手元へと戻ってきた。
「次はルーキ、テメーの番だぜ。せいぜい売り物になる戦いを見せてくれや」
「よーし、なら見とけよ見とけよー!」
ルーキはグラップルクローを構えると、別のスライム原始人――ではなく、その手前の地面に向けてアンカーを放った。着弾と同時にワイヤーを急速回収、体が前へと吹っ飛ぶ。
さすがにそんな直線的な動きを見逃す敵ではなかった。手にした棍棒を持ち上げ、振り下ろしにかかる。しかしその時には、ルーキの軌道はすでに右へ大きく迂回する円軌道へと変わっていた。
前方へと吹っ飛んですぐ、グラップルクローの二射目を右に撃ち出していたのだ。それにより急速に方向転換。棍棒の攻撃地点から離脱し、相手の側面へと回り込む。
そこからは勢いを殺さぬよう膝を柔軟に使ってホップ、ステップで接近。抜いたショートソードを腰溜めに、スライム原始人に体当たりをぶち当てる。
剣と体当たりの二段攻撃。それだけでも手応えは十分だったが、吹っ飛んだ標的の真上に降ってくる影があった。
サクラとニーナナだ。サクラは紋入りの短刀、ニーナナは両脚で、倒れた標的の急所を容赦なく貫く。
「ほォ……! 何も言わなくてもこの連携とはなかなか偉ェ! 今から三十秒間、サクラ様とニーナナ様と呼んでやるぜ!」
「短っ! 兄さん、そんなことよりさっさと次もやるっす! ここでレベリングさぼると、なぁーんかイヤな予感がするんすよねえ!」
「おっ、そうだな! みんな剣舞れー!」
さすがに一般参加も容認しているRTA教室だけあって、敵の強さはだいぶ易しかった。
走者組と代冒険家は得物を存分に振るって敵の死体の山を築く。
エンカは七分に一回の頻度というが、この場には人が多く集まっていたためか、出現総数はなかなかのものになった。
周囲の敵を危なげなく一掃した後で、ルーキはキオンの様子を確かめる。
彼女の背後に大勢の人々が集まっている。多くは戦闘が苦手そうな女性や子供たちだ。恋人や父親のRTAを見物に来たのかもしれない。そんな甘ちゃんな気持ちで……とは言わない。
我らがレイ親父が生み出したレイ・システムは、一般人によるRTA参入のハードルを一気に下げ、世界を救う偉業を大衆化した。
無論、素人ができるRTAなんて、支援物資を背負って最初の町まで歩くことくらいだ。それでも一握りの勇士任せにせず、人間一人一人が平和に貢献できるという自覚を与えたことは、歴史的に凄い事だとルーキは思う。
「えいっ、えいっ、それっ」
そんな非戦闘員たちの前で、一人奮闘する幼女のキオン。
集まっている人々の中でどう見ても最年少の彼女が戦っているというのは奇妙でしかなかったが、そのあどけない容姿とは裏腹に動きは手馴れている。
迂闊に近づいて来た相手は頭部を一撃。攻撃を繰り出してきた相手には、棍棒をかわしつつ足元を一撃、倒れたところにトドメの一発。
「……?」
と、そこでルーキは違和感を覚えた。
キオンが振り回している長物。てっきり天から授かった剣とか槍とか、そういう特別な武器を操っているものと思ったが……。
「ナンだあれ……?」
先端がわずかに曲がった金属の棒。曲がった先は二股に分かれている。年寄りが持つ杖のようにも見えるが――。
「あれは……“バールのようなもの”です……!」
委員長が驚愕の声を上げた。
「いや、どう見ても“バールでしかないもの”なんですがそれは」
「そう思うのが素人の浅はかなところっす。地上を救いに来た天の使いがバールなんか持ってるっすか?」
「うっ、サクラまで……。でももしかしたら、世界を救いに旅立つ勇者が最初は棍棒しか持ってない例もあるかもしれないじゃんか……」
ルーキは一応反論を試みたが、委員長の口調は確信的だった。
「あれはバールのようでバールではないもの。そして、バールのようなものを持って戦う彼女らを、古の戦乙女たちの名にちなんでバルキューレと呼ぶようになったのです……!」
「ウッソだろおまえ! そんな理由だったの!?」
「冗談じゃねえぞオイ! こんな蛮族で冒険できるか! もっとマシなもん握れや!」
そんなふうに仲間内でギャアギャア言い合っているうちに、キオンは現れたモンスターを一人で片づけてしまった。
湧き起る拍手。ついさっきまで彼女と一緒に遊んでいた子供たちも、彼女の雄姿にたちまち憧れの眼差しを注ぎだす。
「エヘヘ、どうも、どうも」
キオンはヘラヘラ笑いながらその称賛を受けた。その無邪気で幼気な様子は、さっきまで撲殺の天使をやっていたとは思えない愛らしさだ。
「さて皆さん! 戦いが終わったらちゃんと宿に泊まって休むこと! この大地では、経験値をレベルに変換するには良質な睡眠が必要です! ちょうどあそこに町が見えますね。わたしについてきてください!」
バールを案内旗に持ち替え、再び彼女が歩き出す。
気づけばもう夕方近い。昼夜大鉄道に揺られていた疲れも相まって、早めに休息に入ることに不満の声は一つも漏れなかった。
※
「いやー、飯はうまテイストだし、ベッドはふかふかだしで、この開拓地ホントに名作性が高いな」
あてがわれた客室で早くも寝床に入りつつ、ルーキは宿をべた褒めした。
「エンカ率の高さはちょっと不安だったけど、敵の強さは最初だけあって楽だったし、これなら普通の人でも結構行けそうだな」
これまで、現地住み込み型の走者が言う名作性とか住み心地とかはまったくアテにならなかった。特につい最近までバーニングシティに引きこもっていたガチ勢のビル兄貴は、あの地獄の鍋底のような禁足地をしきりに「住みたい街ナンバーワン」とか「聖人が住む街」とか言って褒め称えていた。
が、ここは違う。夕食を共にした一般参加ルタ人たちもみんな満足していたように、ここはもんくなしに良い開拓地。新人走者にもオススメだ。
「思ってたのとはちょっと違いましたが、こういうRTA教室もたまにはいいですよね」
「わたしは大歓迎よ。景色も綺麗だし。学校のみんなに話してあげようっと」
とベッドに腰かけている委員長とマギリカが言えば、
「まあ、人間には真似できない変態ムーブをやれと言われるよりははるかにマシっす」
「ヌルいが許可する 廿v廿)」
二人で一つのベッドを共用しているサクラとニーナナも、シーツから顔だけ出しつつこれに賛同した。
昼間一緒だったアドフェンはここにはいない。部屋はパーティごとに割り当てられ、少数パーティや個人参加はまとめて大部屋に押し込まれていた。ただ本人はその方が勝手に色んな話が拾えて有り難いという。態度は偉そうなアドフェンだが、マメな努力に関しては実際に偉いのだった。
不意に、コンコン、と扉をノックする音があった。
「あのう、こんばんは……」
聞こえてきたのは夜を壊さぬ小さな声。ルーキたちはすぐに相手を特定した。
「キオン姉貴? どうしたんですか?」
扉の一番近くにいたルーキが扉を開けると、そこには確かに、枕を両手で抱きしめた彼女が立っていた。
「エヘヘ……実はお客さんが予想外に多くて、泊まれる部屋がなくなっちゃって……」
「ははあ……。それで、同門の委員長のところに来たってわけですか」
言い当てると、彼女は申し訳なさそうにコクリとうなずいた。
「そういうことなら俺は床でいいんで、そこ使ってください」
ルーキは自分のベッドをあごで指す。RTAでは野宿も珍しくないし、床一枚あるだけでもだいぶありがたい。が、キオンは細い首をぶんぶんと横に振り、
「あっあっ、それはダメです。この土地ではちゃんとベッドで寝ないと、レベリングで得た巨人の霊気を吸収できないんです」
「巨人の霊気?」
「はい。この土地が古い巨人の遺骸からできているという話はしましたよね。そこから生まれた魔物を倒した皆さんには、その巨人が持つ霊力がくっついているんです。これを正しく力に変えるには、きちんとした寝床で休む必要があるんです」
「はえー、そういう仕組みになってたのか……」
睡眠は、霊的な存在と交わる神聖な儀式と捉えられることもあるという。何しろ人間、寝て起きたらHPとMPが復活しているのだから、夜の間に何かすげーことが起きていると考えても不思議はない。
「わかりました。そういうことなら、キオン先輩はわたしと同じベッドでいいですか?」
リズが挙手すると、キオンはぱあっと目を輝かせ、
「わぁい、いいんですか? ありがとうございます!」
無邪気な足取りで彼女ベッドに頭から滑り込んでいった。
「ええ、まあ、へんなところに潜り込まれても困りますので……」
「?」
なぜか委員長はこちらを見ながらそんなことを言った。
消灯時間。
カーテンが開けっ放しの窓からは、月光がこれでもかと室内を照らしている。けれども、文字が読めそうなその明るさは、なぜか眠気を妨げるものではなかった。これは快適な睡眠が取れそうだ――ルーキがシーツの中でそう思った時。
「キオン、何やってるの?」
マギリカの声が疑問を投げかけた。
ルーキが目を開けて見てみれば、委員長と同じベッドのキオンが、斜め上に向かって左右交互に指を指すという、奇妙な踊りを踊っている。
『……?』
室内の誰もが怪訝そうに彼女を見ていた。月明かりを浴びると踊りたくなる性分なのだろうか? そんな謎動作を繰り返しつつ、ガチ勢は得意げに言う。
「エヘヘ、これはですね……。“サクセス”するおまじないなんです」
「成功?」
「良い成長ができますようにって。リズさんも一緒にどうですか?」
「えっ……は、はあ……。わかりました、じゃあ……」
言われて渋々という様子で、リズも一緒に不思議な踊りを踊る。さすがに恥ずかしいのか、ちょっと顔が赤い。
「はい、これだけやったら十分だと思います。それじゃあ皆さん、おやすみなさい!」
そう言ってキオンが大人しくシーツに潜ったことで、一行はようやく静かな眠りへと誘われていった。
――その夜、ルーキは奇妙な夢を見た。
自分の体にまとわりついていた気流のようなものが、内部へと吸い込まれていく夢だ。
何だか力が湧いてきた気がする。これが巨人の霊気なのか、と夢心地の頭がわずかに考え、俺も踊っときゃよかったかななどと小さな苦笑が胸の内に芽生えた直後――。
『サクセス!!!!!!』
「!!!????」
突然の誰かの叫びと共にルーキは吹っ飛ばされる夢を見た。いやこれは夢じゃない、現実……?
目を開けたそこには、床とベッドの脚があった。周囲はいつの間にか明るい。月明かりではない、朝日の明るさだ。
困惑したまま何とか這い上がると、同じようにベッドから落ちたサクラとニーナナが目を白黒させているのが目に映った。マギリカに関しては落ちたまま寝続けているらしい。
そしてルーキは、信じがたいものを目撃する。
リズとキオンのベッド。
そこにいるのは、三つ編みを解いて寝間着姿の幼い少女……のはずが。
「ファッ!?」
年齢はこちらと大差ない十代半ば。幼さから半歩抜け出した顔立ちは凛々しく、手繰り寄せたシーツで隠す胸元には控えめながら確かな膨らみが見て取れる。
就寝前、キオンがいた場所で上体を起こしている彼女がまったくの別人とは思えず、ルーキにはそれが本人が成長した姿であるように思えた。そんなことがあるのならだが……いやでもガチ勢なら……?
「何ですか……何か、大きな音が聞こえた気がしましたけど」
ここで、彼女の隣で目をこすりながら緑髪の少女がむっくりと起き上がった。それはどう考えても委員長でしかありえないはずだった……が。
『なにいいいいッ!?』
起きていた全員が叫んだ。
一瞬、リズの母親のローズかと思ったが、違う。ローズカッチャマも学生と見分けがつかないほど若々しいが、それよりはもう少し年下っぽいし、体型もいくらか大人しい……けれど、決して従来のつるぺたではない。髪は長く、顔立ちも少しだけ大人びて、それが絶妙に愛らしさと勇ましさを両立していて……。
「な、なんすかいいんちょさん、それ……!」
「はい?」
震え声のサクラに言われ、リズはそこで初めて自分に違和感を覚えたようだった。むき出しの肩に触れる長い髪に眉をひそめ、腕を動かした際にかすめた胸元に視線を落とす。
「……?」
彼女はそこにある二つの膨らみを怪訝そうに見つめ、自ら掴んでみて、それが実際に存在することを知り、そして――。
「なっ――なんですかこれええええええええ!!!!!????」
トゥマンボ!!!
突然の落雷が、朝から宿の煙突を直撃することになった。
戻して……いや戻さないで……いややっぱりいつでも切り替えられるようにして(わがまま)




