第十六走 ガバ勢と代冒険家
「冒険を、売る……?」
代冒険家アドフェン・チアの奇妙な物言いに、ルーキは怪訝な顔をそのまま質問へと置き換えていた。アドフェンは「そうさ」と首を縦に振り、得意げに腕を組む。
「今も昔も富裕層の間じゃ冒険譚が大人気だ。お気に入りの冒険家を屋敷に呼びつけて、話を聞くなんてのは古典的な娯楽よ。ただ最近、流行に変化が現れてな。富豪本人が、自分が冒険してきましたっつう体で、友人や親戚に話を聞かせるっつうのが人気なのさ」
「多分一発でウソだとバレると思うんですけど(名推理)」
「んなこたあ聞く方も織り込み済みだ。楽しければ何でもいいんだよ、連中は」
肩をすくめて小馬鹿にするような態度を取るアドフェン。
「だが、その分クオリティにはうるさくてな。チンケなストーリーを開陳しようものなら、あっという間に仲間内で笑い物にされちまう。ディテールと、リアリティが必要だ。しかし、せいぜい人づての冒険しか知らない連中にはそれがどうしてもできねえ。そこで、ヤツらの代わりに冒険をして話の種を仕入れてくる人間が必要になったのさ」
「それが代冒険家ってわけか……」
何とも奇妙だが……面白そうな仕事だ。それに、
「ちょっと待って! それってそんなに金になるのか? 俺、開拓地の話なら結構できるゾ」
そう。その富豪たちがしている手作りの冒険譚というのは、一門がやる完走した感想によく似ているのだ。するとアドフェンは、腕を組んだまま手首だけを返してこちらを指さした。
「知ってるぜ。俺様の取材によると、そいつはレイ一門の完走した感想ってヤツだろう」
「! 知ってるのか。取材だって?」
「おおよ。代冒険家たるもの冒険先の下調べは欠かせねえ。レイ一門、ガバ勢、そして完走した感想……。オメーらが夜な夜な開いてるトークショーは王都圏の暇な貴族からすれば宝の山だ。持ってくとこに持ってけば結構な額になるし、一つの冒険を何個かにバラしてセコく稼ぐのもいい。ただ、売った以上はその冒険はもう自分のものじゃねえ。人には他言無用だ」
「なにっ、そうなのか……?」
「当然だろ。同じ冒険譚を別のヤツがしていたとなれば、そいつは途端に笑い物。売った側の信頼も地に落ちる。だからまともな冒険家は全然やりたがらねえ。なにせ畑に撒く麦までパンにしちまうようなものだからな」
「そらそうよ。俺だって完走した感想ができなくなるのはゴメンだぜ」
完走した感想は単なる自慢話ではない。次のRTAへの反省会であり、仲間や旅先で出会った人たちとの思い出の結晶なのだ。それを永遠に封印するなんてとんでもない。
「まあ思い出の価値は人それぞれだ。後生大事に抱えてるヤツもいれば、その日のメシ代に換えちまうヤツもいる。――ただ、冒険家は古い職業だ。上は伝説級の連中が目詰まりしてパトロンを押さえてる。若手の俺様が成り上がるにはこれくらいのことはしねーといけねえのさ」
ぬめるように光った蛇の瞳に、しかしルーキは一つの共感を抱いていた。
駆け上がるには全力で走るしかない。手当たり次第に飛びついて、意地でも食らいつく。その方法しか知らない。
「……だな」
ルーキがその一言だけを返すと、アドフェンは初めて、少しだけ口元に素直な笑みを浮かべた。
「へッ……。オメーならそう言ってくれると思ってたぜ。俺様が聞いた通りの男ならな」
「俺についても調べてたのか?」
そういえば、最初にこちらを見つけて話しかけてきたのはアドフェンだった。外見や装備についての情報も持っていた。
「へへ……もしかして、俺もちょっとは有名になったか……?」
「ああ。俺様が代冒険を探してRTAでも超有名な開拓地に入った時、今一番人気の吟遊詩人っつうヤツに出会ってな」
「あっ……」
「そいつから聞いたのさ。ヤマタノオロチさえビビらせた伝説の男、その名も九股の――」
「違ぁう! ダメだダメだダメだ! それは大きなミステイク! 間違いなんです!」
ルーキがとにかくわめき立てて話を遮ろうとすると、彼はくつくつと笑い、
「わかってるわかってる。走者に女と遊んでる暇なんてあるわけねえだろう。なんせ一夜と待たずに町から町へと飛んでいくんだからな。まあ脚色は作品の基本だ。俺様だって盛れるとこにゃ盛るぜ。その方が金になるからな」
「友よ!」
「あいよ」
二人はガシィと固い握手を交わした。
「まあせいぜいが、一人二人とちょっと仲がよくなったか、パーティの比率が女の方が多かったとか、そんなもんだろう。要は、話を盛るヤツがどこに目を付けたか程度の違いで、実際はそんな大したもんじゃ……」
そう言いつつアドフェンはこちらのパーティを見、そして一度目を離してからもう一度、一人一人をかぞえ直すように見た。
「いや、これはよォ……。テメーも悪いぜルーキ」
「えっ……」
「マギリカ様以外ちみっことは言えよォ……女ばっかじゃねーか。そら戯曲家なら面白がって目ぇつけるぜ。つーか何でこんなちみっこだらけなんだ? 親戚の子でも預かってんのか?」
イラッ……と、パーティメンバーから不満のオーラが立ち上るのをルーキは感じた。
「い、いやそういうわけじゃないし、ニーナナ以外は歳もそんなに離れてないよ……」
「そうなのか? まあ器量よしが集まってんのは確かか。ただ、このまま俺様の代冒険に記録したんじゃ、ちょいと王都の流行りとはズレる。ここは早速改変させてもらうぜ。そうだな、まずはそこのちみっこ忍者から――」
「は?」
陰険な目を向け返すサクラ。それをまったく気にせず、アドフェンはいきなり言葉を流し始める。
「『手足はすらりと長く、端正な顔立ちには儚さと華やかさが同居している――』」
「! ほう……」
「『体つきはほっそりとしていて、しかし女らしく艶やか。朝靄に煙る枝垂桜のように妖艶で神秘的な美女であった』」
「ふむ……まあ中らずとも遠からずってとこじゃないすかねぇ……」
機嫌を直し、まんざらでもない表情になるサクラ。わりと気に入ったらしい。
「次、そっちの白いちみっこ眼鏡」
「は?」
険悪な目を向け返すリズ。
「アンタ、リズ・ティーゲルセイバーだろう?」
「! 知っていたのですか」
「世代最強走者……当然だな。冒険家界隈でも、現存する伝説の一族として有名だ。だがアンタがそのまま登場したんじゃ主役がかっさらわれちまう。だから今回、俺様はアンタを敢えて気にしねー。悪く思うなよ」
「……それはいいですけど、あまりわたしの仲間を甘く見ないほうがいいですよ。単なるなれ合いで一緒にいるわけじゃないですから」
その発言と交差するように、アドフェンはここでも言葉を流した。
「『一目見ただけで理性と知性に気づかされる、色白なれど芯の強さを秘めた幽玄な美女――』」
「! ほう……」
「『ほのかに光るような肢体は非常に女性らしい曲線を持ちつつ、清純で清楚な佇まいを片時も崩さないのであった』」
「ほむ……まあ特徴はよく捉えていると言ってもいいでしょう……」
機嫌を直し、まんざらでもない表情になる。わりと気に入ったらしい。
さすがは、ある意味完走した感想で飯を食ってると言うべきか。聞き手はもちろん、モデルとなった相手をも喜ばせてしまう表し方を心得ている。ルーキも大変参考になると思った。
「わたしは? 廿_廿)ノ」
「えっ、オメーもか? ……いや、あんまり盛りすぎんのもかえって不自然だしな。一匹くらい毛玉がいてもいいだろ。まあ忍者のペットってことで我慢しな」
「は? #廿_廿)」
ヒュッ、ボコ。
「いってぇ!? 何だ、空から石が降ってきたぞ!?」
突然頭を押さえたアドフェンが、驚いた様子で辺りを見回す。ルーキは見ていた。犯人はニーナナだ。足の指で地面の小石を掴むと、バレないように器用に背中を通してそれを上空へと放り投げたのだ。そして、それが落ちてきてアドフェンに当たった。
「わたしはどうなるのよ?」
「マギリカ様は別に何の脚色もいらねー。見たまんまで十分イケてるぜ。そのドレスも貴族向けだしな」
「やったわ」
「ガバ兄さんもよかったっすねえ。男子好みのグラマー美女に囲まれて」
などとサクラがからかうように言ってきたが……それに対してルーキは腕を組み、至って真面目に答えた。
「いや……俺は別に、今のサクラや委員長でも十分綺麗だと思うけどな」
『なっ……!?』
途端、ボウン、と蒸気の塊がクラゲのようになって頭から抜けていく二人。それを見たアドフェンがこちらに鋭い視線を投げかけてくる。
「テメー、ルーキ……!」
「色々付け足してくれたアドフェンには悪ィけど、俺は見栄えよく脚色された二人より、現実の二人の方がいいと思うぜ。こればっかりは譲れねえ」
「いや!」とアドフェンは強く手のひらを押し出し、顔を真っ赤にしてうつむく彼女たちを見つめた。
「どうやらテメーの方が仲間のことをよくわかってるみてーだ。伊達にこんなパーティ組んでねえってことか。なるほど偉ェ! 今日一日テメー様のことはルーキ様って呼んでやる」
「えっ? そ、そうか……? へへへ」
何が偉いのかよくわからないが、仲間を理解していると言われて悪い気はしない。そう、サクラともリズとも、RTAを始めてからずっと組んでいるくらいには長い積み重ねがあるのだ。アドフェンがいかに王都の売れ線を把握していても、真の仲間からの的確な分析にはかなわない。
気分がよくなって、さっきの発言の解説までしてしまう。
「いやさ、やっぱ体型って、今の自分のが一番だと思うんだよなー。自然とそうなってるわけだしさ。俺も前に薬で突然マッチョマンになったことあんだけど、パワーはあっても反動がひどくてよー」
「ん?」
「ん?」
「ん?」
「ああなるくらいなら、サクラも委員長も今の体型の方が全然いいって俺は思……あれ……? サクラ? 委員長? 二人とも、どうし……」
「斬影拳」
「ぐはあ!」
「10まんボルト」
「あばばばば!」
こうかはばつぐんだ!
ルーキはたおれた!
「ぐぐぐ……な、なんで……?」
ダウンしたルーキが何とか顔だけでも持ち上げると、そこには上から冷たく見下ろす蛇の双眸があった。
「どうやら俺様の観察眼もまだまだ甘ェらしい。反省の気持ちから俺様はこれから三十分間ただの“俺”にランクダウンだ。だがルーキ。テメー様ももうルーキ様じゃねえ。2ランクダウンして様ルーキだ!」
「様ルーキ!?」
「様の方がテメーより偉いんだから先に来るのは当然だろ。今日一日その名前で記録してやる!」
「や、やめろぉ! そんな名前で人の冒険譚に出たくねえ!」
そんな風にぎゃあぎゃあ騒いでいたところだった。
「は~い、皆さん、こっち! こっちです! こっちに集まってくださ~い」
よく晴れた日に鳴る教会の鐘のような甲高い声が、駅前に集まった群衆を振り向かせる。
ルーキたちも直前までのアホみたいな騒ぎを忘れ、そちらを見た。
そして目を疑った。
「わたしが案内役のキオンキューレです~! こんなにたくさんの参加者が集まってくれてとっても嬉しいです! 今日はよろしくお願いします~!!」
幼稚園児でも引率するような黄色い手旗。
どこか舌足らずで、あどけない声。
それもそのはず。そこにいるのは、ニーナナの外見にすら届かなそうな幼い少女だったのだ。
「えっ……あの人が天の使いで、先生役のガチ勢……?」
羽飾りを付けた月桂樹の冠は斜めに傾き、胸甲をかぶせたワンピースは襟から肩が見えかけている。大きな三つ編みにした金髪は地面すれすれ、スカートの裾に至っては完全に引きずられていた。
総じて、サイズ感がボロボロ。
ルーキも他の参加者たちも、そのちんまい姿にただただ目を丸くするしかない。
そんな衆目を一身に集めつつ、
「エヘヘ! バルキューレの四女として頑張ります!」
ぴこっと敬礼をした姿だけは、確かに天使と見まごうほどに愛くるしかった。
様ル(サマル)は不名誉な名前。




