第十五走 ガバ勢と戦乙女の地
「はーい、皆さんこちらですよぉ~。はぐれないように気を付けてくださいね~」
天上の鉄琴のようにキンキンとよく響く声が、小さな案内旗を振りながら一行を導いていく。
老若男女、あるいは必要な力量の峻別さえされていないような一般人の中にいるルーキが目線を水平に投げかけても、やや舌足らずな声の主を見ることはかなわない。
一旦、その視点をやや下ろす。すると彼女の姿が見えた。
「こっちで~す。こっちで~す」
一生懸命に見えるほどちょこまかと足を動かし、黄色い旗を振っているその人は。
「魔王の城はこっちの方角ですからねぇ~。途中でケガしないようにお願いします~。レベリングは後でちゃんとやりますから~。えへへ!」
まるで小学生。ニーナナ、あるいはそれ以下の幼い容姿の少女を見つめ、ルーキは自分が何をしに来たのか束の間、思い出せなくなる。
「どうして……こうなったんだ……?」
始まりは、委員長からのお誘い――。
※
「ガチ勢のRTA講習!?」
その日。その時。その〈アリスが作ったブラウニー亭〉で。
昼食目的でテーブルに着いたルーキは、ほぼ同時に店に現れたリズ・ティーゲルセイバーからその話を聞かされ、座らせたばかりの腰を即座に持ち上げることになった。
店内は相変わらずのレイ一門寡占状態で、賑やかさも変わりなし。なんやかんやで対極に置かれがちなウェイブ一門の走者が来店しようとチラ見以上の反応はなく、リズもまた勝手知ったる自分らの溜まり場とばかりに、空いていた椅子に腰を下ろす。
「はい。現地に住み込んでいるガチ勢の方が自らレクチャーしてくれるそうです。ルーキ君たちも一緒にどうかと思って」
「わたしももちろん行くわ」
リズと並んで店を訪れたマギリカが、胸に手を当て得意げに言った。
「俺らも参加していいのか?」
「はい。もちろんです。ウェイブ一門だけでなく、何なら週末しか走らないウィークエンドランナーにも広く告知されているとのことです」
「はえー、すっごい太っ腹……」
大胆なRTAは勇者だけの特権ではない。装備とチャートを用意できれば、大人も子供もおねーさんも参加できる。しかしガチ勢自らのRTA教室なんてそうそう聞く話ではなかった。仮にあったとしても……。
・灼熱! バーニングファイター・ビルによるイッチバーンな名作教室(参加資格:クサリマン以外)
・素敵! スタールッカー姉貴と星を見に行こうキャンペンーン(持参品:自己責任)
・迷宮! マリーセトス姉貴たちと行く地図描きの旅(スケジュール日程:hage)
などなど、命を刈り取る形をしたカルチャースクールしか思いつかない。
「大丈夫なんすか、それ。とんでもない悪路に引きずり込まれるとかじゃないっすよねえ?
」
疑わしげな目線を向けるサクラの警戒はもっともで、ルーキもそこは気になる点だった。しかし委員長は気を悪くした様子もなく、
「はい。バーニングシティとかとは違って本当の意味で名作性が高く、〈バルキューレの冒険〉の名前で知られるルート・21・17です。ガイドしてくれるのは現地の天の使いともされる方なんですよ」
「す、すげえ! 神様自ら……!?」
「どうですか。一緒に……行きますか?」
少し緊張した目を見せたリズに、ルーキはビシィと親指を立てていた。
「当たり前だよなぁ! ガチ勢からRTAを学べるチャンスなんてめったにねえぜ! あっ、でも一門に試走の予定がないか親父たちに聞いておかないと……」
そう言って店の隅にあるレイ親父のテーブルに目を向けると、こちらの話はしっかり聞こえていたのか、問う前に「あく行ってこい」とばかりにひらひら手を振られた。
「封印が解けられた! よーし、それじゃあ〈バルキューレの冒険〉RTA教室に、イクゾー!!」
デッデッデデデデ! (カーン!)
「うるせえ! 店の中でそれ鳴らすんじゃねえ! 口で言え口で!」
「トーシロはすぐそれを使いたがる。実況ですぐ“さぁ”を使うヤツと同じだ!」
「そんなんじゃ甘いよ!」
「す、すいません……」
一門の先輩兄貴たちにカーンのマナーを教わりつつ、ルーキたちの次の冒険は決まったのだった。
※
コトトンコトトンと眠気を誘うリズムで、大鉄道の車両が線路を走っていく。
ルタを発って一昼夜。車窓の外に見える景色は、森と岩山の二択から徐々に彩を増やし、今では雪化粧の霊峰や凍った湖といった神秘的な景観を届けにきていた。
「現地はマーブルガルズと呼ばれる土地で、そこはとてつもなく大きな巨人の骸を元にしてできたという伝説があるそうです」
現地のガイドブックと思しき冊子を開きつつ、向かい席に収まったリズが言う。
隣ではマギリカが思いっきり彼女に寄りかかりながら寝ており、一方ルーキの方でも、膝の上にはニーナナの毛玉、横には「兄さんちょっと枕になれっす」と言って肩に寄りかかったまま居眠りをこくサクラの寝顔があった。
「おお、何だかすげーワクワクする伝説だな。でもそれって何か、現地でも影響あるのか?」
ルーキがたずねると、リズは気取った仕草で眼鏡をスッと持ち上げて、
「いい質問です、ルーキ先生」
「おっと、これは同僚のリズ先生。今日こそ昼飯はどうですか?」
「ふふふ……」
「へへへ……」
先日の訓練学校のことを思い出して少しふざけ合う。お互いを先生と呼び合い、毎日決まった職場に二人で出かけていくという体験は、まるで走者にならない別の未来を経験しているようでそれだけで新鮮だった。
――ぎゅう。
「痛いッシュ!?」
何者かに手の甲をつねられ、ルーキは悲鳴を上げた。おかしい。ニーナナは毛玉になっているし、サクラは寝ているから手をつねるなんてことできないはずなのに。
「ゴホン。まあ冗談はおいといて、実際現地では刈った雑草が一日で生えてきたり、砕いた岩が一日で元通りになっていたりと、生物の再生にも似た不思議なことが起こるようです」
「おお……それは何か本当に巨人の力が今も残ってるみたいな感じがするな」
「どんなRTAを教えてもらえるのか、今から楽しみですね」
「ああ。そんでさ。ちゃんと練習したら、一緒に走ろうな」
「……!!」
「? 何だよ驚いた顔して。俺は、一人前の走者になって委員長と一緒にRTAをするっつう目標、今も変わってねえからな」
「もっ、も、もちろんです、ハイ。あの、ハイ。その時はヨロシク……ゴニョゴニョ……」
突然赤くなってゴニョゴニョ言い出してしまった委員長を気遣うように、窓の隙間から雪の匂い混じりの冷風が入り込んできた。
未知の土地、マーブルガルズの味。新しいRTAの始まりは、もうすぐそこだ。
※
「何だこれはたまげたなぁ……」
大鉄道、マーブルガルズ〈はじまりの平原駅〉に降り立ってすぐ、ルーキはその異様な光景に目を剥いた。
雪の冠を頂いた険峻な山々、その裾野に広がる緑の平原にはわずかな名残雪。これは良し。
空を丸写しにするほど凪いだ湖面と、死ぬほど冷たそうな水。これもまた清涼として良いものだ。
問題は、
「いやー、長旅で疲れた疲れた」
「パパー、ママー、どこー?」
「ずんだもちー、ずんだもちはいかがー。一度食べたら人たらしー、みたらし団子もあるよー。だが女たらしはまことしねー」
どう見ても一般街住人や家族連れ、そしてそれら目当ての物売りまでいる。まるでどこかの観光地だ。この風光明媚な景観は確かに観光としてバッチリチンチンな百点満点だとは思うが……。
「ちょっとリズ……。何でわたしたちの方が場違いみたいになってるの?」
近くを駆け回る小さい兄妹の姿を見て、手にした大鎌〈魔王喰い〉のカバーの位置を律義に確かめ直したマギリカが唇を尖らせた。
「こ、これはちょっと予想外ですね。こんなに一般の人が来るとは思ってなくて……」
この話の発起人ということもあって、列車を降りるまでは引率役のように得意げだった委員長が、頭の上にアホ毛を立てながら取り繕う言葉を口にする。
「こりゃあ、どこまで本気のRTAを教えてくれるか怪しくなってきたっすねえ」
「ヌルかったらラカンと遊んで帰らせてもらう! 廿x廿」
などとサクラとニーナナも半信半疑の態度を取り始めた、その時だ。
「黒髪に、左手のワイヤークロー……。オメーがルーキか?」
背中越しに呼びかけられる声があった。
振り返ると、そこには見知らぬ男が一人。
額に民族模様のバンダナを巻いた、蛇のように鋭い目をした男だ。口元の薄笑いにもどこか鋭さがあり、総じて鋭角的で攻撃的な空気を纏っている。
髪色は灰青。長くもなく短くもなく、あちこちで跳ねている。体格はこっちと似たり寄ったり。年齢も大差ないだろう。ただ、あちらの方がケープまで付いた立派な旅装を身に着けている。
「そうだけど、おまえは?」
「初めましてだな。俺様は代冒険家のアドフェン・チア様だ」
男は自らに親指を突きつけると、太々しくそう名乗った。
「自分から大冒険家を名乗る上に様付けとは、大層な人っすねえ」
サクラがさして興味もなさそうにつぶやくと、
「おっと、それはちげーぜ、ちみっこ忍者」
「ちみっこ!?」
「“代”冒険家だ。グレートの方じゃねえ。ま、いずれそいつも付くだろうがな」
「何それ、誰かの代わりに冒険するってこと?」
と、マギリカが話しに割って入る。男――アドフェンは爬虫類じみた目を細め、
「ほォ……。なかなか鋭いじゃねえか。アンタ、ルーキのツレか? 名前は?」
「マギリカよ」
「そうか。よーし、アンタ頭よくて偉いから今日一日マギリカ様って呼んでやるぜ!」
「やったわ」
「何喜んでるんですか……」
呆れ顔を見せるリズを尻目に、ルーキは代冒険家を名乗る男にたずねる。
「けどよ、それで人の代わりに冒険してどうするんだ?」
代冒険家は不敵にくつくつと笑い、腰に手を当てて言った。
「決まってんだろ? ――売るのさ」
冒険、売るよ!




