第十四走 ガバ勢とさよならルーキ先生
そうして約一週間の特別講義を終え、ルーキ先生とリズ先生は訓練学校を去っていったのでした。
※
RTA訓練施設〈サスケース〉。
今日は、先日中止となったトライアルの代わりを、この施設を使って行っていた。
ルタに要請された狩人たちによりTOE――フォレストバスターはその日のうちに討伐されたものの、一時的に不安定化したモンスター分布や環境はすぐには戻らず、結局、当面の間、森は使用禁止となったためだ。
「設定は難しめにしてある。いつもの施設だと思って舐めるなよ。トライアルと同じ覚悟で挑むように!」
ボルトルソンの言葉を受け、トライアルと同様、B組、A組の順で試験を開始する。
スタート直前、教師陣はB組の奇妙な緊張感に違和感を覚えた。数日前には明らかに存在しなかった顔つきが、生徒たちのほぼ全体を占めている。真剣にやれと口を酸っぱくして言っても、結果が望めずどうにも腰が入らなかった面々ですら、その眼差しは真摯で一心不乱。
これは好タイムが期待できるか――そう予感したボルトルソンは、またそこで意外な結果を目にすることになる。
B組の生徒は、決して見違えるほど早いわけではなかった。
それはそうだ。この年頃の少年少女は集中力一つで普段とは段違いの能力を発揮するとはいえ、それは散漫だったエネルギーがようやく一極化したというだけ。奇跡を起こす神の子になれるわけではない。
ただ何かが違う。タイムというこの上なくわかりやすい指標ではなく、もっとささやかな――そして人の芯にかかわる何か、姿勢が。
「っし……!」
「華麗なりしヴァシリー!」
ユーゴとヴァシリーら肉体派は好調だ。高めに設定した課題を順調に突破している。
と。
一本橋を渡り切ったユーゴが、すぐさま姿勢を低くして周囲をうかがうような素振りを見せた。
一瞬意味がわからず、監督役のボルトルソンはトラウマの類を疑った。B組生徒は、撃退したとはいえユグドラシルのTOEに会っている。今もことあるごとにその時の恐怖を思い出してしまうというのは、訓練生というよりプロ走者の頻発する事態だ。
が、ユーゴは素早く視線を回しただけで、すぐに先へと進んでいった。何かに必要以上に怯える様子はない。本当にただの確認といった感じ――ここはトライアル用の森ではなく、いつも利用している訓練施設だというのに。
もう一つ、ボルトルソンは不思議な光景を見た。
とある難関アスレチックの手前で、コース脇から課題をじっと見つめているグループがあったのだ。
クラムセルを始めとする、運動できない組の面々。どうしたのかと観察していると、ちょうどそこにウォーミングアップ中のA組グループが通りかかる。
「おいおい、トライアル中に何やってんだよおまえら、サボリか?」
からかうようにたずねた彼らに、クラムセルはアスレチックから一切目を動かさないままこう答えた。
「カンニング中よ」
A組生徒はさらに揶揄するような口調になり、
「はあ? そんなことしてる場合かよ。タイムがどんどん過ぎてるじゃねえか」
「でも必要なことだわ」
「はああああ? おまえらついに頭までおかしくなったのか? もう走者として終わりだな」
そう挑発されてもB組生徒は眉一つ動かさずにアスレチックを見つめていた。それが癇に障ったのか、さらに悪罵を重ねるA組生徒。さすがに注意すべきかとボルトルソンが動こうとした時、A組のもう一人がクラスメイトを注意した。
「よせ。そんなことより自分のウォーミングアップに集中しろ」
仲間から制止され、生徒は怪訝そうに眉根を寄せた。
「おい何だよ急に。どう見たってこいつらおかしいだろ。それに、たかが〈サスケース〉に何マジになってんだよ。こんなもん、どうやったってガバるはずが――」
「おまえ、負けたいのか?」
「あ?」
「卒業したらヤツらは一気に伸びるかもしれない」
「はあああ……? おまえ何言ってんだ? そんなことあるわけ――ちぇ、わーったよ。真面目にやりゃあいいんだろ、真面目にやりゃあ……」
A組生徒たちが去ってからもクラムセルたちはカンニングを続け、やがて一発で課題を突破していった。
運動ダメダメだったあの子たちが……。
やはり違う。
今のB組の生徒たちは、出された課題をただクリアする、ということを目指していないように思える。もっと貪欲に、“それを何に活かすか”を見ている、そんな気がした。
まるで一度社会に出た人間が、自らの不足を知り、改めて学び舎に戻ってくるように。
一体彼らに何があったというんだ?
※
仮設トライアルが無事に終わり、ボルトルソンは教員室でスコアの集計を行っていた。
「…………」
A組の成績は安定。しかし全体的に伸びがいいのはB組だ。目覚ましいとまでは言えないが、誰一人欠かすことなく一定量の底上げが見られる。
平均点の上昇というのは、教職をしていれば自ずとわかるが、一朝一夕では行えないものだ。生徒のパフォーマンスには必ずばらつきがある。だが今、B組はクラス単位で士気が高かった。思いつく理由は一つしかない。
ルーキだ。
しかし、いくら彼が元成績下位者で生徒の気持ちに寄り添えると言っても、たった一週間でこれほど目に見える変化など生めるものか? ルーキがレイ一門に戻って以来、生徒たちも彼の話をしている様子はない。
そこまで考えたところで、教員室に人が入ってきた。
保険医のオイサ婆さんだ。訓練生全員のお婆ちゃんといったところ。
「ああ、ボルトルソン先生。これ、この前話してた医療品の不足分のリストね」
「あ、ハイ。確かに承りました」
「そうそう、今回のトライアルはB組にケガ人が少なくて良かったねえ」
「――!!」
その一言を受けて、ボルトルソンは雷撃に撃たれたように体を震わせた。
そうだ……そうだ、それが一番大きな違和感……!
あいつら、ほとんどケガをしていなかった――!
B組は、基本擦り傷切り傷だらけだ。
踏破能力に欠ける彼らは、あちこちで滑ったり転んだり落っこちたりするからだ。そして、なにくそ負けるかとすぐにまた挑み、同じケガを増やす。
この手の行動は、若者には仕方のないものだ。負傷は努力の証、恐れ知らずは勇敢さだと思い込んでいる節がある。教師陣も、一度の失敗で萎えてしまうよりチャレンジングな生徒の方を好意的な目で見る。
けれどもだ。
痛みは闘争心を高ぶらせ、底力を発揮させる一方で、精密な動きを阻害し、集中と判断を妨げる恐れがある。B組が傷だらけになる理由が正にそれ。同じ失敗を繰り返してしまう。
そしてそれは――RTA本番において、致命的な結果をもたらすことになる。特に、悪路と呼ばれる走行困難なルートにおいては、一度の失敗が命取りになりかねないのだ。
今回、B組生徒たちはほとんどケガをしていない。人の走りをカンニングしていたクラムセルたちは元より、一度ミスをした生徒がその場で立ち止まってじっくり原因を考えていたという話も聞く。
トライ&エラーの数が少ないというのは教師からしたら少し不満な点だが、そもそもタイム計測中に体の動きを止めるのはプロでもそうできない大胆な行為だ。それに結果としてB組のタイムは全体的に向上している。ガバの後で冷静に解決策を練り、少ない試行錯誤と被ダメージで課題を突破していった証拠だ。
これはまるで本番さながら。試行錯誤の一つ一つにリスクを支払う必要がある本走の動きそのものだ。そういえば、ユーゴたちの周囲に気を配る態度。あれも、安全が約束された訓練施設でなければ必要な手順だったのではないか……。
だとしたらルーキが彼らに教えていったのは、学校のスコアには直接反映されない超実戦的な技術……! 命を懸けた本走でのムーブと言うことになる……!
「あいつ……!」
これは教師の誰もが頭からすっぽ抜けていた着眼点だ。
学校では失敗を恐れるな、痛みを恐れるなと教わる。傷だらけの方が頑張ったと思われる。しかしRTAの本番では、小さなガバや痛みにも細心の注意を払う必要があるのだ。根性論も精神論もまかり通らん、それが一分一秒を削り出すプロ走者の世界。
その思想、その姿勢を、たった一週間でB組に叩き込んでいきやがった……!
どんな手口、どんな教え方をしたらそんなことができる。教本の虎の巻にだって載っていない。
やはり、あいつに頼んでよかった。Bクラスの発破か気分転換になればと低く見積もっていたが、今の訓練学校では二年間でも学びきれない内容を生徒たちに残していった。
ルーキ。引退した後のおまえの仕事は決まったな……!
そんなふうにボルトルソンは未来の期待に胸を膨らませつつ、上機嫌な採点作業を続けたのだった。
※
「この間のトライアルの結果を返す。名を呼ばれた者から取りに来い」
ボルトルソンはB組の生徒一人一人名を呼び、そして、前より成績が上がった者に付ける「よくやった」の一言を、全員に告げられる喜びを噛みしめていた。
生徒たちも皆上機嫌で、普段は隠している成績表をお互いに見せ合い、驚きと喜びを分かち合っていた。
教室の空気が違う。成績表を受け取った後の落胆、嘆き、投げやりな態度、そういったものがない。ボルトルソンもそんな空気にほだされて、つい軽口を放っていた。
「おいおい、みんなしてこんなに成績良かったら、レイ一門には推薦してやれんぞ?」
途端。
ピタッと、クラス中の談笑が止まった。
そして、
『レイ一門だけはイヤだ!!!!!!!』
「ええっ……」
一糸乱れぬ合唱にボルトルソンは戸惑った。
「おまえら、ルーキのことを気に入ってたんじゃ……?」
途端にざわつきだす教室。
「ルーキ先生はいい人だと思うけど!」
「レイ一門はイヤだレイ一門はイヤだ……」
「知ってるか? ルーキ先生って“あれ”で一門では一番マシらしいぜ」
「一門の親分はラスボスさえ不幸に沈めて勝つって」
「そんな環境でRTAなんかできるわけねえだろ!」
「ただでさえあの一週間、どこから何が飛んでくるかわかんなかったんだぞ!?」
非難(?)ごうごう。人望がないわけではないが、まったく支持されないルーキとレイ一門にボルトルソンは苦笑を禁じえなかった。多分ルーキ本人としては一門に新規加入者がほしいくらいの下心はあっただろうに、熱心な講義の結果、(志望先としては)ないです、ということになってしまった。
――すまんな。だが、おまえのおかげでこいつらはきっと立派な走者になるよ。
ボルトルソンは胸中でかつての教え子に感謝を述べ、久々のルーキの話題でやけに盛り上がるB組の様子をしばらく眺めることにした。
※
「――っていう感じで一週間あっという間に過ぎましてぇ……」
所変わって〈アリスが作ったブラウニー亭〉。
ルーキは訓練学校での出来事を、受付嬢及び一門の兄貴たちに報告していた。
「へえー、楽しそうね。わたしも見に行けばよかった」
と、来たら確実にAクラス全員の鼻をへし折っていたに違いないマギリカが言い、
「なんかすっごく青春って感じの話ねえー。え、なのにリズとは何もなかったの? オフィスなんとかとかー? あ、でもどうせ見張ってる人多かっただろうから無理かー」
と、不穏を煽るようなことをのたまう受付嬢。
サンとニーナナが二人揃ってトマトジュースのコップを傾ける中、ルーキは上機嫌で話をまとめる。
「自分で言うのもなんですけどぉ、結構先生っぽいことやれたと思うんですよ。最後の講義が終わった時は、生徒たちと何時間も話し込んだりしちゃってぇ……へへへっ……これってぇ勲章ですよぉ……。一門のこともバッチェ紹介しておいたので、来期はもしかしたら新規加入がドバーッ! と増えるかもしれねえです! 俺の教え子たちが!」
この上なくニヤつくルーキを、サクラはリズと並んで半笑いで見守り、
「ならむしろ一番来ないんじゃないすかねえ……」
そんな正解をぼそっとつぶやき、楽観的な未来に沸く店内を生温かく見つめた。
※
訓練学校。二年B組。窓際最後尾の特等席。
相変わらず分厚い本を読み耽っていたクラムセルに、紙ペラ一枚を手にしたユーゴが話しかける。
「よぉ、進路希望調査書いたかよ」
「ええ」
「無論だ」
勝手に加わったヴァシリーを含め、三人は誰からともなくプリントを開示していた。
それらを見つめた目元が揃って微笑む。
「卒業したら、よろしくな」
「ええ、よろしく」
「変わらぬ活躍を約束しよう」
窓から次の季節を予感させる柔い風が入ってくる。
二年B組の、そんないつもの景色だった。
というわけで訓練学校編は終わりっ!
アリシャス! センセンシャル!
次回エピソードもこのまま続けます。




