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第十三走 ガバ勢とレイ一門の勝ち方

「ごめんなさい。ごめんなさい。一人で逃げてごめんなさい」


 ルーキの前で一人の生徒が泣きじゃくっていた。

 始祖メガトンコインの呪い〈王の帰還〉が発動し、それでも襲ってきたフォレストバスターに怯えてその場から逃げ出してしまった女生徒だ。


 へたり込んだ彼女の前に正対して座り、ルーキは必死に慰めの言葉をかける。


「いいんだよ。訓練時代にTOEなんかと出会っちまったら誰だってそうなる。俺だったらチビっちまってたところだ。あそこまでよく耐えてくれたよ」


「そうだぜ」と、集まってきたB組生徒たちもこれに便乗。


「おれなんかもう完全に腰が抜けて立ち上がれなかったし」

「我慢比べは終わってたわけだから、その後のことはノーカンだよノーカン」

「生きてりゃ安いって!」


 普段さほど熱心に相手を励ますことのない同級生たちから次々に声をかけられ、女生徒も次第に笑顔を取り戻していった。共に目に見えるほど明確な死線をくぐり抜けたことで、クラスの団結力が一段上がっているのをルーキは感じた。


 ともあれ――。


「どうすんだ? これから」


 生徒の一人がそんな声を全員に投げかける。

 森はさっきまでの裂くような緊張がウソのように静穏だ。


「方針は変わらない。トライアルは中止だ。さっきの雄たけびを聞いて、委員長もA組をスタート地点に引き返させてるはず」


 ルーキが広げた意見に、少数ながらいくつかの異論が返ってきた。


「ちょっと待って。A組のヤツら来ないの?」

「だったら、今こそ勝つチャンスなんじゃ……?」

「あの熊はもうどっか行っちまったし……」


 強くはないが続行を仄めかす意見。しかしそれらの声をルーキは「いや」とまとめて押し戻す。


「あんなのが出没する以上、チャートは壊滅した。ここが退き時だ」


 不満げな目はあれど反論する者は出てこなかった。本人たちもわかってはいるのだ。それが最善だと。それでも生徒たちは飢えているように見えた。数少ないチャンスを掴んだ見返りに。トライアルの成果に。Aクラスに勝る何か。ただ生き残っただけでは足りない――。


 その気持ち、贅沢で貪欲だが、よくわかる。知っている。

 だから、ルーキは皆を見回して言った。


「聞いてくれ。今こそ伝える。レイ一門の最高の勝ち方ってやつを。それは、全員が無事にスタート地点に戻ってくるってことだ」


 誰もが相槌一つなくじっとこちらを見つめる中、その先を続ける。


「俺たち走者は、かつていた勇者たちの後継だ。その人たちは、人が一人で背負うにはあまりにも大きな荷物を背負っていた。その重さのせいで潰されてしまった人もいる。けど、走者はそんな重荷をみんなで分け合うことができる存在だ。選ばれた一握りの英雄じゃないからこそ、誰もが世界を救う手助けができる」


 ここにいる皆が勇者の後継者。偉大なる彼らの名を、役目を、そのまま引き継いでいる。そのことを本物の勇者パーティから学んだルーキの言葉は、自分でもよくわからない不思議な重みを伴っていた。

 これは単なる綺麗ごとではない――と。


「だからこそ、俺たちはいつだって無事に帰ってこないといけない。古の勇者たちのように人々の犠牲になるようなことがあっちゃいけない。みんな無事に帰って来て。そしてまた出ていくんだ。何度でも。決して折れない心で。それが勇者を引き継いだ俺たち走者の役目――。それこそが、俺たちレイ一門の、最高の誉れだ」


 喝采が沸いたわけでもない。感動の涙があったわけでもない。

 けれど誰もがしっかりとそれを聞き届け……そして生徒の一人が言った。


「よし、帰ろうぜみんな!」


 ※


「B組だ!」

「戻ってきたぞ!」


 スタート地点に帰還したルーキたちは、血相を変えた教師陣にたちまち囲まれることになった。


「大丈夫か、全員無事か!?」

「一体何があった!? いや、リズ先生の話では、〈ユグドラシルダンジョン〉のTOEに似た雄たけびを聞いたというが……」


 監督役としてルーキはうなずく。


「はい。マジでそいつでした。……名前何だっけ? クラムセル」

「フォレストバスターよ。先生」

「そう、それ」


 ルーキたちB組の反応に、教師たちはもちろん、現場に待機していたA組の生徒も騒然となった。

 TOEは自ら存在を激しく主張しているので挑むことこそたやすいが、一度遭遇してしまえばそうそう逃げられない。戦い慣れた走者でもリスクは甚大であり、未熟な訓練生を大勢引き連れていたらそれはもう不可能に近い。


「何があったんだ、ルーキ……?」

「何とか撃退できました。みんなで力を合わせて」


 ボルトルソンからの問いにルーキはそう答え、そうだろ? と生徒たちを振り返った。


「まさか」という顔をしたボルトルソンも、出発前とどこか違う精悍な顔つきの教え子たちを見て、それがただの謙遜ではないことを理解したらしい。思わず言葉を失っていた。


「ほ、ホントかよ、おまえら……」


 それでも信じられない様子でたずねてきたのは、Aクラスの生徒だ。

 以前中庭で、B組をぶっちぎる宣言をしていたグループ。颯爽とした旅装からA組でもトップの実力者であることがうかがえる。


「ああ。まあな」


 クールに答えをやったのはユーゴ。戸惑い顔を見合わせるA組生徒たちに、逆に「おまえらは大丈夫だったのか」と問い返した。


「オレたちは、リズ先生に言われてすぐ引き返したからよ。あの声の主にも会ってねえよ……」


 どこかバツが悪そうに言う相手に、ユーゴはわずかにうなずいた。


「そうか。無事でよかったよ」

『……!!』


 それだけぶっきらぼうに言い置くと、彼はさっさと歩いていってしまった。

 打ちのめされたように立ち尽くすA組の生徒たちを、まるで気にすることなく。

 クラムセルやヴァシリーがそんな彼の様子を満足げに見ていた。


「ルーキ君」

「委員長」


 そんな一場面の後、リズがやって来る。彼女がスタート地点で待機していたのは、この場を保持するためだ。もしB組の救援に出て敵とすれ違った場合、残された教師とA組が壊滅する恐れがあった。TOEはそれほどに恐ろしい相手なのだ。


 ルーキもすぐに彼女へと歩み寄る。


「すまねえ、心配させちまったかな」

「いいえ」


 委員長はクスリと笑った。


「少しは心配しましたけど、森の向こうに蒼いオーラが見えたので、すぐ大丈夫だとわかりました」


 それから信頼の籠った目でこちらを見上げ、トンと肩のあたりを叩いてくる。


「誰も上手くやれない状況なら、あなたが一番上手くやれるって信じてますから……」

「!」


 その様子に、おおー……とどよめいたのはB組の生徒たち。

 逆に、ムムッ……と妬ましそうな目を向けてきたのはA組だった。


「へへ……」


 パーティのいつものメンバーであり、勇者の末裔リズ・ティーゲルセイバーからそうまで言われて悪い気などするはずもない。ルーキは照れ笑いで頭をかいた。

 これで二年生は全員が生還。最悪の事態は回避され、一件落着――。


 ではなかった。

 突然、ズンという地響きがスタート地点を揺らす。


「あれーっ? リズにルーキじゃん。何でキミらがいんの?」

「!!」


 あっけらかんと通り抜けた声に、その場の人々は驚いた顔を向けた。そしてそこにあるものを見て、もう一度驚愕し直すことになる。


 三メートル近い蜘蛛の脚を生やした棺桶。そしてそれを背負って――いやどう見てもベルトで吊るされているとしか思えない、水色の髪の、ゆったりとした長衣の少女。

 ルーキはその人物を知っていた。


「ええっ、マリーセトス姉貴ィ!?」

「やぁ」


 そう挨拶する彼女は、高速で何かを手元の紙に描きつけていた。ルーキは知っている。それは地図だ。ただし普通は地図を見ながら話をするところを、彼女の場合はこちらを見ながら地図を描き続けている。つまりノールックで。これは戦闘中でもお構いなしに続行される。


「わはは! 我が盟友ルーキ、久しぶりですな! 運営に愛されボディでインフレ新環境適応間違いなし! 二凸持ち武器有りで二週間の緊急レンタル決定! 初心者・復帰者は今すぐログインしろ! な、星5サーバント、“宇宙ノ都の美しき弾丸”ことティーワイもおりますぞ!」

「おおお! もうすっかり定位置かよティーワイ!?」


 棺の隙間から響いてくる高笑いに、ルーキも思わず笑顔になって応えた。

 しかし。


「ハッ……! マリーセトス姉貴がいるということは……!?」


 気づいた時にはもうすでに時間切れ。背中にいきなり重金属の重みがのしかかった。

 飛びつきざま四肢でがっしりとしがみついてきたのは、金髪重鎧の姫騎士――。


「プリム姉貴!」

「へへ……楽ちんちん……」

「ちょっと!? ちんの数が不適切ですよ!?」

「…………ちんちんちんちちーんちんちんぽこぽこ?」

「やめろォ! 教育の現場ぁ!」


 この両名が出てくるとなると自然にもう一人の追加も予想されるわけで……。


「相変わらずなのね……(呆れ)」

「あっ、どうもリンガ姉貴。お疲れ様です」


 妖怪荷物姫と化したプリムを背負ったままルーキが頭を下げた先には、極寒地用コートと帽子を身に着けたガンスリンガーの少女の姿がある。その彼女が口を開く。


「サクラは?」

「(今日は一緒にはい)ないです」

「なんで?(半ギレ)」

「えぇ……」


 リンガ姉貴。この一見、ぶっ飛んだ性格の仲間二人に振り回され心労ばかりしょい込んでいそうな苦労人風の人物は、バ・ラン数という世界を構築する「数字」を視認することができ、それを操作することで短期間の未来を操る〈限定ラプラス論理〉という、それ一番やべーやつな異能を持っている。


 彼女たち三人はすなわち、


「ボウケンソウシャーガチ勢がどうしてここに……!?」


 ルーキが上げた悲鳴じみた疑問に、訓練学校の生徒たちはざわめいた。


「ボウケンソウシャーガチ勢!?」

「走者の中でもプロ中のプロよ……!?」

「つーかガチ勢のリズ先生はともかくルーキ先生は何であんな普通に話してんだよ!? しかもまた女の人じゃん!」


 そんな賑やかな様子を数メートル上から見下ろしていたマリーセトスが、少し考えこんだ顔をした後、不意に言った。


「ねえ……もしかして二人とも、走者辞めて先生になったの?」

「ちんちん!?」


 首に巻かれたプリムの腕が、思わずといった感じで頸動脈を塞ぎにかかる。


「グエーッ!? 違います違います! 臨時講師を頼まれただけです!」

「何だ、そっか」

「ホッ……よかった。わたしはもうルーキのちんちんなしには生きられない体……もう許せるぞオイ……」

「やめてくださいよマジで! どう解釈しても不適切な発言にしか聞こえないだルルォ!?」

「よかった、来てくれたんだな、ボウケンソウシャー」


 全然よかない光景に、それでも安堵の息を吐いて歩み出てきたのはボルトルソンだ。


「リズからTOEの話を聞いて、街にすぐに狩人を要請したんだ。こんなに早く――それも三人も来てくれるとは思ってなかったが」

「たまたま街に戻ってたんだよ。大抵ユグドラシルの方にいるから、キミら運がよかったね」


 素っ気なく答えるマリーセトスに。


「そう。ちんちん街にいた」


 わざわざ言い換えるプリム。


「ちょっと、やめなさいよ恥ずかしいわね……」


 一人赤面しつつ窘めるリンガ姉貴が本当に最後の良心だとルーキは思った。


 どうやらTOEへの応援を求めたところ、本職のガチ勢たちがやって来てくれたらしい。〈ユグドラシルダンジョン〉専門の走者、ボウケンソウシャー。中でもこの三人は屈指の実力者だ。これはさすがにフォレストバスターに同情せざるを得ない。


 なんせこの人たち、レベリングと称してスタート直後にTOEに殴りかかる異常者なので……。


「んじゃ、アウトーな人が出る前にさっさと狩り出そうかー。ルーキ、リズ、キミらもついて来て」

『えっ!?』


 いきなりのマリーセトスからの要請に目を丸くするルーキとリズ。


「いえ、マリーセトス先輩。わたしたちは授業の途中で……」

「TOEがうろついてるんじゃ訓練なんか中止でしょ。ボクらが仕事しないとキミら一生ここ使えないよ? あー人手が足りないなー。三人パーティとかマゾいなー」

「ぐっ……わかりました」


 すぐに同意するリズ。共に同門――ウェイブ一門ということもあって、最初から協力する気はあったのかもしれないが。


「でも俺の方はやっぱいらないんじゃ……?」

「ルーキ、犬の守護霊持ってるんでしょ?」


 と、これはリンガからの応答。


「はい。ラカンのことですよね」

「その子に臭いを追わせるから一緒に来て。いくらTOEだからって、こんな森の中から一匹の獣を探し出すのは大変よ」

「あっ、すごく言い返せない――」


 いたって常識的かつ妥当な理由に、思わずうなずきかけたその時。


「いざ征かん!!」

「ファッ!?」


 突然、それまで寝言みたいな声量しか出ていなかった背中のプリムが、凛然とした姫君の美声を解き放った。


「武器を取れ、そして進め! 邪悪なる敵の血が、我らの畑の畝を満たすまで!」

「うわあ! 急にまともになるな!」


 しかしその高らかに響く声が、凱歌にも似てルーキの心を躍動させる。自然と血沸き肉踊り、足を戦場へと駆り立てる。

 これが本気を出したプリムの声の力。仲間を鼓舞し、一般兵を勇猛なる闘士へと変身させてしまう――。


「うおおおおお! 何人たりとも俺の前は走らせええええん!! イクゾオオオオオ! オエ!」

「そうだ奮い立てお味方よ! 今こそデッデッデデデデ!」

「ワオーーーン!」

「ほいほい、そんじゃラカンも出てきたから出発(でっぱつ)ー」

「わはは! 実質唯一の星6サーバント・ティーワイ、リフトオーフ!」

「はあ、夕方までに帰れますように……」

「それではわたしはルーキ先生たちと一旦離れますので、生徒の皆さんは他の先生方に従って学校に戻ってください。あ、B組は念のため保健室で手当てを」


 走り出したルーキと、それに合わせて飛び出してきたラカンを先頭に、狩人たちがむしろ楽しげに森へと入っていく。

 生徒たちはこの怒涛のような一連の出来事をただ唖然としながら見つめるしかなく、


「これがホンモノの走者……」

「ここってオレらがマジで死にかけた森なんだよな……?」

「カッケェ……」


 数人が、そんな言葉をこぼしたという。


あれ、もしかして前シリーズの人たちって……おかしい?

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おましょうま! >訓練時代にTOEなんかと出会っちまったら誰だってそうなる。 多少戦闘訓練しているだろうとはいえ、心構えも無しに殺意MAXな獣と遭遇して逃げずに居られるだろうかって話だからなぁ。 …
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