第十一走 ガバ勢とトライアル開始!
トライアル当日。
訓練場となる森は、これ以上ないほどの好天を頂いていた。
風でこすれ合う枝葉の隙間から、ひしめく宝石のような陽光がこぼれ出る。風も爽やかなそんな現地でしかし、RTA訓練学校の生徒たちの顔には緊張が張りついていた。
全員がアイテム類を収めた五キロ近い背嚢を背負い、武器も所持。コンパスやマップはすぐ手に取れる場所に保持し、どこにいてもそうだとわかる一人前の旅装。
「今回は特別に、臨時講師のリズ先生とルーキ先生がおまえたちに監督同行する。が、おまえたちはいつも通り、自分のペースで進めばいい!」
声のでかさに定評のあるボルトルソンが、教師陣を代表してトライアルの概要を説明している。
とは言え細かい説明は事前になされているし、訓練生たちもすでに何度か経験した科目だ。話す内容は士気を高めるための演説に近く、それも手早く終えられて、ルーキたちは早速出発準備に入った。
「ルーキ君、B組の生徒たちのことよろしくお願いします」
「ああ。委員長もな。心配はいらないだろうけど」
なんだかまるで本当の先生のような言葉をリズと交わしつつ、ルーキはB組の面々がすでにソワソワし始めている現状をそっと見やる。
前に聞かされた通りスタートはB組が先。そのせいで、毎回A組に途中で抜かれるという屈辱を味わっている。すっかりプライドを折られてしまった生徒もいるが、中には次こそはと反骨精神をたぎらせている者もいた。
ユーゴに代表される負けん気の強い連中だ。
今もチラチラA組の様子をうかがっては敵意を撒いている。ただ、当の本人たちは余裕の態度。軽くストレッチをしながら、躾のなってない野良犬を見るような目でB組を眺めてはせせら笑っていた。
「時間だ。訓練コースは他の先生方が監督しているが、思わぬ危険に出くわすこともある。その時は随時自己判断で行動しろ。それもまた訓練となる!」
ボルトルソンからの最後のアドバイスを受け、B組が出発位置につく。
「先生、あれ鳴らしてくれよ」
お調子者の生徒がそう頼んできた。
「よーし、じゃあ景気づけにいくかぁ。準備はいいなみんな、イクゾー!!」
『ホイ!!』
デッデッデデデデ(カーン!) デデデデ!
デッデッデデデデ(カーン!) デデデデ!
何の音だ!? とざわつくA組の面々を背中に、二度もカーンを鳴らす豪勢なロングバージョンに勇気をもらってB組が出発。うっそうと茂った木々の入り口へ、全員勇んで入っていった。
訓練用とは言え特に山道が整備されているわけでもない。足元は雑草や灌木がはびこり、学校が管理しているのはせいぜい出没モンスターの種類くらい。今の力量にそぐわないとんでもないバケモノが現れないよう、エンカ避けの香をあちこちで焚いてくれている。
それがどんだけ手間と金がかかることか、ルーキも走者になってからようやく知った。訓練というのは訓練生が知らないところに一番人手がかかっているのだ。
「なあ先生、今のうちにちょっと走ろうぜ」
スタート直後のまだクラス全員が一塊になっているうちから、ユーゴがそんなことを提案してきた。
「ちょっとでもA組との差を作っておきたい」というのが彼の主張で、他の生徒たちもそれに同意するような態度を見せていた、が、
「いや、危険から逃げる時以外、走るのは禁止だ」
ルーキはきっぱりと伝えた。
「教本にも書いてあっただろ。RTA心得一つ。タイムは足で稼ぐな、チャートで稼げ」
「それはそうだけどよ……」
「RTAは始まった瞬間からトラブルが起こり得る。最初の町にたどり着けずに再走させられる人だっているんだ。余計な体力は使わず、周囲の変化に注意を払う。これが本番で必要な走者の心構えだ」
そこまで言うとユーゴも渋々引き下がった。が、他の生徒の中には逆に不安そうな態度になる者もおり、少し言い過ぎたかと反省する。
「まあでも、今のこの森の状況はみんなの方が俺よりも詳しいからな。0歩エンカなんて相当なクズ運じゃないと起こらないからヘーキヘーキ! 余裕っしょ!」
「!! いや、この森だって油断できねーよ先生!」
「そうよ! 一瞬の油断が命取りよ!」
「あっはい……」
クラス中から一斉に窘められ、ルーキは口をつぐんだ。
早歩き程度のペースならば、パーティ間で差は早々つかないものだ。しばらくB組内でまとまっての進行が続いた。
道中の段差や岩壁は直接上るもよし、迂回するもよしだが、このところ訓練施設でも安定した動きを見せていたB組は、パーティで力を合わせ、それを無難に突破していく。
唯一、
「おい先生! 何で右に逸れていってんだ……?」
「えっ? 俺が?」
「見ればわかんだろ。そっちに何かあんのかよ?」
「いやその……あっそうだ(唐突)、左に落とし穴が見えたんだよ。訓練用のトラップがさ」
「んなもんねーよ!」
途中で一門伝統の歩行法を見せるルーキだけが怒られたりもしたが、B組は今日も元気だ。
そんな順調なトライアルが序盤を過ぎた頃――不自然な物音が鳴る。
風にこすれる枝葉に紛れそうな、小さな異音だ。しかし、落ち着いた歩調で注意深く進んでいた生徒たちはそれを聞き逃さなかった。
「何かいるぞ!」
ユーゴが警戒を促した直後、茂みから複数の影が飛び出てくる。
ここら一帯を縄張りにする代表的なモンスター“スラッシャーラビット”だ。
なかなかに物騒な名前をしているが、こいつらの得意技は飛び蹴りで、それがスラッシュキックと呼ばれているのでウサギの方にもその名称がつけられた。ルーキも初心者蹴りで有名なこいつらには散々蹴飛ばされたので、そのツラはよく覚えている。
気性の荒い小型モンスターを前に、B組は急いで武器を構えるが、
「慌てんな。俺が先に仕掛ける」
ユーゴが皆を手で制しつつ、前に出た。
左手に氷の盾を生み出し、裏側からそれを殴打。
「エターナルフォース……ブリザード!」
初手必殺(願望)のEFBがスラッシャーラビットたちを襲う。
突然吹き荒れる冷気に驚いたラビットたちだったが、俊敏にその範囲から抜け出すと、回り込みながらB組へと襲いかかってきた。
「指電」
そこをすかさずクラムセルが迎撃。凍結は免れたとはいえ、動きの鈍った脚で魔法をかわし切るすべはない。他の個体も、ヴァシリーや他の生徒たちが速やかに仕留める。
(よし……)
その様子にルーキはグッと拳を握った。コンビネーションが身についてきている。ユーゴも手柄を焦ったりせず、仲間に繋ぐための攻撃を実行してくれたようだ。
が。
「こいつ……!?」
焦った生徒の声が響く。
一体。別種のモンスターが紛れ込んでいた。全身が石でできた“ストーンアニマル”という小型の魔法生物。
魔力の残滓が石に宿り、生命のような動きをするようになった。こいつには冷気による遅延効果は通用しない。非生物とは思えない俊敏かつ複雑な軌道を描きながら、第一の脅威と見なしたクラムセルへと迫っていく。
このスピード。これまでの彼女は苦手とした相手だが――。
「指電」
バチッと光の飛沫が上がり、ストーンアニマルが砕け散った。
おおー……という生徒たちからのどよめき。クラムセルは得意げにフッと指先に息を吹き、手にしていた本を閉じる。
狙い澄ました一撃。それで見事に仕留めてみせた。
「悪い。効かないヤツがいた」
そんな彼女に、ユーゴが詫びの一言を向ける。
「いいえ。こちらで対処できたわ。そっちこそご苦労様」
二人のやりとりに、クラスメイトから驚きの目が向けられた。二人のいがみ合い――というか張り合いは教室でも有名だったのだ。それがここ数日のうちに、謝罪と労いを交換するまでに至った。
ルーキはそれに満足してうなずき、そして隣ではヴァシリーがなぜか同じことをしていた。
「冷静に対処したな」
戦闘が終わり、再び前進に戻ったところで、ルーキはクラムセルに話しかける。
「ええ。どうってことなかったわ」と素っ気なく返事したものの、それからしばしの沈黙を挟み、「……どうして?」との、少し困ったような上目遣いをこちらに投げかけてくる。
普段なら闇雲に撃ちまくってすべて外していた。それが今回はまったく真逆の一撃必殺。本人もそれが不思議らしい。
「パーティの動きがわかってるからだ」
ルーキは答えを伝えた。
「ユーゴが先制、クラムセルがトドメ、ヴァシリーが周辺をフォローする。そのサイクルがわかってるから余計なことを考えずに集中できた。さっきの場合は、本当に接近されたらヴァシリーが仕留めてくれるという安心感も大きかったな」
「もちろんだともマイフレンド」と、横から一言挟んでくるヴァシリー。
そんな彼を面倒くさそうに見やりつつも、クラムセルはどこか微熱を含んだ声で言う。
「訓練学校での連携なんて、一時のものだと思っていたわ。卒業したらみんな別のチームに行くし、むしろ誰かを頼って変なクセをつけない方がいいって」
大きな声ではなかったが、耳を傾けている者は多いとルーキは察していた。そして、少なくない人数が彼女と同じ気持ちを抱いていることも。
ここはB組。頼るにはお互い不安がある。
「でも違うのね。一人で何でもしようとすると、自分のことさえままならないんだわ」
クラムセルの独り言にも似た発言が、周囲にじわりと染み込んでいった。
ルーキはうなずいた。
「ああ。走者になってからも、現地で会った誰かと即興で組むなんてことたくさんある。そんな時、凄い走者ほど瞬時に相手に合わせた動きができるもんだ。それは自分のできることとできないことをよく知っているから。こういう“頼り方”ができれば自分の力を活かせるってことを理解しているからだ。仲間を使い、自分を使い、一つのゴールを目指す。それがRTAを無事に完走するコツだ」
「そのアドバイス、注目に値するわ、先生」
B組全体に言えることだが、農場での大決戦以降、特にクラムセルたちB組エース三人は如実にスタイルに変化――成長が見て取れた。
いわゆる“掴んだ”というやつだろうか。それまでわちゃわちゃしていたエネルギーが整理され、鋭くなった。自身にも実感があるのか行動に自信があり、冷静さが生まれている。それに刺激されて他の生徒たちもより連携を意識するようになっている。
B組は成績下位の生徒たちだ。人に自慢できる能力なんてない。だが、その中でも武器として使えるものを必死に選りすぐり、活かそうとしている。
(俺たちのグラップルクローもそうだったな、相棒)
一つを信じ、必死に磨き続けていれば、それはやがて、とある剣聖に伝説の武具に匹敵するとまで褒めてもらえるようになるかもしれない。
ここがその始まりとなるのか。そう思うと、ルーキの心は自然と高揚するのだった。
※
A組はもうスタートしただろうか――。
ルーキはふとリズの顔を思い浮かべながらそんなことを考えたが、黙々と歩くB組はすでにそんなことすっかり忘れた様子で、トライアルに集中していた。
いい兆候だ。今こちらは監督する立場にいるが、一走者となってRTAをしている時は確かに余計なことは考えられない。
進行は順調だった。ルーキはだいたいクラス全体の真ん中らへんに位置取るつもりでいたが、生徒たちは遅れる者もなく、程よいペースをキープしている。
すでにトライアルルートは半分を消化していた。生徒たちの余力は十分ある。このまま何事もなくいけば、全員が無事に完走を――。
「ん……? 何だ……?」
不意に、ルーキは背中がざわつくのを感じた。
「どーした先生。また道間違えたのかよ?」
生徒の一人が言った軽口に、黙りこくっていた周囲の訓練生からも明るい笑いが漏れる。
直後だった。
――ゴガアアアアアアアアアアアアアア……!!!!!
木々を直接揺さぶるような、異様な大音声が響き渡ったのは。
『!!!!!』
ビリビリと全身を駆け抜ける緊張は、農場の戦いで味わったものとは格がまるで違っていた。
別格。いやまるで住む世界が違うかのような、圧倒的な威圧感。
思わず止まった足の上で、生徒たちは恐れと戸惑いの視線を交わし合う。
「そんな……。先生……これ……!」
そんな中、クラムセルが震える指先を近くの木の幹に向けた。
大人一人が腕を広げてもまだ余る幅広の幹に、バツの字に強烈な爪痕が残っている。
傷跡の縁は真新しく、細かいささくれが見えるほどだ。
目視した瞬間、ルーキの背中を冷たいものが駆け抜けた。
この爪の主が誰なのかは知らない。だが、これに類する何かを知っている。
テリトリー――己の存在を主張する怪物の凶兆。
「本で読んだの。こ、これは……“フォレストバスター”の痕跡だわ」
青い顔のクラムセルが、静まり返った場に声を広げる。
「こいつは、このあたりのモンスターじゃない。こいつは……〈ユグドラシルダンジョン〉のTOEよ!」
FOE! FOE!




