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第十走 ガバ勢と二年B組の交流

 ルーキとリズの臨時講師二日目。


「ルーキさん」

「ファオアッ!? サン!? ナンデ!?」


 ホームルームが終わったところで現れた幼い少女に、二年B組は朝からざわつくことになった。


 ふわふわしたヨソ行きのワンピースに可愛らしいベレー帽。神秘的な浅黒い肌と、モフモフのスーパーロングな黒髪が、十歳かそこらの彼女を愛らしい妖精めいた姿に見せている。


 そんな女の子が、突然このむさ苦しい訓練学校の教室に現れたのだ。「何でサンが――?」と驚くルーキの近くでは「また先生の知り合いかよ」「メイドさんの次は幼女だとぉ!?」「事案か!?」という生徒たちの放言が無数に弾ける。


「これ、忘れ物だそうです」


 外野の声を浴びつつサンが肩掛けのオシャレなバッグから取り出したのは、RTA教本のガイド本だった。いわゆる虎の巻――授業の進め方や解き方まで詳しく載っているやつだ。


「あ、あれ?」


 ルーキは手持ちを確認してみたが、確かにない。担当科目は実技全般であるため、座学で使うガイド本はさほど重要ではないのだが、それでも家に忘れて来ていいものではなかった。


「ニーナナに会いに行ったらルーキさんが忘れていったというので届けに来ました」

「わざわざ来てくれたのか。それは本当にありがとよ」


 両手で大事そうに受け取ったルーキが礼を言うと、サンは嬉しそうに微笑んで帽子を取った。ぴこっと立ったケモミミ毛の頭を、ずいと押し出してくる。ニーナナがよくやる仕草なので何を意味しているかはすぐわかり、ルーキは要求に従い頭を撫でてやった。


「えへへ……」


 頬を赤らめ、幸せそうに目を細めるサン。


「ケ、ケモミミっ子を手なずけてる……!」

「メイドさんとも相当仲良さそうだったよな……!?」

「誰か昨日の警部補さんに通報してー!」

「ま、待てぇ!」


 すでに廊下に出かけていた生徒の動きを見咎め、ルーキは慌てて声を上げた。するとその女生徒は疑いの眼差しで、「じゃあ、その子とどういう関係なんですか?」との質問をぶつけてくる。

 これは弁明のチャンス。ルーキは努めて冷静かつ温和にサンを紹介した。


「この子はサンと言って、近所の――でもないか、街の端っこに住んでる友達なんだ。な? サン」

「いいえ」

「へっ……?」


 いきなり否定の言葉をぶつけてきたサンは、頬に手を当て、まるで夢に浸かるような締まりのない笑顔を明後日の方へと向けた。


「ルーキさんはお父さんで、わたしはお母さんです……」

「な!?」

『!!!』


 B組に電流走る。


「通報! 通報しろ!」

「何考えてんだこの先生!?」

「隣のクラスのリズ先生も呼んで! この変質者を街から叩き出すのよ!」

「待ってえええええええ!!」


 なおこの後も、教室のすぐ外の木の枝に、室内をじっと監視するような目つきの砂色の毛玉が一体発見されるなど、二年B組の平穏な日常はたびたび脅かされることとなった。


 ※


 午前の実技訓練をなんやかんやあって終え、昼休み。


「委員長、昼飯食いに行こうぜー」


 イソノを野球に誘うナカジマという由緒正しい作法でA組を訪れると、そこには生徒に囲まれるリズという昨日はなかった光景が見られた。


「先生、お昼ご一緒しましょう!」

「さっき言ってたリカバーの心得についてもっと詳しく!」

「RTAの話も!」



 生徒たちからしきりにせがまれ、「ああ、ええと」と弱ったような嬉しいような顔を見せているリズ。察したルーキが、ちらと向けられた彼女の視線にすぐさま「オッケー」のサインを返すと、あちらもまた片手を立てて詫びる仕草を送ってきた。


 退出際、特に熱心にリズに話しかけていた女子生徒がこちらを見て、あっかんべーをしてきた。

 何てこった。どうやらリズ先生は後輩たちをあっという間に虜にしてしまったようだ。


 元々、人にものを教えるのが上手く公明正大な委員長気質。そこに勇者の血筋、世代最強走者の呼び名まで付けば憧れない訓練生などいない。


 主に女子たちに手を引っ張られて食堂へと歩いていくリズを尻目に、ルーキは一人、片手に弁当をぶら下げて中庭に出ることにした。


「なんか懐かしいよなあ……」


 日当たりの良い芝生に座り込み、中庭の景色を眺めながらサクラと一緒に作ったライスボールを食う。

 食堂は席が限られていた上に成績上位者が幅を利かせるので、ルーキはロコとよく中庭で昼飯を食っていたものだ。

 その相棒も立派な技術者として世に出ており、今ここにいるのはまだ自分が何者かを選び切れてさえいない訓練生ばかり。こちらの知り合いというのはもうほとんどいない。


 一年も経たずに郷愁――というのも変な話だったが、学び舎という場所は、一旦離れるとそういう感傷を抱かせる不思議な力があった。

 多分この懐かしさの到来は、訓練生時代の思い出が去っていくスピードと同じなのだろう。ボルトルソンがこの時期に自分たちを呼び寄せた理由がはっきりと実感できた。卒業してからの日々は、太陽がRTAでもしているかのように早い――。


 と。


「ルーキ先生」


 ぶっきらぼうな声に呼ばれ、ルーキは自分で作った不格好なライスボールをかじる体勢のまま、そちらに振り向いた。


 芝生の入り口に立っていたのはユーゴ、クラムセル、ヴァシリーのB組エースチーム。

 ルーキはユーゴとヴァシリーが王者の証である焼きそばパンを手にしているのを確かめる。


「お、ゲットしたのか。なかなかやるな」

「ま……こんくらい楽勝だ」

「フフフ……エクセレンッツ・ヴァシリー……!」


 しかもパンからは大量の肉が溢れかけており、早くも昨日の勲章を手にした模様だ。


「何で焼きそばパンごときでそこまで白熱できるのか不思議。注目に値しないわ」


 そう二人に続いたクラムセルは、サンドイッチセットを持参。ただし、匂い立つ香辛料からカレーコロッケサンド中心という食欲に正直なチョイスだとわかった。


「ご一緒していいからしら?」

「当たり前だよなぁ! ちょうど一人で寂しかったところだよ」


 ルーキは生徒たちとの昼食を心から歓迎した。

 こういうシチュエーションにちょっと憧れていたのだ。


「昨日は大活躍だったな。三人とも」

「! ああ……まあな」


 早速その話題を切り出すと、ユーゴは露骨にソワソワし始めた。一応、口調は平静を装ってはいるが、口角が上がりたくて上がりたくてしょうがない動きを見せている。


「冷気の魔法で相手の動きを鈍らすのは盲点だった。直に倒せなきゃ意味ないと思ってたからな」

「戦いが長期戦になりそうな時は、ああいう仕込みが地味に効いてくるんだよ。まあ、ユーゴの攻撃範囲をアテにしての作戦だったけどな。予想以上にやってくれたよ」

「……! あの程度ならお安い御用だ。次はもっと本気を出してやるよ」


 そう言って、照れ隠しのようにがつがつと焼きそばパンを頬張る。それを見たクラムセルがフッと小馬鹿にした笑みを浮かべているあたり、ユーゴの本心はすっかり見通されているようだ。


「ところで、ユーゴは冷気、クラムセルは雷撃、ヴァシリーは剣技が得意ってことでいいんだよな?」


 名簿のステータス表にすでに書かれていたことだが、ルーキは改めてそれを確認する。


「ああ。適性があった。本当は火か雷が良かったんだがな。……派手だから……」

「わたしは雷撃が一番だけれど、他の属性も不得意というわけではないわ。攻撃魔法なら一通り使える」

「この剣技は我が家に伝わる伝統のアーツなのだ。華麗に、優雅に……! これぞレゴントン家の家訓!」

「大したもんだぞ三人とも、訓練生の時点であそこまでできるってのは……」


 自らの特性を語る生徒たちを、ルーキは掛け値なしに褒めた。

 実際、彼らの力量はAクラスと遜色ないものだ。ただちょっとクセが強く、連携が不得手というだけで。ボルトルソンも特にそのことは気にしていて、「おまえとロコくらいちょうどいい凸凹(デコボコ)ならよかったんだがなあ」と、この三人の三連凸具合を嘆いていた。


「先生は何か魔法とか使わないのかよ?」


 ふと、ユーゴがたずねてくる。


「ああ。俺はからっきしだ。才能が全然ない」

「本当に?」


 ユーゴはクラムセルたちと顔を見合わせるような仕草を見せた。


「何か本当は、すげー技隠してるんじゃないのか?」

「え? いや本当に…………待てよ。一つ……あると言えばある……か?」


 ルーキは認めた。しかし、それがあまりにも危険――というか世間的に不名誉な奥義だったため、自然と顔が歪む。

 けれどもユーゴは、そこに何か秘密めいたものを嗅ぎ取ったようだった。


「それってどんなだよ。教えてくれ」

「何というかぁ……説明しづらいんだけどぉ……」


 特大のガバオーラを呼び込んでその場のすべての計画(チャート)を台無しにする? こんなこと説明したって訓練生にわかるはずもない。そんなオカルトありえない、で終わり。だから、それっぽく説明する必要があったんですね。


「聞いた話によるとぉ……別世界の調和をこっちに呼び込んで、今ある秩序を乱すというかぁ……」

「……!! 何だよそれ……! も、もっと詳しく……!」

「そこに至るまでの当然の流れ……運命っていうのか? それをブチ壊してぇ……メチャクチャにするっていう感じの力ぁ……ですかねぇ」

「運命を……ブチ壊す……!?」


 ユーゴの目の色が露骨に変わった。


「ただ詠唱が死ぬほど長いし、使った時点で勝ち負けが一切つかなくなるから、まあその、基本的には使用禁止だな。禁止。頼るのはNG」

「……!!!! 長い詠唱……使った時点で終わり……禁じ手……!! カ……カッケェ……」

「ん?」

「い……いや……何でもない……」


 彼はそっぽを向いて、再び焼きそばパンを頬張る。


「それって、先生がつれてる白い犬と関係あるのかしら?」


 と、今度はクラムセルからの疑問。


「ああ、大ありだ。ところで今も見えるのか?」

「犬のこと? いいえ。今は見えないわ」

「そうか。なら、ラカン、挨拶しな!」


 ルーキがその名を呼ぶと、ワオオーンという元気な遠吠えと共に白い犬が芝生の上に飛び出してきた。訓練生たちは揃って目を丸くする。


「な、何だこの犬……! 今、先生の体から出てきたぞ……?」

「……!」

「サ、サプラァイズ!」


 ヘッヘッと舌を出しつつ尻尾を振って顔を擦りつけてくるラカンを、ルーキはわしゃわしゃと撫で回してやる。


「こいつの名前はラカン。とある事情で俺の背中に住んでる」

「背中に住んでる……!?」


 目を剥くユーゴに対し、「その模様は?」とまだ幾分冷静な口調で聞いてくるクラムセル。


 ラカンの体には、なんか凄い呪われてそうな文様がバッチリ転写されていた。

 これはそう、とても口では言い表せない、恐るべき、クッソ激烈な、完全にオワッテル超重量級の呪いを封じるための呪符と同じだった。


 落印(ガバいん)、と呼ばれている。

 とあるRTAで、ルーキが世界のガバを煮詰めた「始祖メガトンコイン」なる極級呪物を背負ってしまったがために背中にこびりついた残穢。それがいつの間にかラカンにも写って、模様のようになってしまったのだ。


「う、うんまあちょっとしたオシャレかな……」

「絶対ウソね」


 そう言いつつもクラムセルは気味悪がることなく、「撫でて」と寄ってきたラカンの頭を優しく撫でてやる。


「この子、霊獣の類?」

「わかるのか。そうだ。守護霊らしい。普段は背中にいて俺からも見えないんだ。でもクラムセルはそれが見えたんだよな?」

「まあ家庭の事情でね。そういうのに敏感なの」

「へえ……凄いな」


 ルーキが面と向かって褒めると、クラムセルはクスクスとどこか小悪魔っぽく笑い、


「あら、わたしに興味ある? 先生」


 なとど挑発的な目線を送ってきた。


 興味あると言えば、大アリだろう。

 ラカンは失敗(ガバ)への懺悔……いわゆる後悔を一身に受けて鎮める由緒正しい霊獣で、人一人につき一匹存在している。しかしそれが顕現するには特殊な土地とアイテムが必要で、ルーキも実物のメガトンコインをうっかり背負うなんてポカをしなけば、こうして一緒にはいられないほど特別な存在だ。


 そんな神秘的な相手を感知できる……それはつまり、メガトンコインの呪いを解くためのヒントを持っているかもしれないということになる。


「騙されんなよ先生」


 そこにすかさず口を挟んできたのはユーゴだった。


「そいつ、謎めいた女のフリして、寮じゃ寝っ転がってポテチ食ってるようなヤツだからな。単に先生とのコネが作りたいだけだ」

「ちょっと……余計なこと言わないでくれる?」


 クラムセルがジロリとユーゴをにらむ。が、ユーゴも「ケッ」とでも言い捨てそうな顔で、二つ目のパンを頬張った。


「あなたなんて不愛想でぶっきらぼうなのがカッコイイと思ってる時代遅れじゃない。それ、現代じゃ単なるコミュ障だから」

「な……!? ち、ちげーし! 俺はただ余計なエネルギーを使わないようにしてるだけだし……!」

「おぉ……我が友はエンシェントなエビル・スピリット・アイズ……」

「うるせえ!」

「ハハ……仲間とはたとえ意味がなくてもよくしゃべっとけよ。お互いのことを少しでも多く理解することは、後で絶対助けになるから」

「チッ……。んだよ、先生まで……!」


 拗ねたように舌打ちするユーゴ。もっとも、コミュニケーションという点においては、少なくともこの三人の間ではあまり心配いらないような気もした。


 寮暮らしの同級生。クセ強。普通に過ごしていても何も起きないはずがなく……自然とお互いのことは知れてしまうものだ。案外この三人も、自分とロコのようになくてはならない相棒になるかもしれない。


 と。


 そんなささやかな昼食風景に、どこか刺々しい空気が流れ込んだ。

 見れば、中庭の真ん中を肩を切って通り抜けていく一団がある。見覚えがあった。あれは……。


「A組の連中だ。偉そうにしやがって」


 ユーゴが面白くなさそうにつぶやく。そうだ。あの農場での大決戦の後で、ユーゴに話しかけていた生徒たち。一年の時に同じクラスだったのだろうか。面識はあるようだった。


 彼らを取り巻くエリート(かぜ)は他の生徒にも見えるらしく、たまたま行き会った訓練生が慌てて道を開けた。その空間をさも当然のように抜けていく彼ら。


 何というか……すげー既視感のある光景だ。

 ルーキの時はリズ委員長がいたので、目に余る態度の生徒はあまり多くなかったが、それでもいたにはいた。それとそっくり。


「次のトライアル楽しみだな」

「ああ。最高記録を出してやんよ」

「普通プレイのB組をブチ抜いてな」


 中庭にB組の生徒が多いことを意識したような発言が、のどかな空気を黒く濁していく。


「トライアル……。近々あるのか?」

「ああ。三日後だ」


 トライアルはいわゆる試走に近い訓練科目だった。本番さながらにチャートを使い、スタートからゴールまでを計測する。途中に戦闘が挟まることもある結構本格的なものだ。


「B組はタイムがスローリィな分、A組より先にスタートするのだ。彼らは我々を追い抜く瞬間、非常に侮辱的な態度を取る」


 ヴァシリーも珍しく憤懣を示しながら語り、続いて三人揃ってこちらに目を向けた。何かを憤るような、そして期待するような、そんな目。


 言いたいことはわかる。負けたくない。何か秘策が欲しい。かつての自分も何よりそう思い、誰かに同じ目を向けていた。


 けれど今のルーキは涼しく笑って彼らに言ってやるのだ。


「張り合うことねえさ。それよりみんなにはもっと大切な、レイ一門で最高の勝ち方を教えてやる」


多分ルーキ君が一番クセが強いと思うんですけど(名推理)

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― 新着の感想 ―
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