第一走 いつもの新しい目覚め
では久々に、
イクゾー!!!
デッデッデデデデ! カーン!
かつて〈獣の時代〉と呼ばれるものがあった。
「黎明の黒い獣」という、神代の名残とも神々の成れの果てともいわれる怪物たちが闊歩する暗黒時代。それらを退け、人類は大地に生存権を得た。
時は大開拓時代――。
人が新たに築いた開拓地を守るため、勇者の後裔たちが日々奔走している。
彼らの尊い救援活動の名は、RTA――レスキュー・アンド・タクティカルアプローチ(ガバガバ英語)。チャートという計画書に忠実に従い、最速最短で魔王を撃滅するための特別な技術。
そのRTAを行い、人類の平穏と繁栄を支える者たちを、〈走者〉と呼んだ。
※
店内は黄金色の輝きに包まれていた。
すでに日は落ち、吊るされた明かりに、酒に酔った人々の赤ら顔と、琥珀色の液体を湛えたジョッキが照らし出されている。
テーブルに置かれた皿はほとんどが空になっていたが、彼らに引き揚げる素振りは微塵もない。どの口からも、とある人物の登場を期待する言葉が踊っていた。
レイ一門の若きエース。――俺のことだ。
満を持してその舞台へと足を踏み出す。
さあ、今夜も始めよう。準備万端、波乱万丈の、完走した感想を。
それでは皆様のためにぃ――。
「こ……んな動画を……」
その最初の一音を口にしたところで、ルーキは目を覚ました。
「ご用意したんですけど……」
もう親の顔より見た気がする自室の天井。体の下には薄汚れた粗末なベッド。
間違えようもない。ここは多くの走者が住まう街〈ルタ〉、その一角にある安アパートの自室。
中肉中背、黒髪黒目。下町育ちの来歴と小さな野望が形作る、意欲的で挑戦的な面差し。
常にどこかに貼ってある絆創膏は、彼らにとっては勲章と同じ。
ルーキ、十六歳。レイ一門の新米走者。
「夢みたいですね……」
そうつぶやき、カーテンを裏から薄暗く照らす光に、今がまだ早朝であることを知る。
と同時に、鼻先をくすぐる良い匂いに視線を誘われた。どうやら起きたのは、いい所で切りやがった性悪な夢のせいだけではないらしい。
玄関脇にある炊事場。
そこに小さな人影が立っていた。
後ろ姿を覆い隠すほどの長く豊かな黒髪をポニーテールに結わい、エプロン着用の幼い少女。
「サン……?」
思わずその名を呼んだ途端、大きなポニテが驚いたように揺れた。
「あっ、おはようございますルーキさん……」
振り返った顔が、小鈴が鳴るような可愛らしい声を向けてくる。甘いカフェオレを思わせる薄褐色の肌に、トロンとした垂れ目。外見は十歳くらいの愛らしい子供なのに、どこか大人びた空気を纏う彼女はしかし、今はどういうわけか少し緊張した表情をこちらに見せていた。
「も、もうじきできますから、休んでいてください」
「あ、ああ……」
ひとまず生返事をしてしまったルーキはそれ以降の追及を口にできず、少したどたどしく炊事場を行き来するサンの後ろ姿に、漠然とした疑問を胸内で持て余した。
(これは夢じゃないよな?)
「おはようさんっす、ガバ兄さん」
ふと小声で呼ばれて天井を振り仰げば、天板が一枚ずらされ、少女の顔がこちらを見下ろしていた。
栗色の髪をボブカットにした、人形のような可愛らしい顔立ち。ただ目元にはどこか斜に構えたようなトゲが少しだけあり、それが玉に瑕のような、あるいは逆に彼女をもっと魅力的に見せるチャームポイントのようでもあった。
「サクラ」
その少女――天井に住むニンジャのサクラに、挨拶がてらの一声を返したルーキは、
「何かさっき家に侵入して勝手に作り出した」
さらにベッドの端、毛布の大半を奪って丸くなっている物体からの発言も、併せて聞くことになる。
廿x廿)ヌッ と毛布から顔を出してきたのは、砂色の髪に薄褐色の肌を持つ、サンと瓜二つな少女ニーナナだ。
眠そうな眼差しは、別に寝起きとは関係なく常にそうで、獣毛にも似たモフモフで豊かな髪の上では、獣の耳に似た寝癖が明らかに耳だろという動きでぴこぴこ反応している。
ルーキは覚醒し切らない頭を軽く叩いて、状況を整理した。
サクラが天井にいて、隣の寝床で寝ていたニーナナがこっちのベッドに潜り込んだ挙句毛布にくるまっているのは、いい。それはいつも通りのことだ。
しかしサンは違う。
思い出す。ほんの数日前のこと。本当にほんの数日だ。すごい時間がたった気がするが、気のせいだ。
人類圏最大の都市〈王都〉にて、大きな事件があった。
ある意味、この世界の行く末――王都と辺境の未来を左右しかねない、とてもとても大きな事件。
ルーキたちはそこに闖入者として立ち会った。そしてサンとニーナナに至っては、事件の中心人物ですらあった。
なんやかんやあった結果、すべては丸く収まり、人類は新しい未来を約束された。
王都と辺境が共に助け合う、理想的とも言える結論だ。
そして王都に精神的にも肉体的にも囚われていたサンは、記憶の大半を失う代わりに命と自由を得て、ルーキたちの住むこのルタの街へとやって来たのだ。
繰り返しになるがこれは数日前のことで、それから本当に何も起こっていないし、変わっていない。
サンは今、竹林に住む軍医さんの家で世話になっているはず――。
「けど、あれだな……」
ルーキは回想も中途半端な頭のまま、サンの後ろ姿を見ながら呼びかけた。
「なんかサンは、そういう家庭的な感じが似合うな」
「えっ? そ、そうですか?」
サンが手を止めて振り返り、嬉しそうに言ってくる。
どこか「廿_廿)ムッ」としたニーナナの視線を視界の端で受け止めつつ、
「ああ。なんつうか……小さなお母さんって感じがする」
それを聞くなりサンは頬を赤らめて、
「そ、それじゃあ、ルーキさんはお父さんですよね……」
「ああー……、そうなんのかな? へへ……」
「えへへ……ちょっと恥ずかしいです……」
…………<〇><〇>廿x廿
「ニンジャレッグラリアート!」
「ぐはあ!」
「かわいいボディプレス 廿Д廿(かわいい)」
「ぐはあーっ!」
突然飛んできたサクラとニーナナからのツープラトン攻撃を受け、ルーキは軽く捻り潰された。
※
いただきます――。
狭いボロアパートでの四人揃っての朝餉。器に盛られたシチューの一口目を口に含むなり、ルーキたちは同時に目を丸くしていた。
「う、うまあじ……!」
「確かにおいしいっす」
「いいゾ 廿v廿」
「よかった、うまくできて……」
わかりやすいくらいにほっと胸を撫で下ろし、それから朗らかに微笑むサン。
「特にこの塩加減は……俺が訓練学校時代に好きだったやつだぜ……!?」
懐かしい味との再会に、ルーキが思わず興奮しながら感想を述べると、
「はい。ロコさんが、ルーキさんはそうだって教えてくれて……」
「あっ、そっかぁ……! あいつなら俺の好みを知ってても不思議はないな」
ロコはRTA訓練学校の同期だ。結局途中で辞めてしまって走者にはならなかったが、ルーキにとっては伝説の武具にも匹敵する超有能装備――グラップルクローの製作者として、世界一のサポートを提供してくれている。
現在の居住地はサンと同じ、竹林のRTA研究所だ。
「このサラダのドレッシングは、軍医さんから教わったんすか」
今度はサクラがたずねる。食に関しては彼女も引けを取らない。料理はニンジャの師匠直伝だという。
「はい。新開発したRTA用特製オイルを使ったもので……」
「そう聞くと旨い代わりに不穏な何かが起こりそうな気もするな……」
軍医は医療とアイテム開発のプロフェッショナルであると同時に、クッソ激烈にヤバい発想をするマッドサイエンティストでもある。特に、何でもないところでガバを発生させるレイ一門に対しては、極めて強い解剖学的関心を示していた。
「あっ、大丈夫、です。ちゃんと何度も味見しましたから……」
「ああ。サンが作ってくれたものだから、そこは心配してないよ」
ルーキが優しく伝えると、サンはまた「えへへ」と素朴な笑顔を見せてくれた。
「旨い飯を作ってくれてありがとな、サン。ところで、どうだ? ルタは。ちょっとは慣れたか?」
ここでルーキは、一つ話題をすっ飛ばして彼女の現状を問うた。
サクラが一瞬だけ視線をこちらに寄越したのがわかる。「どうしてうちに来たんだ?」とは聞かないんすね――彼女の目はそう言っている。
わかってる。まず聞くべきは普通それなのだろう。
だが、しない。
「はい。まだわからないことだらけですけど、軍医さんもロコさんも、みんな優しくしてくれてます。特に軍医さんは、本当のお母さんみたいによくしてくれて……」
答えるサンの声にも表情にも、感謝が満ち溢れていた。
彼女とニーナナは、“ソリッドニンフ”と呼ばれる人造人間だ。〈王都〉のある科学者が、走者に対抗する戦力として生み出した。
この幼くか弱い見た目に反して、彼女らはガチ勢走者と同等のフィジカルステータスを持っている。が、このことはごく一部の人間しか知らず、ルーキも殊更にそれを意識することはない。
ルタにはもっと奇抜な見た目で特異な出自の存在がいっぱいいる。会って、会話ができて、意思疎通までしっかりできてしまう相手なら、もうナニモイウコトハナイのだ。
「体の調子は? どこも悪いところはないか?」
「はい。ルタに来てから毎日検査をしていて、至って健康だそうです。記憶は戻らないですけど……でも、それでいいんだって誰かが言ってくれているような気がするので、わたしもそう思うことにしました」
「そうだな。それがいい」
サンの記憶がないのは、ソリッドニンフの頭の中にある完全記憶装置“ミロク”が、彼女のつらく悲しい過去を抜き取り、自らと共に眠りにつかせたからだ――とニーナナから聞いている。
心が自滅してしまうほどの苦しい記憶を消し去ることで、サンは再び生きる活力を得た。生きろ、というミロクからのメッセージはまだ彼女の中に残っていて、それがサンを前向きにさせてくれると、ルーキは強く信じている。
「あっそうだ(唐突)。今朝、〈アリスが作ったブラウニー亭〉で完走した感想をやる夢を見たんだよ」
しばらくサンとのおしゃべりと朝食を楽しんだところで、ルーキは話題を他愛もないものに変えた。質問ばかりでは彼女が疲れてしまう。それに「知りたい」のは自分たちばかりではない。サンもこちらのことを知りたがっている。
〈アリスが作ったブラウニー亭〉は、ルーキの所属するRTAチーム“レイ一門”のたまり場だ。RTAを終えた後の報告会“完走した感想”もそこで行われる。目と耳の肥えた視聴者の皆様が大勢集まる、毎夜のお楽しみイベントだった。
「お客の入りは?」
パンで残りのシチューをすくい取ったサクラが、素っ気なく聞いた。
「半分ぐらい」
「なんだ。じゃ、いつもの夢っすね」
「いつも……なんですか?」
サンがたずねてくる。
「そう。ルーキはいつもその夢見てる。客は店の半分」
答えたニーナナに、ルーキは苦笑いを向けた。
「夢の中くらい、窓の外から立ち見が出るくらいの大盛況になってほしいんだけどなあ」
「いいんじゃないすか? それで」
サクラはやはりあくまで興味なさそうに言う。
「兄さん自身が、そうなるにはまだ早いって、どっかで思ってるんすよ」
「ルーキさんは謙虚なんですね」
とサンも相槌。
「そうかな……そうかも。へへ、RTA心得一つ。走者はタイムに対して謙虚であれ、ってな」
「なぁに言ってんすかねえ。すーぐ調子こいてガバるくせに。夢の方がお利巧ってことっすよ、このガバ兄さん!」
「ルーキはすぐ調子に乗る。ミロクもそう言っている 廿x廿」
「すいまえんでした……」
現場を知るサクラとニーナナから砲火を浴び、ルーキは小さくなるしかない。
そんな様子を見て、サンはくすくす笑っていた。
※
「あの、ルーキさん……」
食事が終わり、ルーキはサンと並んで炊事場で後片付けをしていた。
後始末くらいこちらでやると言ったのだが、サンが聞かなかったのだ。
ルーキの隣で皿を拭く彼女は、まるで少し年の離れた妹のようにも見えた。その彼女が、上目遣いにこちらを見て、こんなことを言ってくる。
「こうやってまた、ご飯を作りにきても、いいですか……?」
「そいつは嬉しいな。けどよ――」
ルーキはニッと笑って告げる。
「別にこんなすごいことしてくれなくてもいいから、好きな時に遊びに来てくれよな」
「……!」
「昼は店の方に行ってるけど、朝ならみんな揃ってる。そうだ、次来た時は、みんなで外の屋台に食いにいこう。いい店を紹介するぜ」
「あっ……はい! お、お願いします! 是非一緒に行きたいです!」
少し不安げだったサンの顔がぱあっと輝いた。
多分、彼女が朝食を突然作りに来たのは、こういうことだったのだろうとルーキは思った。
関わりあう接点がほしかった。けど、手ぶらで理由もなしに行くのは憚られた。だから彼女なりの対価を用意したのだ。
(そんなのはな、いらねえんだよ、サン)
ルーキはサンを見つめて改めて思う。
記憶を失う前の彼女は、どちらかと言うと結構図太い性格をしていた。この控えめで大人しい今の性格は……多分、本来の、生まれながらのサンの性質だ。つらく苦しい過去に変えられてしまう前の。
あの強かさも嫌いじゃない。けれど今、彼女本来の性質が、そのままでいられるというのなら、それを最大限助けてやりたい。かつて共に最悪路のRTAを駆け抜けた仲間として。
何よりサンは、ソリッドニンフのプロトタイプとしてニーナナの母に近い存在なのだ。彼女なくしてニーナナとの出会いもなかった。大事にしない理由の方こそ見当たらないのだ。
「何なら、この後時間あるか? せっかくだし、ルタの街をいくつか案内するよ」
「ほ、本当ですか? あっ、でも、軍医さんから午前中に検査があるって言われてて……ああ……そんな……」
今にも泣きそうになる彼女に、ルーキは慌てずに言い直す。
「そうか。じゃあ、俺が後で迎えに行く。軍医さんへの挨拶がてら」
「えっ……いいん、ですか……?」
「ああ。今日は試走の予定もないし」
「あ……ありがとうございます……。本当に……ルーキさんは優しいです……」
そう言って、サンは目元を拭うような仕草を見せた。
ややあって、彼女は何度もお礼を言いながら――それから検査の終わる時間を念入りに教えながら――、診療所へと帰っていた。
ルーキは戸口が完全に閉まり切るまでそれを見送り、にやりと笑う。
「へっ、こんくらいのこと、当たり前だよなあ。サンには早く街に慣れてもらいたいし、楽しく過ごしてもらいてえ。な、みんなもそう思うだろ?」
同意を求めて仲間たちを振り返る。
と、
「またそうやって女の子に無駄に優しくして……<〇><〇>廿x廿#」
「あ、あれ……? あの……俺は何かイカンことを……?」
「ニンジャレッグラリアーッ!」
「ぐはあ!」
「超かわいいボディプレス 廿Д廿(かわいい!)」
「ぐはあーっ!」
ルーキは吹っ飛ばされて押し潰された。
だが、それがいつも通りかと聞かれれば……。
そうだよ。
ご視聴ありがとうございます。久しぶりのガバ一門復活です。
こちらは最終回のないフリーモードで、気ままに続いていくシリーズとなります。
緩い気持ちでお付き合いいただけたら幸いです。
また、作品あらすじの方に詳しく書いてありますが、このシリーズは短期集中連載的に進行していく予定です。エピソードごとに投稿し、エピソードが一つ完了したら一旦筆を止め、その間に別の作品を作ることがあるかと思います。そちらの作品についても、もし始まりましたらどうかお付き合いください。
それでは、久しぶりすぎて作者も大丈夫かよと思っていますが……
はい、よーいスタート!




