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百合の勇者と犬耳兵士~いいのか?私はいちゃいちゃするほど強くなるんだぞ?~  作者: テモ氏
第四章 魔王城(本気モード)で最終決戦することになりました
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 足元に広がる自らの血溜まりに滑るように、セレステはついにその場に倒れる。もはやその身体には、一片の魔力すら残っていなかった。

 蓄積されたダメージが、軽減されることなく一気にセレステを襲う。

 腹部と肩口、そして背中の傷からは堰を切ったように血液が流れ出した。全身の関節が一斉に悲鳴を上げ、軋む骨にはひびが入る。既に、指一本たりとも動かせなかった。

 横たわるセレステに、生成陣の方向から重々しい足音が近づいてくる。巨大な斧を提げたオークだ。とどめに首でも狩ろうというのだろうか。

 薄れる意識に抗って、セレステは迫りくる死を直視する。

 これが、短い旅路の終着点なのか。

 せめて、リアとキーラを仲直りさせたかったけど――これじゃ、無理そうだ。

 セレステは眼前で振り上げられる斧を見ながら、どこか他人事のように、そう思った。

 最後に浮かぶのは、不機嫌そうに横を歩く相棒の顔だった。

 あの子は、私の死体を見てなんて言うだろう。怒ってくれるだろうか、それとも――


 瞬間――破壊音が、全てを遮った。


 玉座の間の大扉が、打ち破られていた。

 舞い飛ぶ破片の中、飛び込んでくるのは一つの影。

 それは灰色の犬耳を持つ、剣士だった。


「セレステ!」

「ジル……!」


 呼びかける声に応えるように、セレステはその名を口にしていた。

 目を疑った。死ぬ前の都合の良い幻覚かとさえ思った。

 だが、あれは本物だ。鋭い刃の軌跡は、幻などに再現できるはずもない。

 迎撃しようとする近衛人形をすり抜け、鮮やかな太刀筋でゴブリンの首を撥ね、あるいは飛びかかるキマイラから身を躱し、ジルは見る間にこちらへ疾駆する。


「追いついたのか……!」


 疾風と化して突貫するジルを前に、キーラは驚愕とも感嘆ともつかない声を漏らす。

 斧を持ち上げたまま固まっていたオークは、我に返ったようにセレステに目を落とした。

 しかし既に遅い。

 迫る灰色の瞳は、既に刃の射程へ相手を捉えていた。

 転瞬。

 踏み込むと同時に上段へと美しい弧を描いた軌跡は、過たずオークの上腕の筋を断ち切る。

 力を失った手からすり抜けた斧が、そのままオークの足元の床に落ちた。

 それが床石に突き刺さるより早く、続く鋭い一閃はオークの首を切り裂いている。


「セレステ! しっかり!」


 仰向けに倒れる巨体をそのままに、ジルはセレステの上体を抱き起こした。


「……へへ、思ったより早かったね」


 セレステが答えると、ジルの張り詰めた表情に微かな安堵の色が差す。


「……言ったでしょう、地の果てでも追っていくと」

「皆は……?」

「ラカは王女殿下の護衛をしつつ、部屋の前で門番と戦ってます。合流はもう少し後になるかと。魔術で扉だけ破壊してもらって、私だけ先行した形です」

「そうなんだ、それじゃあ――げほっ、ごほっ……うえぇ、口の中が不味い……」


 セレステは喉の奥から登ってきた血の塊を吐き出して、広がる鉄の味に顔をしかめた。


「っ……!」


 吐血するセレステに、ジルの表情が再びこわばる。背中を抱く手を、矢傷から流れる血がべったりと濡らしていた。

 セレステは、ジルの腕に身体を預けながら弱々しく笑いかける。


「あはは、ちょっとダメっぽいね……思ったより、げほっ、傷も深いみたい、だし……」


 安心したせいか、一気に意識が遠のいていく。どうやら、時間切れらしい。

 気づけば、再び周りは包囲されようとしている。ジルの乱入で浮足立った敵も、態勢を立て直しつつあるようだ。

 セレステはこみ上げる血に溺れそうになりながら、最後の力を振り絞って声を出す。


「ごめんね、ジル。後はおねが――」

「黙って下さい」

「へ……?」


 最期の言葉を、思いのほかきっぱりと遮られてしまった。呆気にとられたセレステは、一瞬痛みを忘れて目を丸くする。

 こっちは死にそうだというのに、随分冷たい反応じゃないか――文句の一つでも言おうとするが、その前に顎をくい、と持ち上げられた。

 まっすぐにこちらを見下ろして、ジルは続ける。


「――勝手に死なせたりなんか、しませんから」


 その顔が、息がかかるほどに近づいてくる。

 ――これって。

 セレステが気づいたときには、ジルは目を閉じている。

 直後、柔らかい感触。

 唇だ。唇が触れた。

 キスだ。

 キスを、されてしまった。


「――――っ!」


 瞬間、純白の光の爆発が玉座の間を塗りつぶした。

 魔力光である。


「な……っ!? なんだ!?」


 キーラの叫び声は、轟音にかき消された。セレステとジルを中心に放出された凄まじいまでの魔力が、衝撃波となって魔物たちを壁へと吹き飛ばす。

 光が止んで、数秒。

 ようやく戻った視界でキーラが最初に捉えたのは、静まり返った玉座の間、その中央に立つ影である。

 それは――先程まで血溜まりの中に倒れていたはずの、勇者の姿だった。

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