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百合の勇者と犬耳兵士~いいのか?私はいちゃいちゃするほど強くなるんだぞ?~  作者: テモ氏
第四章 魔王城(本気モード)で最終決戦することになりました
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 キーラは掌の上で魔力を槍のような形に変化させると、セレステを狙って連続して射出する。凄まじい速度で次々に飛んでくる魔力の槍は、着弾する度に床の石を砕いて巻き上げた。

 命中すればひとたまりもないだろう一撃を、セレステはぎりぎりで避けていく。


「お前が来なければ! 今だってそうだ! リアがここに来たらそれで満足だったのに!」


 コアからの魔力供給を受けているのか、キーラは魔力槍を間断なく撃ってきた。

 怒りにまかせた攻撃を躱しつつ、セレステは挑発するように返答する。


「無理やり連れてきても、リアは悲しむだけだよ! 落としたいなら、もっと外堀から埋めてかなきゃ、さ!」

「このっ! ふざけたことを……!」


 眦を釣り上げて、キーラはさらに槍を放つ。憤怒のあまり攻撃の間隔は狭まるが、精度はさらに悪くなっていった。

 外れた槍は、セレステに迫ろうとしていた魔物たちへの流れ弾となる。ゴブリンの生き残りが槍に巻き込まれて千切れ飛び、オークも上半身に穴を空けて倒れ伏した。


「お前にはぼくの気持ちなんてわからないだろ! どうせ奪うことでしか魔族は目的を果たせないんだ!」

「そうかな? 目的を果たす方法はもっといっぱいあるし、奪うことばかりする奴なんて人間にも沢山いるよ!」

「うるさいうるさいうるさい! お前と話してると訳わかんなくなる!」


 キーラの攻撃は、さらに早くなる。あるいは自分が遅くなったか――気づけば、セレステの魔力量はかなり減っていた。

 そろそろまずい――危惧を感じた瞬間、ついに反応速度を超える一撃がセレステを捉える。


「――くっ!」


 戦棍に充填していた魔力で、とっさに展開するのは〈術式破壊〉だ。しかし出力が足りず、無力化しきれなかった真紅の魔力が頬を掠める。

 一筋の傷から、飛び散る鮮血。

 槍の威力を殺いで直撃は免れたものの、これ以上防ぐのは難しそうだ。

 しかし、消耗しているのはキーラも同様のようだった。

 魔王は肩で息をしながら、セレステを睨みつける。


「はぁっ……はぁっ……この、しぶといやつ……!」


 怒りのあまりペースも考えず全力で放ち続けたのもあるだろうが、コアからの魔力供給があってなおあの連続攻撃は堪えたようだ。

 広間には魔物の死体が散乱し、床はへこみ、あるいはめくれ上がり、少し前までの禍々しくも荘厳な姿は見る影もない。

 その中央に立つセレステは、再び戦棍をゆっくりと構えた。

 何があろうと、いま自分がやるべきことに変わりはない。オフェリアたちが来るまで戦い続ける。ただそれだけだ。

 他には何も考えず、まっすぐに相手を見据える。

 それはまさしく魔王と相対する者――勇者の姿だった。


「いっ、行け、近衛人形! あいつをやっつけろ!」


 キーラは、慌てて号令する。その表情には、微かに怯えの色が走っていた。

 命を受け、玉座の側に控えていた重装の人形たちが一斉に起動する。

 六体の人形たちは、剣を構えるなり玉座の側から跳躍した。

 フルプレートとは思えない機動力での接近に、セレステは戦棍になけなしの魔力を込める。接敵する前に一体でも減らさなければ。


「〈電撃弾〉!」


 床を踏み砕いて着地する人形たちに向けて、セレステが放ったのは雷の一撃だった。ラカが撃っていたのを見るに、人形には有効なはずだ。

 過たず命中した白銀の電撃はしかし、なんら損傷も与えずに飛び散って消えた。

 鎧に対魔力加工を施してあったのか、それとも魔力不足か。それすら考える間もなく、近衛人形たちはセレステに突進してくる。

 隊列の先頭の二体は、手にした長剣をそれぞれ上段と中段に構えて一斉に打ちかかってきた。

 ――疾い。

 セレステは危うい所で右からの突きを避け、左からの打ち下ろしを戦棍で受ける。重い一撃に、腕がみしりと鳴った。

 足を踏ん張り、セレステは全身のバネを使って相手の刃を弾き返す。しかし直後、再び襲う突きが脇腹を抉った。


「く、そ……っ!」


 血を撒き散らしながら、追撃を飛び退って避ける。そこを狙って、別の人形が飛びかかってきた。速度と威力の伴う斬撃をなんとか戦棍で弾き、セレステは空いた横腹に打撃を叩き込む。抉るような一撃は胴体の装甲は大きく歪ませるが、致命打には及んでいない。よろけた人形は、態勢を立て直すと再び打ち掛かってきた。

 周囲に目を向ければ、既に人形たちはセレステを半包囲している。このままでは危険だ。

 セレステは、目の前の人形に再び横薙ぎの打撃を繰り出した。戦棍は歪んだ装甲をさらに打ち据えるが、人形は怯まずに踏み込んでそのまま剣を振り下ろす。

 攻撃の直後の、完全な間隙。避けることはままならない一撃だ。


「っ……!」


 セレステの左肩口を、革鎧ごと長剣の刃が切り裂いた。骨までに達する斬撃に、柄を握る力が緩む。

 しかし失態を悔やむ暇もなく、鎖骨に食い込んだ刃に力が込められる。無理矢理に骨を破断しようというのか、既に刃は半ばまで食い込んでいた。


「ぐぅぅぅっ!」


 減少した魔力では痛覚を遮断しきれず、激痛にセレステの顔が歪む。

 追い打ちをかけるように背後から聞こえてきたのは、金属音と重い足音である。後ろを取った人形が、止めを刺そうと接近しているのだ。このままでいれば、数秒のうちに屠られてしまうだろう。


「このっ、おおおおおっ!」


 セレステは咆哮とともに魔力を足元に込め、無理やり前進する。

 痛覚遮断に回す魔力は既になく、痛みがダイレクトに脳を揺さぶった。脂汗が額に噴き出し、視界が揺らぐ。腹部の傷が開き、出血はさらに勢いを増す。床を濡らす鮮血は、既に水溜りを作っていた。

 振り絞るような肉薄で、人形を無理やり後退させる。そのまま押し切ろうとするセレステに、人形は再び攻撃しようと剣を引き抜いた。

 血の花が咲くのをそのままに、セレステは戦棍を握り直す。

 好機だ。今しかない。


「らぁぁぁぁっ!」


 喉を嗄らして、獣の如き気勢とともに人形の胴へと打撃を重ねていく。一気呵成かつ、徹底的に。

 本来、戦棍(メイス)は鎧の相手を得意とするものだ。刃の通らない硬い装甲を打ち据え、歪ませ、へこませ、守られている「中身」を叩き潰す――このようにして。


「おらぁぁぁぁぁッ!」


 セレステは、とどめの一撃を振り抜いた。

 そのまま倒れる近衛人形の胴体は、その原型を完全に失っている。

 完膚なきまでに打ち尽くされ、内部機構はおそらく修復不能なまでに破壊されているだろう。

 セレステは振り返り、残りの人形たちから間合いを取る。

 その間にも、肩口の傷からは血が流れ出していた。魔力による自動治癒など、既にほとんど望むべくもない。

 一方、目の前で隊列を組みなおす五体の人形は、いまだ殆ど無傷である。

 霞む視界の中、人形たちは足並みを揃えて前進し始める。

 さすがに、覚悟を決めるべきか――

 そう考えたセレステの背中に、何かがぶつかった――いや、刺さったのだ。そう気づいた直後、鋭い痛みが走る。

 振り返れば、再び生成陣から魔物が出現していた。先程屠った連中以外に、今回はキマイラまで揃っている。おそらく今の衝撃は、ゴブリンの一匹が構えている弓だろう。

 次の矢をつがえる子鬼に、セレステは最後の魔力を使って〈火焔弾〉を放った。

 炎は確実に致命傷を与えたが、倒れたゴブリンは苦しそうにじたばたともがいている。一撃で殺しきれるだけの魔力も、既に残っていなかったらしい。

 満身創痍のセレステに、キーラが叫ぶ。


「まっ、参ったと言え! もうこれ以上やっても死ぬだけだぞ!」


 その声が泣きそうに聞こえたのは、恐怖ゆえか。それとも、もっと別の感情か。

 気にはなったが、今は流石に顔をみる余裕もない。


「いやだ……ね!」


 セレステは答えて、迫る敵に戦棍を構える。使い慣れたはずの得物が、ひどく重たく感じた。

 肩から流れる血で柄が滑り、左手は既にほとんど力も入らない。

 それでも、剣を振り上げて突っ込んでくるゴブリンを薙ぎ払うと、続くもう一体を上段から振り下ろして叩き潰す。

 しかしそれが、本当に最後の力だった。

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