王女殿下のオフの時間
一日の執務を終えたエレナ王女殿下。彼女がケーネを引き連れて向かうのは王宮の寝室ではなく、王室の別邸でした。
王宮のすぐ裏手、裏門側に位置する別邸には、少しの使用人と彼女の両親——————つまり、現国王と王妃がひっそりと療養しているのです。ですから、建物の造りも伯爵家や侯爵家のそれと大差ありません。もっとも、平民の住まう住居よりは遙かに豪奢ですが。
家に入ると、まずは自室に向かって着替えをします。実は今日のドレス、腰をコルセットで縛り上げているのでとっても辛いのです。あたしはコルセット、大っ嫌いですので。
「お嬢様、お帰りなさいませ……!」
「あら、ミリダじゃない。ただいま戻りました」
ノックの後にドアを開けて入ってきたのは、侍女長のミリダでした。出身は没落した元貴族でしたが、ひょんなことから王室の侍女長を任されています。
「お嬢様、お忙しいところ申し訳ありませんが旦那様がお呼びです」
この別邸にいるときのみ、使用人たちは私の両親——————国王は『旦那様』、王妃は『奥様』と呼びます。せめて別邸ではゆっくりくつろぎたいという、父の願いがあったとかなかったとか。
「そう、父が……やはり、今日のことかしら」
「ええ。旦那様も奥様も、大層お喜びになられておりましたよ」
ミリダが心底嬉しそうな表情で報告します。彼女のようなまだ若い、そして見目麗しい女性がそのような表情を浮かべていると心が温かくなりますね。
彼女は私がまだ幼い時、街で拾った少女なのです。
あの頃、私は礼儀作法に算術と、貴族の令嬢らしく教養を叩き込まれていました。身分やら立場やらといったしがらみにうんざりしていた時期で、ある時騎士団長の叔父だけを連れてこっそり街に出たのでした。ミリダはその時に拾った少女で、私の第二の家族のような少女です。
まあ、少女といっても私より3歳年上なんですけど。
「私も小耳に挟みましたが、今回も大活躍だったそうで。帝国の敏腕外交官に対し、全く物怖じしないばかりか卑劣な要求をきっぱり跳ね除け、王国の国土と国民を守ったとか。恥知らずの帝国に目に物見せてやったと、他の侍女たちも喜んでおりましたよ」
「……今日の午前中に終わったはずの会談内容が、なんですでに漏れているのかってところも気になるんだけど、その噂の半分ぐらいが間違ってるってところがなんとも言えないわね」
恐れ入ります、とすまし顔のミリダ。こういう物怖じしない態度が、私が気に入った理由です。
おそらく、ミリダが噂の出どころなのでしょう。まあ、彼女なら上手く『漏れたらまずいところ』を隠しながら有る事無い事広めてくれるので実害はありませんが。
むしろ、親しみやすい王女として部下に慕われることは悪い気がしません。
彼女は意識してか無意識か、王室の宣伝担当になっているのです。
「さあ、お父様とお母様に会ってきますか。ミリダ、私の服とかおかしいところない?」
「ええ、いつも通り美しいお姿ですよ。ご安心なさってください」
いくらオフとはいえ、一国の長に会いに行くのです。それなりに服装には気を使います。
それに、いつまでたっても両親には頭が上がらないですし。
私は胸元のリボンを軽く整えると、両親の寝室へと向かいました。




