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帝国軍司令官は逃げ出します

 薄暗く、冷たい牢獄。


 窓はなく、四方を特殊合金が囲む閉鎖的な空間。


 照明はかすかに辺りが見渡せるほどに絞られ、空気は淀んで鉄臭い。申し訳程度に小さな換気扇が付いているが、稼働しているのかは甚だ疑問です。


 食事は1日1食。何の味もしないレーションに微かに果汁の風味がする水がコップ1杯だけ。


 そんな劣悪な環境が、女性と少女の閉じ込められている独房でした。


 カツーンと靴底がコンクリートを叩く音が聞こえ、粗末な囚人用のベッドから女性は飛び起きます。



「誰っ!」


「私だ! 助けに来た!」



 聞き慣れた声。そして、一番聞きたかった声。


 歳を重ねてなお衰えを知らない体躯に、帝国の軍服を纏った初老の男性———ドラン将軍です。


 腰に下げた長刀を引き抜き、無造作に一閃。けたたましい音を立てて南京錠が壊れ、耳障りな金属音を立てながら地面に落ちます。



「サラ、ノルン、今のうちに急いで逃げねば。立てるか?」


「ええ、しかしなぜ急に……」



 サラ、と呼ばれた女性が娘のノルンを抱きながら扉を開け、通路に出ます。そのまま建物を出ると、三人は出口に停められていた車に飛び乗りました。



「大臣の悪事がついに白日の下に晒され、奴が逃亡したのだ。その隙を衝いてやってきたのだが、どうやら少し遅かったらしい……!

 二人とも、早く伏せるんだ!」



 ドランの言葉が終わるや否や、車の真後ろで起こる銃声。正確に後部座席を狙った銃弾は、しかし防弾ガラスの前にその半身を埋もれさせて止まります。



「さすがは大臣の残党ども、手が早いな……! 彼らにもう、命令を出す者はいないというのに!」



 大臣に命令されて動いていた者たちの中で、ドランのように『意志』を残したままの者は珍しいのです。ある者は薬物で、ある者は拷問によって心に深くトラウマを植え付けることによって命を賭すことも厭わない私兵を作り上げているのでした。


 そうこうしている間にも銃弾は容赦なく車体を傷つけ、すでにリアガラスは蜘蛛の巣状にひび割れています。



「この車はどこに向かっているの⁉ 何かあてはあるのかしら?」


「……とりあえず、こんな状況で市街に向かうわけにはいかないな。まあ、向こうもそれを分かって撃ってきているのだろう。

 であれば、我々が向かえる場所は一つしかない」



 大きく右にハンドルを切り、そのまま国境沿いへ。乱立する木々を紙一重で回避しつつ、後続の追跡車両から飛んできたグレネードを回避するという神業でどんどん距離を離していきます。



「このままナンコーク王国へ亡命するほかないだろう。あの王女殿下ならば、きっと無下にはなさらないはず。

 正直、あまり確度の高い賭けではないが……これしか道は残されておらん」



 悲壮な表情を浮かべた三人を乗せた車は、猛スピードを維持しつつ国境へと向かうのでした。





 白旗を車上に掲げながら王宮へ向かうと、思いのほか好意的に王宮内へ通されます。あの王女ならば、我々が来ることを見越して先に手を打っていたとしても不思議ではありません。


 国外の人間ということで、かなり入念に身体検査をされてから応接室へ。ほどなくして現れた女性に、ドランは敬意を表すために頭を垂れます。



「私は帝国軍司令官、ドランであります。こちらは妻のサラと娘のノルンです。貴女がエレナ王女殿下であらせられますか?」


「ええ、私が王女のエレナです。ようこそ王国へ」



 穏やかな笑みと美しい身のこなし。いつぞやの夜会でちらりと見た、あの時の可憐さに女性らしい美しさを足し合わせてなお余りある高貴さでもってドランの前に現れました。



「今回の襲撃事件及び、王女殿下の監禁事件は全て私が大臣の命を受けて行ったことです。責任は全て私にありますので、処分はいかようにもお受けいたします。

 ですが願わくば、妻と娘をお見逃し頂きたいのです。王国内で住むことを許してくださるだけでよいのです」



 ドランの言葉に、サラとノルンが息を呑みます。追随して処分を受けようと口を開きかけた二人を制しつつ、さらに深々と頭を下げます。


 一瞬、応接室全体が重い沈黙に包まれます。それを切り裂いて、エレナの言葉がドランを捉えます。



「……貴方が、意に添わぬ命令に甘んじていたことは調べがついています。本来ならば貴方の首一つで済む話ではありませんが、王宮まで来て謝罪したことに免じて許しましょう。

 それに、貴方たちには今死なれては困るのです」


 

 唐突に変わる声色。驚いて顔を上げると、そこにあったのはいたずらっ子のような表情を浮かべた王女の姿でした。



「今の王国には人材が足りないの。ドラン将軍、貴方の経験と知識は王国兵の増強に役に立つし、サラさんは確か教師だったわよね? 新しく作った学校で教鞭をとってもらうわ。ノルンちゃんはちゃんと教養を身に付けたら、すぐにでも官吏として働いて欲しい。

 私は過去のことをとやかく言う女ではないつもりよ。貴方たちが今後、王国のために働いてくれるというのなら私の名を以て貴方たちの罪を赦し、その身分と生活を保障しましょう。どうかしら?」



 なんの躊躇いもなく敵である自分に微笑みかけ、あまつさえ自身の懐で働けという暴挙。

 前代未聞の行為に面喰いつつも、しかし老骨を滾らせるだけの何かを熱量を眼前の少女から感じたドラン。



「どうぞ、この老骨を貴女様の見据える未来のためにお使いください。微力ながら、ご協力させていただきましょう」

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