お嬢様は集落に到着します
「お嬢様、この先が集落になります」
シェルターの出口から歩くこと三十分ほど。小川にかかった橋を抜けた向こうに、人家のものと思しき仄かな明かりがちらほら見えます。
一歩踏み出そうとした私の耳元を、何かが掠めて飛んでいく音。慌ててミリダが私を、お父様とアンネをケーネが押し倒し、その周りを護衛さんたちが囲んで防衛します。
「何者だ! 何の目的でこの村に来た!」
鋭く飛んでくる、誰何の声。しかし声は森の中を反響し、どこに声の主がいるのか分かりません。
「ええい、こちらの御方はトラン国王陛下とエレナ王女殿下だぞ! 王国の民がなぜこのお二人に弓を引くのか!」
護衛隊長の言葉に、森の中から動揺する気配。しばしの沈黙の後、少し明瞭になった声で返答が飛んできます。
「……そちらの御仁が国王陛下と王女殿下だという証拠は? ここは帝国との国境沿い、そのような高貴な御方が少ない護衛だけで来るような場所ではない」
……これでは埒が明きませんね。せっかくお母様が身を挺して作ってくださったこの時間を、こんなところで無為に使うわけにはいきません。
私はミリダの身体をそっと押して抜けだし、ゆっくり腰を上げます。
「……お嬢様?」
ミリダが私の動きを目ざとく見つけ、服の裾を引っ張って制止します。
「私に案があるのよ。ミリダ、行かせて頂戴」
「ダメです! お嬢様に万一のことがあれば、奥様の決意はどうなります?」
「……それもそうなのだけど、今は一刻も早くお母様のところへ援軍を送るのが最優先事項ではなくて?
お母様が身を挺して戦っておられるのに、私だけ安全な場所で縮こまっているのは違うと思うのよ……お願いミリダ、私にお母様を助けるチャンスを頂戴」
「しかし……いえ、では私の後ろからは絶対に出ないでくださいね」
深々とため息をつきながら了承するミリダに、私は服を払いながら立ち上がります。彼女が私の前に立つのを見計らって、私はゆっくり息を吸い込みます。
「村の守護者たちよ、私はナンコーク王国の王女、エレナです。まずはいきなり押し掛けたことを謝罪いたしますわ。
私たちは国境沿い、ここから数キロ先の王家療養地で内々に会談をしていましたの。ですが賊に追われて、今もまだかの地に大切な人を残したままなのです。
無理を承知でお願いしますが、どうか私たちを貴方たちの村に入れてくださいませんか? そしてよろしければ、私に力を貸してくださいませんか?」
一気に言い切り、深々と頭を下げます。
私の言葉に、森の中からはさらなる動揺が。数分たった後、頬を掻きながら出てきたのは優しげな青年でした。
「こちらの試すような問いかけに、そこまで誠実に答えられては気恥ずかしさを感じてしまいますね……
ようこそレリナ村へ、私が青年団団長のメッセです。何分辺境の地ゆえ、大したおもてなしは出来そうにありませんが歓迎いたしましょう」
「いいえ、突然やってきたのですから当然ですわ。むしろ、私たちを歓迎してくださるだけでありがたいというもの。
改めまして、私はエレナです。すこしのあいだ、よろしく願いしますね」
差し出される手をそっと握り、私と青年———メッセは握手をします。
こうして私たちは村に迎え入れられたのでした。
「なんと、ではメッセ君は私の妻と知り合いなのか?」
「ええ、先の戦争ではレーナ様に命を救われましたので。今はお姿が見えないようですが、お元気でしょうか?」
それが……と言いよどむお父様に、メッセさんの表情が曇ります。
「……お母様は、私たちを逃がすために単身残られたのですわ。今もまだ、おそらく療養地に……」
「なぜそれを早く言わないのですか⁉ おいみんな、いまの話を聞いたか⁉」
「ああ、レーナ様がピンチなんだって⁉」
「それなら、俺たちが行かなきゃなあ?」
「おうともさ。この時のために鍛えてきたんだからよ!」
口々に叫びながら武器を手に取り、外へ飛び出していく青年団の方々。唖然として見送る私たちに、メッセさんは馬にまたがりながら答えます。
「彼らもまた、レーナ様に命を救われた者たちなのですよ。私たちの部隊が敵兵に包囲されたとき、鬼神のごとき突撃でもって敵の包囲網を崩壊させ、我々を助けてくださったのです。
であれば、今こそあの時の恩をお返しする絶好の機会。王女殿下らはそこの屋敷で休んでいてくださいませ」
そう言いながら馬の腹を蹴り、たちまち走り去ってしまいまうのでした。
残されたのは呆然と見送る私たちと、手を振る村の女性と子供たちだけでした……




