お嬢様は薬学の天才です
「……それで、親友はどうなったの?」
「今も刑務所のなかだ。向こう十五年は出てこれないってさ」
守衛さん———リリンフェルトさんの過去を聞いた私は、一つの疑問が浮かびました。まだ、彼は言っていないことがあるように思います。
「大まかな事情は分かったけれど、貴方がここにいる理由にはならないんじゃない? しかも、奥さんがいる人にしては身なりも雑だし、ずっとここにいるし……
奥さん———エスティアさんは今、どこにいらっしゃるの?」
普通、妻を持った男性の服装は清潔になるものです。男性よりも女性の方が比較的、身だしなみにはうるさいもので、旦那がみっともない格好をしていることに不快感を覚えるのです。
しかし、リリンフェルトさんの襟首には汚れが付いていますし、いつも似たような服ばかり着ています。話に聞いたエスティアさんなら、おそらく注意したのではないでしょうか?
私の言葉に、リリンフェルトさんは表情を変えました。それは今まで見たことのない———そう、何かに激しく怒っている表情です。
「エスティアはな、今大臣によって生かされてるんだ。もう、俺ではどうしようもないんだ……」
「どういうこと? 私のように、どこかに囚われているとか?」
「あながち、その表現は当たってるかもな。俺の妻は今、難病にかかってるんだ……もう、長くはないがな」
ガシャン! とけたたましい音が部屋中に響きました。驚いて音のほうを見ると、リリンフェルトさんが柵に拳を打ち付けていました。その拳は傍から見ても分かるほど固く握りしめられていて、打ち付けられた部分は血がにじんでいます。
「あの時、俺がヘマを打たなかったら! 地位なんてどうでもよかった、エスティアを助けられるだけの金があればよかったんだ! それなのに変なプライドでアイツに歯向かって、結局エスティアは……!」
「ああもう、少し静かにして頂戴!」
そう大きい音を立てられると、頭が痛くなってしまいます。自分自身に不甲斐なさを感じた時、私も自分を傷つけたくなることはありますが、それでは何も解決しないのです。せいぜい、一時の激情をごまかすことぐらい。
だから、根本的な解決をしなければなりません。
「エスティアさんは難病にかかった、と言ったわね。ちなみに、何の病気か聞いてもいいかしら?」
「……結核だよ。まあ、聞いたところでどうしようもないだろうがな」
「それ、分かったのはいつ?」
「一カ月ほど前だ。なけなしの金をかき集めて行った病院で、医者にそう診断されて……」
なんだ、たったの一ヵ月ですか!? 彼がここまであきらめていたので、もう手遅れかと思いましたが、これならほぼ間違いなく助かるでしょう。
安心すると同時に、私の中にも怒りが湧いてきました。何もせずに諦めているリリンフェルトさんに対して、そして適切な治療法を知らないその医者に対してです。
「それ、高い確率で治るわよ。もちろん、すぐに治療に入らなきゃだけど」
「そんなわけあるか! あの結核だぞ! 『不死の病』の代表例じゃねえか!」
「確かに、結核は致死率の高い病気よ。けれど、決して治らない病気じゃないの。貴方も、元結核患者を診ているはずよ?」
「俺が? ああ、姫さんのことか?」
「いいえ、リダよ。むしろ、私が彼の病気を治してあげたからこそ、いまも私に仕えてくれているのよ」
私の言葉に、リリンフェルトさんは目を見開きます。まあ、分からなくもありません。大陸広しと言えど、結核を治せる———正確には、特効薬を創れるのは私だけでしょうから。
最初はリダも薬を飲むことを嫌がっていましたが、無理やり飲ませて効果が出始めると、次第に態度が軟化したものです。
おそらく大臣は、エスティアさんに栄養剤だけ与えて安静にしているのでしょう。確かにそれで治る場合もありますが、女性や子供などの体力のない人間は重症化する可能性が非常に高いのです。さっき『発症してから一ヵ月』と言っていたので、あまり時間的な余裕はありません。ここから出たら、すぐに王宮へ連れ帰って薬を飲ませて隔離する必要があります。
「……本当に、姫さんなら治せるのか……?」
「ええ。まあ完全なんて保証は出来ないけれど、少なくとも今の治療法よりは効果があるはずよ」
迷っている時間はありません。今もこうしている間に、エスティアさんの身体は蝕まれているのですから。
私の考えが通じたのか、すぐに決意を決めた顔を私に向けました。
「脱出は全力でサポートする。だから、妻を助けてほしい」




